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第四章 捜査

第四章 捜査

 十月八日金曜日、朝の七時。守衛室を覗く荒川綾人は内心ドキドキしていた。

「あのイカツイじいさんは…居ないか…。鍵は…よし掛かってない。」

 荒川は忍び足で守衛室に入ると辺りを見まわした。守衛室は奥に向かって長方形のシンプルな形をしている。

「ここであの爺さんは一日ぼーっと廊下を眺めてたのかぁ。」

 守衛室に入ってすぐの右側に机と椅子が廊下に向かって置いてあり、窓口のようになっている。忘れ物の傘を借りるときなどはここで受付をして、机の上の台帳にクラスや学年や名前を記入するようだ。

「おや…?」

 中に入って初めて気づいた。受付の机の隅っこ。外から死角で見えない所に写真立てがあり、一人の老人と二人の少女が写っている。

「幼稚園児と小学校低学年くらいの子かぁ。まさか殺されたあの女児じゃあ…無いか…。お孫さんかぁ?…おや?」

 これも守衛室に入ってから気づいた。守衛室の中から小窓に向かって上に視線を向けると、色々な人の名前と電話番号が書かれた紙が貼ってあった。

「おー俺が小学生の時にもあったなぁ。クラスの全員の電話番号が書かれた連絡簿みたいなの。手当たり次第にいたずら電話したなぁ。今の時代じゃあプライバシーの問題で廃止になったらしいけど…。」

 ずらりと名前が書かれている。緊急の時や連絡事項を伝える際に使うのだろう。校長や教頭、学年主任の名前等が並ぶ中、マジックで塗りつぶされている箇所があった。

「うわぁ、あの人自分の名前と電話番号だけ塗りつぶしてるよ…。せこいやっちゃなぁ。電話番号は…うーん判別不可能かぁ。」

 荒川はさらに守衛室を見渡した。奥に行くと大きめのテーブルに煎餅(せんべい)の入った大きめの袋と二リットルペットボトルのお茶がお盆に乗っており、その左横には小さな固定電話がある。

「あのイカツイ顔のくせにタバコは吸わなさそうだな…。仕事中に煎餅食いながらお茶が飲めるじゃん…。休憩と変わらんな。この電話機で恐らく一一〇番通報したのか。でもあの人、暇だから一日中廊下を眺めていたって言ってたな。」

 荒川は煎餅とペットボトルに目をやると、お茶も煎餅は全く手が付けられて無かった。

「あんまり間食しないのか?だけどじゃあ何で置いてあるんだ?」

 荒川は再び入り口付近の受付から外を見た。

「ここからあの竹田さんが本当に一日中廊下を見ていたなら…。彼に見つからないようにトイレに行くのは不可能。奥のテーブルの煎餅とお茶が全く減ってなかったのを見ると、本当にこの受付から一日廊下を見ていたのか。実際、昨日の昼に俺も目が合ったし。」

 ブツブツと独り言を言いながら、荒川は守衛室を出た。右側の保健室、トイレを通り過ぎようとした所で、遠くの廊下に人影が見えた。荒川はとっさに右側の男子トイレに身を隠した。

「いやいや、別に隠れなくても良いんだけどな…。でも竹田って人に見られたらややこしいしな…。」  

 荒川は恐る恐る外を覗いた。すると、先ほどよりさらに血の気が引いた竹田梅が亡霊のようにトイレ前を通り過ぎ、守衛室に入っていった。

「…………。」

 荒川は竹田が完全に守衛室に入ったのを見計らって急いでトイレを出た。

「うひょー危ねえ!鉢合わせになる所だったー!にしてもあのじいさんどこ行ってたんだぁ?」

        


