無口な騎士団長様は、戦場よりも私の隣で赤くなる
∮∮〜第一章:戦場の死神、社交界の氷壁〜∮∮
アレン・クレイグ公爵。
若くして王都騎士団の頂点に立ち、隣国との国境紛争をわずか三日で鎮圧した──そんな伝説を持つ男だ。
返り血を浴びても眉ひとつ動かさないその冷徹な戦いぶりから、敵国からは「戦場の死神」、貴族令嬢たちからは「氷壁の騎士」と恐れられ、敬遠されている。
そんな“鉄の塊“のような彼が、今──私の目の前で……。
「……あ、……う」
真っ赤な顔をして、自身のティーカップを凝視したまま固まっている。
湯気とともに香るアールグレイの香りが、二人の間の沈黙をいっそう際立たせていた。
私、リリアーナ・エバレットは、家命によりこの「歩く氷壁」と婚約して三ヶ月になる。
今日の午後は、彼が珍しく非番だというので、公爵邸の庭園でお茶を共にしているのだが……。
「あの、アレン様? お口に合いませんか、このマカロン」
「っ! い、いえ。……美味、です」
アレン様は、壊れ物でも扱うかのような手つきで、小さなマカロンを指でつまんだ。
そして、一口で食べると、再び黙り込む。
その耳たぶが、みるみるうちに林檎のような真っ赤に染まっていくのを、私は見逃さなかった。
(……不思議。戦場では何百人もの兵士を前に堂々と指揮を執る方が、どうして私と二人きりだと、こうなってしまうのかしら)
∮∮〜第二章:隠せない熱〜∮∮
実は、私たちには「秘密の約束」がある。
それは、一ヶ月に一度、彼が遠征から戻るたびに、私が手作りのお菓子を差し入れるというものだ。
きっかけは、初対面の日のことだった。
無表情で「私との結婚に愛を期待しないでほしい」と──おそらく照れ隠しではなく、本気で──言い放った彼に、私は少しだけ反抗心を抱き、「それなら、私の作ったお菓子を美味しいと言わせるまで諦めません!」と宣言してしまったのだ。
以来、彼は不器用ながらも、必ず私との茶会に顔を出すようになった。
「……リリアーナ嬢」
「はい、何でしょう?」
アレン様がようやく視線を上げた。
銀色の前髪の間から覗く、鋭くも美しい碧眼。
その瞳が、じっと私を見つめている。
「……その、髪。……切った、のか?」
「ええ、昨日少しだけ。お気づきになったのですか?」
驚いた。
彼は仕事一筋で、他人の容姿など気にも留めない人だと、私は思い込んでいたからだ。
すると、彼は慌てて視線を逸らし、今度は首筋まで真っ赤にしてしまった。
「視界に、入ったからだ。……似合っている。……以上だ」
ぶっきらぼうな言い方。
けれど、その震える声からは、一生懸命に言葉を紡ごうとする誠実さが伝わってくる。
戦場では、部下が一言も発さずとも彼の意図を汲み取り、完璧な陣形を組むという。
けれど私の隣では、彼は言葉を失い、余裕をなくし、ただの一人の青年に戻ってしまう。
私は、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「ありがとうございます。アレン様にそう言っていただけると、嬉しいです」
私が微笑むと、彼はさらに「……っ」と絶句し、もはや顔を上げられなくなってしまった。
∮∮〜第三章:騎士の誓いと、本当の顔〜∮∮
楽しい時間は、急報によって遮られた。
庭園に駆け込んできた副官が、緊迫した面持ちでアレン様に耳打ちをする。
その瞬間、彼の空気が変わった。
さっきまでマカロンを前に赤くなっていた青年はどこへやら。
立ち上がった瞬間、彼の背中から周囲を圧するような鋭い覇気が放たれた。
「リリアーナ。……急用だ。戻らねばならない」
その声に、もう迷いも赤面もない。
冷徹で、完璧な「騎士団長」の顔だ。
私は少し寂しさを感じながらも、背筋を伸ばして一礼した。
