目、眼、芽
4話です!よろしくお願いします!
「誘ったはいいんだけど、八尾さんの家ってどのへんなの?」
委員会のみんなと別れて、私は八尾さんと2人で家に向かって歩いていた。
「うーんと、坂伊野駅ってわかる?あのあたりなんだけど」
「え、結構遠くない?」
「あはは…。うん、電車で1時間くらいかな」
すごいな。私だったら通学に1時間なんてかけられない。
だから徒歩でも通える今の高校を選んだんだし。
「すごいね。吹奏楽部に入るために?」
「うん、そうなんだ」
帰り道でも楽器が入ったバッグを大切そうに抱えている八尾さん。
本当に好きなんだろうな。
「彩常高校って言ったら、多分この辺りの吹奏楽部の中学生の憧れだと思う。…私はずっと憧れてたんだ」
「そうなんだ…。部員って何人くらいいるの?」
「一学年30、40人くらいいるから…100人は超えてるね」
「すご…」
全国レベルになると、それくらい人が集まってくるのか。
そんなレベルの人数だと、もはや顔と名前が全く一致しなさそう。
「だから、コンクール?出るのにも選考があるんだ?」
「そうなの。コンクールにも人数制限があるから」
それを分かったうえで、人が集まるのか。
「和泉さんは…。どうして彩常を選んだの?」
「あー、私は別に八尾さんみたいな立派な理由はないんだよね。通いやすいっていうのが一番かな」
「それも大事だよね。毎日通うところだもん」
毎日往復2時間かけて通ってる人が言うと説得力が違う。
「…にしてもあっついなー。ちょっとコンビニ寄ってアイスでも買わない?」
「え⁉」
八尾さんが勢いよく顔をあげて、きらきらした目を向けてくる。
なにか、そんな特別なことを言ったつもりはないんだけど。
「どうしたの?」
「あ、ごめんね。嬉しくて…」
八尾さんはきらきらとした目を伏せて、顔を手で覆ってしまった。
ああ…。なんかもったいないことしたかも。
「中学生の時はそういう寄り道って禁止されてて、高校生になったらしてみたいなって思ってたんだけど。部活が終わったら、みんなそれぞれ電車とかバスの時間があるから急いで帰っちゃって」
だから誘ってもらえて嬉しかったって少し恥ずかしそうに微笑む八尾さん。
ただの寄り道でしかないのに、何か大きな意味を持ちそうだけど大丈夫なのかな。
「やっぱやめとく?憧れてた?とかなんだったら、初回は友だちの方が良かったりしない?」
「…友達…。うーん…?」
ちょっと眉を顰めたと思ったら、次は眉を下げて。
八尾さんの表情がころころと変わる。
「…和泉さんが嫌じゃなきゃ、コンビニ、行きたいな」
そんな顔をされて断ることができる人なんているの。
「……じゃあ行こっか」
視線の先には煌々と点灯しているコンビニの看板。
家から一番近いコンビニってこともあって使い慣れたコンビニだ。
「コンビニ自体初めてってことは…」
「さすがに、来たことは何度もあるよ!」
八尾さんを少しからかってみれば、手をぶんぶんと音が聞こえてきそうなくらい横にふって否定する。
「ふっ」
ほんと、何をやっても小動物みたいで可愛い。
「ごめん、ちょっとふざけた」
「う~…」
何かを言いたそうに、だけど我慢したのかうなるだけの八尾さんに、また笑ってしまう。
ほんと、ずっと見ていたくなる。
「…さっきコンビニに何度も来たことあるって言ったけど、あんまりアイスって買ったことないんだよね…」
コンビニに入ってアイスコーナーまで来たところで、八尾さんがそんなことをぽつりとこぼした。
「そうなんだ?」
「うん…。和泉さんはどれをよく食べるの?」
「私?うーん、その時の気分によって結構変わるからなー」
冷凍のケースに入っているアイスを見回す。
うーん。本当にその時の直観みたいなのでいつも選んでるから、改めて聞かれると困るな。
「意外と、これよく食べるかも」
そう言って手にとって八尾さんに見せたのは普通のバニラバー。
「あ!それおいしいよね!」
「八尾さんも好き?なんかこういうシンプルなのが一番いいなって思う時期が定期的にくるんだよね…」
「なんかわかる気がするなぁ。実家のような安心感?ていうのかな?」
「それはわかんないけど、多分そんな感じ」
手に持っていたバニラバーを冷凍のケースの中に戻そうとしたとき、八尾さんの手が伸びてきて、私が持っているバニラバーの袋の端をつかんだ。
