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第7話 迷惑 




「はぁ……今日も田沼さん可愛かったです……」



 特別極上だった朝の田沼さんを思い浮かべて(くう)を見ながら漏らすと、目の前の相馬さんが聞いてきた。



「なに?私たちが出勤する前になんかあったの?」


「はい。……でもそれは田沼さんと私だけの秘密なので絶対言わないですけどね」

 

「自分から振っといてむかつくな」



 その日の仕事終わりも四人で飲んでいた。

 今日は朝から機嫌が良かったからもしかして!と期待しながらいつものように田沼さんも誘ったけど、やっぱりいつものように断られてしまった。



 結局私以外は誰も気づかなかった互い違いの靴下で、田沼さんは誰よりも先に帰っていった。



「せっかく人が協力してあげようとしてんのにノリ悪いな」



 相馬さんはまだ不服そうにしている。



「いいですよ、相馬さんに協力してもらったらろくなことにならなそうだもん」


「さと美ちゃん!ちょっと言い過ぎだよ!」


「そおかな?間違ってることは言ってないと思うけど」


「いや、伊吹は間違ってる。あのね、言っとくけど私はこの中で唯一、田沼さんとランチをしたことがある人間なんだからね?」


「えっ?!相馬さん、田沼さんとランチしたことあるんですか?!」


「だって私たち同期だもん。入った頃はまだ田沼さんもお弁当なんか持って来てなくて、ちょこちょこ二人で外にお昼行ってたからね」


「えー!!ずるい!私ですら一度も行ったことないのに!」


「私ですらって、なんで伊吹の方が上なんだよ。私の方がずっと、伊吹の知らない田沼さんを知ってるのに」


「どんなことですか?!趣味とか?!」


「そんな生ぬるいもんじゃないわ。好きな女のアイドルとか知ってる」


「へー!田沼さん、アイドルに興味あるんですね!意外だなぁ〜、誰にも興味なさそうなのに」



 しょうこちゃんがみんなが思っていたことを口にした。



「相馬さん!田沼さんの好きなアイドル教えて下さい!!」


「……あれ?なんか今、唐突に肩が凝ってきた気がする」


「はいっ!只今っ!!」



 私は即座に真向かいの相馬さんの後ろへ回り、気合いを入れて肩を揉んだ。



「すご〜い、伊吹ちゃんプライドないね〜!目のかたきにしてる相馬ちゃんの肩を揉むなんて!」


「プライドってなんですか?」


「もはやプライドという概念を忘れることで屈辱に耐えてるんですね……」



 清川さんとしょうこちゃんが実況する中、私はサボらずに続けた。



「……そのへんでよろしい。しょうがない、

では教えてやろう」


「ありがとうございます!神様!」


「神様?!」



 しょうこちゃんが私たちを見届けながらいちいち反応してくれる。



「田沼さんが好きなアイドルはズバリ……『満腹アイドルぺこりん』だ!」


「満腹アイドルぺこりん……?誰ですか?それ」


「私も知らないんだけど、大食いYouTuberらしいよ。『一人の時何してるの?』って聞いたら『大食いの動画を見よく見てる』って言ってて、その中でも『ぺこりん』をよく見てるって言ってた」


「……でもそれじゃあ、ぺこりんが好きって言うより、大食いを見るのが好きってことじゃないんですかね?だったら、さと美ちゃんには厳しいよね?大食いなんて選ばれた人にしかない能力だし……」



 しょうこちゃんが自分のことのように真剣な顔で悩んでくれている。


 

