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第4話 わざとじゃないんです! 




 終電を前に解散すると、居酒屋からは徒歩で家まで帰った。私が住んでいるのは、会社から歩いて五分ちょっとの古びた二階建てのアパート。築は四十年を超えている。

 だけど、会社の寮として超格安で住まわせてもらっているので文句はない。



 昔は全ての部屋が社員で埋まっていたらしいけど、今では私の住む二階の左奥と、同じく二階の右奥以外は、関係のない一般の人が住んでいる。


 

 そしてその右奥の部屋を使っているもう一人の社員は、なんと田沼さんなのだ!



 これも全くの偶然だった。

 地方から上京してきた私は、会社の用意してくれるアパートに住むことを決めた時、田沼さんもそこに住んでいるなんてこと、全然知らなかった。

 だから、この奇跡も私は密かに運命だと感じていた。



 とは言え、こんなに近くに住んでるのにうちに田沼さんが来たこともなければ、もちろん田沼さんの部屋にお邪魔したこともない。 

 本当にそこに住んでるのか確証がないくらい、アパートで顔を合わせたことすらもない。



 コンビニに寄って酔い覚ましの冷たいレモンティーを買ってからアパートの前に着くと、立ち止まって田沼さんの部屋を見上げた。



 電気が消えている。

 腕時計を見るとまだ十二時前。大の大人が週末の金曜日に、こんなに早く寝るわけない。 


 

 相馬さんの言っていた通り、やっぱり今週も田沼さんはどこかへ出かけてるんだろうか……



 謎を抱えたまま階段を上って部屋に入り、その夜はいつのまにかそのままベッドで眠ってしまった。





***

 

 

  


 あ……あの人、いい体してる……




 心の中で思わず呟く。




 訳あって、私の視線の先には今、ものすごく好みの裸の女体がある。



 

 土曜日は一人で買い物に出かけ、日曜日は一日中部屋から出ずに本を読んだりしてゆったりと過ごした。

 その日曜日の夜、遅い時間になってようやくお風呂に入ろうとしたら、なぜかガスがつかなかった。

 いくら真夏と言ってもお湯が出なくちゃお風呂に入れない。明日は会社なのに!と私は一気に焦った。



 時刻はもう夜の十時。

 今社長に連絡しても、きっとどうにかしてくれるのは明日以降だろう。



 どうしたものかと頭を巡らせると、引っ越してきた時、少し歩いたところに銭湯があったことを思い出した。きっと銭湯なんてそんなに遅い時間まではやってない。

 社長への報告は後回しにして急いで準備をし、部屋を飛び出すと記憶の定かじゃない銭湯へ向かって夜道を走った。



 見つけられないこともあるかと心配してたけど、あっけないくらいに迷うことなく無事に目的の銭湯へ着いた。




 という流れで、今私は女風呂の脱衣所にいるのだった……。




 私と同じく閉店間際に飛び込んできた人と逆に帰っていく人たちがちょうど重なって、意外にも脱衣所は人で溢れていた。



 そんな沢山の女体の中、二秒で好みの体を見つけた自分は、とことんレズだと実感した。



 って、公共の場で人様の体を前に私は何を考えてるんだ!



 猛省しながら服を脱ぎ、代わりにタオルで体を隠して浴場への戸を開ける。

 芸術的に積み重なったイスと洗面器を一つづつ取り、一番近くの空いている蛇口の前に腰を下ろした。



 座ったついでに何気なく左隣を見ると、隣の人は今まさにシャンプーの泡を流そうと、洗面器のお湯を頭上に持ち上げようとしているところだった。



 あっ!この体!

 さっき見つけた好みの体だ……!



 腕を上げている姿勢のおかげで、さっきは見えなかった胸が横からでもよく見えた。やっぱり、私が見込んだだけあって素晴らしい大きさと形だ……と、数分前の反省をすっかり忘れてつい見入る。

 その時、視線の先にとんでもないものを発見してしまった。



 ヤバい……

 そのホクロはエロすぎでしょ……



 胸がふくらみ始める辺りの肌の上、絶妙な位置に小さなホクロがある。

 誰にも話したことはないけど、実は私は重度のホクロフェチで、加えて無類のおっぱい好きなのだった……。


 

 私にとってこの状況は、ドラえもんが絶対に食べちゃいけないどら焼きを目の前に差し出されたようなものだ。



 だめだ……落ち着け……

 田沼さん以外の人の体に興奮するなんてこの裏切り者が!

 己を罵り、戒めを込めて深く深呼吸をして目をぎゅっとつぶる。

 その時だった。


 

「えっ……伊吹さん……?」



 暗闇の中、私の名前を呼ぶ声がした、



「……はい?」



 目を開けて声が聞こえた左側を向くと、そこに居たのはまさかの田沼さんだった。



「たっ、田沼さん?!」



 自分から声をかけてきたくせに、私と目が合うと田沼さんは微妙に前かがみの姿勢になり、しれっと体を隠した。そして、

 


「伊吹さんのところもガス調子悪かったんだ……?」



 と、白々しく気にしてない風を装う。



 待って……そんな反応されると色々困るんですけど!!



