第十章 回収
第十章 回収
十月九日、夕方四時頃。圧巻の逮捕劇から一時間半あまりたったころ…身体検査も落ち着き、館内の人間もまばらになってきた。残った人々はSNSにつぶやく者、泣き叫ぶ子供をあやす者、電話で家族に安否を告げる者と様々だ。荒川一行はレストランに座って人がまた一人、また一人と帰っていく様を眺めていた。
坂本とみっちゃんが、ああだこうだ言い合いをしてる中、荒川はスマホを見ながらブツブツ呟いていた。
「ていうか何であたしたちだけ身体検査が最後なのー?不平等じゃない?」
「あーうちら三人は容疑者やったけん…最後に念入りに調べたかとやなかろうか?」
俺は容疑者じゃない、というツッコミを予想していた二人の女子は荒川を見たが、彼はそんな冗談に耳を貸すことなく自分のスマホを見ながら何やら考えていた。
「もー荒川君も何か発言してよー!?」
「ああごめんごめん!いやぁ、俺も色々忙しくてさぁ!」
坂本が机の下で荒川を小突く。荒川はスマホを素早くしまう。
「ばってん、犯人捕まって良かったね!やっぱりあんじっちゃんが犯人やったんやね!?何かジロジロうち達ん事ば見よって気持ち悪かったけん!山岸しぇんしぇーば殺したんも竹田んじっちゃんやったんやろうかぁ?」
「んーどうだろうねぇ。あんな狭い地域で別々の事件が起きるとも考え辛いし、やっぱそうなんじゃないー?身体検査や館内色々探し回っている刑事さんたちも収穫無しみたいな顔してたしー?」
「………。」
思考にふける荒川をよそに、みっちゃんは先ほど注文した団子をほうばり始めた。何もこんな時に…と言う店員を無理やり働かせて注文した団子である。
「俺らもそろそろ帰れそうだな…。」
「そうだねー。そろそろ順番回ってくるんじゃない?」
「もう見る物いっぱい見たけん。あ、待って、こんお団子美味しそうやけんこれだけ食べたら帰ろ!」
「もう食べ過ぎだよー。」
二人の女子が楽しく喋っている最中、荒川のスマホが鳴る。荒川は着信元を見ると、二人の女子から少し離れ電話に出る。
「あーはい、荒川です。今はちょっと場所が…ええ、わかりました。ではお願いします…。え…!?」
荒川が電話で驚き硬直しているのが気になったのか、坂本がその後ろ姿を興味津々で見つめる。みっちゃんはお構いなしにお団子をほうばり、幸せそうに笑顔が溶け出している。
「…はい…助からなさそうですか…わかりました…後はお任せください…はい、後ほどメッセージで…。あーすみませんあと…傷の形状だけ見てもらえますか?…ええはい…ではまた…。」
荒川は電話を切ると、再びどこかに掛け始めた。
「もしもし俺だよ。もうOKだから…。え?そこにいるの?…なるほどそいつは楽だからもう良いよって伝えといて…うん…うんなるほどそりゃ良いな。じゃあまた後ほど…。」
荒川は電話を切ると何やら画面を操作してから服にしまい、坂本達のいるテーブルに戻ってきた。
「荒川君が敬語で電話に出るなんて…。バイトも部活もやってないんだよね?」
「えー、まあ大人の知り合いが結構いてねー…。」
「ふーん。」
荒川は見え透いた嘘を何とか誤魔化そうと目を泳がせる。坂本は荒川の一挙手一投足を見逃さない眼差しを彼に向ける。
「ええ!?荒川君て大人の知り合よかると!?ましゃか事件が好きすぎてヤバそうなお仲間いっぱい作ってしもうたとか!?地下闘技場で戦うアウトレイジな奴らとか!?」
「あー、うんー、取り敢えずみっちゃん…。何の映画に影響されたかは知らないけどさ…。俺には健全な仲間しかいないよ!?」
「あー、なら良かとよ!」