十月八日、金曜日。朝八時頃。

「確かあの人の住所は…足立区綾瀬四丁目だから…ここか。」

河北高校から一キロほど南に竹田の家はある。いかにも震災の映像などでぺしゃんこになりそうな、あまり丈夫そうには見えない一軒家だ。荒川は早速インターホンを押す。

「はい…どちら様?」

 か細い女性の声が答える。

「河北高校一年C組の荒川綾人と申します。竹田梅さんについて少しお伺いしたくて…。」 

 荒川は高校生離れした丁寧な物腰でインターホンに答える。

「はぁ荒川ってあの足立新聞によう出る頭の切れる子だねぇ。ちょっと待ってなさい…。」

 インターホンが切られると中から物音がする。昔ながらのガラス張りのスライドドアを開けると、声の割に背筋が真っ直ぐな眼鏡を掛けた白髪交じりの六十前後の女性が出てきた。髪はどこにでもある茶色い輪ゴムで適当に後ろで留められている。あまり見た目には気を遣うタイプではなさそうだ。

「はぁあんたが荒川君かぁ。おぉなんか腕周りががっしりしとんねぇ。んで意外と背は低いなぁ?」

虫眼鏡のような黒縁眼鏡をクイっとあげながら女性は答える。

「それは…まあ聞かないでください。」

「確か学校の事件をちょくちょく解決してるあの麺探偵って言われてる…。」

「麺探偵ではなく、名探偵です。自分で言うのも難ですが…。」 

荒川は表情を変えず真顔で答える。

「はあ…んでそのメイタンテイさんが?」

「竹田梅さんが守衛をなさっている河北高校で殺人事件がありまして…。梅さんはその事件の容疑者兼重要参考人になってまして…。」

荒川は言葉に気をつけながら話を始める。

「え?梅さんが?朝早くに出てったから今日は出勤えらい早いなぁ思ったら、まさかあの事件に関わってたなんて…。あたしも今朝のニュースで初めて知ったよ…。」

女性は目を大きく見開き、度数の強い眼鏡のおかげで目玉がとんでもなく大きく見える。

「梅さんは事件については何も話して無いんですね…。」

「そうだねー、昨日も帰ってくるのが遅くて…理由聞いても答えてくれんし…。んで今日は出勤やたら早いからなんだろうって思ったら今朝のニュースで梅さんが行ってる学校で殺人事件があったって見てね?そりゃあびっくりして目が飛び出るかと思ったよ?」

 この人なら本当に目を飛び出させるかもと思いながらも荒川はわざと咳払いをし、本題に入る。

「実は…僕は警察の方たちに色々顔が効く方で…疑われている梅さんの無実を証明したくてですね…。」

「うちの梅さん、そんな疑われてるんかい?」

「ええ…。でも今日は実に簡単な事情聴取だけで済んだのですが…捜査の進展具合によっては重要参考人として警察に長時間尋問される恐れもあります。」

「ええ…それは困ったなぁ。」

「ですので今朝早くに申し訳ありませんが、お時間が許されるなら竹田梅さんの人となりと言いますか。どのような方なのかを簡単に聞きたいなと思いまして…。」

「まあ私は梅さんと違ってもう働いておらんし…時間はたっぷりあるんでなぁ…。そうだだったらちょっと家に上がって行きなさい荒川君。あたしも若い男は好きだからねぇ。」

 女性は薄気味悪い笑顔を見せながら中に入れ入れとジェスチャーしてくる。年配の女性は扱いやすいなぁと思いながら荒川が玄関から中に入ろうとした時、ふと右を見ると、高そうなロードバイクが小さな庭に置いてあるのが見えた。

(二十万?三十万?高そうな自転車だ…。)荒川は心で思いながら、竹田邸の玄関をくぐる。

           

             *


「へぇ?静香さんも教員やられてたんですねぇ?。」

 見た目の変人ぶりの割に名前は可愛い竹田静香は荒川をコタツとテレビのある部屋に通す。

(十月でもうコタツか…。)

 ささやかな庭を眺められる部屋でキッチンが一緒にある。静香はキッチンでコーヒーを入れ、スーパーで売ってるチョコパイを何個かお盆の上に乗せてコタツに走ってきた。

「そうそう。あたしも梅さんも現代文の教員でねぇ。二十代前半の頃にあの河北高校で出会って結婚して…お互い転勤を繰り返して学校は違ってたけど、定年の六年前にまた河北で一緒になって…。」

