表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

わたくしは、たしかに病弱な義妹だけれど……。

作者: 赤林檎
掲載日:2026/04/27

「アルフレッドの病弱な義妹というのは、あなたのことですわね!」

 わたくしの寝室の扉が、勢いよく開かれた。

 同時に、女性の大声が響き渡る。


 わたくしは驚きながら、のろのろと起き上がった。


 女性は誰の許可も得ずに、わたくしの寝室へと入ってきた。

 華やかな赤毛に、緑の瞳の美人だわ。

 流行りのドレスは……、アルフレッド様の瞳のような青。


 わたくしの方は、金髪に菫色の瞳。着ているのは、ただの白い寝間着よ……。


「どなたですの……?」

 わたくしは寝台に座って、女性に訊ねた。


 女性の後ろには、我が家の執事や下男、侍女たちがいて、みんな顔を青ざめさせている。

 今、この館には、わたくしの他には使用人しかいない。


 お義父様たちは、王都で行われる騎士団の入団式に行っているの。


 ああ、困ったことになったわ……。


「エルザ・ペルソナージュよ!」

 ペルソナージュ侯爵家は、このレシット伯爵領の隣に領地を持っている。

 エルザ様は、ペルソナージュ侯爵家の跡取り娘だったはず……。


「リリアン・レシット嬢……。平民の母親が、アルフレッドのお父様に見初められて、後妻に入ったのだったわよね」

「はい……」


 なにもかも、エルザ様のおっしゃる通りだった。

 わたくしは寝台の上掛けをぎゅっと握りしめた。

 ただでも身体が怠いのに、さらに怠さが増した気がした。


「アルフレッドは、舞踏会のエスコートをお願いしても、これまで一度もしてくださらなかった。リリアン嬢、あなたがいるから、と……」

 エルザ様の声が、悲しげに震えた。


 わたくしは顔を伏せて、鼻にハンカチを押し当てる。

 気分が悪いわ……。


「アルフレッドは、わたくしがお茶会にお誘いしても、毎回『リリアンの具合が悪いから』と言って、決して来てくださらない」

 エルザ様は強い口調で、わたくしを責め立てる。

 わたくしは今、不調の波が来ていて、しゃべれる状態ではないのに……。


「街へのお出かけ、王宮の庭園の開放日、サーカス、観劇……。アルフレッドは、ただの一度だって……」

 エルザ様は、まるで悲劇のヒロインのように言葉を切った。


 わたくしはエルザ様の様子が気になって、のろのろと顔を上げた。

 エルザ様はうつむき、白いハンカチで目元を拭っておられる。


「エルザ様は、アルフレッド様の幼馴染でしたわね……」

 わたくしは無理をして言葉を吐き出した。


 エルザ様のことは、アルフレッド様から聞いたことがある。

 ペルソナージュ侯爵家とレシット伯爵家は領地が隣り合っているから、以前はなにかと交流があったのですって。

 お二人が幼い頃には、いずれ婚約させてはどうかという話が出たことがあった、とも……。

 アルフレッド様が三男で、年齢も釣り合うから、と……。


「そうよ! リリアン嬢、体調が悪いふりをして、アルフレッドの気を引くのはやめてちょうだい! アルフレッドから侯爵家の婿になるチャンスを奪わないであげて!」

「侯爵家の婿……。それはたしかに、素晴らしいお話なのかもしれません。ですが……、決めるのは、アルフレッド様です……」

 わたくしは、なんとかそれだけお伝えした。


 くしゃみが連続して出てしまった。

 ああ、調子が悪すぎて、言いたいことの半分も言えない……。


 ◇


 わたくしがアルフレッド様と初めてお会いしたのは、母ちゃん……ではなくて、お母様がレシット伯爵家に雇ってもらうことが決まった日だった。

 実の父ちゃん……、いいえ、お父様が亡くなってから、半年ほど後のことよ。


