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第八章 過去

第八章 過去

 現在から十一年前。足立区にある城南幼稚園の二階、建物に向かって一番左にある桜組。他の園児は幼稚園の庭で遊ぶ中、荒川綾人は教室の床に敷いた新聞紙の上に横になっていた。先生がいつも弾くピアノの裏で、エラリー・クイーンの本を読んでいる。先生達の間でも、とても変わった子供と噂されていた。

「ギャアギャアうるさいな。これだから子供は…。」

 自分も子供である事を忘れている荒川は廊下を誰かが走る音に気づく。教室内から外を見て右側、トイレの方から走ってくる音。音はしばらく廊下を行ったり来たりしていた。荒川は執拗に聞こえる走る音にイライラを爆発させた。

「だあも…。なんだようっせーな…。」

 すると、一人の女児がひょっこりと廊下から教室内を覗いてきた。ショートヘア、クリクリとした大きく可愛らしい目でじっとりと教室内の荒川を覗く。女児の手は濡れており、膝は砂で汚れている

 女児はスタスタとピアノの裏で寝そべっている荒川に近づく。

「ねえねえ、綾人君はいっつもみんなと遊ばずに一人で本ばっか読んでるけど、何で?何で皆と楽しいことしないの?今お庭で皆で鬼ごっこしてるよ!?」

 女児は純粋な眼差しでムスッとした荒川を見る。

「えーっと。ごめん、お前誰だっけ?」

「あたしは麻耶!朝もあいさつしたでしょ!?」

 麻耶は少し不満そうにした。

「ああそうか麻耶か。俺が皆と遊ばない理由は主に三つ。」

「みっつ?」

 麻耶は純粋な眼で答える。

「一つ目はその行動が苦手でやりたくないパターン。二つ目は苦手ではないが、今だけ気分が向かないパターン。三つ目は怪我か障害を負ってしまっているか、風邪などの体調不良でやりたくてもやれないパターンだ。」

 偉そうな荒川の言葉に麻耶はムスッとするでもなく目線を斜め上に向け考える。

「うーん。綾人君は前の運動会でかけっこ一位だったから…運動は苦手じゃないはず…。綾人君は見た感じ怪我もしてないし、だるそうにしてるけど具合が悪そうでもないし…。わかった!答えは二つ目の気分が向かないパターンだ。」

「ぶー、ハズレ。そもそも興味が無いから、でした。」

 荒川は麻耶の目を見ること無く、本をめくりながら答える。麻耶は頬を膨らましながら地面を激しく蹴る。

「むーっ何それ!三つのどれでも無いじゃん!」

「(主に)三つと言っただけで、三つの中に答えがあるとは一言も言ってない。そんな事もわからん奴と会話をするだけ無駄だからあっちに行ってくれ。小説に集中出来ない。」

「もー、そんなんだからみんなが陰キャラ芋虫とかって言うんだよ!」

「なっ!?…いも…!?」

 初めて荒川は麻耶の顔を見た。自分がまさかそんな陰口を叩かれてるとは夢にも思わなかったのだろう。クールぶった顔に急に冷や汗をかき始めた。

「まあ、いいや。芋虫はモソモソと陰気なピアノの裏で誰かに踏まれれば良いんだよ!」

 麻耶はムスッとしながら教室を出ようとした。

「あ、ちなみにハンカチならここだぞ?」

「へ?」

 麻耶は振り向いてポカンとした表情で荒川を見る。荒川は再び寝そべり、左手でピンク色のハンカチをひらひらさせた。右手ではなおもエラリー・クイーンの小説が握られている。

「あ、私のハンカチ!どこにあったの!?」

「さっきお前が友達とドタドタ外に行く時に落としたのを見てたからな。これを今探しててやかましく走り回ってたんだろ?」

「ええ!?何で分かるの?」

 麻耶の目はまん丸く大きく見開かれた。

「そりゃあ分かるだろ。手をビシャビシャに濡らしてトイレの方から走ってきたのは用を足した直後だから。膝が汚れているのは地面に膝を付けて何かを探していたから。となったら探し物はハンカチ以外無い。ほれ!」

 荒川は取りに来いと言わんばかりにハンカチをひらひらさせた。相変わらず彼女の方を見ようともしない。麻耶は荒川に近づき、ハンカチを受け取った。彼女が微動だにしないのを不思議に思い、荒川は麻耶の顔を見上げる。