 静香は荒川と向かい合うようにコタツに入る。

「へぇ?それで定年退職されるまで同じ職場で過ごせたんですねぇ。」

 話に夢中になっているフリをしながら、荒川は部屋の壁に飾られている写真をチラ見していた。壁には子供の成長過程の写真のほか、孫の写真や若かりし頃の竹田梅がロードバイクに乗っている写真などかなり多くの写真が飾られている。

「あの人は三十代くらいのころからロードバイクにはまってねぇ。あたしは危ないから辞めなさいって言ったんだけどねぇ。大会にもチラホラ出たり…日本一周するぞぉって息巻いてて困ってるんよぉ?。」

「いえいえ、老後にも目標があるのはとても良いことだと僕は思いますよ!?」

 出されたチョコパイを食べながら荒川は営業スマイルを見せる。

「あれはお孫さんですか?」

 竹田梅と静香、若い夫婦と二人の幼い子供が写っている写真がある。

「そうだねぇ娘とその夫だねぇ。子供は七歳と四歳だねえ」

「ほぉ…、おや?」

 荒川は一枚の写真に目が止まる。

「あの四歳のお孫さんが梅さんに渡しているあれって何ですか?」

 荒川はチョコパイを持った手である一つの写真を指す。四歳のくしゃくしゃ笑顔の孫が何やら手のひらサイズの黒い棒のような物を竹田梅に渡している。竹田梅の顔は普段のイカツイ顔からは想像もつかないくらい笑顔でとろけている。

「ああ?あれは自転車のタイヤに空気を入れる奴だねぇ。」

「ああ?携帯式の空気入れですか?でも何でまたそんな物をお孫さんから?」

「娘から聞いた話じゃあ、自転車屋さんに行った時に孫がどっからか急に持ってきたんだとぉ。「ジィジにこれあげる?」ってねぇ。んでそれを直接渡してる写真なんだがねぇ。見てくれよあの梅さんの幸せそうな顔よぉ。」

 静香に促される前から荒川は写真に釘付けになっていた。

「あの形…どこかで…。」

 荒川はチョコパイの袋を丁寧に折りたたみながらコタツの上に置く。軽く頭を下げながらコーヒーを喉に流し込む。

「梅さんはその空気入れを本当に気に入ってねぇ。お守り代わりにいつも持ち歩いているんだよぉ。」

「空気入れをいつもですか?」

 荒川は次のチョコパイに付けようとした手を止めた。

「そうなんよぉ。この前コタツの上に置き忘れてたから、片付けようと触ったら梅さんったらかなり激昂(げっこう)してねぇ。「俺の宝物に触るなぁ!」てねぇ。」

 静香は茶でもすするように音を立てながらコーヒーを飲む。

「ほぉ。それはかなりの宝物ですなぁ。」

「だからねぇ。最近小さい女の子が殺される事件多いでしょう?だから梅さん気が気じゃないみたいでねぇ。」

「…。何か最近梅さんの行動でおや?っと思った事はありませんか?」

 荒川がそういうと額に手を当てながら静香は思い出そうとする。

「あぁあったあった!あれは三日前、火曜日の夜の八時頃だったかなぁ?「留守電が入ってるなぁ」とか言いながらスマホを耳に当て始めたんよぉ。」

「ほお…。つまり入っている留守電を聞いたと?」

「そしたら梅さん顔色が悪くなってねぇ。「どうかしたんかぁ?誰からだぁ?」って聞いても「ただのイタズラだ」としか言わんくてねぇ。」

「…………。」

 荒川は深く考え込んだ。

「えぇ?そんな梅さんになんかあったんかぁ?」

 コーヒーを強めにコタツの上に置きながら、静香は荒川を心配そうに見つめる。

「いえいえ、ただのイタズラ電話だと笑って刑事さんに話してましたよ?」

 荒川はあからさまな下手な嘘と愛想笑いで新たなチョコパイを開けた。

「ああそうかい良かったなぁ。」

 安心したのか静香は再びコーヒーをすすり始めた。こんな下手な嘘によく騙されはるなと荒川は思った。その後も静香のマシンガントークは続き、梅との出会いやのろけ話、孫の溺愛話など三十分ほど聞かされた。