「そうなんです、アパート全体なんですかね?」


「そうかも。社長に言わなきゃね……」

 


 会話をしながら田沼さんは体を洗い始めた。本人的にはその泡で体がさらに隠れると少し安心している様子だけど、こっちからしたら、泡と泡の途切れ目に絶妙に曲線の肌が見え隠れしていて、いっそういやらしく見える。



「……伊吹さん?」


「はいっ?」


「……そんなにあからさまに凝視しないでくれる……?」



 単刀直入に言われ、田沼さんに向かって完全に体を向けいている自分に気づいた。



「あぁ!!ごめんなさい!!そっ、その!人が体を洗うところってなかなか見る機会ないから、ついどんな順番か気になっちゃって!」


「……私一人のを見たって参考にならないと思うけど」



 田沼さんはすました言い方をしていたけど、耳を真っ赤に染めてさっきよりさらに身を縮こませ、あきらかに洗いづらそうに洗っていた。



 いつもあんなにスンとしてるのに、そんなに恥じらうの……?

 やめてください……田沼さん……

 そんな態度可愛すぎて、どうにかなりそうになりますっ!!



「……私、もう洗い終わったから湯船行くね……」


「あ、はい……」



 私がつい没頭してる間にゴールデンタイムは早々に終了してしまい、湯船に向かうその後ろ姿を感慨深く見届けていた。

 


 信じられない……

 毎朝毎朝見てるあの後ろ姿の裸バージョンが、今、すぐ目の前にある……



 想像はしてたけど、あの制服の下にはこんなに魅惑的な体が包まれていたなんて、想像以上だ……



 少し熱がりながらお湯の中に入っていくその一部始終から私はまだ目を離せずにいた。



 そこではっと気づく。

 私も早く洗い終わらないと田沼さんが湯船から出ちゃうじゃん!!



 そこからの速さはすごかった。

 F1のタイヤ交換くらいのスピードで全身を洗い終わり、足の滑る銭湯の床を小走りして湯船へと一直線に向かった。

 想像以上に熱いお湯に歯を食いしばりながら湯船に肩まで浸かり、一番奥にいる田沼さんのところまでお湯の中を移動した。



「田沼さん!お待たせしました!」



 別に待たれてたわけじゃないけど、隣を陣取りそう話しかけた。田沼さんはそんな私に突っ込むこともなく、苦い愛想笑いをしながらそっと距離をあけた。



 ……なにそれ!完全に照れてるじゃん!!



 いつもはあんなに斜に構えた田沼さんが、なんだか落ち着かない様子でソワソワしているのがたまらない……。

 バカみたいに熱いお湯のせいもあって、体の中から沸騰しそうになる。



「田沼さんは、ここたまに来るんですか?」



 下手に刺激しすぎて早々に逃げられたら困る。なるべく普通の会話を意識して自然を装い、あわよくばこのままの流れで帰りにお茶の一つでも出来ないかと私は密かに企んでいた。



「前に一度来たことあるけど……こんなトラブルでもないと普段は来ない……かな」


「そうですよね!家にお風呂ありますしね!」


「あの、私もう出るね……」


「えっ?!もう!?」


「ちょっとのぼせてきたから……」



 そんな!!まだ一分も経ってないのに!!

 今の何がいけなかったの?!



 田沼さんのことだから、脱衣所に出たら超高速で着替えてしれっと私を置いて帰るに決まってる。こんなチャンス二度とないのに!!



 これで終わってたまるかと、そそくさと立ち上がって出て行こうとする背中を追う。ゆっくりとお湯から右足を出し湯船の縁に足をかけようとした田沼さんの右手首を、とっさに思わず掴む。



「待って下さい!田沼さんっ!!」


「ひゃあっ!」



 すると、片足立ち状態だった田沼さんは簡単にバランスを崩し、体の向きをこちらにくるりと向けながらバシャーンッ!!と湯船に落ちてしまった。



「あぁー!!ごめんなさいっ!!」



 お湯の中、手探りで体を支えようとした時、



「……ん?」



 両手の手のひらにこの世のものとは思えないくらい尋常じゃなく気持ちのいい感触を感じた。あまりに気持ちよすぎて自然にゆっくりと手を握る。



「きゃぁーー!!」



 その瞬間、田沼さんが奇声を上げて立ち上がった。鬼の形相で私を睨み、溢れんばかりの胸を交差した両腕で隠す仕草に、今私の手にあった正体が田沼さんのおっぱいだったことを知った。



「ごっ、ごめんなさい!!わざとじゃないんです!!」



 流し場の人も、湯船に浸かる人も、浴場中の人が口を開けてぽかんと私たちを見ていた。



 恥ずかしさに耐え切れなくなった田沼さんは、一気に視線の集まるランウェイのような脱衣所までの道をペタペタと早歩きで突っ切り、浴場から出て行ってしまった。



 ピシャンッと閉まった引き戸の音が、高い天井に響いていた。




















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