「そうだよね……。普通の人よりちょっとは食べれる自信あるんだけど、大食いと言うにはほど遠いし……」


「でも食べれる方なんだ?それってどれくらい?」


「……今まで一番食べたのは、盛りそばを十回おかわりしたのが最高かな。私、そば好きだからそばだと止まらなくて」


「うそ!!伊吹ちゃん本当に結構食べるれるだ?!」



 私の発言に急に清川さんが食いついた。



「それって食べれるっていうんですか?そばなんて軽いからみんな結構いけますよね?」


「だとしたって十杯は普通じゃないよ〜」


「それ重さにしたらどんくらいなんだろ?」



 相馬さんも興味を持ち始めた。すると、しょうこちゃんが率先してスマホを取り出し調べてくれた。



「……えーと、盛りそば1枚が約260gだから、約2.6kgです!!」


「すご〜い!伊吹ちゃん!」


「そんなにすごいですか?」


「すごいよ!」



 清川さんとしょうこちゃんが驚いてくれて私は鼻高々になった。



「あとは……今も田沼さんが大食い好きだといいけどね」



 相馬さんが無責任なことを言う。



「え?」


「だって、その話聞いたのって会社入りたての頃だからもう五年前だもん。あの時ちょっと大食い流行ってたからなー、それでちょっとハマってただけかもしんないし」


「話が違うじゃないですか!」




***




「すいませーん!お会計お願いしまーす!」



 四時間を越え、いつも通り終電前に宴は終焉を迎えた。相馬さんが座敷から遠くの店員さんに頼み、しばらくすると伝票が渡された。



「あれ?今日なんか安くないですか?これ絶対間違ってますよね?」



 しょうこちゃんが伝票をじっと見つめて言うと、清川さんが覗き込んで原因に気づいた。



「あ〜、焼酎のボトルが入ってないみたい」


「まじ?ラッキーじゃん!」



 相馬さんが社会人としてあるまじき言葉を口にし、私はキッと睨みつけた。



「何言ってるんですか、ダメですよ!ちゃんと飲んだ分、払わなきゃ!」


「チッ、真面目め……」


「トイレ行きがてら店員さんに言ってきます!」



 私は席を立ち、座敷を降りてレジに立っている従業員の人に話しかけた。



「すみません」


「はい?なんでしょう?」



 かなり若そうなお兄さんがやけに愛想のいい笑顔で答える。ふと見ると胸のプレートには意外にも『店長』と書いてあった。



「これ多分伝票間違ってます。焼酎のボトル頼んでるのに入ってなくて……」


「あー、いいんです!自分からのサービスです!」


「……あの、そうはいきません。ちゃんと払います」


「皆さん、この辺の会社の方なんですか?」


「……そうですけど……?」


「やっぱり!ですよね!」



 話が通じなくてイライラする。

 これだから男とは合わない。



「あの……」


「よかったら今度、飲みに行ってもらえ

たりしませんか?」


「は?」



  その時、時間がかかりすぎていることを心配して相馬さんがレジまで来てくれた。



「どしたー?伊吹」


「ボトルサービスしてくれるって言うのでお断りしてたんです」


「なにそれ、サービスしてくれるならありがたいじゃん」


「じゃあ、相馬さんが飲みに行ってあげて下さいよ」


「なんの話?」


「あの!軽い誘い方してすみません!いつもお客さんにこんなことしてるわけじゃないんです!」


「……なるほど、そうゆうね……。さすが伊吹」


「いや、別に特別私ってことじゃないです」


「あっ、あの!皆さんお綺麗なんですけど、特に僕はお姉さんが……実は以前から来て下さる度に気になってて……一度だけ、飲みに行ってもらえませんか……?」


「ほら、やっぱり伊吹だってよ?」



 相馬さんがからかうように笑う。店長の男も緊張した顔で媚びるようにヘラヘラと笑いかけてくる。私は二人にムカついた。



「申し訳ないけどそれは絶対に出来ないです。なのでボトルは普通に請求して下さい」



 笑顔も見せず、一切の期待を持たせないようはっきりと断る私にその男は納得して引き下がった。



「……分かりました。でも、今日のお会計はこちらの金額でいいですから」


「え?まじで?いいの?お兄さん!この子、飲みに付き合わないのに?」


「……はい。ご迷惑おかけした分だと思って下さい」


「やったじゃん!伊吹!」


「いや、ちゃんと払います。いくらですか?」


「いいじゃん、飲みに行かなくてもサービスしてくれるんだよ?儲けもんじゃん」


「嫌です。借りとか絶対に作りたくないんです。ボトル代は私が別で払いますから」


「かったい女だなー」



 私の揺るがない思いに、結局妥当な金額に戻った伝票が渡された。



「すいません、お待たせしました……」



 座敷で待つ二人に謝ると、清川さんが心配そうに私に聞いてきた。



「どうしたの?なにかあったの?」


「それがさ、伊吹が店員にナンパされちゃっててさー」



 私より先に相馬さんが背後から答えた。



「えー!さすが伊吹ちゃん!やっぱり可愛い人ってどこでもそうゆうの付きまとうんだね!」



 しょうこちゃんは感心したように言っていたけど、私には心の底から迷惑でしかなかった。女の子なら話は違うけど、男になんか絡まれても百害あって一利ない。



 店を出るとさらに怒りが湧き出してきた。

せっかくリーズナブルで居心地のいい居酒屋だと思ってたのに、あいつのせいでもう二度と来たくなくなった。



「あぁー!!ほんっと迷惑!!なんなんですか?!あれ!!店長のくせにナンパしてくるとか、客のことナメすぎだろ!!」


「口悪っ!でも私、伊吹のそうゆうとこ嫌いじゃないわ」



  相馬さんは、お酒と怒りで荒れ狂った私の肩を組んで爆笑していた。















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