あつい、夏の日
第3話です。
いろんな意味であつい夏です。
今は絶賛冬真っただ中ですが。
どうぞよろしくお願いします。
「あっつー…」
「冷房下げるか―」
1学期が終わり、夏休みが始まった。
文化祭実行委員の1年組は夏休み初日から活動を始めていた。
みんなで話し合った結果、『夏休みの宿題は前半で終わらせてしまおう』作戦で準備を進めることになった。
「とりあえず、手間がかかりそうな垂れ幕と看板から始めるか」
「おー。じゃあ今日は下書きするか。つってもまだデザインすら決めてなかったわ」
「じゃあ今日はデザイン決めからかな。いくつか候補を決めて、グループトークに流して投票しようぜ」
「いいね」
初日から参加したのは6人。よく集まったよ。
一応活動する日と帰るときはグループで報告することにしたらしいから、部活の合間とか、部活の方が早く終わったらこっちに顔を出すって言ってる人も何人かいたけど。
場所は校舎の4階。1-Aの教室。
そういえばここに来るまでに少しだけ楽器の音が漏れ聞こえていた。
休みの日に学校に来ることなんてなかったから、吹奏楽部がどこで練習しているのか知らなかったけど、どうやら1階の奥の教室でやっているみたいだった。
八尾さんも練習してるのかな。
最初の委員会以来、当然話す機会も何もなかったけど、なんかずっと気になってる。
気になってる…。というよりなんか、様子を見たいというか。
なんなんだろうな。自分でもよく分からないけど、なんか気になるんだよね。
「それじゃあー…30分くらい各自でデザイン探してみて、見せ合う感じにするか」
「りょうかーい」
それぞれテキトーに近くの席に座ってスマホを見始める。
今の時代、SNSを開けばなんとなくいい感じのものが簡単に見つかる。
というか、みんなそうやって似たようなものに少しずつアレンジを加えてうまくやってるんだと思う。
いつもぼんやり眺めるSNSを開こうとしたとき、メッセージアプリの通知数が増えているのが目に入った。
開いてみると笹山からのメッセージ。
『今日何時に終わる予定?もし時間が合いそうなら、一緒に帰らない?』
そういえば、サッカー部も毎日練習だって言ってたっけ。赤石が。
『何時に終わるか分からない。また連絡するね』
それだけ打ってメッセージアプリを閉じようとして、手を止めた。
委員会の日に作られた、文化祭実行委員のグループトークを開く。
参加メンバー一覧をスクロールして、指を止める。
『八尾 美月』
フルネーム。ぽいなあ。
アイコンも自分の写真とかじゃなくて、何かの楽器の写真だ。
その楽器が何本か重なっている。多分同じ部活の仲良かった子たちと採った写真なんだろう。
いかにも青春って感じの写真。
あ。今なんか、きもいことしてるかも。
今度こそメッセージアプリを消してSNSを開く。
それっぽいのがヒットしそうなハッシュタグを入れて他の学校の文化祭の看板デザインを探す。
多分他のみんなも同じような探し方をしているだろうから、似たようなものばっかりになりそうだけど。
『ガラガラ…』
静かな教室に突然響く扉の開く音。
スマホに集中していた私たちが一斉に顔を上げる。
「あ…ごめん。静かだったから使ってないのかと思って…」
焦ったようにそう言ったのは、ジャージ姿の八尾さんだった。
その手には、さっき見たアイコンに写っていた楽器を持っている。
「えーっと。あー…まってね」
ソラが何かを考えるように眉間に手をあてる。
「そうだ、八尾さんだ。吹奏楽部でこの教室使う?」
「ううん、違うの!いつも適当に空いてる教室を使ってるから」
楽器を持っていない方の手をぶんぶんと横に振る。
その様子が小動物みたいに見えて、自分の口角が上がるのを感じた。
「むしろごめんね。多分メッセージにどの教室にいるか書いてくれてたよね」
「いや、それ送ったの午後だったし。部活中だったから見れなかったんでしょ。気にしなくていいよ。それにたぶん…オレのオーラに惹かれてきちゃっただけだと思うから、さ」
なんだその最後の一言。絶対いらないでしょ。
八尾さんだって絶対反応に困る…。
と思ったのに。
八尾さんはさっきまで振っていた手を口元にあてて、くすくすと笑っている。
「え、かわい」
思ったことが、思わず口から落ちてしまった。
