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第19話 嫌われたくない 



 もうだめだ、完全に田沼さんに嫌われた……



 地獄の午前中がようやく終わり、お昼休憩に入った12時早々、突然しょうこちゃんが事務所に入ってきた。



「お疲れさまでーす!」

 

「しょうこどうしたの?サボり中?」


「違いますよ!今日は私、地方の現場で朝5時にはもう出てたんですから!今ちょうど高速で戻ってきたところなんです」



 相馬さんと話すしょうこちゃんは本当に嬉しそうだ。好きな人とのなんてことないやり取りが鬼ほど羨ましくて、私はぽーっと二人を遠目に眺めていた。



「5時?!そりゃ大変だったね。じゃあもう今日は上がっちゃってもいいんじゃない?」


「実は社長からそう言われて。だからみなさんに会いに来ちゃいました!」


「みなさんに……じゃなくて、私に会いに来たんじゃないの?」


「ちっ、違いますよ!私はちゃんとみなさん全員に……!」


「そんなムキになんなよ、軽い冗談なのに」


「もぉ〜!ふざけないで下さいよ!」

 


 なんだそれ!眩しいな!中2か!

 私だってそうゆうの田沼さんとやりたい!



 と、キラキラしたしょうこちゃんの笑顔を見た時、ふと我に返った。


 

 あんなふうにしょうこちゃんが想いを寄せている相馬さんから、今朝、私は告白されたんだ……。しょうこちゃんがそのことを知ったら、どう思うんだろう……。



 逆に例えば仮に、もし田沼さんがしょうこちゃんに告白したと知ったら私は……

 嫉妬に狂って悲しみに壊れて……どうなっちゃうか分からない。


 

 告白はきっぱりと断ったし、しょうこちゃんを裏切ったわけじゃないけど、なんとなくしょうこちゃんの顔をまっすぐに見れなかった。



「そうだ、田沼さん!これ田沼さんのお弁当じゃないですか?」



 しょうこちゃんが相馬さんを置き去りに、少し遠くの田沼さんに話しかける。その右手には小さな手さげ袋を上に掲げていた。



「あっ!!」



 それを目にした瞬間、田沼さんはイメージとは真逆の大きな声を上げた。



「一階の温室に置いてあったんです!」



 そう言いながらしょうこちゃんは自ら田沼さんの元に向かい、お弁当を手渡した。



「朝、温室に寄った時に置いて忘れてっちゃったんだと思う……ありがとう」


「いえ!でも……温室に何時間もあったならお弁当悪くなっちゃいましたね……」



 田沼さんは落ち込みながら頷いた。



「田沼さん!今日は私と一緒にみなさんのランチに合流しませんか?初参加者同士で!」



 しょうこちゃんが思い立ったように田沼さんをお誘いした。田沼さんはあきらかに困惑している。



「……でも」



 私が飲み会に誘う時はいつも食い気味で断るのに、しょうこちゃんの優しさ純度100%のお誘いにはすんなりと返せずにいる田沼さんを見て、私は唇を噛んだ。



「それいいね〜!せっかくみんな揃ってるし、たまには田沼ちゃんも行こ?どっちみち外出しなきゃダメでしょ?」


「……そうですね……じゃあ」



 清川さんの一言が決め手になり、結局田沼さんは気が乗らなそうにしながらもあっさりと了承した。


 

 嘘でしょ……?田沼さん来るの?!

 今日はどんだけ気まずい日なんだ……

 今日に限ってオールスターでランチって……



 どこに向けたらいいか分からない感情で胸の中がガサガサする。こんな状態でごはんが喉を通るわけない!



「ん?さと美ちゃん、どうかした?」


「あ、ううん!ただ、せっかくだけど今日は私あんまり食欲なくて……だからランチはみなさんで……」


「えー!?」



 しょうこちゃんが全力で残念がってくれる姿が心苦しい。



「食欲ないならさっぱりしたもの食べればいいじゃん。しょうこがこんなに絶望してるのに行かないとかないよね?」



 相馬さんが目の前にやって来て脅迫するよように言う。



「……行くだけは行きますけど」


「やったー!どこ行きますか?!」



 普段のお昼は車の中で一人、コンビニで買ったものを食べてばかりのしょうこちゃんは、はしゃぎにはしゃいでいた。

 そんなしょうこちゃんの希望を叶え、私たちは、私と相馬さんと清川さんの3人が一番よく行く近くの中華屋さんへと向かった。





***





 お店の人に一番大きなテーブル席に案内され、椅子取りゲームのようにおのおのが好きな場所に座ってゆく。私はとにかく田沼さんから一番離れた席を確保して慌てて座った。



 本当だったらなんとかして隣に座ろうと目論むところだけど、今はそんな気持ちにはなれなかった。これ以上はほんの少しも嫌われたくない。嫌われないためには今は近づかないことだ。