「あの人は…顔はイカツイがねぇ。生徒を第一に考える熱い人だったんよぉ?」

「ほう。」

「そんな人が同じ職場の教師や、ましてや女の子殺すなんて…絶対にありえん!」

 静香は突然拳をコタツの上に叩きつけ、荒川は一瞬ビクッとした。

「あぁごめんねぇ。つい熱くなっちゃってねぇ。」

「ああいえいえ。」

 荒川は壁に掛かる時計をチラリと見た。

「すみませんが、そろそろおいとまします。」

 荒川はすっと立ち上がった。

「あれまぁもっとゆっくり行けばええのに…。」

「いえいえ。長居するわけにはいきませんから。」

 荒川は玄関の方にさっさと歩いていった。

「どうせなら梅さんとも話していけば良かったのに…。」

 静香はヨタヨタと荒川についてきた。

「いえいえ。本人からだと聞きづらいので。」

 荒川は靴を履き、玄関を開けようとした手を一瞬止めた。

「真犯人は…必ず警察が捕まえます…。それまで辛抱強く待っていてください。」

「梅さんは…梅さんは犯人や無いよなぁ?」

 静香は訴えるように荒川に詰め寄る。

「まだ何とも言えません。ですが、現実がどんなに残酷になろうと、それを受け入れる覚悟を持ってください。」

「えぇ?それってどういう…?」

 さらに詰め寄ろうとする静香の手をかわし、荒川は玄関から外に出る。

「応援してるかんねぇ!河北の麺探偵さぁん!」

 訂正するタイミングを失った荒川は必死に愛想笑いをしながら静香に頭を下げる。静香は道路まで出てきて荒川の姿がなくなるまで手を振り続け、荒川は何かを決心したように大股で歩き出す。

        

          *


 十月八日、昼前の十一時。西新井のショッピングモールの服売り場にみっちゃんと坂本はいた。

「さっすが坂本しゃん!何着ても似合うばい!」

「そんなぁみっちゃんだって凄くスタイル良いじゃん!」

 互いに褒め合いながら、二人の女子はキャッキャ楽しみながらショッピングを楽しんでいる。みっちゃんが帽子を被ろうとして頭の巨大な髪団子と格闘する様を見て、坂本は腹を抱えて笑う。

「にしたっちゃ平日ってこげん空いとーやなあ!学校なんか無こうなってしまやあ良かっちゃけど!」

「そしたら平日も混んじゃうでしょー。」

「それもそうやなぁ!」

 みっちゃんの天然ぶりに坂本はずっと笑っている。

 一通り買い物を終え、二人はベンチに腰掛けた。四階くらいが吹き抜けの大きな空間の一階、エスカレーターで登る人やガラス張りの手すりにもたれる人を目で追いながら坂本が口を開く。