「うん?どうした?別にハンカチを汚してなんか…」

 麻耶は仰向けに寝ている荒川の上から覆いかぶさるように上から抱きついてきた。

「…小説が読めないんだが…。」

「………だって無くしちゃったかと思ったから!これお母さんが使ってた大切なもので…綾人君はヒーローだね!?」

 麻耶は笑ってるのか泣いてるのか、感激してるかもわからない声で荒川に抱きついて離さない。意外と力が強く、荒川でも引き剥がせない。

「いやあの…苦しいから…。」

「えっへっへっへ!?麻耶が抱きついてるから小説読まなくても良いよ!?」

「いや、良いよじゃなくて…。」

「感謝を伝える時はこうやって抱きつくんだよ!ハグって言うんだよ!?知らないの!?」

「そんな文化は日本にはない…。」

「あるもん!!」

        

           *


 荒川が河北高校に入学して一ヶ月と少し経った五月二十三日の木曜日。事件は起きた。河北高校一年C組の松坂道子の水筒にチョークが入れられ、校長やらが出てくる騒動にまで発展した。放課後、教室に一旦待機された生徒たちは非日常に少しワクワクしていた。

「本当にあの先生はしゃーし…。」

「うん?シャー芯?無いならあげようか?」

「いや、大丈夫…。」

 教卓のすぐ前の席の女子が体を横にし、真後ろの女子と会話をしていた。一番前、黒板に向かって右端に座る荒川綾人は頭の中で思考を巡らせていた。しばらくして、担任の宮司陽子と松坂道子、校長が入ってきた。

「えーみんな話は大方知ってると思うが、実はぁ…。」

「先生!」

「ん?なんだ荒川ぁ?」

 荒川は手を上げ、宮司の話を遮った。

「松坂さんの水筒にチョークを入れた犯人が分かりました。」

「はあ!?」

「何を言ってるんだ君は!?」

 校長が少し怒鳴った。松坂道子ことみっちゃんはまん丸と目を見開き、宮司はニヤニヤとしながら荒川を見る。

「良いのか荒川ぁ?そんなにカッコつけてぇ?もしも間違ってたらごめんじゃすまないぞぉ?」

「間違える?ありえませんね…。」

 一同はガヤガヤと騒ぎ始めた。ふざけるなと言い出そうとする校長を宮司が手で制した。

「まあ若造の晴れ舞台を見守るのも大人の約目ですよ?それに現状、我々も犯人が誰だか分かってない。聞く価値はあるんじゃないですか!?」

 宮司の説得に、校長は渋々従った。荒川の左横に座る坂本麻耶は心配そうに右手で髪を留めてるシュシュを触る。同時に荒川に期待と不安の眼差しを向ける。

「では準備があるので少々お時間ください。」

          

             *


「…六限目の音楽、その授業中に席を立ったあなた方三人にしか犯行は無理なんですよ?」

 事件当日の放課後一年C組の生徒約四十名が見守る中、荒川綾人は教卓の前に立ち推理を披露している。校長、宮司、みっちゃんは黒板に向かって左側の隅に用意されたパイプ椅子に座って荒川の推理を聞いている。

「犯人は左利きであり、途中で授業を抜けた豆田ゆまさん、あなたです。」

「はあ?何でそうなるんだよ!?推理小説にいぼりやがって!」

 荒川は、ある一人の女子生徒を名指して声高らかに宣言した。教卓の前に座っている名指しされた女子生徒は興奮して椅子から立ち上がり、大きい目をさらにカッと開いて荒川を睨みつけた。身長は一八〇近くある。

「水筒は上部側面に付いたボタンを指で押せば自動で蓋が開くタイプです。左利きの人間なら、左手でチョークを持って右手の親指でこのボタンを自分側に向けて押します。そしてチョークの粉が付いた手でそのまま蓋を閉めるでしょう。この水筒の蓋を開けるボタンを自分側に向けた際、チョークの粉が左側にしか付いていません。これは左利きの人間が水筒を触った何よりの証拠です。」

 豆田は目をギラつかせながらも反論に困っているようだ。

「また、チョークは黒板の中央下側に付けられた二つの小さな引き出しの中にあります。通常左利きの人間なら無意識に左の引き出しからチョークを取ります。今見ると、左の引き出しが乱雑に手前に飛び出しています。五限目の歴史の授業をされた吉野谷先生は大変几帳面な性格で、このようにチョークの入った引き出しを乱雑に戻す人ではありません。吉野谷先生がチョークを入れるこの引き出しをきちんと戻している姿を、僕を含め、何人かの生徒が見たと証言しています。」

