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第24話  出逢い




 昨日の夜、あの会社名を調べてみたら、東京の下町にある会社らしかった。別にそこへ就職をしたいなんて考えたわけじゃない。ただ、こんな素敵な仕事をする会社はどんな感じなのか、今後のためにも知っておきたかっただけ……



 それだけじゃないと分かっていながら、そう思い込むようにして、東京の下町へとやって来た。



 昨日の夜、鉢に貼られていた小さなシールから会社のホームページを覗いた。かなり小さな会社なのか、ホームページには所在地と簡単な会社の概要が書いてあるだけで、実態はよく分からなかった。



 この辺りのはず……と住所を確認しながら住宅街を歩く。私の地元とは家の戸数やその間隔が全く違うけど、こじんまりとした畑がたまにあって、それ以外には家しかないという点では少し似ていた。

 それに真っ昼間だっていうのに拍子抜けするほど、静かだった。東京でもこんなところがあるんだ……と、中学の卒業遠足ぶりの東京の街に意外な親近感を感じていた。



 ……お花屋さん?



 視線の先に植物だらけの建物を見つけた。きっとあそこだ!



 目の前まで行くと、私の背より高い鉢植えの植物がいくつも並んでいて、その奥にある温室らしき扉の中にはコチョウランやオンシジュームまでが並んでいた。

 2階建ての建物のようだけど、もしかして1階は店舗になっているんだろうか?



「失礼しまーす」



 と、一応声に出して中に入ってみたけど、入ってみて気づく。



 ここ、お店じゃない!



 不法侵入になっちゃう!急いで出なきゃ!と焦って出ようとしたその時、入り口から足音が聞こえた。



「すみませんでした!」



 振り返りながら深々と頭を下げて謝り、顔を上げると、そこに立っていたのは会社の制服を着た女の人だった。

 何も言わないその人と目が合った瞬間、私たちの時間は止まった。


 

 それはほんの1秒にも満たなかったかもしれない。

 だけど、本当の本当に時間が止まったのを私は感じた。その一瞬の間、私たちはお互いだけを見ていた。


 

 こんな表現、陳腐だとは思うけど、はっきり言うととんでもなくタイプだった。タイプどころの騒ぎじゃなかった。私の理想をすべて詰め込んだような(ひと)で、現実にこんな人存在するのかと思うほどのどタイプだった。



 もし今この人の隣に一角ユニコーンが立っていてどちらかが幻だと言われたら、ユニコーンを本物と思ってしまうくらい、私には夢のような女性だった。



 ハードパンチを食らったサンドバッグみたいに体中に衝撃波を受けて、向かい合っているだけで、どんどん胸が高鳴っていく。

 運命の人に出会うということはこうゆうことなんだと頭のてっぺんからつま先で感じた。



 初めての感覚に戸惑いながら、出会ったばかりのその人に、自分が一瞬で恋に落ちたことを私は確実に実感していた。



「大丈夫ですよ、入り口、分かりづらいですよね。こっちです」



 ようやく放ったその人の返答で再び時が動き出した。違和感のある言い方に疑問を抱きながらも、初めて聞くその声にも惹きつけられ、言われるがまま、すんなり着いていってしまった。



 緑だらけの空間から外へ出て、すぐ左の階段を上っていく。先を見上げると、身長の割りに大きめなお尻が目の前にあった。『後ろ姿もいいなぁ……』とエロじじい過ぎる煩悩が脳を支配していた。「この上なんです」と軽く振り返るその人に、返事とも言えない返事と愛想笑いをして平然を装った。



 階段を上がり切り2階に着くと、通路脇の部屋は事務所のようになっていて、その中には2人の女の人がデスクに向かっている姿が見えた。その前を通り過ぎ、その人はさらに真っすぐに進んでいく。そして一番奥の重厚そうな木の扉の前まで来ると、ノックしてからその部屋を開けた。



「社長、お連れしました」


「おー!」



 中は応接室のようになっていて、向かいのソファーには人の良さそうなおじいさん手前のおじさんが作業服姿で座っていた。



「じゃあそこ座ってくれる?」



 おじさんにそう言われて、よく分からずにその通りに座る。すると、あの女の人は「お茶をお持ちします」と言って扉を閉めて出て行ってしまった。

 残念な気持ちでその後ろ姿を目で追い、完全に扉が閉まって前を向き直すと、おじさんが真剣な顔で私を見ていた。



 ふいに現実へ戻る。



 あれ?ちょっと待ってよ……

 この状況って、もしかして不法侵入の説教?!

 まさかもう警察でも呼んでるとか?!

 間違っただけなのに、東京ってそんなに厳しいところなの?!



「本当にすみませんでした!!」



 なんとか許してもらおうと、焦って必死に頭を下げた。すると、



「大丈夫!大丈夫!」



 と言っておじさんは背もたれにゆったりと体重をまかせながら笑った。



「お花とか植物、好きなんだね?」


「それは……はい、昔から。小さい頃はお花屋さんになりたかったくらいです」


「そうか、そうか。そうゆう人はありがたいや。結局、一番大切なのはそれだからね」



 なに?この時間……

 もしかして私、東京じゃなくて異世界に来ちゃってる……?