さすがに焦りながら周りを見てみるけど、幸い声自体は小さかったみたいで、私の声に反応している人は誰もいなかった。
「他の教室行くね。委員会の仕事、任せちゃってごめんね」
「気にしなくていいって。頑張ってな」
ありがとうと言うと、八尾さんは教室の扉を静かに閉めた。
「うちって吹奏楽部すごいんでしょ?」
「あー、らしいね」
「全国常連レベルらしいじゃん。すごいよねー」
他の委員の子がそんな話をしているのが耳に入ってくる。
吹奏楽部か。気にしたこともなかったな。
というか、何部がどうとか、なにも気にしたことなかった。
「30分経ってないけど、みんなどんな感じ?いいの見つかった?」
ソラの一声に、教室にいたみんながソラの近くに集まっていく。
私も一応その流れに乗って席を移動した。
それぞれ見つけたものを見せ合って、このイメージがいいとか、この柄がいいとかを話し合う。
こういうのってなかなか決まらないイメージだったんだけど、ソラを筆頭に確実に決まっていく。すごいなこのリーダーシップ。
◇◇◇
「よーし!看板と垂れ幕のデザイン案決まったなー!」
「今日だけで3つずつ決まると思ってなかった。すごいね」
「ほんとほんと。高槻がうまく回してくれるから助かるわー」
「まあ、オレだし当然だけど、みんなが協力してくれなかったら、こんなに早くは決まらなかったと思う。ありがとなー」
ほんとに爽やかだな。
強烈なナルシストだけど、関わればいい人だってことは誰でもわかる。
「おーい。夏休み初日から熱心なのはいいけど、もう学校閉めるから帰れよー」
教室内が盛り上がってていたせいか、扉が開くのに気が付かなかった。
教室の扉に寄りかかって立っていたのは、1-Aの担任だった。
「え、もうそんな時間⁉」
「休み中は18時で閉めるの。先生たちも早く帰りたいのよ」
「オレたちが閉めるから帰っていいよ」
「そんなわけにはいかんだろ。ほら、早く荷物持って出ろ出ろ」
先生に促されるまま順番に教室を出る。
歩きながらメッセージアプリを開くと、笹山から何個かメッセージが来ていた。
『終わったけど、和泉はどんな感じ?』
17:07。
『ごめん、部活の奴らと帰ることにする。また連絡ちょうだい』
17:45。
今が18時過ぎ。悪いことしちゃったな。
『ごめん。今終わった。ごめんね』
それだけ返事をしてメッセージアプリ閉じる。
笹山は、なんで私みたいなのと付き合ってるんだろう。
笹山の部活が忙しいからっていうのもあるけど、夏休み中に遊びに行く予定も立てないし、メッセージも全然返さない。
こんな私と付き合ってて何が楽しいんだろ。
「あ…お疲れ様」
後ろから聞こえた声。
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには八尾さんが立っていた。
「お疲れ様。この時間まで部活だったの?」
「部活自体は17時で終わったんだけど、私はもう少し練習したくて…」
「1人で?」
たしか、1-Aの教室に来たときは、姿は見えなかったけど1人ではなさそうだったのに。
「うん。みんなは部活が終わってそのまま帰ったから…」
リュックとは別の、多分楽器が入っているバッグを両手で大切そうに抱え込む八尾さん。
「…頑張ってるんだね」
最低限の明かりだけがついた廊下を歩き、階段を下りる。
委員会のみんなの楽し気な声が響いているけど、そんな声よりも私の耳は、八尾さんのか弱い声を熱心に拾っていた。
「…来週、県大会があって」
私に話しかけているのか、独り言なのかわからない程の小さな声。
「メンバーは当然決まってたんだけど、クラリネットの先輩がけがしちゃって、出られなくなって…。それで、補充メンバーを決める部内選考があるんだ…」
「…そうなんだ。いつあるの?」
「それが、明後日なんだ…」
明後日。そりゃまた大変な…。
「だからこんな時間まで練習してたんだ」
「う、うん。他のみんなは、どうせ2年生が選ばれるだろうからって言ってたけど…」
部活とか一生懸命やったことないから、実際のところはわからないけど、なんとなく想像はつく。
やっぱり先輩に花を持たせるべきなんだろうなってことは。
まあ、強豪校なら純粋な実力順ってこともあるんだろうけど、その実力も先輩の方が上なことが多いんだろうし。
「…八尾さんは、頑張りたいんだ?」
「……」
八尾さんの足音が止まる。