再びみっちゃんは笑顔をとろけさせながらお団子をほうばる。安心したのか、荒川は息を吐き出す。坂本は荒川をじっと見つめる。みっちゃんが食べ終わると、荒川は会計を済ませた。二人の女子をレストランから連れ出そうとした時、一人の刑事が走り寄ってきた。
「お疲れ様です荒川君。あなた方三人は検査しなくて結構ですので、普通に出口からおかえりください!」
「えーだったら最初から帰してくれれば良いのにー!待ち損じゃん!」
「まあまあ坂本しゃん!うちは団子たらふく食べれたから良かとよ!でもちょっと言うのが遅かね!」
「まあまあ二人とも!ありがとうございます刑事さん!お言葉に甘えて普通に帰りますね!」
右手で女子二人を制止しながら荒川が刑事に頭を下げる。刑事はなにやら意味深な会釈をしながら走り去っていく。
三人がゾロゾロと水族館の出口に向かう途中、みっちゃんのスマホが鳴った。彼女はおもむろにスマホの画面を開く。
「え…?」
*
三人は水族館を出て坂井臨海公園駅に着いた。身体検査を終えた水族館からの客たちがまた群衆となって駅の入り口に溜まっていた。
「うわぁ、凄か混んどーねぇ。」
「中々ホームに辿り付けないねー。」
「まじかぁ。」
三人が不満を言い合いながら駅に入る。人を何とか避けながら京葉線の北千住駅行きのホームに出る。
「ああー良かったぁ。何とかホームにこれたよー。うわぁホームも人すごいねぇ。」
「そうやね!あれ…。」
みっちゃんは服をゴソゴソいじりながらスマホを取り出す。彼女はすかさずそれに出る。
「あーあーこちら道子ー。うん…うん…。ええー今から?まあ行けん事は無かばってん…。わかったっちゃん行くばい。今坂井臨海公園やけん…。あーうんなーい。それじゃあ。」
まるで無線のようなやりとりに坂本は口に手を当てクスクスと笑う。荒川は呆れ半分、面白半分の顔でみっちゃんを見つめる。お団子頭の美少女は溜め息をつくと悲しそうに二人に向いた。
「うーごめん。親から呼び出しゃれて今から銀座ん店に手伝いに来いって。今ん時間から稼ぎ時やけんって…。」
いつもはバシッと決まってるみっちゃんのお団子ヘアーも崩れているように見えた。
「良いよ良いよー。もうほぼ解散する流れだったしさー。銀座だったら取り敢えず八丁堀駅までは一緒だねー。」
「そうやねー。最後ん最後まで一緒に遊びたかったばってん、しょんなかねー。」
二人がきゃっきゃっ会話している横で荒川はホームから見えるわずかな空を眺めていた。
「もう荒川君!さっきからぼーっとし過ぎ!会話に入ってよ!」
「え?ああ、ごめん!…。」
坂本のいつもの美人の顔も少々つり上がっている。
「荒川君はこん後、坂本しゃんと二人になるーとか嬉しかばい。」
「あー、やっぱりぃ?荒川君って今日私の胸ばっかり見てたからー。」
「いやいや、見てないから!」
突然、荒川が声を荒げたのに周りの客がザワザワし始めた直後、電車がホームに入ってくる。二人の女子にケラケラ笑われ、顔を赤らめた荒川を先頭に、彼らは電車に乗る。
八丁堀駅でみっちゃんを降ろす。
「じゃあまた火曜日に会おうー。」
「うんうん!じゃあねみっちゃん!」
みっちゃんは電車を降り、扉が閉まるぎりぎりまで坂本と手を振り合う。同時に荒川は誰かと視線を交じ合わせ、意味深にうなずく
。
「荒川君どうしたの!?」
「うん?いやあ別に!?」
電車はそのまま北千住駅に着く。二人はそこから東京スカイツリー線に乗り換え野反五駅に向かう。電車内は閑散としていたが、二人は何となく扉付近に立って外を眺めていた。
「いやぁ、あんな事あったけど、楽しかったねえ水族館!私あんな大迫力の水槽見たの始めて!」