「にしても山岸先生、誰に殺されたんだろうねぇ。」

 坂本はチラリとみっちゃんを見る。

「ま、まさか坂本しゃん?うちば疑うとると!?」

「あははは!冗談冗談!」

「冗談になっとらんばい!」

 団子のように頬を膨らませるみっちゃんを見て、坂本はさらに笑う。

「にしても私たち二人じゃないなら宮司先生かあの竹田って人しか居ないよね…。」

「犯人は竹田梅で決まりばい!?宮司しぇんしぇーが山岸しぇんしぇーや女ん子ば殺すわけなかばい!?」

「だよね…。だいたい竹田梅の証言も怪しいし、第一発見者なら何とでも偽装工作できるしね…。」

 坂本はバタバタさせている自分の足を不安げに見つめる。

「何か考え事しとると!?」

 みっちゃんが心配そうに坂本を覗き込む。

「ああいやぁ…。荒川君さ、結構厳しい目で竹田に詰め寄ってたじゃん?もしも竹田が犯人だったら荒川君、刺されないかなって…。」

「そげ言わるーと確かに心配やなあ!まあ大丈夫ばい!荒川君て腕周りばり太かし、あん音花にも力負けしとらんけん!」

「うん…だよね…大丈夫だよね。」

「それにしたっちゃ坂本しゃんはいつ荒川君に告白すると!?」

「え!?何言うのみっちゃん!?」

「隠したっちゃ無駄ばい!?坂本しゃんば保健室に連れて行ってベッドに寝かしぇとー時に言いかけとったやなかと!?」

「ええ!?あたしそんな事言ったかなぁ?。」

 バレバレの嘘を隠すように坂本は視線を逸らす。みっちゃんはガハガハ笑いながら坂本の肩を強めに叩く。

「うちは坂本しゃんば応援しとーばい!?そうや!明日水族館ん帰り道にでも告白してみてはどげんな!?うちが気ば利かして二人っきりにしゃしぇるけん!」

「みっちゃんも…荒川君の事…好きでしょ?」

「な…!?」

 巨大なみっちゃんの髪団子が一瞬、しぼんだように見えた。

「隠したってわかるよ!?」

 坂本はニタニタ笑いながらみっちゃんを見つめる。

「そりゃ…あげん完璧な推理で助けたりしゃれたら…誰でも惚るーばい…」

 普段の勝ち気な声を細め、顔を赤らめながらみっちゃんは答える。

 坂本は穏やかに微笑むと優しくみっちゃんを抱きしめる。

「や、坂本しゃん!?」

 荒川に対する照れは、公衆の面前で抱きしめられたものに変わっていた。たまに通り過ぎる親子にクスクス笑われながら、みっちゃんは必死に坂本の肩を叩く。ようやく坂本はみっちゃんから離れたかと思うと

「悪いけどみっちゃん、私遠慮しないから!」

「な!?」

「だからみっちゃんも遠慮しないで!」

 坂本はみっちゃんの肩に両手を乗せ、真剣な目で見つめる。

「荒川君取られるのは嫌だけど、親友に気を遣われるのはもっと嫌!」

「坂本しゃん…」

「だからさ!みっちゃんもガンガンやって!あたしもガンガンやるから!」

「うわーん!坂本しゃーん!」

 今度はみっちゃんが坂本に抱きつく。坂本はまたケラケラ笑いながらみっちゃんの髪団子を撫でる。

          

          *


 十月八日金曜日、時間は少し戻り朝の十時前。荒川は銀座駅から出てスマホを片手に周りをキョロキョロしながら歩いていた。

「うぉこれが銀座かぁ?」

 田舎から上京してきた若者のように、荒川はビル群に目をひん剥いた。足立区の住宅街や小さな駅しか知らない荒川にとって東京の中心地は別世界のようだ。

「首都高沿いだから…ここか?」 

 荒川は高速道路の下に構える一軒の和菓子屋の前にいた。店自体は小さいが、開店を待ちわびている客が十数人ほど並んでいる。

「松坂玉屋かぁ。もう一文字無かったら某有名デパートになるなぁ。」

 どうでも良いことを口走りながら荒川はキョロキョロと店の前の道路を行ったり来たりしていた。

「お客しゃーん!最後尾はこちらばい!」

 聞き覚えのある方言が聞こえ、荒川は反射的に列の最後尾を見る。最後尾には金髪でお団子髪の女性が眩しい笑顔でこちらに手を降ってくる。

「いやあ、ましゃかあんたみたいな若か方にも来ていただくるとは、感激ばい!」 

 四十代前後の美人な女性は荒川に手招きし列の最後尾に招く。荒川は軽く会釈しながら女性に近づく。

「しゃあしゃあ、こちらばい!」

「松坂道子さんのお母様ですね!?」

「…あれ?あんたは?」

「初めまして。松坂道子さんの同級生の荒川綾人と申します。」

 金髪美人は目を丸くして荒川の顔を覗き込んだ。

「こりゃこりゃ頭ん切るー名探偵と噂ん荒川君か!?娘がいつも話しよーばい!?何でも道子に嫌がらしぇした奴ば捕まえてくれたとか!?」

「あーあれですね?まあ…そうですね…。」

 みっちゃんの母親のいちいち大きな声に、並んでいた人たちの注目が集まる。荒川は恥ずかしさからなのか、何とも歯切れの悪い返答をする。

「実は娘さんには内緒でお伺いしたいことがありまして…。」

「うん?何で娘には秘密なんか?」

「それはですね…。」

 荒川は松坂道子の置かれている現状を手短に話した。母親は驚いたのか、そのまま店に走り、中にいる夫らしき人や従業員と何やら慌ただしく話している。荒川は母親に連れられ店の中の事務所に通された。事務所に行くまでに父親らしき人や従業員が深々と挨拶をしてくる。荒川はそれらの挨拶に歩きながら丁重に返し、横目で厨房の中を覗き見る。