「私、これにするね。いい?」
「……うん」
びっくりした。
何にって、肩が当たりそうな近さとか、わざわざ私が持っているのを取ろうとしてくるとことか。
勝手にだけど、人とあんまり距離を詰めないタイプだと思っていたから。
「…和泉さんはどれにするの?」
「あー…じゃあ、これにしようかな」
手にとったのは新発売のミルクティー味のアイス。
「それもおいしそうだね」
「八尾さんも買えばいいじゃん。こっちも」
「アイス2つはちょっと、勇気がいるかも…」
私が差し出したアイスを見て一瞬迷ったような顔をしたけど、八尾さんは結局、頸を横に振った。
「1個で我慢するね。ありがとう」
「まあ…また別の機会に食べればいい話だしね」
「うん」
八尾さんが私の方に左手を伸ばしてくる。
「?」
どういう意味か分からなくて、その手を眺めてみる。
多分、私より小さい手だ。可愛い。
「あ、あの…和泉さん」
名前を呼ばれたから顔を上げて、今度は八尾さんの顔を見る。
八尾さんは恥ずかしそうに、それでちょっと不満げな顔をしていた。
「私が払うので、和泉さんのアイスをください」
「え、突然敬語じゃん。というか、なんで」
「お家にお邪魔させてもらうんだから、それくらいはって思って」
別にそんなの気にしなくていいのに。
どうせあの家のあの部屋は、もうほとんど使われることのない部屋だし。
「いいよそんな、気つかわなくても」
「これくらいさせてもらわないと、気をつかっちゃうから」
真っ直ぐな目で見つめられる。
真面目な子だな。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言ってアイスを八尾さんに渡せば、八尾さんは満足そうににこりと笑った。
そしてそのまま、軽く弾みながらレジに歩いて行った。
不思議な子だ。
普通に会話している時は伏し目がちで、あんまり目は合わないのに。
ここっていうときには、身動きが取れなくなるほど真っ直ぐに目を見つめてくる。
そしてその時の目の強さが、すごい。
「はい!」
「ありがとう」
今買ったばかりのアイスを満面の笑みで渡してくる八尾さん。
何がそんなに嬉しいんだろう。
あ、そうだった。こういう寄り道に憧れてる子だった。
受け取ったアイスの袋を開けて一口食べる。
なんか、ありふれた味だけど、今まで食べた似たようなアイスよりもおいしいように感じる。気がする。
「歩きながら食べるの?」
私がもう一口食べている姿を見て、八尾さんが目を見開いていた。
「え…?うん。普段からこういう感じだけど…」
行儀が悪い、とか思ってるのかな。
食べ歩きに対して何かの感情を持ったことなんてなかったけど、なるほど。そういう考え方もあるのか。
「…家もう近いし、八尾さんは家ついてから食べてもいいよ」
「…ううん、私も、和泉さんと同じようにする」
そういうや否や、八尾さんはアイスの袋を開けて、一口食べた。
思っていた以上に冷たかったのか、顔をしかめる。
「あはは。冷たい?」
「うん。急に食べるとびっくりしちゃうね」
そう言いながら八尾さんは、アイスを小さくかじっていく。
「やっぱりいいね。なんだか安心する」
「わかる。そのシンプルな感じがいいよね」
さっきよりも近づいた距離で、アイスをかじりながら2人で並んで道を歩く。
八尾さんはアイスを食べるのに集中しているのか、全然喋らなくなってしまった。
といっても、元々自分から沢山喋るタイプではなさそうだけど。
「あ、ここがうちです」
黙々と歩くこと数分。私の家に到着した。
わざと仰々しく手のひらで家を指し示すと、八尾さんは目を丸くしたまま、家の全景を見るように頭を上下に動かしていた。
「…大きいね…!防音室があるって聞いた時から、すごいんだろうなとは思ってたけど…」
「父親の見栄の塊だからね。ほら、入ろ」
門扉を開けて八尾さんを促す。
日本庭園を模した庭を音をたてながら進む。
「池とかもあるんだね…」
「鯉もいるよ」
「え⁉すごいね…。鯉を飼ってるお家って本当にあるんだ…」
いかにも興味がありますといった雰囲気で池を眺める八尾さん。
「今日は時間ないし、また今度見に来なよ。餌あげてもいいし」
「いいの⁉」
普段の八尾さんの声と比べると大きな、張のある声が響く。
そんなに鯉の餌やりをしてみたかったのかな。