あ、やばい。余計な事言ったかも。
「先輩より自分が上手とか、そんなふうに思ってるわけじゃない。だけど、頑張るだけ、頑張りたいなって」
少しだけついている明かり。
楽器が入ってるバッグを強く抱きしめる手。
少し俯いている頭。
そこから覗く
真っ直ぐな瞳——————。
音が消えた。
吸い込まれるみたいに、目が離せない。
瞬きって、呼吸って、どうやってするんだっけ。
「あ、ご、ごめんね急にこんな話しちゃって」
「へ…?あ、いや、ぜんぜん…」
八尾さんの声で我に返る。
なんだったんだろう、今の。
「うぅ…。だめだな…。ごめんね本当に…。緊張してて…しなくていい話しちゃって…」
さっきの真っ直ぐな瞳が嘘みたいに、弱弱しく下がる眉毛と目尻。
同じ人と思えないくらいの変わり方。
「…それ、楽器だよね?家に帰ってからも練習するの?」
「できたらいいんだけど、うるさいって怒られちゃうから…」
「…?けど、持って帰るの?」
「うーん…。なんか、一緒にいないと不安で…」
大真面目な顔でそんなことを言うから、思わずふきだしてしまった。
「⁉」
八尾さんが目を丸くして驚いている。
と思ったら、すぐに両手で顔を隠した。
流れた髪の間から見えた耳が真っ赤になっている。
「ち、ちが!ずっと抱えてるとかそういうわけじゃなくて…。いつでも吹けるところに置いてたほうが安心するっていうか…」
どんどん声が小さくなっていく八尾さん。
なんだかほんと、小動物みたいな可愛さがある子だな…。
「笑っちゃってごめん。あの…バカにしたわけじゃなくて。なんて言ったらいいかな」
可愛いと思った、が素直な気持ちなんだけど。
それを今日で話すの2回目みたいな私が言うとキモくないか…?
「うーん…」
気の利いた言葉が出てこない。
八尾さんは恥ずかしがっているままだし、どうにかしないとかわいそう。
ぐるぐると考えていたら、ある考えが頭をよぎった。
「八尾さんさえよければだけど、うちくる?」
「……え?」
八尾さんが指の隙間から恐る恐るといった様子で私を見てくる。
「…ごめん、全然言葉が足りなかった」
私もちょっとてんぱってるのかもしれない。
だって八尾さんを見てるとなんか不思議な感覚になるんだもんな…。
「うち、親が特殊でさ。家に防音室があるんだよね。だから、もし八尾さんがもうちょっと練習したいっていうなら、そこ使ってくれていいよーっていう…感じ、なんだけど」
なんて急に言われても困るよね。
別に私たち、友達でもないし。
偶然委員会で一緒になった、同級生ってだけだし。
「………」
八尾さんは黙って考えているようだった。
たまにちらちらと私の方を見てきては、小さい声でうなっている。
なにかと闘っているらしい。
まあ、八尾さんは真面目そうだし、いきなり家に行くなんてダメだとか色々と考えてそうな気がする。
「……いいの?」
どうやら、もう少し練習をしたいという気持ちに天秤が傾いたらしい。
「いいよ。だけど、遅くなると帰りが危ないからほどほどにしといてね」
「うん!ありがとう!」
はじけるような笑顔。
…破壊力がすごいな。
また思いがけず言葉が出そうになるのを咳払いで抑える。
「おーい、お前ら遅いぞー!早く出てこい!」
昇降口の扉の前に立った先生が声をかけてくる。
「あ、すみません!」
八尾さんが急かすように、私の制服の袖を軽く引っ張ってくる。
少しいたずらっ子ぽく笑う八尾さんが、駆け足で私の隣を過ぎていった。
控えめだけど、緊張するとか、嬉しいとか、そういう表情がすごく分かりやすい。
あの日。入学式の日。見たのは緊張しているような八尾さんの横顔。
委員会の日。控えめに、申し訳なさそうに笑った顔。
自信なさげに、少し俯きがちなのに、強い意志を持った真っ直ぐな目。
私は単純に、八尾さんの顔が好きなんだろう。
ずっと見ていたいと思うほどには。
そのうえで、いろんな表情を、感情を見せてくれる八尾さんから目が離せなくなる。
小走りで自分の靴箱に向かう八尾さんの背中を見つめる。
肩から少しずり落ちているリュックの肩紐。
走る動きに合わせてふわふわと揺れる黒髪。
蒸し暑くてぼんやりとする夏の夕暮れの中、その背中だけが嫌にはっきりと見えた気がした。
見た目ふわふわなのに芯がある女の子っていいですよね。
とっても好きです。