 宮司の横で座りながら見ていた松坂道子ことみっちゃんは荒川を凝視する。

「荒川君て何者なんや?」

 みっちゃんはボソリと呟いた。

「他に席を立った増谷君も長野さんも右利きだ。これはこの一ヶ月間…クラスを観察していれば、まあわかることですね。」

「じゃあなんだ!?私の手にチョークでも付いてんのか!!?」

 豆田は自分の左手を前に出して怒鳴り散らした。クラスの人間は彼女の覇気に圧倒されている。しかし、荒川は動じることは無い。

「化学室から持ってきた水の入った水槽とストローがここにあります。」

 荒川は教卓の上に並べられた品々を指しながら答えた。

「あれ、しゃっきから置いてあるけん何に使うんか気になっとったっちゃんね。」

 とみっちゃんが宮司に小声で言った。宮司は相変わらずニヤニヤしている。

「では、豆田さん。左手を水の中に入れてストローで空気を当ててください。」

 豆田は渋々言われた通りにした。するとガラス容器の下に何やら白い固形物が沈殿し始め、豆田は思わず左手を水から出してしまった。

「おやおや、随分な慌てようでしたね豆田さん。そう…。その沈殿した物質こそが炭酸カルシウム、すなわちチョークです。」

 一同はどよめいた。豆田は呆然として沈殿したチョークを見つめている。

「水に手を入れた事で水酸化カルシウム水溶液になり、豆田さんの吐いた息、いわゆる二酸化炭素を入れた事により、炭酸カルシウムの沈殿が生じたんです。中学で習う初歩の化学ですね。」

 荒川はニヤニヤと勝ちを確信した様子で豆田に近づく。豆田は冷や汗をかいている。

「今日、あなたはチョークに授業中も休み時間も一切触っていない。休み時間も友人と喋っていて教室を出ていない。では…その左手から検出されたチョークはいつどこで付いたんですか!?」

 豆田は唇を噛み微かに血が滲んでいる。

「本当は左手の推理の段階で降参してほしかったのに残念です。動機は恐らくあなたを捨てた博多なまりの母親を松坂さんに重ねた末の犯行…。」

「何で私の母親が博多の人間って知ってんだよ?」

「それはあなたの言動を聞いてれば嫌でもわかります。」

 みっちゃんは感づいたような顔をした。宮司を含めたクラスの人間は訳が分からないと言った顔をしている。

「あなたは校長先生が教室に入ってくる前、後ろの席の友人に『本当にあの先生はしゃーし…』と言って慌ててごまかしてましたね。それは『本当にあの先生はしゃーしい人だ』って言いったかったんですよね?また、私の推理の冒頭、あなたは私にこう言った。『推理小説にいぼりやがって』とね。」

 豆田はしまった、という感じで口元に手を置いた。

「『しゃーしい』とは『うるさい』とか『うっとうしい』、『いぼる』とは『はまる、埋まる』という意味。どれも全て博多の言葉です。クラスの大半の人は、あなたが興奮のあまり呂律が回らなくて言葉を噛んだだけだと思ってるだろうが、私は聞き逃しませんでしたよ?そしてそのあなたがこぼしたその二つの単語によって、私は疑問が確信へと変わりました。あなたは自身の博多弁を隠し、自分を捨てた母親を松坂道子さんへ重ね凶行に及んだ。

「何であたしの母親のことまで、知ってんだよ!」

 みっちゃんも含め当然の疑問であった。まだ、高校に入学して一ヶ月足らず。お互い中学校も違う荒川が豆田の過去など知る由も無いのだ。

「この記事を見て下さい。」

 荒川はある新聞の切り抜きをクラスの人間全員に見えるようにした。

「今から三年前、僕らがまだ中学一年だった頃、博多である惨劇が起きました。三十代の夫婦が喧嘩の末、殺し合いに発展し、妻が夫を刺殺した事件です。事件があったのは土曜の昼間。当時、十三歳の中学生の一人娘が部活から帰ると父親が刺殺されており、母親が行方不明。隣人の目撃証言や刺された包丁の指紋から、父親を刺したのは母親だと判明。父親は豆田剛。母親は豆田和枝。そして…娘があなた、豆田まゆさんです。新聞にもばっちり名前が載ってます。」

 豆田はもはや何も言い返せず床を見つめていた。一同は動揺を隠しきれない。

(確かに、そんな事件があったようなぁ。しかし、よくある殺人事件で犯人もすぐに捕まったからテレビでもそんなに大々的には報道してなかったよなぁ。新聞でも地方欄に小さく載ってただけだったはずぅ。てか、何で三年前の新聞の切り抜きを今持ってるんだあ?)

