写真を見ていると、腹が減ってくるからだ
「先生、おはようございますっ」
この爽やかな挨拶をした人物は、いったい誰だろうか?
答えは、若干セクハラをしてくる俺おつきのメイド・佐鳥ちはやである。
学校に着く前に、メイド服から制服へと早着替えを披露したちはやは、今や、どこからどう見てもこの高校の生徒にしか見えない。
表情筋を胎内に置いてきたとしか思えないちはやだが、俺と、例の警察官以外の人間には、こうした擬態をする。いや、こっちが素なのかもしれない。
「おお、佐鳥。おはよう」
デレデレとした顔の体育教師の名前は、針山という。俺は、ちはやに負けじと針山に挨拶した。
「先生、おはようございまぁす!!」
「おう、でけえ声だな榎。おはよぉう!!」
ちなみに榎は俺の苗字である。つまり俺のフルネームは、榎御鹿だ。
針山も俺に負けじとデカい挨拶をしてくれる。それに気をよくして、俺は敷地内に足を踏み入れた。
「いつも思うけど、ちはやはいつ、自転車を駐輪場に置いてくるんだ?」
気付いたら、ちはやの手元から自転車はなくなっている。ちはやは、やることなすことがとても早いのだ。
学校モードのちはやは、ちっちと俺に向かって指を振って。
「自転車じゃなくてリムジンだよみかげ君。みかげ君がぼーっとしてる間にちょいちょいっと」
絶対にリムジン説を曲げないちはや。俺以上に、父の教えが行き届いている。
昇降口で、靴を脱ぐ。
「そんなにぼーっとしてるか俺は」
その脱いだ靴をちはやが下駄箱にしまって、さっと俺の上履きを出してくれたらしい。俺はそれを履いた。あれ。
「上履きじゃなくて、スリッパだ」
「というような具合だよ」
「なるほど」
確かに俺は、ぼーっとしてるらしい。今度こそちはやが上履きを出してくれる。スリッパはちはやの鞄にしまわれた。荷物になるだろうに、このためだけに持ってきたのだろうか?
「そのスリッパは?」
廊下を歩いている時に聞くと、ちはやはごそごそと鞄から再度スリッパを出した。振りかぶるような仕草。
「私とみかげ君のことを噂する不届きものがいるので、その時にすぱーんと」
「やめなさい」
せっかく明るいキャラで通っているのに、恐怖のスリッパ女になるとは。というか、ちはやにスリッパで叩かれたら、あの警官以外相手になるものはいないのでは?
「というか、俺から離れればいいだけじゃないか?」
「それはナシだよ」
指で小さくバツを作って、さらに、ちはやは首を横に振った。地毛であるらしい栗色の毛がさらさらと揺れる。
とはいっても、ちはやは俺と違うクラスだ。それに、人気度の違いがすごい。
「聞いたかよ、榎。ちはやちゃん、告白百人斬りだってよ!」
まあお察しの通り、ちはやは美少女なのでモテるモテる。
ラブレターに直接の告白、休み時間や放課後は、毎回違う男子がちはやの元に殺到しているのだ。
朝っぱらから変な話題を出すクラスメートに、リュックから教科書を出しながら、俺はため息を吐いた。ちはやと俺は主人とメイドである前に幼馴染だ。だから、この手の話題は、俺の耳に届けられやすい。
だが俺はそれに興味がない。興味がないというか、身内の噂に面白おかしく乗っかるのは、父の言っていたことに反する。
「俺は気高くなければいけないんだ」
「スーパーの電子チラシ見ながら言うかね。おっ、なんかメールが届いたみたいだぞ」
人のスマホを勝手に覗き込むクラスメート。確かに、父からメールが届いたようだ。
「えっ、見ないの?」
「どうせ、いつものマグロの写真だ」
「お前の父親、なんなの……?」
「マグロ漁船に乗って、皆様に美味しい魚をお届けしている」
「マグロ漁船……ふぅん……」
曖昧な返事をして、クラスメートはどこかに行ってしまった。
後で父に、いい加減マグロの写真を送るのはやめてほしいとメールしておかなければならない。写真を見ていると、腹が減ってくるからだ。




