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第8話 まさかのお誘い 





 アパートの前に着くと、例のごとく自分の部屋より先に田沼さんの部屋を見上げた。



 やっぱり電気はついていない。

 毎週毎週、金曜の夜に田沼さんは一体どこへ行ってるんだろう……?



 田沼さんのいない一つ屋根の下、鍵を開けて部屋へ入った。飲み疲れてそのままベッドに仰向けに倒れる。



 そう言えば今日はいい情報を聞いたんだったと思い出し、起き上がってバッグからスマホを取り出した。



『満腹アイドルぺこりん』をYouTubeで検索する。



「あ、いた……この子だ……」



 とりあえずぱっと目に入ってきた『ドデカ天丼』と書かれた動画を再生してみた。



「みんな〜!今日も満腹アイドルぺこりんのディナーへようこそ〜!」



 簡単なオープニングトークをしつつ割り箸の箸袋を器用に箸置きに折る仕草に貫禄と歳を感じる。

 少なくとも五年前から活動してるだけあって、ぺこりんはアイドルというにはそこそこの歳だった。



『今日はこちらっ!総重量4.5Kgのドデカ天丼を頂きたいと思いまぁ〜す!』



 嘘でしょ?!4.5Kg!?

 ぺこりん、ポテンシャル高すぎっ!!



 固唾を飲んで見守っていると、ぺこりんは必要以上におしゃべりをしながら、見事45分で米を一粒も残さず綺麗に完食した。



『はぁ〜い!今日もぺこりん、ぺろりと完食で〜す♪』



 …………悔しいけどすごい。

 私にはこんなこと到底無理だ。

 完全にぺこりんに完敗だ……



 田沼さんて沢山食べれる子がタイプなのかな?だとしたら、私とぺこりんが目の前にいたとして、田沼さんはぺこりんを選ぶの……?



 そんなの許せない!!



 悔しがりながらもまた次の動画を再生する。なるほど、確かに見事な食べっぷりに思わずエンドレスで見てしまうのは分かる。



 結局、私は夜通しぺこりんの動画を見た。

 ぺこりんは大食いをしながらラジオ並みに自分の話をするので、私はたったのひと晩でかなりのぺこりん通になってしまった。



 これでもし田沼さんがもうすっかりぺこりんに興味を無くしていたら、このぎっしり詰め込んだぺこりん情報はどうしたらいいんだろう?



 とにかく、せっかく仕入れたぺこりんネタを出来る限りフルに活用する。これを機に、田沼さんとの距離をもう一段階縮めるんだ!




 週明けの月曜日の朝、いつにも増して気合いの入った挨拶をした。



「田沼さんっ!おはようございます!」


「……お、おはよう」



 気合いが入りすぎて大きくなり過ぎた挨拶に田沼さんがたじろいでしまった。



「驚かせてごめんなさい!実は昨日大食い動画見てて、その子が元気に食べるもんだからこっちまでなんだか元気になっちゃって!」


「……大食い動画?」



 早速食いついた?!



「はい!『満腹アイドルぺこりん』っていう子なんですけど……」



 白々しく固有名詞を口にした。



「伊吹さん……ぺこりん見てるの……?」



 すると、田沼さんは予想以上の反応で、体を真正面に私に向けて聞いてきた。

 


「はい!最近ハマってて」



 すると、田沼さんはあろうことかパーソナルスペースの境界線を越え、さらに私に一歩近づいた。

 ぺこりんパワー恐るべし!



「……実は私も昔から結構見てて」


「そうなんですか?!」



 ついその瞳に吸い寄せられ、私からもずいっと一歩近づいた。すると、田沼さんはその分すうっと下がってしまった。



 くっ……ここまでが田沼さんの限界か……



「なんて言うか、すごい速さで消えていく大皿の料理見てると、不思議と元気になるんだよね……」



 それでもぺこりんの話は続けてくれている。



「分かります!あの、田沼さんはぺこりんのどうゆうところが好きなんですか?」


「単純だけど、いっぱい食べれるところかな……。どうしてか分からないけど、いっぱい食べれる人見てるとワクワクするの……」





 そう話す田沼さんの大食い愛は想像以上のものだった……



 その日を境に、ぺこりんが動画を上げた次の日の朝は、必ず田沼さんの方からその話をしてくれるようになった。



 それはある朝、ビックマックセットを10セット完食した昨日のぺこりんについて話していた時のこと。

 田沼さんが話の途中で何かを思い出して、バッグの中から何かを取り出した。



「伊吹さん、よかったらこれあげる」



 うそ……田沼さんから私にプレゼント!?

