第3話 本物の女好き
金曜日、週明けに約束した通り、会社からすぐ近くの行きつけの居酒屋で飲み会をしていた。
「お疲れ様です!すみません、お待たせしましたー!」
相馬さんと清川さんの三人で先に始めてる中、開始から一時間ほど遅れて、今日の参加者の最後の一人、しょうこちゃんが現れた。
「あっ、しょうこちゃんだー!お疲れさまぁー!」
「おー、お疲れーしょうこ」
「お疲れさま〜!しょうこちゃん、今日は大変な日だったの?」
しょうこちゃんは靴を脱ぎながら通りすがった店員さんを呼び止めて生ビールを注文し、座敷へ上がって背中のリュックを下ろしつつ、清川さんの質問に答えた。
「全然忙しくなかったんですけど、会社に着いてトラックから植木下ろす時、荷台に土こぼしちゃって。それで少し時間かかっちゃいました……」
うちの会社は平たく言えば植物屋さん。
植物に関係することならなんだってやっている。
会社や展示会への観葉植物のレンタル、住宅展示場のガーデニング、フェイクフラワーを使った店舗の装飾や、テレビ番組や映画の撮影スタジオにも貸し出したり、とにかく本当になんでもやっている。
鬼瓦しょうこちゃんは事務組の私たちと違い、現場組で唯一の女の子。
小さく華奢な体で自分よりも大きな植木を軽々と荷台へ積み込み、日々軽トラで各所を回っている。
歳は同学年だけど、入社は三年目の先輩。でも初対面からすぐに気が合って、その時か先輩風なんか取っ払って友だちのテンションで仲良くしてくれている。
『鬼瓦』という名字が本人のイメージに反して厳つすぎることと、歳よりだいぶ幼く見える雰囲気に、周りの人はみんな自然と「しょうこ」という下の名前で呼んでいた。
ただ一人、誰のことも頑なに名字で呼ぶ田沼さんを除いて……。
改めて四人で乾杯をすると、しょうこちゃんはすでにほろ酔いの私たちに追いつこうと、見た目からは想像出来ないお酒の強さを披露して、ものの5分でジョッキの生を空にした。
そして、早速頼んだ2杯目のビールをまた大きく一口飲み、不思議そうに私に尋ねる。
「さと美ちゃん、さっきからカウンターの方ばっかり見てるけど誰か知り合いでもいるの?」
「あっ、ううん!……あそこの女子二人、ただの友だち同士じゃないっぽいなーって思ってつい見ちゃってただけ」
「ん〜?どこ〜?」
清川さんが少し興味がありそうに私の視線の先を探した。
「ほら、あの左奥の二人です」
「あ、ほんとだぁ〜。あれはちょっと怪しいかもね〜」
「てか、それ見つけてどうすんの?」
男好きの相馬さんには微塵の興味もないようで、チラ見すらせずに無粋なことを聞いてくる。
「どうもしないですよ。ただ仲間を見つけると嬉しいんです。遠くから眺めてるだけでなんとなく幸せなんです」
「ふーん」
「でも正直、さと美ちゃんてどこまで本気で言ってるのか分からないなぁ」
「ちょっとしょうこちゃん!私はいつも100%本気なんだってば!」
「でもさ、確かに伊吹って、いくら女の子が好きって言ってても全然そんな感じしないよね」
「そうかも〜」
しょうこちゃんのつぶやきに、相馬さんも清川さんも賛同する。
「こんなはっきり言ってるのにどうしてですか!?」
「きっと伊吹ちゃんが可愛すぎるからだよ。男の子にモテそうな女の子ってそんなふうに見えないんだよね〜」
「やっぱりそうゆうことなんですね……」
「否定しろよ」
「誤解しないで下さい、私自身は全然そんなこと全く思ってないんですから!ただ、昔からよく周りにそう言われるんですもん」
「その言い方も鼻につくなー。でも事実、伊吹は見てくれがいいからね。男に人気の女のアイドルが『私、カワイイ女の子が大好きなんです〜!』って言ってるのと同じように見えんのかも」
「やめて下さいよ!私、アイドルのそうゆうやつ一番嫌いなんですから!」
「どうして?仲間みたいで嬉しいんじゃないの〜?」
「全っ然嬉しくないです。女の子を好きな気持ちを、キャラづけとか商業の手法に使われるのが一番嫌なんです。心底女が好きだって言うなら、女同士でセックスしてから言えって話ですよ!」
「おいおい、突然さらりとえげつないな。だいぶ酔ってんじゃん」
「……でもそう言うってことは、その……さと美ちゃんは女の子とそうゆうことしたことあるってことなの……?」
「そりゃもちろん」
「ほぉーお」
「本当なの?!伊吹ちゃん!」
「だから、私は初めから正真正銘のレズだって言ってるじゃないですか」
「そりゃ初耳だわ。そうなると話は変わってくるわな」
