第四話 襲撃、反撃、オーバーキル ⑧
そして数分後、今に至る。
しかしマフィアの山の向こうからは、依然として打撲音と悲鳴が聞こえてきた。
「言え。お前たちは何をしてきた」
「し、知るかよ」
「死ね」
肉の潰れる音。人のものとは思えない金切り声。
ゴードンが『尋問』を行っていたのだった。実際、山を作っている連中の怪我の八割は、あの男の尋問によるものだった。
悪は許さない。あの男の信念が発露したのだ。
と、向こう側から一人の男が山なりに飛んできた。そして山の一部に激突して動かなくなり、自らがその山を形成する一部となる。
再び悲鳴と鈍い音が聞こえ始めて来た。
「ゴードン、あまりやりすぎないでくれよ」
ダニエルが怯えるように、山越しにいるゴードンを咎める。するとそれまで聞こえていた打撲音が途絶え、代わりに背骨を氷柱に差し替えられたかのような怖気を感じさせる声でゴードンが返してきた。
「一度に全てを吐かないこいつらが悪い」打撃音。
「こっちはメルドビッヒとは訳が違うんだ。いつもの調子でやってると本当に捕まるかもしれないんだぞ?」打撃音。
「それがどうした」打撃音。うめき声。
「人殺しをしたらシャレにならないって言ってるんだ。いや、それも十分まずいが」打撃音。二回連続。
「殺しはしない」
何かの千切れる音。絶叫。
「一応」
打撃音。
「殴るのをやめてくれ!」
ダニエルが叫ぶ。
「おいゴードン、いい加減にしてくれよ。正義の鉄槌を振るうのはいいが、それを差し引いても無闇に人を殺すのは良くないんだぞ――いや、普通に考えて殺人は駄目だよな。差し引くとか無闇とか、ああいや、何を言ってるんだ僕は」
まるで殺人を擁護するかのように言っている自分に気付き、ダニエルが頭を抱える。ゴードンと一緒にいると、自分まで道徳的観念を投げ出してしまいそうになる。ダニエルはゴードンと共に行動する時、いつもそう考えていた。
それでも彼がゴードンと共に動いているのは、彼が自分の友人であると自覚しているからだ。友情は理屈や危機意識では切れないものなのだ。
「……ダニエル」
「な、なんだい?」
不意にゴードンが話しかける。
「確かに意味のない殺人、大量殺人は悪だ。それは俺がやったとしても悪であることに変わりは無い」
「あ、ああ」
「そうだ。殺人は悪だ。済まないダニエル。余計な心配をかけさせてしまった」
そしてゴードンもまた、自分が友人であるダニエルに精神的負担をかけていることに少なからず負い目を感じていた。
「ある程度人は殺さない。誓おう」
「あ、ああ、そうか。嬉しいよ」
そう言ってダニエルが小さく笑う。なんだかんだでこの二人は仲が良かった。前にも同じやりとりをして同じセリフを聞いた気がするが、ダニエルは気にしないことにした。
その時、山の向こうから助けを請うようなか細い声が聞こえてきた。
「わ、わかった。全部話す。全部話すよ」
それを聞いたダニエルが胸をなでおろす。その男に対して、ゴードンが低い声で脅すように言った。
「俺の質問に答えてもらうぞ」
「あ、ああ。話すよ。話す」
「今から数時間前にある屋敷が襲撃された。そいつらは正面玄関を叩いて気を反らし、側面から襲う手段を取った。心当たりはあるか?」
「あ、ああ。それは俺たちだ。俺たちがやった方法だ」
意外とあっさり吐いた。それほどまでにゴードンが恐ろしいのか――当然か。目の前の半死人の山を見ながらダニエルが思った。
「お前たちに襲うように指示したのはバッシュという男か?」ゴードンが続ける。
「ああ、そうだ」
「奴は今どこに居る?」
「……」
「おい」
「む、向こうだ!向こう側の街だ!」
……なんだって?
「どういう意味だ?」
「どういうって、言葉どおりの意味だよ。あいつは今対岸の街に出張ってて、こっちにはいないんだよ」
「おいおい……」
予想外の答えに、ダニエルが信じられないと言わんばかりに苦い顔をする。
「もう少しまともな嘘をついたらどうなんだ?」
しかしゴードンは、表面上は欠片も動揺を見せずに尋問を続けた。
「なぜ奴は向こうに行った。理由は知っているか?」
「あ、ああ。そもそもはあいつがいきなり対岸に渡るって言いだしたんだ。屋敷に襲撃をかける数週間前さ。当然俺達も疑問に思って、何でそうするのかみんなで問いただしたんだ」
「なんて言った?」
「戦力を集める。ヒーローを味方につける、って」
「ヒーローだと?」
俺たちを探していた?
その予想の斜め上を行く回答はゴードンも想像だにしていなかったようだ。不意に横っ面をひっぱたかれたかのように、短く呻く。
しかしそれを自分に対する怒りと勘違いしたのか、言いだした本人は半ベソをかきながら喚くように懇願した。
「本当だって!信じてくれよ!バッシュの野郎、もっと戦力をかき集めなきゃアッシュの連中には勝てないとか言ってたんだよ!こうでもしなきゃあの屋敷の連中は殺せないって!本当なんだって!」
「……だそうだが、どう思う」
「どう思うって……」
男の言葉を聞いたゴードンの問いかけに、ダニエルが露骨に顔をしかめる。
到底信じる気にはならなかった。