 見る前から感激で死にそう……



「いいんですか?!」


「こないだぺこりんのイベントに行って買ったんだけど、クジで同じ物がかぶったから」



 手のひらに乗せてもらった軽い物体をまじまじと見る。それは、ぺこりんが巨大餃子を食べている瞬間を型どった缶バッジだった。



 画素が絶望的に荒い上に、ぺこりんの視線も巨大餃子の方を向いている。まるで旅の思い出に観光客が旅先で作らされたような缶バッジだ。



 こ、これは……すごくいらないなぁ……

 見た瞬間、そう思ってしまった。



「……いらなかったら無理に受け取らなくていいから」



 私の微妙なリアクションを感知して、田沼さんは手の上のバッジを回収しようとした。



「いらなくないですっ!!」



 私は焦ってバッジを手の中に握って守った。危なかった……せっかく手に入れた田沼さんとお揃いのアイテムを奪われるところだった……



「絶対いらないでしょ?」


「そんなことないです!大切に使います!オーバーオールの繋ぎ目のところにつけます!」


「……伊吹さん、オーバーオールなんて着るの?」


「今のは物の例えです……。ちなみに田沼さんはこのバッジ、どこに着けてるんですか?」


「つけてない。普通に部屋に置いてある」


「なるほど……。じゃあ、私もそうします!」



 あれ?突然田沼さんがしゅんとしている。

 急にどうしたの!?



「……なんかごめんね。伊吹さんはそこまでのファンじゃないのに一人ではしゃいじゃって……」



 はしゃいじゃって缶バッジ渡しちゃったの?!それ、めちゃくちゃ可愛いんですけど……!!



「田沼さん!全然そんなことないですから!私、本当に嬉しいんです!なんならこのバッジを飾るための祭壇を作りたいくらいです!」

 

「祭壇……?」


「はい!出来たらぜひ見に来て下さい!」



 私もついはしゃいじゃって、突拍子もないことを言ってしまった。変なことを口走った私を田沼さんがいぶかしげな顔で見ている。



「……ぺこりんの祭壇……ちょっと見てみたいかも」



 え……ウソでしょ?

 まさかのクリティカルヒット?!

 よし、こうなったらこの流れを逃すまじ!


 

「あの、ちなみにぺこりんのイベントって何するんですか?」


「ぺこりんが生で大食いしてくれるの」



 ……それはちょっと本気で見たいかも。



「……もしかして興味ある?」



 今度は興味津々な表情が思いっきり出てたみたいだ。



「……はい。俄然興味あります」



 目を見つめて真剣に答えると、なぜか田沼さんはおもむろに眼鏡を外した。

 


「……じゃあ、もしよかったら今度一緒に行く?秋分の日に次のイベントがあるけど……」



 来っ、来たーー!!

 田沼さんからまさかのデートのお誘いだー!!!

 てゆうか、秋分の日って……そっか!それで田沼さんはあの日、秋分の日を知りたがってたんだ!



 喜びのあまり垂直に飛び跳ねてしまいそうになる足にぐっと力を込めて、出来るだけ平然を装って答えた。



「ぜひお願いします!」




 その日は会社を出ると駅前の100円均一に寄って、画びょうでつけられる壁かけ棚と、箱型のアクリルケース、そして小さな造花のお花を買ってから帰った。



 そして、アクリルケースにぺこりんのバッジを入れ、それを壁に取り付けた棚に乗せ、その両脇にお花を飾って祭壇を作った。




 その日から、毎朝ぺこりん祭壇に一礼と二拍手をしてから家を出ることが私の日課となった。









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