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第2話 信じない 




「おはよー伊吹、なに月曜の朝から浮かない顔してんの?」


 

 その声で一気に過去から現実へと引き戻された。



 話しかけてきたのは、田沼さんと同期の相馬(そうま)さん。通常時でさえいつもダルそうな雰囲気の相馬さんが、今日はまた一段と気だるそうに見えた。



「おはようございます!相馬さんこそ休み明けなのにすでになんか疲れてません?」


「ちょっとね。基本日曜の夜は激しいことしないって決めてるんだけど、昨日の相手、しつこくてさ……」


「うぇ〜……朝から男の話なんかしないで下さいよ、気持ち悪いなぁ……」


「先輩のいとなみの話を気持ち悪いとか言うな」


「気持ち悪いもんは気持ち悪いんだから気持ち悪いとしか言いようがないじゃないですか」



 テンションがだだ下がりする話の最中、文字通りその空気を変えてくれるようないい香りがふわぁ〜っと鼻に届く。



「二人ともおはよ〜」



 上品で高貴な香りを身に纏って現れたのは、事務所勤務の最後の一人、清川(きよかわ)さん。



 清川さんはその香水のイメージにぴったりな人で、もしも王宮にいたなら、その美しさでどの時代のどの国の王からも寵愛を受けてしまいそうな三十代前半の社員さんだ。



 常に気品が漂っているのに、それと同時になぜかいつもどこかにエロスを感じる。

 ちなみに歳は事務所組の中では最年長だけど、歴的には田沼さんと相馬さんより後の入社らしい。



「清川さん!おはようございます!」


「なに〜?伊吹ちゃん、なにが気持ち悪いの〜?」


「聞かない方がいいですよ!目と耳が腐って吐き気をもよおしますから」


「口悪いな」


「あっ、もしかしてまた相馬ちゃんのエッチな話〜?」


「そうなんです!聞きたくないのに話してくるんです。もうセクハラとパワハラの合わせ技一本で即退場レベルですよ!」


「ズバズバ言ってくれんじゃん。てゆーか『聞きたくないのに』とか言うけどさ、聞いてきたのは伊吹だからね?」


「アハハ!伊吹ちゃんはほんと男嫌いだね〜!」


「こいつはカマトトぶってるだけですよ」


「そんなんじゃないです!」


「じゃあさ今週の金曜日、伊吹ちゃんが嫌いな男はなしで、女だけの飲み会しない?」


「あっ、それ最高!いいですね!」


「月曜の朝から金曜の夜に飲む約束って……」


「ごちゃごちゃうるさいなぁ、じゃあ相馬さんは来ないんですか?」


「行く」


「よかった〜!相馬ちゃんが来ないと始まらないもんね〜」


「でも清川さん、しょっちゅう飲みに行ってますけど、そんなにお家空けて旦那さんは大丈夫なんですか?」


「うん、全然大丈夫〜!うちの旦那、出張ばっかりでほとんど家にいないしね」


「伊吹、あとでしょうこにも伝えといてよ」


「はい!あっあと……田沼さんも誘ってみていいですか?」



 私たちの会話に一切興味を持たないどころか、何も耳に入っていなそうな田沼さんに横目で視線を向けながら聞く。

 


「うん!もちろん誘って〜!」


「断られ続けてるのによく何度も誘えるよね」


「だって、もしかしたら今週こそは大丈夫かもしれないじゃないですか」


「全く行くつもりなんかないのに毎回聞かれて迷惑してるかもよ?」


「そうなのかなぁ……」


「だとしても、全く声かけられなくなったら寂しくな〜い?四人で働いてるのに。ね〜?」


「そうですよね!さすが清川さん!私、やっぱり誘ってみます!」


「まー好きにしなよ」





***




 田沼さんは絶望的に付き合いが悪い。

 私がそれを知ったのは、今年唯一の新入社員である私の歓迎会の日だった。



 入社してからこの三ヶ月、その一度だけは会に参加してくれたけど、その時すら二次会のカラオケに向かう道すがら「明日朝早いから」と田沼さんは一人帰ってしまった。



 その時、名残惜しくその背中を見送っていた私の肩に手を回し、「あれは明日予定があるんじゃなくて、今から予定があるんだよ」と耳打ちをしてきた相馬さんの言葉は今も時折私を不安にさせている。



 以前相馬さんは、金曜の夜に駅のホームで終電を待っている時に、向かいのホームで上り電車を待つ田沼さんを見たことがあったらしい。



 その時の田沼さんは服装も雰囲気もいつものイメージとだいぶ違くて女らしさを全面に出していたから、きっと男に会いに行ってたに違いないと、相馬さんは余計な推理を付け加えて私に話した。



 送別会と歓迎会以外、一切会社の飲み会に参加しないのも、金曜日は相手の家に泊まりに行くルーティーンだからだと今も相馬さんは信じ込んでいる。




「……あの、田沼さん……?」


「なに?」


「今週の金曜日なんですけど、実は相馬さんたちと飲もうって話があって……もしよかったら田沼さ……」


「悪いけど、その日は予定があるから」



 かなり食い気味に断られ、そう来ると覚悟をしていてもショックは予想以上に大きかった。



 もしや本当に迷惑がられてる?



 それとも、相馬さんが言う通り、まさか本当に決まった相手がいるの……?



 そんな……田沼さんは私の運命の人のはずなのに……





 嘘でしょ?!田沼さんっ!!












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