プロローグ
「ありがちゅう」
それが俺の最後の言葉だった。
気づけば、鼻を刺すような悪臭と、じめついた冷気に包まれていた。視界は低く、やたらと地面が近い。いや、近いどころじゃない。俺は、四つ足で立っていた。
「……チュ?」
出た声に、自分で絶句する。
目の前には、黒く濁った水。腐った野菜くず、ビニール袋、そして正体不明の何かが浮かんでいる。ここがどこかなんて、考えるまでもない。
――ドブだ。
しかも俺は、そのドブの主役側。
「いやいやいやいや、転生ってもっとこう……勇者とか、魔王とか、美少女とかじゃないの!?」
思わず叫んだつもりが、「チュウチュウ」としか聞こえないのがまた悲しい。
だが、混乱している暇はなかった。
ガサリ、と背後で音がした。
振り返ると、そこには鋭い目をした野良猫がいた。完全に獲物を見る目だ。つまり、俺だ。
「ありがちゅう……って言ってる場合じゃねぇ!!」
本能が叫ぶ。逃げろ、と。
俺は泥水を蹴り上げ、必死に走り出した。人間だった頃には考えられないスピードで、狭い隙間へと滑り込む。
息を切らしながら、暗いパイプの奥で身を縮める。
――生きる。
ドブネズミでもいい。どん底でもいい。
ここから、這い上がってやる。
「ありがちゅう……この命に、な」
そう呟いた俺の目には、かすかな闘志が宿っていた。