 宮司は心の中で呟いた

「私はこのクラスであなたの『豆田』の名字を見てすぐ三年前の事件を思い出しました。そして家にある新聞の切り抜きをいつも持ち歩いていました。何か重大な事件が起きるかもと思ってね。いやはや自分の探偵の勘が怖いくらいです。」

(まじかよぉ、普通三年前の事件なんて覚えてないし、そもそも中学生が新聞切り抜いてるのも面白いしぃ、何コイツやばぁ)

 宮司は笑いを必死で堪えながら、心の中で大爆笑した。

「あなたがやった事は些細なことです。チョークなんて所詮は炭酸カルシウム…。人体には何も影響は無い。しかし、これが農薬や青酸カリなら簡単に人を殺せます。あなたはあと一歩の所で、あなたの母親と同じ過ちを繰り返し…」

「あああああああああああああ!」

 荒川の推理を遮るように豆田まゆはその場に泣き崩れた。一八〇はあろうかという長身を降りたたみ、豆田は泣いた。嗚咽を交え、何度も額を床に打ち付けた。生徒の泣き叫ぶ声、教師の怒声がその場を支配するのを無視して、荒川は水槽を抱え教室を出ていく。

        

            *

  

 ようやく長いホームルームが終わった。宮司と校長は落ち着いて泣き止んだ豆田を連れて出ていく。この後、さらに詳しい追及があるのだろう。解散を命じられると、荒川はスッと椅子から立ち上がった。

「随分かっこよかったじゃーん。名探偵ーくん!?」

「痛っ!?」

 後ろから椅子を蹴るのは短い茶髪の美少女、音花ユリだ。

「何すると!?荒川君はうちば庇うて犯人当ててくれたっちゃん!?何でそげん酷かことすると!?」

 荒川の後ろに座るみっちゃんがすかさず止めに入る。

「庇う?何自惚れてんの?この推理オタクは自分の推理に酔っているだけだけど?あんたなんかの事何とも思ってないから!」

 ケラケラと笑う音花の後ろには帆坂が複雑な表情で佇んでいる。

「はあ?あんたも豆田とおんなじごと荒川君ば推理オタク言うと?じゃああんたにあげん推理が出来ると?」

 みっちゃんはさらに詰め寄る。

「みっちゃん…。こいつはただの幼馴染だから。ちょっとからかってるだけだから…。」

 先程、怒り狂う豆田に毅然と推理を披露していた姿からは一変、荒川は冷や汗と愛想笑いでみっちゃんと音花の間に入る。

「………!?」

 狼狽した荒川の姿にみっちゃんは考えが追いつかなかった。

「また同じクラス、まあ仲良くしようよ?」

 音花はチラリと荒川を見ると、背後に立つ帆坂に行くぞと合図をして教室を出ていく。

「荒川君!さっきの推理の時は凄くカッコ良かったのにあの女にはビビってたね!?てか何あの女!?中学一緒だったの!?」

 荒川の左横の席、艷やかな黒色の髪を大きなシュシュで束ね、彫りの深い顔でくりくりとした大きな目の美人、坂本麻耶が話しかけてきた。

「まあそんな感じ。坂本さん、みっちゃん…、間に入ってくれてありがとう。」  

 荒川はホッとしたように二人に向き直った。

「そげんそげん。うちなんか助けて貰うた身やけん。そん感じやと荒川君、昔からあん音花っていう女が苦手そうやね!?何か酷かことしゃれたらうちに言いんしゃい!?」

「あたしにも言ってね!?力になるから!?」

 二人の美少女は荒川に詰め寄った。

「ありがとう、放課後なんだし今日は帰ろうか?」

 荒川は近づく彼女たちを両手で制しながら言った。

「どうせなら三人で一緒に帰ろうよ!」

「良か!良か!それが良か!」

「うーん、じゃあ途中まで帰ろうか。」

 荒川はポリポリと頬をかいて軽く笑った。美少女二人と帰るのは彼もまんざらでもないらしい。

        