「包丁とかは無いか…。」

 ぼそりと独り言をつぶやきながら荒川は事務所に連れられて入る。細長の部屋の壁沿いに長机とパイプ椅子が何個か置かれ、そこに座るように促される。荒川は母親と向かい合うように座る。

「ましゃかあん娘が殺人事件ん容疑者になっとーとは…。」

「今日は簡単な事情聴取で終わりましたが、捜査の進み具合によっては長時間尋問される恐れがあります。」

「そりゃ大変やなあ!ばってん荒川君は警察でもなかとに何で家に来たと?」

 普段から慣れているせいか、荒川はどぎつい博多弁もすっと頭に入ってくる。

「実は…僕は警察に結構顔が効く方でして…。なので道子さんのひととなりですとか、性格ですとか…彼女の容疑が少しでも軽くなるような何かを掴みたくてですね…。」

「それで自主的にしゃっちが店にまで来たっちゃ?納得した。道子が惚るーとも無理なかねぇ。」

「え…?」

「あーこっちん話ばいけん気にしぇんで大丈夫ばい。」

 金髪美人は片手を頬に当て肘を付きながらいやらしく笑う。

「にしたっちゃ娘がいつもあんたん事ば嬉しそうに話すけんどげんイケメンかて思うたら…意外と顔は格好良う無かねぇ?背も低かし…。」

「まあ…そこは気にしないで頂いて…。」

 荒川は目の前の金髪美人とみっちゃんに物凄く血の繋がりを感じた。

「ああごめんなしゃい。うちゃ松坂徳子(のりこ)て言う。」

「荒川綾人です。どうぞよろしくお願いします。」

 軽く挨拶すると、荒川は普段の教室でのみっちゃんの元気っぷりを話した。相手が誰だろうと大声で言い返す勇猛果敢な部分や情に熱い部分、それでいて意外と涙もろい所など、余すこと無く話した。

「へえ。荒川君もなかなか道子ん事、よう見よーなぁ。」

「はは…まあ席が後ろですからね…。」

「荒川君ん思うた通りん娘ばい?昔から誰かに構わず喧嘩して…。毎日んごと怪我して帰ってきた。何があったと?って言うたら「隣の席の女の子の悪口を言われた」ってね…。そんくしぇ自分がしゃれた嫌がらしぇとかはどげん問い詰めたっちゃ話しゃんで…。」

 徳子は目の前の壁を見ながら穏やかな笑顔で言った。荒川は内心、ある女性の顔を頭に浮かべた。

「やけんね…荒川君。うちゃ道子が殺人なんて馬鹿な真似、じぇったいにしぇんて言い切る。もしも仮にあん娘がやったとするなら、そりゃ決まって誰かば守るためばい。殺しゃれたとは女ん子と保健んしぇんしぇーやなあ?じゃあ道子やなか。」

 穏やかな顔から一変、何かを覚悟したような顔つきでまっすぐ徳子は荒川を見る。

「ええ僕もそう信じています。ちなみに四月から三件ほど続いた猫の惨殺事件も同一犯の犯行とされています。」

「え?…。」

 徳子は何かを考えこむように口に手を当て目線を下げる。

「何かありました?」

 荒川が問いかけると徳子はスマホを取り出し、一枚の写真を見せてきた。写真には雨の中、雨合羽を着て地面に膝を折って座り、撮影者を見あげるみっちゃんの姿があった。五歳くらいの時の写真であろうか。地面に座るみっちゃんの前には小さな段ボールが置かれている。

