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眠れない夜に読む小説

作者: からん
掲載日:2026/05/29


友人の書いた小説はひどくつまらないものだった。


何番煎じの王道な設定のくせにわざとらしい難読漢字が散らばる友人らしい趣味で、長めの文章は読ませる気があるのかないのか、目が滑る。段落とか全体像とかプロットとか、そんなものは書かないと言っていたから、たぶん何も考えてない。ストーリーだって、ありきたりな展開で、主人公は大概平凡で、名前も容姿の設定さえ大して出てこない。行動はストーリーありきでコロコロ変わるから、一貫性もないから感情移入もしにくい。ヒロインは何かと突拍子もなく増えては、いつの間にか主人公と行動を共にしている。ほとんどおっぱいが大きい美少女で、口調だけがバリエーション豊富。友人はこんな女たちが好みだったのか、と僕は乾いた笑いをもらした。


退屈な展開に握っていたスマホが滑り落ちそうになる。危ない、と思ったが上手く布団に落ちてくれたから、もういいや。そのまま僕は睡魔に身を委ねた。



友人のつまらない小説は、睡魔を誘発させるという意味でお世話になっている。友人の小説の凄いところはそんなつまらない小説を毎日のように更新してくれているところで、こればっかりは尊敬している。


単調でつまらない世界観説明だけで一話を使っている時など一瞬で眠れた。凄い。連載だけでなくて、短編もたまに更新してくれていて、そこそこ量はあるが、どれも途中で眠ってしまって一向に読了できない。


今夜は短編を読んだが、ご都合主義だけで世界が回るハッピーエンドだ。カタカナの名前が全然覚えられなくて、その癖登場人物が多いから会話でも混乱した。考えているうちに眠たくなってくる。でもいいのだ、このまま睡魔に飲み込まれるのが気持ちよくて最高なのだ。悲しい話を読んで眠ってしまうと夢に見てしまうだろうから、何も考える必要のない話で、何も跡に引きずらない話が必要なのだ。読みたくなくなるほどの鬱な展開や涙を流すほどの感動など、ひどく感情を揺さぶられるものは脳みそが興奮してしまって眠れない。だから友人の棒読みみたいな一本調子の小説は貴重でありがたい。うつらうつらとしたままに、読んだよ、という意味でいいねボタンを押す。それでもう限界だった。とても眠たい。



トラックにはねられては死に、猫を助けては死に、殴られて死に、バナナの皮踏んで死んで、階段から落ちて死んで、友人の小説は大体死んでる。そうして物語は始まるのだ。


異世界転生して、人生が正しく始まって、取り立てて苦労もせず、欲に忠実で自分の成長を実感して、好きなだけ理想の自分へ向かって修行したりする。特に困った事件はおこらなくて、つまずくかもしれない石は名前だけ提示して、まるで未来予知のように先手を打って避けていく。ネット小説は読むものの、特別オタクでもなくて、不良でもない。平凡な僕は、そうだったらいいね、なんて思いながら目を通す。友人はこんな人生が送りたいのかな、叶うといいねぇ、なんてウトウトとしてきたタイミングで思った。


今夜もベッドに入って目を閉じても真っ暗な部屋のはずなのに、どこかに光源があるかのように瞼の裏がチラチラとして気になってしまった。結局目をあけて暗闇の中、視線をうろつかせたが、窓の外の街灯だって見えない。遮光カーテンは優秀。友人が誕生日プレゼントにくれた、叩くと光る、なんとも言い難い鳥の型をしたランプをつけて、勉強机の椅子へ座った。抽斗からお香を出して火をつける。なんだっけ、何かの漫画のコラボで買ったお香だ。キャラぴったりの良い香りがする。ちりちりとしたわずかな赤い火と独特の香りが部屋に充満すると名を付けがたい不安感や焦燥感が薄れて落ち着いていく。


小説投稿サイトを開いて、友人のハンドルネームを見つめた。本当ならスマホの光なんて脳が活性化するのに、じっと見つめていると眠気がくる。もう反射かもしれない。ハンドルネームは安直な友人A、誰かと被っていてもおかしくはない。でも最初はああああ、とかAAAAとか適当なものにしようとしていた。それを止めたのは僕。せめて何かわかりやすい感じの、そう渋ったらお前の友人なのでと友人Aとなった。そのまま相互フォローになって、僕だけ恰好いいハンドルネームにするのも恥ずかしくて友人Bにした。僕らは友人AとB、誰かの小説に登場してそうなハンドルネーム。被っているとしても、それは被って登録するのを許可してる運営のせいじゃん?なんて言って、笑った。友人Aの更新は通知をONにして、いつだって一番に僕が読んでいた。


主人公が珍しくダラダラうだうだと善悪について葛藤しているような描写を読んであくびが出たところでベッドに再び入る。これまでにもモンスターたくさん殺してたじゃないか、いうツッコミを内心でしつつ、最早内容はあまり頭にはいってこない。あとちょっとで眠れる。文字がやたらと続いているのを読み飛ばして会話だけをなんとなく追っておく。話はよくわからなくなったが、絡んできた酔っ払い冒険者を殺すか殺さないか悩んで、結局見逃してやったらしい。寛大で慈悲深い主人公のヒロインたちからの好感度アップイベントだったのかもしれない。瞼がどんどん降りてくる。ほとんど読まずにスクロールだけして、最後にいいねを押す。ほぼ読んでないくせに、と言わないで欲しい。これを一つ押すだけで、友人はいつも次の日学校で、僕におお我が唯一の読者よ、とふざけて体当たりをしてくるのだ。毎日の挨拶は大切で、平凡な僕の日常を彩るものだった。