 お母様は、なんとか住み込みの仕事を見つけられて、しかも三歳の娘と一緒でも良いと言ってもらえて、とても喜んでいたわ。


 わたくしとお母様は、領地館の豪華絢爛たる玄関ホールで、旦那様と三人のご子息たちにご挨拶をした。


「ジャネットさん、リリアン、これからよろしく頼む」

 思えば、旦那様……、お義父様はあの頃から、お母様がお好きだったのだろう。

 ただの使用人が新たに来たからって、お貴族様が玄関ホールで出迎えてくれるなんて、普通はないもの。


 しかも、お母様とわたくしは、お貴族様の礼儀作法を仕込まれて……。

 お母様は下働きからメイドとなり、ついにはお義父様の侍女になったの。


 お母様が侍女になって一年半ほど経った頃、お義父様はお母様に一度目の求婚をした。

 お母様は、平民だからと断ったわ。

 お母様だって、お義父様を好きだったのに……。


 お義父様はお母様を諦めることなく、求婚し続けてくれて……。

 お母様は、伯爵家の後妻になったの。


 ――あれは、お義父様とお母様が結婚式をした教会の庭。

「リリアン、今日から義妹だね」

 そう言って笑ったアルフレッド様の金髪が、陽の光を浴びてキラキラしていて……。

 お貴族様らしい青い目が、やさしく細められていた。


「はい、お義兄様! わたくし、ずっと兄が欲しかったのです!」

 こんな素敵な方が、わたくしのお義兄様になってくれるなんて!

 わたくしは淑女教育も忘れて、満面の笑みを浮かべた。


 他の二人のお義兄様も、とてもやさしくて素敵なお方だった。

 ただ、お二人ともだいぶ年上で、一緒に遊んでもらうことはなかったわ。


 アルフレッド様とは、お茶会ごっこに、めちゃくちゃなダンスに、お絵描き、一緒に歌を歌ったり、絵本を読んだこともあった。


 わたくしが成長すると、きちんとしたダンスのレッスンの相手も……。

 ダンスの先生に見守られながら、わたくしとアルフレッド様は、館のダンスホールで何度も何度も踊った。


「リリアン、上達したな」

 アルフレッド様の青い目が、やさしく細められるのを見るのが好きだった。


 ――あれは、いつからだったのだろう……。


 あの瞳と同じ色のドレスを着たい、などという大それた願いを持ったのは……。

 踊るために握られた手に、ドキドキしてしまったのは……。


 いけないことなのだと、わかっていた。

 わたくしは平民の出。

 アルフレッド様とは釣り合わない。


 だけど、アルフレッド様は、そんなことは気にしなかった。

「リリアン、デートをしよう」

 街へのお出かけ、王宮の庭園の開放日、サーカス、観劇……。

 アルフレッド様は、他の誰でもなく、わたくしを選んでくれた。


 舞踏会でだって、わたくしをエスコートしてくれた。

 平民の出のわたくしを……。

 わたくしはアルフレッド様を好きだという気持ち以外、なに一つ持っていないのに……。


 あの頃のわたくしは、こんな風に病で苦しむことなんてなかった――。


 ◇


「仮病はやめなさいよ!」

 頭にひどい痛みを感じた。

 気付くと、わたくしはエルザ様に髪の毛をつかまれていた。


「やめてくださいまし!」

 わたくしはエルザ様を突き飛ばした。

 エルザ様が、体勢を崩して床に転がる。


「仮病ではありません! わたくしは本当にくしゃみ鼻水が出て、目が痒くてたまらないのです! あまりにひどくなると、身体が怠くなって……、発熱して……」


 わたくしだって努力したわ。

 適度な運動、規則正しい生活、バランスの良い食事……。

 アルフレッド様が旦那様に頼んでくださって、王宮医師に診察していただいたことだってある。

 王宮医師から「ストレスを溜めないように」と言われた時には絶望したわ……。

 ストレスを溜めないようになんて、もうとっくにしていたわよ!