「ああ俺も感動した。魚は釣ることはあっても下から泳ぐ姿は中々見れないからね。」
電車の外を眺めながら二人は会話する。話しをしている風を装いながらも、荒川の脳みそは思考と推理で嵐のように回転していた。
「…事件は解決したんじゃないの?まだ腑に落ちない?」
「え!?ああいやぁ!?ナイフ持っててみっちゃんに襲いかかったんだから動かぬ証拠でしょ!?」
「ふーん、だと良いけど。私はもっと荒川君との時間楽しみたいけどなぁ。」
「え?…。」
荒川は数秒坂本を見つめた。坂本は小悪魔的笑顔で荒川に微笑む。
「荒川君てさぁ…好きな女子いるの…?」
「え?」
「うちのクラスってさあ。学校内でも有名な美人ばっかりじゃん?みっちゃんは美人な上に面白いし…。音花は…ムカつく奴だけど顔は良いし…。」
音花の名前が出たとたん、荒川は冷や汗をかき、左手で右手首をさすった。
「帆坂は胸もお尻も高校生離れしてるし…菅澤はモデル並に美人だし背高いし…鷹羽はチビだけど昔の新垣結衣みたいだし…って大半が音花の取り巻きじゃん…。」
坂本は自分の額に手を乗っけて悔しがる。荒川はその先の展開を予想しながらドキドキしていた。
「んでさぁ。荒川君は誰がタイプなの…?自慢じゃないけどさぁ…。私も割と顔良いほうじゃん…?」
日本人離れした目鼻立ちの坂本は優しく荒川に微笑んだ。荒川は魚のように口をパクパクさせながら
「お…俺は…。」
「あ、野反五駅着いた!」
何とも空気が読めない電車だなぁっと荒川はため息をついた。
*
十月九日の土曜日、夕方四時半過ぎ。野反五公園では相変わらず二人の美少女がブランコに座りながらだべっていた。時折、他校の男子や中年の男が話掛けてくるが、その都度音花が追い返していた。その様を菅澤が毎回笑い、音花が突っ込むというくだりが繰り返された。
「もうー相変わらずあんたはモテるなぁ?」
「あんたもでしょ!?私だけにやらせるなぁ!」
「んもー可愛いなぁ。」
くだらないやりとりを一人の少女が公園の外から眺めていた。
「………。」
音花はそれに気づきながらもあえて話題には出さなかった。菅澤は全く気づいていない様子だ。すると、遠くにいる少女は何やらゴソゴソとその場で何かを荷物から取り出した。身の丈を大きく上回る棒状の何かと、それよりも少し短い棒を取り出し、こちらに向けてくる。少女は大きく背筋を伸ばしたかと思うと、棒は物凄い速さでこちらに放たれた。音花の顔面にその棒が突き刺さる瞬間、彼女はそれを右手で受け止めた。反動で彼女の体はブランコの周りを囲む柵まで吹っ飛んだが、彼女は強靭な腕力と脚力によってそれをなんとか耐えた。地面は二本の線を平行に引いたようにえぐれた
「え?…え!?」
菅澤は目の前の光景が理解できず困惑した。音花はため息交じりにその自身に放たれた棒を片手でへし折る。
「人にいきなり弓放つとか、やっぱあんたイカれてるねぇ。」
「それを受け止めてなおかつ片手でへし折るお姉様はもっとイカれてますよ…。」
ポニーテールの少女がブランコに近いてきた。他校の制服を来て縦に大きな弓を持っている。愛想良くニコニコしているが、どことなく異質な雰囲気を漂わせている。
「えーっと妹さん?私はユリの友達の…あ、いや大親友の菅澤です。よろしく!」
「大親友…?」
お決まりのノリなのか、菅澤はケラケラと笑い音花が複雑な顔をする。その間も絶えず少女はニコニコしている。
「いやぁーまさかユリに妹がいたなんてね。お名前は?年は?」
「はい!ユミと言います!十四歳です!栃木県さくら市立源氏中学校に通っています!菅澤ゆずさんですよね!?強豪バレー部でいきなりレギュラー入りした!姉がいつも自慢してましたよ!」