「お仕事、お気をつけて。無事のお戻りをお待ちしております、アレン様」
彼は一度だけ頷き、副官と共に去ろうとした。
……けれど。
数歩進んだところで、彼は急に足を止めた。
そして、何かを決心したように、私の方へ戻ってきたのだ。
副官が驚いた顔で見守る中、アレン様は私の目の前に立つと、迷いのない手つきで私の右手をすくい上げた。
「……アレン、様?」
彼は私の手の甲に、深く、熱い口づけを落とした。
そのまま顔を上げた彼の瞳は、先ほどまでの「氷壁」ではなかった。
情熱と、独占欲と、そして隠しきれない愛情が混ざり合った、熱を帯びた眼差し。
「……必ず、帰る。……次のお菓子は、クッキーがいい」
至近距離で囁かれた低い声。
──そして。
言い終えた瞬間、彼は再び、顔を耳まで真っ赤にした。
そのまま、逃げるように背を向け、大股で歩き出す。
後ろからついていく副官が、「団長、今、耳まで真っ赤ですよ……」と呆れたように囁くのが聞こえた。
アレン様は聞こえないふりをして、さらに歩調を速めている。
私は、自分の頬が熱くなるのを感じながら、彼の背中を見送った。
戦場では決して見せない、私だけが知っている彼の“赤“。
あんなに不器用で、あんなに可愛らしい騎士団長様を、誰にも渡したくない。
私は空になったティーカップを片付けながら、次の茶会のメニューを考え始めた。
次はもっと彼を赤くさせてしまうような、とびきり甘い言葉を添えて。
∮∮〜第四話:傷と、隠せない優しさ〜∮∮
アレン様が遠征に出て、一週間が経った。
普段は冷静な私も、この日ばかりは心がざわついていた。
騎士団から「団長負傷」という一報が入ったからだ。
命に別状はないとのことだが、詳細は伏せられ、面会も許されない状況が続いていた。
公爵邸の自室で、私はひたすら彼の無事を祈っていた。
あの不器用な優しさに、また触れたい。
彼が私と二人きりになった時に見せる、あの真っ赤な顔が、なぜだか恋しかった。
三日後。
突然、公爵家の侍女長が慌ただしく私の部屋を訪れた。
「リリアーナ様、大変です! アレン様がお屋敷にお戻りになられましたが、ご容態が……」
私は侍女長の言葉を遮るように立ち上がった。
「私が看病します。案内してください!」
侍女長の制止も聞かず、私はアレン様の私室へと向かった。
彼の部屋の扉を開けると、そこには包帯だらけの姿でベッドに横たわるアレン様がいた。
左腕には大きな包帯が巻かれ、額には汗が滲んでいる。
顔色は普段の冷徹な表情とは打って変わり、苦痛に歪んでいた。
「アレン様!」
私が駆け寄ると、彼はゆっくりと目を開けた。
碧い瞳が、焦点の合わないまま私を見つめる。
「……リリアーナ? なぜ、ここに……」
掠れた声が、痛々しい。
私は彼の額にそっと手を当てた。
熱い。
「熱がありますわ。……無茶をなさらないでくださいと、いつも言っているでしょうに」
私の言葉に、彼はふっと目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……心配、かけたか」
「当たり前です! どんなにあなたが『戦場の死神』と呼ばれていても、私にとっては、ただ一人のかけがえのない婚約者なのですから」
感情のままに言い放った私の言葉に、アレン様はゆっくりと目を開けた。
そして、その顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
熱のせいだけではない、紛れもない照れの色だった。
「……っ! そのようなことを、軽々しく口にするものではない」
「あら、心にもないことを言ったつもりはございませんよ?」
私が少し意地悪く微笑むと、彼はさらに顔を背けようとする。
だが、傷のせいでうまく動けないようだった。
「……傷に障りますから、あまり動かないでください。私が介抱します」