         * 

 

「君から話は聞いていたが、まさかあそこまでの実力とは…。」

「ええ、私もびっくりです。」

 同日夜の六時、豆田を厳しく追及し終えた校長と宮司が誰に聞かれてる訳でもないのに小声で喋る。

「あの件を秘密にしてくれと荒川君の両親からも念を押して言われた。くれぐれも頼むぞ!?」

「ええもちろんです。詳しい内容は私も知りませんが、秘密は守ります。」

「わかった。今日はご苦労だったな。まだ新しいクラスで慣れてないのに、色々すまんな。帰って貰って大丈夫だ。」

「ありがとうございます。失礼します。」

 宮司は頭を下げ、校長室から出ていく。校長は深いため息を付いてノートパソコンの電源を落とす。

「私もそろそろ帰るか…。」

 校長は背伸びをしてから、窓の外を眺める。

「お前の読みは本当に正しいのか?…直人…。」

 校長は小さく呟く。

        

        *


 同日夕方五時。長いホームルームと言う名の推理ショーが終わり、荒川一行は帰路についていた。三人は野反五公園の南側を歩いていた。

「ねーねー音花って中学からあんな感じだったの?」

 坂本の美しい目が荒川の顔に近づく。

「ええ、うんまあ…。」

「あれー、ましゃか中学時代もああやっていじめられとったと?ほんなこつあん性悪女め!」

 二人の美女が自転車を押してゆっくり歩きながら話す。荒川は自転車ではなく徒歩のようだ。

「そういえば帆坂優樹って女…。入学式の時から音花と喋ってたけど、あいつらも同じ中学?」

「うん…そうだね。足立区立第三中学で一緒だったよ…?」

 荒川は斜め上を見ながら歯切れ悪く答える。

「中学時代もああやってでかい態度だったんだろうね!何かクラスの人間を常に見下してるというか、監視してるというか…。」

 坂本は先程の音花の態度が未だに許せないでいる。

「ま、まああいつ中学時代バスケがめっちゃ強かったからさ、それで他人を見下しちゃうんじゃない!?」

「それでもあの態度は無いわー」

 坂本は唇を尖らせて不満をあらわにする。

「にしたっちゃ荒川君ん推理ショー凄かったね!? 何であげんくるくると頭が回ると?音花が推理オタクって言いよったちゅう事は、中学時代も推理ショーばしとったと?」

 みっちゃんは興奮した様子で話す。

「んん…まあ推理は何度か披露したことはあるね?でもあれは推理でも何でもなくてただ知っている事を話しただけ。音楽の授業中席を立った人と人数、先生の癖、人の利き腕、初歩的な化学、過去の事件…、全部をただ繋ぎ合わせただけだよ。」

 荒川はなんでも無い風に装ってはいるが、やはり自分の手で犯人を捕まえたのが嬉しいようだ。

「いや、ていうか観察力えぐくない?豆田が左利きで博多出身なんて初めて知ったし、音楽の授業中誰が席立ったかなんて覚えてないよ!」

「そうそう。しかも三年前に起きた事件なんて普通は忘れとーばい。」

 二人の話を荒川は聞き流す。音花の話から逸れてほっとしてるようだ。野反五公園を離れようとした際、荒川一行は二人の老夫婦らしき人物を見かけた。老夫婦は公園の何も無い芝生の上で手を合わせており、そこには容器に入ったキャットフードのような物が置いてある。