「いや、してないし!」
「ははぁ、影ではあたしのこと褒めてんのかぁ?流石だなぁ。」
菅澤は音花の肩に手を回し、音花は強引にそれを引き剥がす。
「いやぁ、空手もバスケも辞めたって聞いていたので心配してましたけど無用でしたね!相変わらずのイカれた身体能力で安心しました。そろそろ自衛隊か警察の特殊部隊からオファーが来ても良さそうなんですが…。」
「来るわけあるか!」
「いや、あんたならガチで来そうだけど…。」
一通りじゃれ合いが終わった後、菅澤が思い出したように手を打った。
「あ!そういえばテレビでユミちゃん見たことあるかも!天才弓使いって特集されてて!」
「いやー天才だなんて…まあそうですね!」
「認めるんかい!面白ーい!」
菅澤はブランコから立ち上がり、ユミに駆け寄った。一八〇cmの菅澤が横に来るとだいぶ小さく見える。菅澤はユミの頭を撫で始め、ユミは絶えずニコニコしている。
「この子は幼稚園児の時にクレヨンより先に弓ばっかイジってた変態だから気を付けてね。」
「あら、幼稚園児で中学生をフルボッコにしてた人に変態呼ばわりされるなんて光栄ですね~。」
何気なくもぶっ飛んだ会話に菅澤は内心戦慄していた。同時に住む世界が違うとさえ思った。
「というか栃木の源氏っていえば弓道大会で何度も優勝してる所だよね!?凄い名前の中学だから弓道知らない私でも知ってたよ?。」
「はい、やっぱり強い学校の方が色々刺激がありまして…。」
「だよね?わかるー。私のバレー部も化け物揃いでさぁ…。」
楽しく会話するユミと菅澤の方を向くこと無く、音花つまらなさそうにため息をつきながら小刻みにブランコを揺らす。
「もうーユリったら、妹なんだからもっと可愛がりなさいよ?」
「可愛がるって…。ところでユミ…。あんた何でこっちいんの?」
「たいした用じゃないですよ?、着替えを取りに来たのと、ちょっと両親に顔見せるのと、あと、東京にある行きつけのお店で新しい弓でも買おうかなと…。」
「へえー、弓を売ってる店があるのかー。まあ、そりゃあるか!栃木に一人暮らしなの?」
「はい!実家からだと遠いので、向こうで一人暮らしです!家賃は全額親に出して貰ってます!」
「へー、やっぱり父親が警察のお偉いさんだとお金あるねー。」
菅澤の言葉にユミは不思議そうな顔をした。
「うん?いえいえ。私の両親は二人ともしょ…」
「ユミ!」
ブランコでゆっくり揺れていた音花は突然、大声を上げた。菅澤は驚いたように振り向き、ユミは菅澤を避けながら音花を覗き込む。
「あんたそれはまだ言うなって直人さんに言われたでしよ!」
「は!?え!?直人さん!?え!?誰?」
菅澤は困惑して、前後の人間を交互に見た。
「あ!?そうだったいけないいけない!ごめんなさいお姉様!忘れてた!」
「ちょっとあんたらまた隠し事!?てかユリさあ、えっくんの事と良い、秘密多くない!?」
音花はため息を着いてなおも地面を見つめる。すると、ユミのスマホに着信が入る。ユミはスマホを取り出し、音花たちから少し遠ざかり電話に出る。
「あーはいはいお父様!?丁度お姉様とそのお友達に会いまして!え!?あーそうか見えてましたか!?じゃあすぐにお家行きます!はい、じゃあまた後で!え!?ユリ姉に伝言!?はい…。あの件はもう…!?良いんですか!?…。ああもう誰だか分かったんですか!?さすがうちのお兄様は凄いですね!?じゃあ詳しくはお家で!」
謎の会話を終えるとユミは振り返った。相変わらずニコニコ顔を絶やさない。