「道子さんの正面に置いてある段ボールの中にいるのは…猫ですか…?」

「そうやね…。」

 荒川は猫を異常に怖がっていたみっちゃんの姿を思い出した。

「変ですねぇ。道子さん、公園でしゃべっている時に猫が近づいてきたら異常に嫌がってたんですが…。」

「ばり好いとったよ?ばってんある日ば境にばり好かんごとなったと…。」

「それはなぜ…?」

「まだ福岡で店ばやっとった頃、突然あん娘が店からおらんくなってしもうて…。あん娘が五歳くらいん時かな?当時はまだ店も小しゃくて自宅も兼ねとったけん。店ば夫とアルバイトしゃんに任しぇてうちが近くの神社まで探しに行ったと。そげえしたら神社ん境内ん下に座り込んで誰かとおしゃべりしとってな。中ば見たら段ボールに入った猫が一匹いたと。」

「ほう…。」

「猫ば飼いたかって言うとってなぇ。ばってんうちは飲食やけん飼えんよ?言うたらギャンギャンにそん場で泣き始めてしもうて…。」

 想像して荒川は少し笑ってしまった。

「でもそんなに好きだったのになぜ嫌いになっちゃったんですか?」

「そりぁねぇ…。」

 徳子は口ごもり黙ってしまった。荒川が不思議そうに黙っていると、彼女はゆっくりと話し始めた。

           

         *


 十月八日、金曜日、午前十時三十分。荒川は松坂玉屋を出た。

「収穫はまあまあか。」

 独り言をつぶやきながら荒川は銀座駅まで歩く。徳子はエプロンを着て厨房に戻ってくる。

「なんや?もう帰っちまったんか?噂ん名探偵しゃんな?」

 松坂光男(みつお)は手を以上に高速移動させて団子を作りながら妻に問いかける。

「道子ん猫ん話や包丁ん話とか少ししたら満足そうにして出ていった。中にはようわからん質問もあったけど…。」

「猫ん話と包丁ん話と?そりゃ確かにようわからんね。道子は惚れとーって話はしたと?」

「そげんデリカシーん無か話出来るわけなかやないですか!そげなんな本人が直接言うべきばい!」 

「まあそうやなあ。どうしぇやったらアポ無しで来んで道子と一緒にどっか飯でも食べに行きゃあ良かったなあ?」

「それが、道子には今日僕が来たことは言わんでくれって…。」

「なんかそれ?」

「なんでん本人に知らるーと色々やりにくかごたって。」

「そうと。それならしょんなかねぇ。」

 二人は早口で会話するとすぐに目の前の団子作りに集中し始めた。外から客がどんどん入ってくる。

            

          *


 十月の八日金曜日。朝の十一時。荒川は野反五駅に戻ってきていた。

「さあとっととやんないと本人が帰ってきて面倒だな…。ええと坂本さんの家は…。中央本町二丁目だから…この辺か…。」

 荒川はとある都営住宅にやってきた。セールスマンや近所の子供が自由に出入り出来そうなセキュリティ皆無な住宅である。

「言ったら悪いけど、あんな美人な坂本さんが住むような場所じゃないよなあ。」

 荒川はぶつぶつと独り言を言いながら都営住宅の一階、一番右隅の部屋の前に立つ。

「表札は坂本…。ここか。」

 荒川はインターホンを押した。数秒待ったが反応が無い。

「ドアが開いている?」

 荒川は扉を開けた。

「ごめんくださーい。どなたかいらっしゃいますか!?」

「はーい。入ってきて貰って大丈夫ですよ!」

「入りますよ?」

 荒川は恐る恐る中に入る。細い廊下を抜けると広いキッチンに出て、奥には枝分かれするように二つ部屋がある。典型的な家族が住むようなマンションの作りだ。ベランダの方に向かって右側の部屋のソファには美人な女性が座っていた。テレビを見ていたようだ。日に照らされて彼女の体は赤く光っている。