きらきらと私を見つめてくる目をどうしてか見つめ返せなくて、私は玄関の方に視線を戻した。
「いいよ。いつでも」
玄関の扉を開けると眩しいくらいの明かりが出迎える。
「八尾さん。入って」
「お、お邪魔します…」
八尾さんは緊張した顔で家に入り、丁寧に玄関の扉を両手で閉めた。
その緊張具合に委員会の日のことを思いだす。
分かりやすくて、それでいてころころと変わる八尾さんの表情が微笑ましい。
「紫音、お帰りなさい。あら、お友達?珍しいわね」
ふわふわと浮かれていた気持ちが、ずしんと重くなる。
「あ!八尾美月といいます。お邪魔します!」
丁寧に深々と頭を下げる八尾さん。
それを見て母親が、嬉しそうにニコニコと笑う。
「ゆっくりしていってね…。ていってもこんな時間だし…。そうだ、お夕飯、一緒に食べていかない?お母さんが作ってもいいし、何か出前でも…」
始まった。
「私たちは好きにしとくから、放っといてくれていいよ。防音室使うから、入ってこないでね」
母親の顔も見ず、それだけ言って横を通り過ぎる。
「八尾さん。こっち」
母親が八尾さんにちょっかいをかけないように、すぐに八尾さんを呼ぶ。
「え、あ、うん。し、失礼します」
八尾さんは律儀に頭を下げて私の方に小走りで近づいてくる。
そんなにちゃんとしてくれなくていいのに。
「~~~~!」
後ろから何かを言っている母親の声が聞こえるけど、そんなのは全部無視して廊下を歩いて洗面所に向かう。
手洗いうがいは大事だからね。
「あ、あの、和泉さん」
「ん?」
「お母さま…何か言ってたけど、いいの…?」
八尾さんが目を泳がせる。
聞いていい話なのかどうか迷っているのかもしれない。
「いいのいいの。喋り出したら止まらない人だから。放っとくのが一番」
それだけ言うと、八尾さんは黙ってしまった。
あまり触れない方がいい話題だと察してくれたんだろう。
手洗いうがいを済ませて洗面所を出る。
そしてそのまま廊下を通って一番奥の部屋の扉を開けた。
「はい、お待たせ。ここなら誰にも何も言われないから、好きなだけ気持ちよく練習できると思うよ」
「あ、ありがとう…。すごいね…。楽器もこんなにいっぱい…」
荷物を持ったまま、部屋にあるピアノやドラムに走っていってはぐるぐると周りをまわってじっくり観察することを繰り返す八尾さん。
初めて公園に来た子供みたいだな。…あくまでイメージだけど。
「八尾さん」
八尾さんが部屋の楽器を一通り見たタイミングで声をかける。
「はい!あ、ごめんね。勝手にたくさん見て回っちゃって」
「それは全然いいよ。壊しさえしなきゃ触ってもいいと思うし」
分かりやすく反省している八尾さんが可愛いやら面白いやらで思わず笑ってしまう。
おかしいな、普段の私はこんなに口角ゆるくないのに。
「荷物は適当にその辺おいてくれていいから。で、ああ…楽譜おくやつもいる?よね?」
この部屋に入ったことはほどんどないけど、たしかどっかにあった気がする。
僅かな記憶を頼りに、色々なものが乱雑に置かれている場所を探す。
「あー、これ?であってる?」
それらしきものを引っ張り出して八尾さんに見せると、こくこくと頷いてくれた。
「じゃあこれ使ってもらって、椅子もその辺のテキトーにどれでも使ってくれていいから」
「ご、ごめんね。なにからなにまで」
「いや…別にそんな大したことはしてないと思うけど…」
私は部屋の隅に置いてある椅子に座って、傍に荷物を置いた。
そこでふと思う。
私、この部屋から出た方がいいのかな。
その方が八尾さんは集中できるんだろうか。
そんなことを考えながら八尾さんの方を見ると、少し戸惑いながら、練習するための準備を進めていた。
「…」
何も言わずに自分のリュックから今日の分の課題を取り出す。
出来るだけ音を出さないように、気を付けながら。
とりあえず、八尾さんに何かを言われるまでは、ここで静かにしていよう。
八尾さんが練習してるとこ、見てみたいし。
「あ、あの…和泉さん」
遠慮がちな声が聞こえてくる。
思ったより早い段階で私の存在は思い出されてしまったらしい。
それもそうか。ここ、一応私の家だし。
「…ん?なにか他に必要なものあった?」
この部屋から出て行けと言われない限りはここにいよう。
そう決意して、話題をそらす作戦を試みる。
「……!」
何かを言いたそうに私の方を見たと思ったら、今度は目をそらす。