「お姉様!どうやらあの件はもう良いそうですよ!父上からたった今言われました!」
音花はびっくりしてユミの方を見る。
「そうか…。じゃあもうわかったんだ…。」
「は?わかったって何が!?もう良い!?もう訳が分からない!どゆこと説明して!?」
詰め寄る菅澤を無視して、今度は音花がスマホのLINEを見る。たった今メッセージを受信したようだ。
「…なるほど。菅澤、取り敢えず場所を移動しよう。話はそれからね!」
音花は立ち上がって公園の外に歩いていった。
「ちょっとユリ!じゃあねユミちゃんまたいつか!」
「さよならです。」
菅澤は自転車を押しながら必死に音花を追いかけた。ユミは手を振り終わるとさっさと歩き出し、ブランコのすぐ裏手にある立派な邸宅に入っていった。
「わあ、ユミちゃんてあそこの家だったんだ!あれ、でもユリの家はその左横のマンションだよね!?ユリってこの距離で一人暮らし!?」
「ユミは義理の妹ね…。ああ厳密にはまだ赤の他人か…。」
「え?」
菅澤は音花を見つめた。二人は公園を出て彩瀬川に沿って北に向かう。
「まず何から話そうかな…。そうだ、えっくんてのはね…。」
*
十月九日の土曜日、夕方四時半時過ぎ。荒川邸、直人の書斎。
「ふう、どうやら何とか突き止めれたみたいだな。」
直人はスマホで誰かに電話を掛けながら書斎を出る。リビングでは冬美が夜ご飯の買い出しにそろそろ行こうかと身支度をしていた。直人はリビングに入り、冬美の横を通り過ぎながらベランダの窓に近づく。
「ああそうか取り調べ中に…。そっちから言ってくれたのか…。ああいよいよみたいだよ。まあここはうちのせがれに任せてもらおうか…。わかった詳しい時間はせがれから言ってくると思うから…。ああ楽しみに待機しといてくれ、じゃあ。」
直人は一息付き、ベランダの窓から外を見る。住宅密集地なのでそこまでは広くない。冬美が直人に声を掛けようとした際に玄関のチャイムが鳴る。
「おや、どうやらユミが帰ってきたみたいだな。冬美、ユミを連れて一緒に買い物行ってなさい。」
「え?ユミもですか?」
「もしかしたらここも危なくなるかもしれないからね。」
「まあそうですね…。伝えてきます。」
冬美は玄関に走り、ドアを開けた。荷物をその場に降ろす音がしたかと思うと、元気な声が響き渡る。
「お父様ー!しばらく顔を見せられないのが残念です!一時間後くらいに帰ってきます!」
玄関の方から良く通った声を聞くと、勇作はたばこに火を付けた。
「おうー。くれぐれも気を付けてなー!」
すぐに玄関は静かになり、勇作はベランダに出てタバコの煙を勢い良く吐く。鼻の下のちょび髭が絶妙に指先に当たる。
「…て言っても無茶するんだろうなー。」
彼の黒縁眼鏡があやしく光る。
*
十月九日土曜日、夕方四時半過ぎ。草加市内の宮司邸。陽子はテレビに釘付けになり、夫の幸陽はこぼしたお茶を拭きながらテレビと陽子を交互に見る。
「そうか…竹田が犯人だったのかあ…。って事は一連の女児殺害と山岸先生もあのじいさんがあ…。でも待てよ…。じゃああたしが出ていった後に竹田のおっさんが女子トイレに入って殺したのかあ!?山岸先生が個室から出てくるのを待ち伏せしたのかあ?いや、いくらあまり人が来ないトイレとはいえ、いつ出てくるか分からない山岸先生を待ち伏せ出来るかあ?…あまりにリスキー過ぎる…。」
「守衛室から保健室もトイレもよく見えたんでしょ?んで廊下も遠くまで一望出来る。ましてや守衛の仕事なんて特に無いから、一日にどれだけの人が目の前のトイレを使ったのか統計が取れる。んで、絶対人が来ない確信を持ったから犯行に及んだ…で良いんじゃない?ましてやその竹田って爺さんは日中に人でごった返している水族館でまた人殺そうとしてたみたいだし…。最悪人が来ても構わないと思ったんでしょ?」
