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私も愛することはありません

作者: 和霞
掲載日:2026/06/15

「貴方を愛する事は決してない」


長い時間をかけて、王都の侯爵領までやってきた私に向かって、なんの労いもなく。

私が執務室に入ったとしても、書類に目を向けたまま、この男は宣った。



手広く商売をやっていて、飛ぶ鳥落とす勢いの、我がレーベル子爵家。


強欲なお父様は、足りないのは爵位だけだと、上位貴族家と堂々と渡り歩くための足掛かりを探していた。


我が家の商会で扱う商品は安価だが質もよく、先見の明があると評判であった。


販売先は下位貴族中心で平民達向けも取り扱っている。


その中でも、わたくしが自然食物から配合した化粧水シリーズや美容品が従来品とは違い効果が目に見えて分かる品物に、上位貴族達がこぞって従者達に買わせて納めさせていた。


自分達が直接、我が家のような商会から購入するのではないと言わんばかりに。


お父様は、昔から自分自身が大事な人だった。

亡き妻に似てキュルリンとした可愛い容姿に育った娘を、どうにか上手く使おうと伝手を探していたところへ、降って沸いたような王命による縁談。


傾きかけの侯爵家。しかも訳あり。

資金援助も条件の内だが、弱みも握れるとお父様は一も二もなく飛びついた。


今、目の前にいる侯爵家の当主は、一度離婚したとはいえ、昔からオモテになり、憧れていた令嬢が多くいたそうだ。


以前、侯爵が結婚したと同時に、常識範囲で年の合う令嬢は、もれなく全員バタバタと結婚したので、現在、皆が既婚者となっている。


侯爵離婚の噂を聞きつけ、空いた妻の座に座ろうと自分の離婚手続きを画策する家や令嬢が続出した。


王が認めない限り、貴族同士の婚姻は解消できない。

手っ取り早く結婚相手を暗殺してしまったり政治的策略をしたりと、余計な混乱が起こる前に、侯爵の友である王太子が慌てて下位貴族まで手を伸ばし、侯爵の結婚相手を探した。


8歳離れているとはいえ貴族的には常識範囲である。

尚且つ、資金援助できる家の我が家に白羽の矢が立ってしまった。

 

侯爵はお綺麗なお顔だちをしており、世間一般から言えば素敵なんだろう。

まぁ、想像していたより若く見えるしね。

私も噂はかねがね聞いていたし、遠〜くで見かけたこともある。

要は中身だと常々思っている私には、顔の造形は関係ないのですよ。


ハズレだな。

一度も執務机を離れないまま、淡々と話しをし、なんとも嫌な感じだ。

初めてお会いしたのだし政略結婚なんだと我慢していたが、もう、だいぶ嫌いだ。


ここまで案内してくれた執事さんも、なんども侯爵様を諌めてくれているが我関せずな態度をしている。


執事さんの方がよっぽどかっこいいし、たくさん説明してくれたし頼りになるし、好きだ。

とんでもなく、歳は離れてそうだけど。


複雑な理由があっての王命だが、私にまで回ってきてしまい、お父様が喜び勇んでお受けしたのだから、全部飲み込んで、仕方がないよねと納得しようと思った。

身分の差や、いろいろな噂。今までの階級と違う対人関係。不安だらけだった。


我が家へ一度も挨拶に来ない常識外れだとしても、私は良き関係を築き、家族と言う柔らかく暖かい何かを作りたいと思っていた。


今まで子爵家でも多くの執務を行い、商いにも携わり努力してきたのだ。

この能力を使って、お手伝いできるかも。


傾いている侯爵家を何とか再建しようと、いろいろと領地内を調べ対策もいくつか練ってきた。


別れを惜しんでくれた従者や侍女、そして商会の従業員とも離れ、このような遠くの地までやってきた。


これから自分の家となる侯爵家のお役に立とうと決心して、ここまで来たのだ。

 