「すみません、家に上がって…。」

「いえいえ、私がどうぞって言いましたので。」

 女性は荒川に対して顔も向けない。

「お子さんに似てお美しいですねえ。」

「あらあら。お若いのにお上手ですね…。娘から聞いてますよ?クラスに名探偵がいるって…。」

「あははは。照れるなあ。」

 美人な女性はなおもテレビに釘付けだ。

「しかし、上がっちゃって大丈夫だったんですか?」

「ええ大丈夫よ?声の感じで君が噂の荒川君だってわかったから。」

「おやおや、奥さんもなかなか名探偵ですね。」

「いえいえそんな。」

 荒川も一緒にソファに座る。床はフローリングなので滑るように足を前に出す。

「写真とか無いんですね。娘さんとの…。」

「あの娘、写真とか嫌がるからねえ。そういう類は無いの…。」

 荒川が不思議がって部屋を見渡す。テレビやソファなど最低限の家具しかない。シングルマザーであり、女手一つで坂本を育てていると噂で聞いていたので、荒川は納得した。坂本の母親も綺麗に化粧して髪に入念にウェーブを掛けているので、これから仕事でも行くところだったのだろう。荒川は聞こえないように溜息をついた。

「それで?何かの捜査に来られたんでしょう?」

「ああ、察しが良くて助かります。」

「自由に部屋を見て良いですよ?」

「え?良いんですか?」

「ええ。貴重品は金庫にしまってあるし、この家には最低限の物しかありません。あるのはあの娘と私の服や下着くらいですから…。」

 荒川は少し顔を赤らめた。

「ではお言葉に甘えて…。」

 荒川は黒い手袋をはめながら母親の部屋を出てキッチンのある部屋に入る。綺麗にされたシンク…。生ごみも無く、皿も綺麗に立てかけてある。

「床が色褪せてるな…。」

 キッチンの床はフローリングだが、先程のテレビの部屋より色が薄くなっている。荒川は続けてキッチンの下の収納スペースを開く。開いた扉の内側には包丁が二本差してある。

「包丁は…まあ普通のしか無いか…。」

 残念がりながら荒川は溜息をつく。次に荒川はベランダの方に向かって左側の部屋に入ろうとする。

「うーん、感触が変だなあ。」

 荒川は床を足でなぞりながら母親のいたテレビの部屋の前の床も見る。

「ここは寝室のようだな。隣の部屋はフローリングだったけど、こっちは畳か。あれ、布団が…。」

 布団がふたつ出しっぱなしで置いてある。いつも親子二人でそろって寝ているのだろう。日に照らされて布団も赤く光っている。

「他は丁寧に掃除してあったけど…。なるほどここは…。」

 荒川は押し入れも見た。上の段には何も無く、下には服などをしまう三段重ねの収納ボックスが二つある。下着が目に入り荒川は咄嗟に目を逸らした。

「いやいや、好きに見て良いって言われたから…いやでもな…。」

 己と葛藤しながら荒川は収納ボックスを開いた。服を丁寧に一つ一つ丁寧に広げ、また畳んで中にしまう。下着も例外無くくまなく調べる。

「ふむ…。本当に最低限な物しかないな。」

 荒川は寝室から出た。

「他も見ていくか…。」

 それからたっぷり三十分掛けて部屋を見て回った荒川は再び母親のいる部屋に戻ってきた。

「目当ての物は見つかりましたか?」

「うーん目当ての物って言われたらちょっと粗探しみたいになりますが…。まあ収穫はありましたよ?」

「そうですか…。だったら私はこれからやる事がありますので…。」

「ああすみません!お邪魔しました!」

 荒川は背中を向けた。

「娘は殺人なんてやってませんから…。」

 荒川は足を止める。振り向き、異国風美人を見る。

「あ…まだ麻耶さんが犯人って決まったわけでは…」

「でも疑っているからこの家まで来られたのでしょう?」

「…まあその通りです。」

 荒川は再びテレビの部屋に入り、立ちながら母親を見る。

「あの娘は正義感が強くてやさしい子です。人を殺める事なんて絶対ありえません。私が今まで一人で大切に育ててきたのですから!」

 母親の目元には涙のようなものがこぼれている。荒川は手袋をはめた手で母親の右肩に手を置く。

「真犯人は…必ず警察が見つけます。それまで娘さんは…僕に任せてください…。」

「頼みましたよ?一年C組の名探偵さん…。」

 最後まで、母親は荒川を見ることは無かった。荒川はすっと踵を返し玄関に向かう。

「美人だけど残念な人だなあ。」

 荒川は都営住宅から出て野反五駅に歩き出す。

第四章 捜査 終わり


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