「じゃあさ!じゃあさ!伊吹ちゃんのタイプはどんな女の子なの?」
「えっ、タイプですか……?」
タイプと聞かれたらそりゃもちろん田沼さんに決まってる。田沼さんは私のタイプをすべて詰め込んだミラクルガールなんだから。
でも、いくら理解のありそうな気のいい先輩方の前でも、はっきりとその名前を出すことにはまだ気が引けた。
「えーっと……」
「何いきなり勢い失くしてんだよ。減るもんじゃないんだからもったいぶんなよ!」
「さと美ちゃんのタイプ気になるー!さと美ちゃん、ちゃんと正直に言ってね?」
子リスみたいなしょうこちゃんが可愛らしい脅迫をしてくる。
「正直にね……分かった。そうですね……私のタイプは……自分よりは少しだけ背が低くて、体型は普通よりちょっと肉付きがいい感じで、髪はショートで清潔感があって……」
田沼さんの名前は出さずに田沼さんを思い描く。それだけでなんだか楽しくなってきた。
「仕事に真面目でチャラチャラしてなくて、あんまり人に心を開かなくてクールなんだけど、根は優しくて……自ら女らしさを振り巻くタイプじゃないけど、ふと垣間見える女の子らしい瞬間が可愛い人……ですかね」
「……えらい具体的だな」
「分かった〜!伊吹ちゃん今、好きな人のこと思い浮かべて話してたんでしょ〜?」
「えっ!?」
しまった……
楽し過ぎてつい詳細に語りすぎてしまった……
「……なんかそんな人、身近にいる気がしますね?」
しょうこちゃんが核心を突く一言を言うと、相馬さんがピンときてぼそっとこぼした。
「田沼さんか」
それを聞いた清川さんとしょうこちゃんの顔がゆっくりと輝いてゆく。
「ほんとだぁ〜!田沼ちゃんだ〜!」
「さと美ちゃん、もしかして田沼さんのことが好きなの?!」
三人が一斉に私の顔を覗き込む。
どストレートなしょうこちゃんの質問に面を食らって、誤魔化すことは完全に不可能な間を作ってしまった。
……もうここまで来たらしょうがない……。
「……あの……その……うん、実は……」
たどたどしくも実際に私が認めると、3人は一気に真剣な顔になった。
「ましで?!」
「本当にそうなんだ……」
相馬さんが驚愕し、しょうこちゃんは真摯に受け止めると、清川さんはセクシーな仕草で首を傾げながら更に芯を食った質問をしてきた。
「じゃあさ、伊吹ちゃんは田沼ちゃんと付き合いたいんだ?」
「……それは……好きなので……出来れば……」
はっきり「好き」という言葉を口にすると、そこからはもう誰も一切ふざけたりしなくなった。
「でもさ、伊吹は女が好きだけど、田沼さんはそうじゃないじゃん?それで付き合うってのはかなりハードル高いよね……」
あたりめを片手に、自分に科せられたミッションかのごとく向き合ってくれている相馬さんに、私は的確な答えを伝えた。
「その点は大丈夫です。田沼さんはレズですから」
「えっ?!さと美ちゃん、直接田沼さんに聞いたりしたの?」
「まさか!そんなこと聞けないよ!仕事以外の会話なんてほとんどしたことないのに」
「じゃあなんで知ってんだよ」
「知らないですよ。知らないですけど、多分そうなんです。私のレーダー的にそう察知してますから」
「その程度でよく言い切ったな」
「確か、同性愛者の人って十人に一人の割合だってどこかで聞いたことある!」
しょうこちゃんが無垢な笑顔ではるか昔の情報を発表した。
「世間ではだいぶ前からずっと変わらずそう言ってるけど、私、今の時代ではもうそんな割合じゃないって思うんだよね。実際は五人に二人はそうなんじゃないかな」
「じゃあ、うちの会社の女子社員がちょうど五人だから、その内二人はそうってこと?」
清川さんが模範解答をしてくれた。
「そうゆうことです!つまりその内の一人が私で、相馬さんも清川さんもしょうこちゃんも違う。だから、必然的に残る田沼さんはレズ決定です!」
「横暴過ぎんだろ」
「どうしてですか?データに基づいてるのに」
「そのデータ、さと美ちゃん調べだもんね……」
「そうだけど、けっこう自信あるよ?」
「伊吹は絶対人の上に立っちゃいけない人間だな。この先、どんな小さい村だとしても村長にはなるなよ?」
「確かに〜!伊吹ちゃんが村長になったらすごい自分よがりの村のルールとか作られちゃいそうだよね〜?男子禁制とか!」
「……女だけの村ですか……それなら村長もいいですね!」
「だからダメだっつってんじゃん」
「嫌です!私、村長になりたいです!」
「……さと美ちゃん、趣旨変わってるよ」
「とにかく皆さん!本人には絶っ対に言わないで下さいね!?」
