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プロローグ① 良い奴

 夜。摩天楼の街、メルドビッヒ。


 その大通り。


 何十もの高層ビルが、天を目指して屹立していた。

 先端を尖らせたもの。箱の様に平坦なもの。円と直線を組み合わせたような、デザイナーが悪趣味としか言えないほどの歪なもの。

 それらの鉄の塊が神の座に手を伸ばそうとしている中で、それら鉄の城の支配者は、未だに地の底を這いつくばっていた。

 歩道はショーウインドウから漏れる光と街灯によって照らされ、そこを多くの人が歩いていた。夕方より雨が降り続いていたために、彼らの殆どは傘をさしながら身を縮こませて歩き、傘を持っていない者は誰かの肩にぶつかるのも承知で、早足で歩道をかけていった。

 車道には帰宅ラッシュ時から大分減ったとはいえ、それでも尚かなりの数の車があった。車はそれぞれの目的地を目指してのろのろ進むものと、道端に無断停車してワイパーとフロントガラスの間に違反切符を挟まれているものの二種類があった。

 その中を、一台の黒い車が疾走していた。百キロ近いスピードを出しながらそれを緩めることはなく、前方に見える亀の様に動く車の間を、大きく尻を振りながら縫うように蛇行する。一方通行車線はおろか歩道にも乗り上げ、リアタイヤによる派手な水しぶきを通行人に献上しては怒号を浴びせられていた。

 しかし当のドライバーにそんなものに構っている余裕はなかった。黒く四角いサングラスを身に付けた男が、恐怖に青ざめた顔でバックミラー越しに背後を確認する。そしてそのすぐ背後に一人の人影を確認した時、彼は滝のような汗を流しながら今までよりも強くアクセルを踏んだ。


 背後から車を追うその追跡者は、スマートな体を純白のタキシードと帽子で身を包んでおり、それは濁った黒に染まった街の中でとても映えて見えた。

 そんな見た目は紳士的な彼だが、その追跡方法は車のボンネットを足場にして、そこを一足飛びで飛び回ると言う迷惑にも程があるものだった。

「申し訳ありません!ただ今非常事態が発生しております!申し訳ありません!」

 びょんびょん跳びながら手にした拡声器で頻りに謝ってはいるが、正直フォローになっていない。

 ある車のボンネットに着地すると同時に拳がボンネットにつくほど膝を大きく曲げ、それを伸ばす反動を利用して前に大きく飛んで次の車に乗り移る。着地の衝撃を感じたドライバーは何事かと思い身を乗り出して見上げるが、その白い紳士の姿を見た途端「なんだ、あんたか」と安堵のため息を漏らす。このように彼に愛車を踏み台にされながら、怒る者は誰もいなかった。

 彼はこの街を守るヒーローの一人だったからだ。


 そのヒーローの執拗な追跡の前に、前を行く黒づくめのドライバーは恐怖と驚愕ですっかり青ざめていた。

 彼はこの街にあるチンピラに麻薬を売りつけるために外の街からやってきた売人だった。

 当然この街のヒーローのことなど何も知らない。ヒーローの話を最初に聞いた時でさえ、相手はただの一般人だろうと高をくくっていた。だが今日の午後三時、街外れにある北西の工場――取引現場で待ち構えていた奴と出くわしてから(相手方の取引相手は既にしょっぴかれていた)今に至るまで、奴は諦めることなく自らを追い続けていた。

 その工場から森林地帯、郊外の住宅地を抜けて今走っている街の中心部まで、あの白服はどこまでも追いかけてきた。その肉体的精神的タフネスさに、彼は半ば負けかけていた。

 それでも自首する気が無かったのは、彼にも今までの経験からくる犯罪者としてのプライドがあったからだった。絶対に奴を振り切って、この街からオサラバしてやる――。

 だが、それは叶わなかった。

 信号を無視して大通りを直進しようとした際、真横からコンボイトラックがと走行してくることに男は気付かなかった。

 トラックのバンパー部分と黒い車の右側面が接触し、その直後、派手な音と鉄くずの破片をその辺りに撒き散らす。トレーラーはその場で急ブレーキをかけたが、車はギャグマンガで見られる車に轢かれた人間の如くその場で一回転し、全身ボロボロになりながら何事も無かったかのように正位置で着地する。

 歩道前で止まっていた車の上にいた紳士服の男が、そこから一足飛びで事故を起こした車の前に降り立つ。中の男は完全に放心しきっていた。

 すると左の方からサイレンの音とともに、白と青で塗り分けられた車が二台ほど連なってこちらにやってくるのが見えた。警察車両だ。

「どうぞ。こいつです」

 紳士は車の中から男を引きずりだし、目の前で停止したパトカーから出て来た警察官二人にその身柄を引き渡す。

「相変わらず仕事が早いですな。我々も見習わなくては」

 警官の一人が、お世辞抜きに素直に賛辞を述べる。紳士は謙遜して、顔を若干赤らめながら言った。

「いえいえ、犯人一人捕まえるのにこれだけの被害を出してしまったんです。僕もまだまだですよ」

「なにをおっしゃる。この程度、奴に比べればなんてことありませんよ。なあ?」

「ああまったく。犯人の車をロケット砲でふっ飛ばさなかっただけ、あいつよりずっといいですよ」

「や、それはまあ、はははは……」

 この街に存在するもう一人のヒーロー……彼の友人のことを引き合いに出され、紳士が苦笑いを浮かべる。そして何かを思い出したように、紳士が警官に言った。

「では僕はこれで。その男は任せます」

「ええ。後は任せてください」

 警官がその言葉を言い終えない内に、紳士が足早にその場を走り去る。その様子を見ながら、警官二人が感慨深げに言った。

「いやあ、相変わらずの手際だな」

「ああ。流石はマックス・キッドと言った所だな」


 大通りから暫く進んだ先にある、人気のない路地裏。そこでマックス・キッドと呼ばれた男は、自分の身につけている物をそそくさと脱ぎ始めた。そして予めそこに隠してあったリュックサックをひっぱりだし、中から「普段の自分」が着ている服を取りだした。

「やれやれ、今日はえらい時間がかかったな」

 タキシードを畳んでリュックの中に入れ、水色のシャツとズボンを身につける。シャツの胸ポケットに入っている眼鏡をかけた所で、男がふと呟いた。

「あいつ、また滅茶苦茶やってないだろうな……?」

 警官の話していた友人のことを考え、彼の胃はキリキリと痛み始めていた。


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