私はサイドテーブルにあった水差しを取り、濡らした布で彼の額を拭いた。
ひやりとした冷たさが、いくらか彼の熱を冷ましてくれることを願って。
∮∮〜第五章:不器用な“甘え“〜∮∮
夜になっても、アレン様の熱は下がる気配を見せなかった。
私は交代の侍女を断り、彼の傍に付きっきりで看病を続けていた。
薬を飲ませ、体を拭き、悪夢にうなされる彼の小さなうめき声に合わせて、そっと手を握る。
「ん……、リリアーナ……」
夢の中で、彼は私の名を呼んだ。
その声が、私にとってどれほど甘美だっただろう。
普段は決して見せない、彼の弱さ。
そして、私への信頼。
真夜中、アレン様が静かに目を開けた。
熱で潤んだ碧い瞳が、真っ直ぐに私を捉える。
「……まだ、起きていたのか」
「ええ。あなたが眠れないようでしたら、私も眠れませんもの」
彼はゆっくりと、空いている右手で私の手を掴んだ。
その指先は、戦場で幾多の剣を握り、敵を打ち倒してきたとは思えないほど、震えていた。
「……すまない。君に、看病など……」
「謝らないでください。私は、あなたのお役に立てることが嬉しいのです」
私がそう言うと、彼は何も言わずに私の手を握りしめる力を少しだけ強くした。
その時、私は気づいた。
アレン様は、私がいることに、心から安堵しているのだと。
普段の彼からは想像できない、不器用な“甘え“が、そこにはあった。
私はそっと、彼の頭を撫でた。
硬い髪の毛が指先に触れる。
「……気持ち、いいな」
小さな、それでいて熱のこもった声。
その一言に、私の心臓は跳ね上がった。
彼が、こんな風に素直な感情を露わにするなんて。
「もっと、撫でてあげましょうか?」
「……っ!」
私が意地悪く問いかけると、アレン様は一瞬たじろぎ、そして、再び顔を赤くした。
熱に浮かされた肌は、その赤色がより一層鮮やかに見えた。
∮∮〜第六章:騎士の誓い、そして私だけの殿下〜∮∮
翌朝、アレン様の熱はすっかり下がっていた。
まだ傷は完治していないものの、その表情にはいつもの冷徹さが戻っていた。
「……迷惑をかけた」
「いいえ。アレン様が無事で、本当に良かったです」
私が微笑むと、彼は少しだけ視線を逸らし、耳の先を赤くした。
「……礼を、言いたい」
「では、一つお願いがございます」
私がそう切り出すと、彼は少し警戒するように私を見た。
「何だ?」
「今度からは、もっとご自身の身を大切にしてください。あなたの無事を、心から願っている者がここにいることを、忘れないで」
私の言葉に、アレン様は何も言わなかった。
ただ、じっと私を見つめている。
その碧い瞳の奥に、何か熱い感情が揺らめいているのを感じた。
やがて、彼はゆっくりと、ベッドから身を起こした。
そして、痛む左腕をかばいながらも、私の手を強く握りしめた。
「リリアーナ」
彼の声は、昨夜の弱々しさとは違い、力強く響いた。
「君の言葉を、肝に銘じよう。……僕は、君を、心配させるわけにはいかない」
そして、彼は私の手の甲に、そっと口づけを落とした。
それは、以前の別れ際の口づけよりも、ずっと深く、そして熱いものだった。
まるで、彼の心の奥底に秘められていた愛情が、直接伝わってくるようだった。
「誓う。どんな戦場にあろうと、僕は必ず君の元へ帰る。……そして、君の隣で……」
そこで言葉が途切れた。
彼の顔が、見る間に真っ赤に染まっていく。
そのあまりの赤さに、私は思わず噴き出してしまった。
「……そして、私の隣で、また赤くなってくださるのですね?」
私の問いかけに、アレン様は何も言わず、ただ顔を背けた。
けれど、その耳の先まで染まった真っ赤な色は、彼の“イエス“を雄弁に物語っていた。
騎士団長アレン・クレイグは、戦場では誰よりも強く、冷徹な「死神」。