「何あれ、何かあったの?」

「荒川君!また事件んニオイばい!」

 みっちゃんは、思わず荒川の腕を肘で小突いた。荒川は声が上ずりそうなのを押し殺しながら話を続けようとする。

「ああ最近多発している猫の惨殺の供養だろうね。ほら、足立区内で四月から二件発生してる奴。これで三件目か。」

「あー、確か昨日の夜のニュースでやってたね。今日夕方、猫が刃物でズタズタにされたって。」

 坂本は左手で髪をまとめているシュシュを触りながら、興味なさそうに呟く。

「あの夫婦、よく夜中こそこそとこの公園来て、猫に餌あげてたからね。ったく、おかげで猫が増えてしょーがないわ。」

「えー、何で夜餌あげとったって荒川君知っとーと?」

「俺はすぐそこに住んでて夜走ってるからな。」

「帰宅部なのに走ってるの!?ウケるー」

 さっきまで黙っていた坂本が急にテンションを爆上げした。と言っても同じ帰宅部のあなたには言われたくないという表情を荒川は隠さなかった。

「ばってん、可愛そうばいね、猫を殺すなんて。犯人は相当頭んおかしか人なんやろうか?」

「さあねー、注目浴びたいか、解剖好きなんじゃない?」

 話す女子二人をよそに、荒川は顎に指を当てて考え始めた。

「まず、一件目は四月の十日、水曜日。午後三時頃、赤和コミュニティ公園。二件目は四月の二十四日、水曜日。赤和桜公園。これも丁度三時頃…。そして昨日、五月二十二日水曜日、確かこれも三時頃…。」

「何なに?今度は猫惨殺野郎も捕まえてくれる感じ?」

「しゃすが、一Cん名探偵!次も期待しとーばい!」

「あ?いやいや、癖みたいなもんだよ!事件の内容をブツブツ呟いちゃうのは!」

 荒川は両サイドから顔を覗いてくる二人の美少女にたじろいだ。

「じゃあ俺はこの家だからさ!また明日!」

「ほんとに家近いね?」

「あれ?もう帰ってしまうと?もっと喋りたかったっちゃけど…。」

 二人の美女をよそに荒川はセキュリティが強そうなマンションに入っていく。

「うわぁ、荒川君て結構良いマンション住んでんね?」

「両親が会社でも経営しとーんやろうか?いつか聞いてみたかねえ?」

 自転車を押している二人は荒川がマンション下の自動扉をくぐるとすぐ前を向き、歩き出した。みっちゃんは時折、振り返る。

「あれれ?もしかして荒川君に惚れちゃった?」

 坂本はニヤニヤしながらみっちゃんを見やる。

「うーん。ようわからんばってん…。とりあえず今日ん荒川君は…ばりカッコよかった…。」

「きゃあ~むっちゃ惚れてんじゃーん!?」

 坂本はさらにジロジロとみっちゃんの顔を覗き込む。みっちゃんは坂本から顔を背け、右手の指で自転車のベルを軽く鳴らす。

「そう言えばみっちゃんの実家って博多で有名なお団子屋さんらしいね?」

「うん。江戸時代から続いとーばり古かお団子屋しゃんばい?」

 みっちゃんは少し機嫌が直ったように顔をあげる。

「もしかして博多から東京来たのもそれがらみ?」

「うん。博多では知らん人がおらんくらい有名になったけん。博多の店は別の人に任しぇて、東京で店ば大きゅうするぞーって銀座にオープンしたげな。」

「銀座?すごいね!?みっちゃんもお団子作るの!?」

「土日とかお店に手伝い行くばい?やけん帰宅部なんやけどね?。博多におる時は毎日手伝わしゃれたけどね?そういやあ坂本しゃんも帰宅部ばってん…?」

 みっちゃんは坂本に聞き返す。

「あたしの家はシングルマザーでさぁ。家の事とかやんなきゃいけないから部活なんてやってる暇ないんだよねー。」

「ありやぁ。そりゃそれで大変そうやねぇ。」

 みっちゃんは博多にいる時は学校から帰れば毎日団子屋の手伝いをさせられた。故に友達がろくに出来ず、中学の思い出はゼロだった。彼女に申し訳無く思った両親は高校くらい少し余裕を持たせようと、アルバイトを雇い、平日は彼女に自由を与えた。しかし、それも絶対ではなく、学校が早く終わった日などは駆り出される事が多い。坂本麻耶は境遇が似ており、みっちゃんが心を許せる唯一の相手だった。しかし、学校では喋るし、一緒に帰る仲ではあるが、まだ休日で会った事が無い。お互いが学校以外にやらなければいけない事があるのを何となく察しているのだろう。二人は野反五駅まで歩いてきた。

「じゃあ私の家、この駅のもっと西だから!みっちゃんは道路は挟んで南だよね!?」

「うん!そうばい!今日はありがとう!いつか休日も一緒に遊びたかね!?」

 彼女たちは西と南で別れた。今の言葉はみっちゃんは本気で言ったが、坂本はどう受け取ったのだろうか。ただの社交辞令だと思われていたら嫌だなと、みっちゃんは思った。

第八章 過去 終わり


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