「そうだぞ、お前のために書いてるからな」


「それは初耳、ありがとう。おかげでよく眠れるよ」


つまらない、退屈な小説だという酷い感想を言ってしまったことがあるのだが、友人はそれでいいんだとカラッとした笑顔で言った。そうであるように書いている、といわんばかりの口ぶりだったが果たして本当だろうか。本当かもしれない。友人はハッピーエンド主義。悲しいラストが嫌いだ。そもそも最近の漫画や小説は重い話が多すぎる、といつも愚痴っていて、まだ高校生のくせにふわふわの日常系四コマ漫画を好んでいた。僕が薦めたシリアスの多い作品は、たぶん一応目を通してくれている。大体次の日に目を充血させながら感想を伝えてくれるのだ。感情の揺さぶりがしんどいのだろう。一緒にアニメを見ようと僕の部屋にきた時なんて新品の箱ティッシュを構えて怯えていたくらい。


「主人公の技名、頑張って考えたんだなぁって思った」


「ロマンだからな!小学生の時のネタ帳からそのまんま」


「通りでコロコロ感あったわ」


学校は放課後でもざわついていた。部活の声があちこちから聞こえて、教室に残っているのは僕だけだ。漫研部なんてあってもなくても一緒の部活で、顧問だって教室にはいない。活動はいつだって友人と僕だけで、そういう僕らも漫画を描くことさえない。なんなら友人は絵が描けないから、と小説を書いている。文芸部にいきゃいいのにね、と言えばあそこは女子ばっかで肩身が狭いから嫌だという。


オレンジ色に彩られる教室は影が伸びて、ホラーゲームっぽいなと思う。いつだって夕暮れは哀愁を感じさせて、無意味に泣きたくなる。学校は忙しなくて、それが平凡な日常の象徴なのだとしても、今ここで僕が突然消えたって今座っている机の上に花瓶が乗っかるぐらいの変化しかないのだろうなと思う。間違い探しかな。


チャイムが響き渡って、外のざわめきが少しずつ静かになっていく。ホラーゲームのことを考えていたから、少し不気味で僕も帰ろうかなと思った。


「なんであんな退屈な小説ばかり書くんだ」


「なんでって、俺たちが子供の頃に書きたいと思ってた内容なんてあんなもんだろ、女の子にモテモテになって格好よく敵を倒してさ、ハッピーエンド」


「もう高校生だぜ、世界がそんなに優しくないって知り始めて捻くれるもんだろ」


「でもお前はおかげで眠れてるだろ」


それでいいじゃないか、と友人は言う。


「今のお前にはつまんないハッピーエンドが一番必要だ」


「・・・そうだな、お前のエッセイとかだと、眠れなくなるところだった」


僕がそう言うと、友人は大声で笑って騒いだ。

妙に耳に響く笑い声で、何故か僕の涙腺を刺激する。


「俺の!エッセイ!半生とかか?!それこそ退屈だ!超つまんねぇ!最初のほうなんて記憶ねぇよ!父親はアル中で母親は風俗嬢でした、から始まる話なんてゴミだ!大体お前の登場が遅すぎる!」


教室の窓を閉めていく。西日がきつくて眩しかった。長く伸びる自分の影は濃くて、大げさな身振り手振りで如何に学校生活が輝かしくて僕が友人として物語を彩るかを語る友人、彼には影がない。


「もうすぐ、四十九日だ」


窓を閉めてしまうと、外の部活動の音も車の音も聞こえなくなって、随分ともの悲しさを助長する。静かな教室は、慣れなくて嫌いだった。漫研部の顧問さえいないただのお喋り会は二人いて初めて成り立つのだ。いつだって友人は賑やかで、僕の平凡な日常とやらにあった。


「これはハッピーエンドになるのか」


「なるさ、ナスとキュウリがあればきっとね」


下手くそなウインクは失敗して、両目をつぶってしまっている。様にならない滑稽さが、友人らしくて、彼の机の上の花瓶を手に取った。いつまでも置いておけない。


花が枯れて処分されてから、なんとなく花瓶だけ置かれていたけれど、本当は教師が片づけるものなのではないだろうか。仕方がないので僕が片づけよう。僕は片手に花瓶、片手に鞄をもって教室のドアを開けた。ついてこない友人を振り返って、ちゃんと返事をする。


「すげぇ派手なハーレーダビッドソン型のナスとキュウリにしてやるからな」


「それって最高じゃん!バイク乗ってみたかったんだぜ俺」


「僕、もう眠れるから。大丈夫だよ」


「ははっ、眠れない時は何度でも読み返すといいよ」


だって無料だし、なんて笑った。夕日の眩しさに目を眇めるともう教室には誰もいなくて、僕は黙って教室から出た。帰り道は鼻水垂らして嗚咽がうるさいから、近所の子供が近づいたり離れたり変な目で見られながら帰ってきた。


バカみたいに泣き疲れて、小説を読まなくてもその日はよく眠れた。



小説を書いてみた。

僕の小説は超つまんねぇ。

でも何故かいつもいいねが一つは貰える。




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― 新着の感想 ―
大好きです。 さっきちょうど悪夢で目覚めて眠れなくて、夜中に見つけた物語だったのでタイムリー過ぎて感情移入が易々と。読み終わって泣いちゃった。 でも自分の場合は感情が動くお話でも相性良かったみたいです…
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