つい流れで告白してしまったけど、ヘタな形で田沼さんにバレないよう、私は念を押した。
「言うわけないじゃんよ」
「どうかなぁ?特に相馬さんはかなり危ういって思ってますからね?」
「なんでだよ」
「人としてちょっとどうかしてるから」
「入って三ヶ月ちょっとで先輩に向かってそんなこと言える新入社員の方がよっぽどどうかしてるわ」
「私はちゃんとNOと言える人間なだけで、言ってみればちょっとアメリカンなだけです!でも相馬さんの性の乱れは普通じゃないですもん」
「それだって、ちょっとアメリカンなだけじゃない?」
「……相馬さん、アメリカ人をなんだと思ってるんですか?」
「…………」
「あ、相馬ちゃんが黙っちゃった!伊吹ちゃんの勝ちだね!」
清川さんがそう言うと、相馬さんはふてくされた顔をした。
「ねぇねぇ、伊吹ちゃんにだけ暴露させてフェアじゃないからさ、私たちも告白しない?」
突然清川さんが閃いて、楽しそうに提案し始めた。
「もしもの話でね、女の子と付き合うならうちの会社の中で誰がいいか……楽しそうじゃない?」
「なるほど、ぜひ聞きたいです!ちゃんと、理由もつけて!」
確かに自分だけじゃ公平じゃない。あまり乗り気そうじゃないリアクションの相馬さんとしょうこちゃんを巻き込むために私は清川さんに乗った。すると、早速二人の返事を待たずに清川さんが始めてくれた。
「じゃあ私からね!私はねぇ〜、しょうこちゃんがいいな!」
「わっ、私?!」
「どうしてしょうこちゃんなんですか?」
「私、若い子が好きだから!」
「私もしょうこちゃんと同い年なんですけど?」
「伊吹ちゃんももちろん可愛いんだけど、しょうこちゃんの方がもっとピュアで染まってなさそうなんだもん。無色の子を私色に染め上げてみたいかな〜って」
主婦とは思えない発言と、想像とは思えない目の色に清川さんの隠された何かを感じた。
「清川さんて実は意外にドSですか……?」
「ふふ、バレた?」
妖艶な笑顔にたじろいでしまった私は、司会者のように次の人に話を振って逃げた。
「じゃあ、相馬さんは?誰ですか?」
「私はねー……」
なんだかんだちゃんと参加して、しっかりと私たち三人を見定めるように眺めてくる。
「まぁこの中だったら清川さんかなー」
「選ばれると嬉しい〜!」
「理由は?」
「大人だから。一番女の魅力が高いから」
「それ言われたら私たちはなんにも太刀打ち出来ないね?」
「うん……」
最後は恋愛経験が全く無さそうなしょうこちゃん。この話題は苦手そうで酷だから、なるべくポップに聞いてみることにした。
「じゃあ最後はしょうこちゃんだね!」
「ドキドキする〜、私を選んでくれたら相思相愛だもんね〜?」
清川さんがテーブルに肘をつき、微笑みながらしょうこちゃんの顔を覗き込むと、しょうこちゃんはさらにうつ向いてしまった。
「しょうこちゃん、流されずにちゃんと正直に言ってね?私もちゃんと正直に言ったんだから!」
「……うん……。じゃあ、あの……ごめんなさい……清川さん、私は相馬さん……です」
「え〜!そうなの〜?」
清川さんががっかりと肩を落とし、しょうこちゃんは頭を下げて謝った。
「……ごめんなさい」
「なんであたし?」
「ほんとだよ!一番ないでしょ!」
相馬さんがひょうひょうと尋ねると、私はつい本音で乗っかってしまった。
「おい伊吹、お前が言うな」
そこへ、しょうこちゃんが小さな声で質問の返事をした。
「……なんとなく……です」
それじゃあ理由になってないけど、恥ずかしさに限界的なしょうこちゃんが可哀想で、見逃すことにした。すると、相馬さんはしょうこちゃんに向かって斜め前から身を乗り出した。
「じゃあ、なんとなく私のセフレにでもなる?」
「えっ……」
相馬さんの一言でしょうこちゃんは固まり、あんなにビールを飲んても変わらなかった顔が一瞬で赤くなった。
「冗談だってば!しょうこは簡単に悪い男に騙されそうだなー」
相馬さんが吹き出すとしょうこちゃんは苦笑いをして、またビールを飲んだ。
全く、うぶでいたいけな女子を弄んでこの人は……。
「悪い男って相馬さんみたいな?」
しょうこちゃんの敵を打つため、私は嫌味を前面に出した仕返しをした。
「そうそう。私みたいな」
「否定しないんですね?」
「しないよ。認めてるもん。私は悪い女だからさ」
そう言って焼酎のロックグラスを逆さにして飲み干す悪い女を、しょうこちゃんは両手に持った大きなジョッキ越しに見つめていた。




