第五話 ビヨンドザソード ②
「……」
落ちるような浮遊感と衝撃で視界が真っ黒になった後、最初に意識を取り戻したのはパーシーだった。
そこはコンクリートで覆われた薄暗い空間だった。どこか湿っぽく、少し息が詰まった。中はそれほど広い訳でもなく、上方の彼方に見える横長の長方形の穴からさす光が、その空間の端から端までを照らし出していた。
「……ふはははは、いやいやいや」
数分前の記憶を引き出し、辺りを見回して状況を理解したパーシーがゆっくりと立ち上る。そして痛む尻をさすりながら真上を見上げて愉快そうに言った。
「やられた!」
「感心してる場合じゃねえだろ。なんだよこれは」
そんなパーシーの隣で、目を覚ましたキースが尻餅をついたまま呻く。やがて億劫そうに立ちあがると、周りを見渡しながら首をかしげた。その様子を見て、パーシーが罵倒するように叫んだ。
「バカ者、見てわからんか?僕たちは落とし穴に嵌ってしまったのだ!」
そう言ってパーシーが上に見える穴を指さす。
「まったくなんということだ。しかしこれは流石に僕にも予期できなかったな。まさかホールに落とし穴が設置してあるなど、まったく誰が予想できただろうか!」
パーシーとキースがこの屋敷に辿りついたのは、ゴードンたちがこの屋敷に戻る数分前だった。バッシュの人柄やトレイル家との関係などを知りたかったキースは、ゾフィーがこの家を尋ねてきた際に気絶していたふりをして二階から話を全て聞いていたパーシーの情報をもとにしてここまで来たのだった。
ホールの鍵は開いていた。そして中に入り込んだ二人がホールの中ごろまで進んだ時、突如二人の足元が下向きに左右に割れた。突然のことに何が起きたか把握することもできず、二人は闇の中へと真っ逆さまに落ちていったのだった。
「しかし今になって落とし穴とは。この発想はなかった。逆転の発想だな!」
「感心してる場合か――だがまあ、どうしてこんな物騒な物を作ったのかは気になるが……うん?」
上から黒板を爪で引っ掻いたような高くか細い音が聞こえてくるのに気付いたキースが、言葉を切って視線を上に向ける。そしてそこに見えた光景に顔をひきつらせて戦慄した。
「やばい。やばいぞ」
「どうした?」
「上の穴が閉まってきてる!」
跳ねあげられるようにパーシーが首を上に動かす。床が元の位置に戻ろうと端をせり上げていき、光が外から内へと狭められていく。
「帰り道が無くなっちまうぞ」
「そうでもないぞ。向こうに扉があるではないか!」
そう言ってパーシーが指さす方に、見るからに重そうな鉄製の扉があった。扉の上部には四角いガラス窓が嵌められており、そこからうっすらと光が漏れ出していた。
「そして反対側にもう一つあるぞ!」
そして同じ作りをしたドアが、正反対の位置にもう一つあった。
「さてキース刑事、どちらに進む?」
「どっち行ったって同じだ。とにかく進むぞ」
「いいだろう!神に抗う方法は立ち向かうことなのだ!」
キースとパーシーは最初に見た扉へ一直線に向かう。そして穴が閉まりきる直前、彼らは一息に扉を開け、その中に入り込んだ。
扉の向こうは通路だった。上部に斜めにつけられた照明板は眩しいほどに光を放っており、真っ白な床や壁や天井と相まって過剰なまでに清潔な印象を与えていた。さっきまでいた所とは違い、埃っぽさもカビ臭さも無かった。横幅は男二人が横並びに歩けるくらいの広さがあった。
目の前の環境の変化に二人が戸惑っていると、背後で床がその形を取り戻す重苦しい音と、扉のロックがひとりでにかかる軽い音が聞こえてきた。
「一方通行とは。落とし穴と連動しているのだろうか?」
「作った本人に聞けばわかるさ。行くぞ」
キースがそう言い放ち、意を決して前に進み始める。パーシーもその後ろに続き、歩きながら興味深げに辺りを見回していた。