けれど、私の隣では、誰よりも不器用で、可愛らしい“一人の青年“なのだ。
私は、彼の傍で、これからも彼の“赤“を独占し続けるのだろう。
∮∮〜第七章:赤色は愛の証〜∮∮
アレン様の怪我が完治し、騎士団の公務に復帰してから一ヶ月。
あの日、病室で交わした“誓い“以来、アレン様の様子がどこかおかしい──というか、ますます“赤くなる頻度“が上がっていた。
ある日の王宮夜会。
漆黒の礼装に身を包んだアレン様は、並み居る貴族たちをその威圧感だけで黙らせるほど凛々しかった。
周囲の令嬢たちがため息をつきながら彼を見つめる中、アレン様は一直線に私の元へ歩いてくる。
「……リリアーナ。少し、外の空気を吸わないか」
低く心地よい声に頷き、私たちはバルコニーへと出た。
月明かりの下、二人きり。
アレン様は周囲に誰もいないことを確認すると、ふっと肩の力を抜いた。
そして、不意に私の腰を引き寄せ、耳元で囁いたのだ。
「……今日の君は、毒だ」
「えっ、毒……ですか?」
「……綺麗すぎて、胸の鼓動がうるさい。戦場の喧騒よりも、自分の中の音がうるさくて、立っているのがやっとだ」
そう言い切ると同時に、彼は私の肩に顔を埋めた。
……そして、伝わってくる熱量。
顔を上げずともわかる。今の彼は、間違いなく首筋まで“あの赤色“に染まっている。
「アレン様、ここでは誰かに見られてしまいますわ」
「……見られても構わない。いや、やはり見せたくない。……君は、僕だけのものだ」
独占欲を剥き出しにした言葉に、今度は私の方が赤くなる番だった。
無口で無表情だった彼が、一度感情の蓋を外すと、これほどまでに熱烈な愛を囁くようになるなんて、誰が想像できただろうか。
∮∮〜終章:一生解けない魔法〜∮∮
それから数ヶ月後。
私たちの結婚式は、国を挙げての祝祭となった。
純白のドレスに身を包んだ私を、祭壇の前で待っていたアレン様。
誓いのキスの前、神父様が「新郎は新婦に口づけを」と促した瞬間、王都中の人々が驚愕の光景を目にした。
あの“氷壁の騎士団長“が、あろうことか──全参列者の前で、熟れた林檎のように真っ赤になり、震える手でベールを上げたのだ。
「……アレン様、頑張ってください」
私が小声で励ますと、彼は一瞬、泣きそうなほど困ったような顔をして、それから決意を固めたように唇を重ねてきた。
触れ合う唇から伝わるのは、深い深い愛情と、変わることのない不器用な誠実さ。
披露宴の最中、友人である副官が「団長、式の間ずっと赤かったですね。戦場の覇気はどうしたんですか?」とからかうと、アレン様は眉間に皺を寄せつつも、私の手をぎゅっと握り直して言った。
「……仕方ないだろう。隣に世界一愛しい女性がいるんだ。……冷静でいられるわけがない」
その言葉と共に、彼は本日何度目かわからない赤面に顔を染めた。
“戦場の死神“は、今や“愛妻家の赤面騎士“として王都中の噂の的だ。
けれど、彼が赤くなるたびに、私は自分の心が幸せで満たされていくのを感じる。
「アレン様、これからもたくさん私の隣で赤くなってくださいね」
「……努力する。だが、あまり揶揄わないでくれ。……愛している、リリアーナ」
真っ赤な顔で、けれど瞳だけは真っ直ぐに私を見つめて。
不器用な騎士団長様との、甘くて熱い毎日は、これからもずっと続いていく。
〜〜〜fin〜〜〜
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興味を持って頂けたならば光栄です。
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ブクマ頂けたら……最高です!
シリーズ『異世界恋愛の短編集!』の中の作品も、合わせてお楽しみください。