 だからあんなに最高な女の人がいたとか?!

 じゃあやっぱりあれは幻ってこと!?

 不可解すぎていよいよ恐ろしくなってきた。

 


「とは言っても、まずお給料が気になるよね?えーと、ここに詳しく書いてあるから見てみてくれるかな?」



 おじさんが書類を渡しながら言ったその一言でようやく合点がいった。何か勘違いされてるんだ。



「すみません!あの、私、働きに来たわけじゃないんですけど……」


「どうゆうことだい?面接希望の電話くれたよね?」


「それ、私じゃないです……。私は、お花やさんかと思って中に入ってしまったところをさっきの方にここまで連れてこられただけで……だからてっきり怒られるのかと……」



 するとおじさんは目をまん丸くして固まり、3秒後に膝を叩いて高らかに笑い出した。



「そうなのか!ごめん!ごめん!ちょうどタイミングが合ったもんだから!人違いだったのかぁ!」



 コンコン……



 その時、扉が開き、「失礼します……」と、さっきの女の人がお茶を持って入ってきた。



「この子、面接の子じゃないんだって!」



 とテーブルにお茶置くその人に社長さんが笑って言うと、その人は意味が分からないと言うような難しい顔をした。



「……どうゆうことですか?」


「たまたま下覗いてただけらしいよ」


「そうなんですか……!?私てっきり……それは、大変申し訳ありませんでした……」


「いえ!こちらこそ、紛らわしい格好で勝手に入ってしまって……」



 東京の会社の視察にどんな格好をしていったらいいか迷った挙げ句、私は就活用のリクルートスーツを選んだ。そんな状況で間違われるのは当たり前だ。

 


「まぁせっかくだから、そのお茶だけでも飲んでいってよ」



 社長さんがそう言うと、その人はもう一度私に会釈をして再び部屋を出ていってしまった。



「ありがとうございます……。あの、こちらも社員さんを募集してるんですか?」



 とりあえずお茶を頂いきながら社長さんに尋ねた。



「あぁ、うん。君も就活生かい?」


「はい……実は」


「うちは見ての通り、ちっちゃい会社だからね、基本誰かが辞めない限り新しい人は入れないんだけど、この年明けに事情があって事務の子が一人辞めることになってね。今回、その代わりの一人だけ、募集かけてたんだ」



 一人だけ……か。



 東京で就職するつもりなんかないって思ってたのに、その一席に誰かが座るのかと思うと、突然胸がざわつき始めた。

 さっき通ったあの事務所の中で、あの人と同じ空間で働く人がいる……生まれたばかりの恋心についで、私の中からは速攻で嫉妬心も生まれていた。



「じゃあ、これからその面接の方がいらっしゃるんですね……」



 憎しみを殺しながら呟くように言った。



「もう来ないかもなぁ……」



 窓の外を見ながらこぼしたおじさんの言葉に聞き返す。



「来ないって、どうしてですか?」


「もう約束の時間から30分くらい経つからね。目の前まで来て嫌になっちゃったかな?古くてちっちゃい会社だしね、募集するとたまにそうゆうことあるんだ」



 胸がドキドキしていた。

 野中さんの言っていた通り、これが縁というものなのかもしれない……

 


「あっ、あの!もし、もしその方がいらっしゃらなかったら……私に面接を受けさせてもらえませんか?」


「……へ?でも、君はたまたまお花屋さんかと思って寄っただけでしょ?大事な就職先なんだから、義理だてみたいなことしなくていいよ」


「違うんです!あの、こちら植物のオブジェなんかも扱ってますよね?」


「え?あぁ……頼まれたら一応なんでもやる会社だからね。意外かもしれないけど、造花のアートなんかは基本私がやってるよ」


「社長さんが?!」



 本当に意外だった。失礼だけど、こんなおじさんがあんな美しいオブジェを……と思ってしまった。だけど、とにかく人の良さそうなおじさんだ。そう思うとあれを作ったと言うのも分からなくもなかった。



「実は私、野々屋(ののや)さんていうお店で社長の作られたオブジェを拝見して……それですごく感動して、あぁゆうものを作られる会社ってどんな感じなんだろうって勝手に見学に来たんです」


「え?そうなのかい?野々屋さんて……あー!何年か前に開店でやらせてもらった地方のおそば屋さんだ!」


「はい!そうです!本当に泣いてしまったくらい素敵で心が打たれて……」


「それは嬉しいねぇ!でもね、あれは私じゃないよ、あれを作ったのは田沼さんだ」


「……田沼さん?」


「さっきお茶持ってきた子。君をここまで連れてきたあの子だよ」



 

 それを聞いた時、一瞬ですべてが分かった気がした。



 あの時靴ひもがほどけた理由も、オブジェを見て涙がこぼれた理由も、東京行きの電車に飛び乗った理由も、そして出会った瞬間、時が止まった理由も……。




 すべては田沼さんに繋がっていた。

 すべては田沼さんに出会うためだった。




 間違いなく、田沼さんが私の運命の人だと思った。






 今更東京で就職したいなんて、お父さんとお母さんにどう言おうか頭の隅の隅にはあったけど、すべて後回しにして私は社長に改めて頭を下げていた。

















 



 


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