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プロローグ② 悪い奴

 この世には二種類の人間がいる。

 「正義」をなす奴と、「悪」をなす奴だ。そして正義でも悪でもない奴は「人として」生きていることさえしていない。人間にすら値しない。屑だ。

 世界に蔓延るのはそんな悪と屑だ。悪と屑ばかりが幅を利かせ、この世を良いように牛耳ろうとしている。そしてそれは、この街においても例外ではない。

 そんな糞たれの街で、俺はヒーローをやっている。理由は簡単だ。悪を潰すため、正義を行う一握りの者を助けるためだ……。

 霧雨が鬱陶しく降りつけるこの天気では、つい余計なことを考えてしまう。思考を切り替え、己の仕事に集中する。

 目の前には直線に延びた、地下へ続く階段がある。その階段の先、重苦しい青色の鉄扉の向こうには、件の悪と屑どもの巣窟が広がっている。今日、そこで悪の連中による祭りが開かれることになっていた。屑はどうでもいい。

 濡れたブーツで、鉄製の階段を一歩一歩踏みしめる。ゆっくりと、確実に奴らとの距離を縮める。扉に近づくにつれて、悪に対する怒りで頭が破裂しそうになる。

 自分自身に冷静になるよういいつけながら、扉の取っ手に手をかける。

 使命を果たす時間だ。


 霧雨がしつこく街を濡らす。街灯は無く、周りの建物から漏れる光だけが、その路地を頼りなく照らしていた。いつもは不良や酔っ払いのたむろす程度のこの平和な地は、今はある一点を中心にして、一種場違いな雰囲気に包まれていた。

 階段の下り口を中心に、複数のパトカーがサイレンを鳴らしながら、そこを包囲するように展開されていた。その周りで、何人もの警察官が雨に打たれながら、自分の職務を全うしていた。野次馬はいたが、元々人通りの少ない所だったので数人しかいないのがせめてもの救いだった。

「何人やられたんだ?」

 がっしりした体を青い制服で包み、腰に拳銃と警棒を提げて頭に警察帽をかぶった中年の男が、隣に居た若い部下に話しかけた。同じ格好に身を包んだ部下が、周囲を厳重にテープで封鎖された鉄階段の方を見ながらそれに答えた。

「えー、事件発生時にあの場に居たのは客、店員含めて六十五名。うち襲撃を受けたのは五十九名です」

「殆どじゃないか。まあ予想はしてたが」

「襲われた連中は全員重傷、今は病院に搬送されています。しかし死者は出ていません」

「不幸中の幸いだな」

 そう言って、中年の警察官が階段の反対側のレンガ造りの建物に背中を預けて立っている一人の男に目を向けた。

「相も変わらず熱心なことだな?ええ?」

「……」

「なんとか言えよ、ヒーローさんよ」

 ヒーロー――頭を剃り上げ、黒いサングラスで目を隠し、白いコートで身を包んだ長身の男が顔を上げて、感情の無い、雨よりも冷たい口調で静かに言い放った。

「今日は死人は出ていない」

「それはそうだが、今はそれは問題じゃねえ。お前一体何人に暴行加えたと思ってるんだ?」

「五十九だ」

 事実だけを淡々と告げる、機械のような、人間とは思えないぞっとする語り口だった。中年が眉をひそめながら、のしのしと禿頭のヒーローに近づいて言った。

「今日俺たちは、あの酒場でギャング連中が麻薬の取引をするという情報を得ていた。お前がマークしてたのも恐らくそいつらだろう?」

「ああ。それが?」

「実際あそこでブツの取引を行っていたのは八人だ!なのに何でお前は、残り五十一人の人間にまで危害を加えたんだぞ!女子供も見境なしに!」

「奴らが悪だったからだ」

「……またそれか。あいつらが何したってんだ?」

 ヒーローがサングラスの奥から、背筋が凍るほどの殺気を乗せた視線を男に向ける。これがヒーローの雰囲気か?男はこのヒーローに会うたびに、こうしてこのヒーローに対面するたびに、いつも内心でぞっとしていた。

 そんな男の考えなどお構いなしに、ヒーローが話し始めた。

「カウンターで飲んでいた長髪の男。奴は俺が来た時に酒の代金を払わずに店を出ようとした。悪だ。その男の隣でジンを飲んでいた六人グループは全員未成年だった。悪だ。テーブル席に座っていた女は、赤ん坊を抱えたまま酒を飲んでいた。悪だ。隅に固まっていた老人連中は、ウェイトレスにストリップをやらせようとしていた。ウェイトレスは嫌がっていた。奴らは悪だ。真ん中に陣取っていたカップルはセックスの真っ最中だった」

「悪か?」

「悪だ」

「いいじゃねえかそれくらい」

「駄目だ。そういうのは家か、ホテルですればいい。酒場は酒を飲む場所だ。ああいうことをする所ではない」

「潔癖すぎるんだよお前」

 そう言って中年男が口を尖らせていると、向こうの方から人垣をかき分けて、小柄でメガネをかけた一人の男がこちらにやってきた。

「ゴードン!」

 メガネの男が、禿頭の男を見るなり一喝する。禿頭――ゴードンはそれを気にもしていないようだった。

「ああ、あんたか」既知の仲のように、若い警官が言った。

「彼、またやったのかい?」半分うんざりしながらメガネの男が言う。するとゴードンが憮然とした口調で、メガネの男に返した。

「余計な御世話だ、ダニエル。いつからお前は俺の保護者になったんだ?」

「そういうのが嫌なら少しは自重してくれ。活動するたびに警察に睨まれるヒーローなんて聞いたことが無い」

「まったくだ。お前が仕事熱心なのは感心するが、毎度毎度やりすぎるのが玉に瑕だ」

 中年の警官がそう言って二人の会話に割り込んで、ゴードンの腕を掴む。

「何をする気だ?」

「署まで来てもらおう。暴行および営業妨害その他もろもろの容疑で、お前を連行する。これももう慣れっこだろう?」

「貴様――」

「キースだ。いい加減覚えろ。さ、行こうか」

 そう言ってキースがゴードンを強引にパトカーの前まで連れて行き、彼を車内に押し込んでドアを閉める。

 その、今となっては一種予定行事と化した光景を前に、ダニエルは大きく肩を落とした。


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