そんなことを繰り返す八尾さんに、なぜか少し申し訳ない気持ちになる。
これはあれだ。小動物に対してちょっといじわるしちゃったときの罪悪感に近い感じだ。
多分。
「…私がいたら集中できない?」
まあ、一応の家主に対して出ていってほしいなんて言いづらいよね。
自分から言うつもりはなかったけど、怯える小動物みたいな八尾さんがかわいそうになって、つい口に出してしまった。
「ぜ!」
自分が思っていたよりも大きな声が出てしまったのか、八尾さんは恥ずかしそうに口元を両手で抑えた。
さっきの声をごまかすように小さく咳き込んで、また顔を上げる。
「全然邪魔じゃないよ…。邪魔なわけない!だけど、その、私の音が和泉さんの迷惑にならないかなって思って…」
耳が赤くなってる。
よく見れば、八尾さんの手は、自分のジャージをしっかりと握っている。
これは…どういう感情の言葉なんだろうか。
言葉通りの意味なのか、それとも遠回しに出て行ってと伝えられているのか。
「私は気にならないから大丈夫だよ。八尾さんこそ、1人で集中したい?」
私の言葉をきいて八尾さんは首を横に振った。
その動きに合わせて柔らかそうな黒髪が揺れる。
頭ははっきりとしているのに、そんなのはお構いなしに、私は無意識にその髪の動きを目で追っていた。
「は、はずかしいけど…。和泉さんの邪魔になっちゃうかもだけど…。一緒に、いてくれると嬉しい…です」
最後の方はもう、ほとんど消えそうな声だった。
だけど私の耳は、その小さな八尾さんの声をしっかりと拾っていた。
「じゃあ…ここにいるけど…。出来るだけ存在感、消しとくね」
「ふ、普通にしててくれていいんだよ!そもそも、ここは和泉さんのお家なんだし…」
「…ん、分かった。普通に座っとくね」
なんでもない風を装って、課題を開く。
本当はどこかふわふわと浮かれていて、今にも上がりそうな口角を抑えるのに必死だった。
分かってる。
最近知り合った人の、初めての家。
ましてやそれが、割と設備が整ってそうな防音室。
一人きりになるには不安になる要素が多い。
そこに一応の家主…というか家の住民で話せる相手がいた方が安心するのは理解できる。
分かる。分かってはいるんだけど。
八尾さんがいる空間に私がいることを許された気になる。
八尾さんの中で大きな意味は持たないのだとしても、私が勝手にそこに大きな意味を持たせようとする。
『~♪』
突然の音に意識が引き戻される。
音がした方を見れば、八尾さんが楽器を演奏していた。
それもそうか。この部屋には今、八尾さんと私しかいないんだし。
課題をしているフリをしながら、八尾さんの様子を盗み見る。
私が座っているところからは、八尾さんの横顔が見える。
やっぱり、何度見てもきれいな横顔だと思う。
通った鼻筋。輪郭に沿って流れ落ちる少しクセのついた黒髪。
ただ、それ以上に今、目がとまってしまうのは、その真剣な目。
良くない。
理由は分からないけど、これ以上八尾さんを見てはいけない。
さっきまでふわふわと浮ついていた気持ちが一気にひりつく。
ドクドクと、心臓が早くなる。
自分の分からないところで、危険信号が鳴っている。
気を逸らすためにスマホに手を伸ばすと、そのタイミングでメッセージの通知が届いた。
『お疲れ様。結構長いことやってたんだな。もう家着いた?』
笹山からだ。
通知を押してメッセージを開く。
『今日、電話できない?』
視線だけを八尾さんに向ける。
八尾さんは変わらず、集中した表情で楽器を演奏している。
八尾さんは何時に帰るんだろう。
もちろん早く帰ってほしいわけじゃない。
ただ、家が遠いから、遅くなるのが心配なだけ。
八尾さんから目を離して、スマホに視線を戻す。
『大丈夫。だけど、何時からできるかわからない』
それだけ返信してスマホの画面を下にして机に置く。
「はぁ…」
息を吐く。
大丈夫。
もうあのふわふわした感じも、ドクドクと痛い感じもしない。
もう一度、八尾さんに視線を向ける。
大丈夫。
大丈夫。
これが普通だ。
昨日までとなにも違わない。
これが私の普通だ。
結局バニラバーってめっちゃ美味しくないですか?
期間限定とかのアイスについつい惹かれちゃうんですが、たまーに、無性にバニラバーを食べたくなる時があるんですよね。バニラアイス、とかじゃなくてバニラバーなんですよね。