「ほとんど一年中、そんなことになるわけがないわ!」

「リリアンはなるのです」

 わたくしは、はっとして扉の方を見た。


「アルフレッド様……」

 王都で騎士団の入団式に出ているはずの方が、黒い騎士服を着て立っていた。


 アルフレッド様の後ろには、馬丁が立っている。おそらくあの馬丁が、お義父様たちに報せに行ってくれたのだろう。


 レシット伯爵家の領地が、王都に近くて良かったわ……。


「まあ、アルフレッド! わたくし、あなたの義妹に突き飛ばされましたのよ!」

 エルザ様は、床に座り込んだまま叫んだ。


 わたくしは髪が乱れていたことを思い出し、慌てて手櫛で髪を梳いた。少しはマシになっているといいのだけれど……。


「リリアンになにをした!」

 アルフレッド様は厳しい声で言いながら、エルザ様の横を素通りして、わたくしのそばまで来てくださった。


「リリアン、髪が……、ひどいことになっている」

 アルフレッド様は寝台に腰かけると、わたくしの髪を直してくださった。

 恥ずかしい姿を見られてしまったわ……。


「アルフレッド、わたくしを差し置いて、義妹の世話など……!」

 エルザ様は勢いよく立ち上がった。あれだけお元気なのですもの、きっとお怪我はされていないわね。


「リリアン、安心しろ。ペルソナージュ侯爵家には、父上から抗議してもらう。ペルソナージュ侯爵令嬢は、このように他家で暴れたのだ。きっと跡取りではなくなるだろう」

 アルフレッド様が、わたくしを抱きしめてくださった。

 いつだってアルフレッド様は、わたくしを一番に考えてくださる。


「なんですって!? 抗議しに来たのは、わたくしの方ですわ!」

 エルザ様は、アルフレッド様の肩を片手で掴んだ。

 アルフレッド様は、その手を冷たく払いのける。


「エルザ様……、勘違いをなさっていますわ……」

 わたくしは、アルフレッド様の腕の中からエルザ様を見た。


「勘違いですって!?」

「エルザ様は、いわゆる『アルフレッド様と婚約する予定だった幼馴染』でしたわね」

「そうよ! そのどこが勘違いだというの!?」


「ペルソナージュ侯爵令嬢、あなたは私の婚約者ではありません」

 アルフレッド様が、エルザ様を見ないまま教える。


「それがどうしたというの!」

「アルフレッド様の婚約者は、わたくしです。わたくしは……、ただの平民リリアン・ヴェールに戻り、騎士アルフレッド・レシット卿に嫁ぐのです」


 アルフレッド様は、ペルソナージュ侯爵家や、他の貴族家への婿入りだってできるお方だった……。

 それなのに、お義父様やお義兄様たちを説得し、一族の方々とも何度も話し合って……。

 ただの騎士になってまで……。

 わたくしを……、ただの平民を……、妻に迎えてくださるの。


「そんなわけないわ!」

 エルザ様が、先ほどと同じように叫ばれた。


「信じたくなくても、そうなのです」

 わたくしが言い切ると、エルザ様はその場によろよろと座り込んだ。


「嘘よ……、そんなの嘘……」


「アルフレッド様が舞踏会のエスコートをしないのも、個人的なお茶会に行かないのも、デートをお断りしてきたのも、わたくしと婚約していたからです」


「ペルソナージュ侯爵令嬢、貴女は私と婚約する気でいたようですが……。私は元よりリリアンと婚約する予定でした。貴女がなにをどう勘違いしたのか、私にはまったくわかりません」

 アルフレッド様が、さらに冷たくエルザ様を突き放す。


 エルザ様は、その場で泣き崩れた。


「ペルソナージュ侯爵令嬢のお帰りだ」

 アルフレッド様が言うと、エルザ様の侍女や、レシット伯爵家のメイドたちが弾かれたように動き出す。

 暴れるエルザ様は、執事や下男に引きずられて、わたくしの寝室から出ていった。


「アルフレッド様、お騒がせいたしました」

 わたくしは寝台の上でうつむいた。


 もっと丈夫な身体でさえあったなら、どの舞踏会にも、お茶会にも、出られたはず……。

 そうしたら、きっとこんな誤解も生まれなかったわ……。

 今日だって、アルフレッド様の入団式を見に行けたのに……。


「リリアンのせいではない」


 そろそろスギ花粉の季節が終わり、ヒノキ花粉の時期になる。

 さらにイネ科がやって来て、秋にはブタクサが待っている。


 ああ、目がひどく痒いわ……。

 わたくしは、そっと目元にハンカチを押し当てた。


「誰がなんと言おうと、私が愛しているのはリリアンだけだ」

 アルフレッド様が、わたくしを強く抱きしめてくださった。

 こんなに病弱なわたくしなのに……。


「リリアン、いつまでも私のそばにいてほしい」

 アルフレッド様……。

 わたくしは、そのお言葉だけで幸せだった。


 アルフレッド様と結婚してしばらくすると、この病の症状を軽くする薬がやっと完成する。

 わたくしはその薬のおかげで、また普通の日常生活を送れるようになるのだけれど……。


 それは、もう少しだけ先のお話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
公爵家は敢えてエルザに勘違いさせたままだったのでしょうか? あまりに恥知らずな行動に出ましたが爵位が下な上に貴族から出るのであれば報復を簡単にされてしまいそう。 エルザみたいな恥知らずが侯爵家跡取りか…
医者からもここまで重度の花粉症はあまりいない、と言われたくらいの花粉症なのでリリアンにとても共感してしまいました 花粉症…酷いと本当に起き上がるのもきついのに、花粉症が酷いと周囲に言えばエルザのような…
シリアスなのかぁ‥‥ ギャグ、コメディかなと思いました ( ̄▽ ̄;)ww 花粉症で病弱義妹‥ とても新しいお話でしたね (ΦωΦ)フフフ… 斬新です!! ハピエンで良かった 楽しいお話ありがとうござい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