「うーん…。」
幸陽は自分と陽子の分のお茶を淹れ直し、煎餅をほうばり始めた。なおもテレビの前で陽子は顎に手を当て思考にふける。
「納得いかないと…?」
「うーん、動機ってなんだろうなぁって言うのとお…うーん何かモヤモヤするんだよなぁ。」
「まあ現行犯で逮捕されてるからなぁ。推理小説の読み過ぎだぞ陽子。現実の捜査なんて指紋かDNAか人間関係洗うか、ひたすら聞き込みか。それかあやしい奴を片っ端から取り調べて吐かせるか自白を強要するか…。探偵が犯人を崖に追い詰めて華麗に推理…無い無い。ほら、陽子も座って煎餅食うぞ!」
諦めて陽子が自分の座布団に座り直そうとした時、再び臨時ニュースが入る。綾瀬警察署前からの中継で、アナウンサーが興奮気味にスタッフから原稿を受け取る。
「たった今入った情報です!容疑者は取り調べ室内で腹から血を流して倒れたとのことです!ああ救急車が!道開けて!…」
再び陽子は立ち上がりテレビの前に近づいた。
「うわぁ。何か映画みたい…。」
「一体…何が起きているんだあ?…」
振動で再びお茶が倒れ床が濡れる。
「あ…また拭かないと…。」
幸陽は小さくため息をついた。
*
十月九日の土曜日。西日が眩しくなる夕方五時頃。野反五公園は先ほどまであった賑やかさはなく、静まり返っていた。荒川は突然鳴ったスマホで誰かと通話しながら野反五公園に入り、その後ろを坂本がついてくる。
「そうですか…やはり一緒でしたか…わかりました…あーそうですか彼女からは何も…わかりました…では…。悪いね、わざわざ俺ん家の近くまで…。」
スマホで誰かとやりとりを終えた荒川が振り向きながら坂本に謝る。
「別に大丈夫だよ!?荒川君とまだ喋り足りなかったし!」
「…ありがとう…。」
「うーん…?何かぎこちなくなーい?」
二人は野反五公園のブランコに座った。十月の西日が二人を照りつける。遠くを歩く親子は今日の晩ご飯について話しているようだ。ブランコに座った坂本は地面と荒川をチラチラ交互に見やる。
「さっきの話し続きして良い?」
「え…あ…うん。」
「荒川君はさ…クラスに好きな人いるの?」
「いるよ…。」
「へー。」
坂本は何とも言えない複雑な表情で再び地面を見やる。荒川は大きく息を吸い込むと何かを決心したようにブランコから立ち上がった。
「凄く強くて曲がった事が大嫌いで…。自分の最愛の人が侮辱されたり傷付けられたら烈火の如く怒り…。どんなにおっかない相手にも立ち向かう…。そのくせ、自分が例えツバや泥水を掛けられても決して周りには話さないし相手にはやり返さない…。そんな体は強く心はもろい人だね…。」
荒川はブランコを囲む柵に沿って歩くと振り向いた。丁度坂本と向かい会うように正対し、柵の上に腰を落とす。
「だから俺から告白するよ…。」
「え…。ちょ…。まだ心の準備が…。」
荒川の顔は西日に照らされ、半分は影になっている。
「君が連続殺人の犯人だってね。」
「え…?」
坂本は荒川から目を離せなかった。坂本は明らかに動揺し、肌寒い十月の夕方であるにも関わらず、冷や汗が額から流れ出した。
「な…何を言ってるの…。だってその犯人は竹田であって、さっき捕まったじゃん…。」
「素直に認めてくれればすぐに終わったのに…。まあ良いや、お望みなら君を犯人だと確信した経緯を話すよ。」
荒川は腕を組みうすら笑いを浮かべる。坂本は笑顔が消え失せ、地面と荒川を交互に見る。
第十章 回収 終わり




