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『乗れないくせに』

「じゃあ次は、えのきくん。発表をお願いします」

「はいっ」


ぼんやりとした顔の少年は、元気よく席から立ち上がった。今日は授業参観日。教室の後ろには、保護者がずらりと並んで、みんな、自分の子供の活躍を微笑ましく見たりしている。


けれど、少年の家族は、誰一人として見に来ていない。授業参観日のおしらせの紙を、少年が無くしてしまったからである。近くの河原で、びりびりに引き裂いて、川に流して無くしてしまった。


だから、少年の両親は来ていない。両親代わりの会社の重役もいない。


少年は、にこにこ笑顔で、高らかに作文を読み上げ始めた。


「ぼくの、将来の夢はーー」











「卵、十個、入りで、二百円。なんて、ことだ、まるで、ウチの、会社じゃ、ないか」

「利益計算できていないことの比喩に使うのはおやめください坊ちゃま」


俺とちはやがスーパーに着いたのは、日が暮れ始めた頃だった。このスーパーは、高校からかなり歩かないといけない駅前のスーパーだ。バスを使えば二十分くらいだが、あいにく、俺たちに徒歩とリムジン(自転車)以外の選択肢は存在しない。


ということで、俺の息が切れているのはそのせいだ。これから更に遠い家まで帰らなければならないと思うと、遠い目をしたくなる。


店内にはすでに人だかりができていた。客の自転車も駐輪場から溢れそうなほど満杯で、俺は「ちはや」と声かけする。


「行ってきてくれ。俺では、足手まといにしかならない」

「そんなことはありません、と言いたいのは山々ですが、坊ちゃまに戦場は向いていませんね。これを」


ちはやはそう言って、俺に自転車のハンドルを握らせた。


「私にもしものことがあったら、このリムジンでお逃げください」

「何を想定しているんだ、ちはや」


菊倉のようなツッコミをしてしまった。移ってしまったらしい。俺は、ハンドルをギュッと握った。視線を落とす。


「……俺は、コレには乗れない。だから、お前が帰ってくるまで、待ち続ける」

「坊ちゃま……」


ちはやは感極まったように目を潤ませた。まあご覧の通りの鉄面皮なので、目が潤んだだけである。


「必ずや、卵を手に入れてみせます」

「ああ。消費期限の遠いものから買ってくれ」

「御意に」


俺が瞬きした後には、ちはやの姿は目の前から消えていた。俺は、自転車のハンドルを持ったまま、そこらへんを歩くことにした。




「あ」


そこそこ進んだ時、俺は立ち止まった。


「やっぱり、ついてけばよかった」


卵は、おひとり様一パックまでである。俺がいれば、二パック買える。足手まといどころか、強力な味方になる。レジに並んでしまえばこっちのものだ。


「余ったのはホットケーキにして冷凍しておこう。牛乳は高いから水だな……うん、しばらく主食には困らないぞ」


うんうんと頷きながらUターンする。まだ、スーパーに卵は残っているだろうか。


「残っているといいな、ちはやと一緒にたまごパーティーだ……」


スーパーの赤い屋根が見えたところで、俺のひとり言は、そこで止まった。なぜなら、目の前に、いかにもな人間が立っていたからだ。


帽子を深く被って、マスクをしている。全身を覆って、肌をなるべく出さないような服装。これから犯罪するぞという雰囲気が満載だ。


いるのだ、こういう部類の人間が。今もなお。


小さい頃は怖かった。だけど、今は怖くない。なにせ俺は、今、ものすごく価値が低いからだ。


俺は、ふっと笑った。


「俺を攫ったところで、卵一パックしか買えないぞ」


せいぜい俺の価値なんて、購入できる卵を増やす要員でしかない。


不審者は何も言わない。俺の渾身の自虐が通じなかったようだ。す、と懐からスマホを取り出して、俺に画面を見せた。声を聞かせたくないのだろうか。


『榎御白はどこにいる』

「太平洋のどこかだ。父は、電波が届くところに着いてからマグロの写真を送ってくる」


だから、ひどい時だと十連マグロが送られてくる。切実にやめてほしい。


『一緒に来てもらおうか』

「なぜ? 俺を捕まえても、父は海の上だから脅す手段がないぞ」


相手が一歩、前に出る。俺は一歩下がる。自転車にまたがった。


「どかないと、コレで轢くぞ。俺の運転はプロ並みなんだ」


気高さに欠ける発言だが、ハッタリにはなるだろう。俺はペダルを踏んだ。大丈夫だ、俺はやればできる男。本番では失敗しない男……。


「あっ」


がしゃんっ。からからから。


地面に放り出された俺は、なんとも言えない顔で不審者を見上げた。


するとどうだろうか。俺の自滅を見た不審者は、気のせいか、笑っているように見えた。


とっとっと……軽やかなフリックで(両手使いだ)文章を入力。地面に無様にへばりつく俺に、画面を見せてくる。


それは、俺が意識を失う前の最後の光景だった。


『乗れないくせに』

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