ソフィアは、良きようにと考えていた反動もあり、この執務に入ってから、ずっと憤っていた。



あぁ。今更だが、とりあえず挨拶だけはしておこう。


「お初にお目にかかります。ソフィア・レーベルでございます。」


「ああ。挨拶がまだだったな。マクウェル・プリズナーだ。

こちらに迷惑かけないならば、何をやってくれてもいい。夫人の交際費もつけている。」


挨拶してない事に気づいていたのか。

やっと、目が合った。すぐに逸らされたが。


執事さんが、侯爵の言い草に目を剥いて凝視していて笑える。

それとも、偉そうに言った夫人の交際費は、我が家の支援金から計上されると気付き恥じたのか?


「諸々承知いたしました。ありがとうございます。

 お願いがございますが宜しいでしょうか。」


「なんだ」


「この条件等を、口約束ではなく、書面上にお願いしたく。」


侯爵はしばらく考えたのち、まぁいいだろうと、用紙を取り出した。


侯爵は条件をさらさらと箇条書きにし、高待遇だろうと言うかのように用紙を差し出した。

自由にしていい。よし、しっかり書いてある。


「侯爵様。私を決して愛さないと言う条項も抜けております。

 でも、それだと後継者の事ははいかがお考えでしょうか。」


「…前妻の子がいる。」


「わぁ。よかったぁ。

わたくし、聞いておりませんでしたので驚愕しましたが、安心いたしました。

では、白い結婚で!

早く、こちらも条項に加えてくださいませ。

もちろん、そちらのお子さんを次期領主だとの条項も。

さぁさぁさぁ。」


執事さんが手で目を多い、上を向いているが見えた。

お互い嫌ならば、良かったろうに。


侯爵様だって、肘を机につき、顔を覆って大きくいきを吐いている。

次期領主がすんなり認められて、安心したのか。それなら、よかった。


お金はたんまり実家から投入しているし、このような人のために、支える気も助ける気も全くない。

いろいろ考えてきたが、やめた、やめた。



「ついでに、部屋も侯爵様と離してくださいませ。」


侯爵様と執事さんが、短く息を吸った。


「本当の夫でもない、知らないおじさんが隣だと気持ち悪いです。」


本音でいい過ぎた。

フォローのためキュルキュルした目で、下から覗いてみる。


ぼんやりしていないで、早く記載してください。


「…他にはないか。」


「ございません。

では、お互いのサインいたしましょう。」


なんだか知らないうちに、私が主導権とっていた。


それならば。


「資金に余裕もない事だし、愛もないし、呼びたい人もいませんし。

結婚式もやめておきましょう。

どなたかに気づかれたら、身内で終わらせたと、しれっと答えましょう」


「いや、それは」


「いりませんよね。

巷で流行っている小説の使い古されたような陳腐な台詞を、私が聞くとは思っていませんでした。

幻滅です。がっかりです。

ニコニコ花嫁衣装着て、仮初の愛を叫ぶような鋼の心臓はございません。


そうだ。婚姻の制約書にもついでにサインいたしましょう。」


戸惑う侯爵を勢いで押し切る。


「では、本日は、もう、そっとしておいてください。

長旅で身体も限界なので。」


そんな事も気づかない、ご主人様。

突如と話をするのも面倒くさくなり、悲しいフリをして執務室から逃げてみた。


侯爵様にどんな理由があったかは知らないが、たんまりの援助金と共にやってきた私に関係あるのか?


いつか年を取ってからでも後悔するがいい。

明日から、できる限り会わないようにしよう。


私は夫を諦めた。

名ばかりの妻。有難い限りだ。


お気楽ご気楽に自分のために生きさせていただこう。


とは思っていたのだが、思いがけず継子に出会って可愛がってしまい、次世代の領地のためにこっそり平民達の暮らしを改善するのは、また別のお話し。


でもね侯爵様。

私も決して愛することはありませんので、ご安心を。


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