「私、回鍋肉(ホイコーロー)定食にしようかな!さと美ちゃんは?」



 隣のしょうこちゃんがウキウキしながら尋ねる。



「じゃあ私は……海鮮粥の小にしようかな」


「ほんとにそれだけ?!食欲がないって言ってたけど、もしかして体調も悪いの?」


「ううん!体は全然平気!ただ今猛烈に海鮮粥の小が食べたくて。だから心配しないで!」


「そっか……」



 しょうこちゃんが私の返事に納得いかなそうなまま相槌をうつ。



 田沼さんは何を頼むんだろう……

 きっと田沼さんのことだから、家じゃ作れなくてお店に来ないと食べれなくて、且つボリュームの割にコスパがいいもの……



 この中だと……油淋鶏(ユーリンチー)かな……



 私がファイナルアンサーを出した直後、田沼さんが店員さんに向かって正解を発表した。



油淋鶏ユーリンチー定食お願いします」


「っしゃーっ!」

 

「……しゃ?さと美ちゃん、突然どうしたの?」



 今の状況を一瞬忘れ、田沼クイズに当たった喜びでついナチュラルな『しゃ』が出てしまった。

 


「あ、ごめん!なんでもないの!」



 一番端から田沼さんがこちらの方を見ている気配に気づき、私はうっかり目が合ってしまわないようにうつ向いた。



 気まずすぎる全員ランチを無事に終えると、大満足のしょうこちゃんは帰っていった。引き続き居心地の悪い午後をやり過ごし、ようやく時計の針が定時を差してくれた。



 拘束時間から解放された私は、いちもくさんに事務所を出ようとデスクに手を着き勢いよく立ち上がった。すると、全く同じタイミングで全く同じ動きをした田沼さんと、数mの距離を開けて目が合ってしまった。



 つい「お疲れ様でした」と口から出そうになったけど、それは許されないことだったと思い出し、すんでのところで言葉を飲み込む。そして、当たり障りなく事務所全体に向かって挨拶をし、田沼さんよりも先に事務所を出た。



 10月なのに夕方の帰り道はまだ明るくて太陽もまだ白かった。だけどその下を歩く私の心は真っ暗闇だ。砂漠を彷徨ってるみたいにトボトボと歩いて、いつもの倍の時間をかけてアパートにつき、誰に気遣うことのない一人だけの部屋にやっと戻ってきた。



 それでも心は落ち着かない。田沼さんを思い浮かべると、きっともう完全に終わってしまった恋に涙があふれそうになる。



『ぐぅぅ〜〜?』



 こんな状況なのに静かな部屋でお腹が鳴った。『お腹空いてないのぉ〜?』と問いかけてくるようなマヌケな音が情けなくて、惨めで発狂しそうだ。



 ……でもそっか、そう言えば昨日から何も食べずに会社に行って、お昼もミニサイズのお粥しか食べてないんだった。エネルギー不足が限界で体が私に訴えてきてるのかもしれない。



 財布だけを持ってふらふらと部屋を出ると残った力を振り絞り、少し遠くのアパートから2番目に近いコンビニへと向かった。一番近いコンビニはアパートからほんとにすぐなので、田沼さんに出くわす可能性が高くて行くのが恐かった。



 お腹は空いてるのに食べたいものがない。コンビニ内をしばらくウロウロして、とりあえずこれでいいやと、シーフードのカップラーメンを手に取ってレジに並ぶ。



 変な時間帯なのに少し列が長い。なにげなく自分より前に並んでいる人たちに視線がいく。手前から順に追っていき、私の前の前の前の前に並んでいる女の人の後ろ姿に目が留まった。



 私好みのいい体型してるなぁ……と吸い込まれるように魅入ってから、虚しくなった。



 私ってなんなんだろ……。



 こうやって何も知らず普通に暮らしてる人をエロい目で見たり、田沼さんのことをつけ回して裏で探ったり……狂ったピエロと同ランクのサイコ人間じゃない?



 田沼さんも私のことそんなふうに思ったのかもしれない……。



 その時、私のすぐ後ろの人が何かを床に落とし、その音にいい体のお姉さんが後ろを振り返った。



「あ……」



 思わず一言だけ声が漏れたその人は、あろうことか田沼さんだった。



 私は手に持っていたカップラーメンを急いで棚に戻し、列を外れてコンビニを飛び出した。カラカラに力のなくなった体で錆びた鉄の階段をかけ上り、飛び込むように部屋に入り鍵を閉める。


 

 あんな時間にあんなところで出くわすなんてありえない!またつけ回されたって思われたに決まってる。それで、今よりもっと嫌われる……。



 ついに悲しみが爆発した。明日からは仕事中でも無視されたり、私のいる方向すら見なかったり、さらに冷たくされるかもしれない。



 でも、そんな田沼さんを想像してみてもまだ大好きで、嫌いになんか絶対になれなくて、胸が苦しくなる。

 深く傷つくのと同時に、怒ってる田沼さんの表情や仕草、そんな時ほどペンギン度が増す歩き方に、きっと私はときめいてしまう。



 本当に私はとんでもないサイコやろうだ……




 ピーンポーン……




 突然鳴ったインターホンの音に、飛び上がるほどびっくりした。



 

 何か荷物でも頼んでた……?いつもの宅配便にしては静かすぎる外の気配に怯えながらそーっとドアスコープを覗いた。




「え……?」




 そこには、あの愛しくてやまない田沼さんが立っていた……







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