タイトルコール
「なんだか、今、攫って……と聞こえたのですが」
甘名やよいは困惑しているようだった。
ちはやとしたことが、言葉に出してしまっていたようだ。
「まさか、御鹿君、誘拐ビジネスに手を出しているの……!?」
「何でそうなるんだよ! 攫われたのは榎の方……あっ」
菊倉が口を滑らすが、もとより「攫う」という言葉を出したちはやが悪い。ちはやは観念した。
「できるだけ、(坊ちゃま関連のことには)巻き込みたくなかったんだけどーーそう。実は、みかげ君が、攫われちゃったんだ。実のお父さんに」
「それにしても万目さん、御鹿が自転車に乗るのを待っているのは良くない。まるで御鹿が自転車に乗れないのを知っているかのようだ」
「ごめんなさい、自転車に乗れるとかほざく坊ちゃまがおろかわいくて」
メイド服を着たサイドテールの女性は、てへへ、と舌を出す。元榎家執事長・万目権蔵の孫娘である万目桃歌は、何を隠そう、御鹿の腹を殴って気絶させた誘拐犯である。
ちなみに現役の大学生で、もう就職も決まっているので、誘拐のお手伝いをしてくれたのだ。
「長年の御白様の夢、叶うと良いですね」
「ありがとう。一つは叶ったから、もう一つも叶えてみせるさ」
「佐鳥ちはやの魔の手から、救出できると良いのですが……」
桃歌には、ひとつ、勘違いをさせている。
それは、今御鹿が催眠を解いてもらっているということ。
実際には、御鹿に催眠を掛けているのだが、これを言うと御鹿過激派の桃歌が敵に回ってしまいかねない。
催眠などという一部の金持ちか、貧困にあえぐ人間しか信じないものを桃歌が信じているのは、佐鳥ちはやが、それをやりかねないからである。
なにせ、旧榎家に最後まで残った権蔵と桃歌を裏で脅して追い出したのは、他ならぬ佐鳥ちはやなのである。そこを、御白が拾い直した。
最後まで御鹿に着いてくれた彼らに、御白は報いることにしたのだ。
「そうだね、そこは、彼女の腕を信じようか」
「実のお父さんってことは、え、御白さんが犯人ってことか!?」
「ええ、そうです」
どちらの態度で行くか迷ったが結局、ちはやは、猫をかぶるのをやめることにした。
「目撃者がいてもいいように、わざと、あの会話をしたんです。自分に恨みがある人物だと誤認させた」
「でも、あの人は海の上でいっつもマグロを釣ってる。電波の届かない海の上で指示なんて……あっ」
唐突に大きな声を上げた菊倉は、頭を抱えた。自分の失態に気付いたように。
「いや、もしかしたら、今、陸にいるのかもしれない。今朝、榎のところにメールが届いてた」
「そのメールの内容は?」
「わからない、榎はいつもマグロの写真が届くって言ってたけど……」
ちはやの脳裏に、七年前の言葉が蘇る。
『しばらくの間、御鹿を頼むよ。ちはやちゃん』
これから使用人たちを全て追い出すちはやのことを見透かすように、自分の息子ではなく、ちはやに言葉を残していった。
「もしかしたら、そのメールこそが、犯行予告だったのかもしれません」
「家族団欒、“久しぶりに会おう”。何て良い言葉なんでしょう!」
敷田ありさという女の人は、俺の前で、まるで舞台女優のように身振り手振りを使って感激していた。
「それなのに、御鹿君はお父さんのメールを無視。これは良くないですよぅ?」
「だって……父さんは、マグロの写真を送ってくるから……」
ぐわんぐわんする頭で、俺は懸命に答える。例えるならバスのタイヤの席に乗って酔ってる感じだ。
「腹、減ってくるから……」
「なるほど、それは、御白様が悪いですね! しかーし! 私はとある国のシャーマンで雇われの身なので、全面的に御白様を肯定しなければいけないのです!」
この人テンション高いなと俺は思った。会った時は、テンション低くてとっつきやすそうだったのに。
「ゆ、え、に! 貴方を洗脳しなければなりません。なんで家族団欒するのに洗脳する必要があるかはわかりませんが、お金持ちの人が考えることなので放っておきましょう。紛争地帯生まれの私にはわからないことです」
さらっと重いことを言う敷田ありさ。というか、洗脳?
「え、俺、洗脳されるの……」
「もうしてますけどね。大丈夫ですよぅ。不必要な七年分の記憶を取り除くだけですってば」
「廃人確定じゃないか!」
拘束されている椅子から抜け出そうとするが、ガッチリ縄で縛られていて抜け出せない。このままじゃ、七年分の記憶が……
「泣いてるんですか? 大丈夫ですよ。貴方の精神に魔法を掛けるだけ。ゆっくり、ふかぁく、静かに眠っていくだけ……」
敷田ありさは俺を宥めているが、俺は恐怖で催しそうだった。
「ふふ、しいたけをトリュフだと思わせることには成功しました。さすが私の腕前ですね」
助けてくれ、ちはや。
とある女に精神魔法を掛けられている。俺はもうダメかもしれない。




