第15話 偵察
火曜日、仕事が終わりると家に帰って準備をし、また会社の前を通って駅まで行き、上り電車へ乗り込んだ。
降り立った駅近くで喝を入れるためにカツ丼の大盛りを食べて、私は再びあのお店へと向かった。
やっぱり田沼さんが騙されてる可能性は捨てきれないと心配になり、真相を確かめずにはいられなかった。
本当は次の日にでもすぐ探りに行きたかった。でも週末はきっと混んでいて愛ちゃんからゆっくりと話を聞くことは出来ないだろうし、明けた月曜日は名刺に定休日と書かれていたので、火曜日に行くしかなかった。
開店時間ぴったりにお店の前に立つ。
ここまで来たものの、一人でこんなところに入るなんて緊張で爆発しそうだった。
でもそんなこと言ってる場合じゃない。自分を追い込むため、田沼さんが愛ちゃんに見せた照れた横顔をあえて思い出し、目をつぶってドアレバーに手をかけようとした時だった。
「一緒に入ってあげよっか?」
背後から肩に手を置かれ、ビクッとして振り返る。
「相馬さん?!どうしてここにいるんですか?!」
「つけてきた」
「なんてことするんですか!」
「同じことを君は田沼さんにしてましたけど?」
ぐうの音も出ず黙りこくると、相馬さんはそんな私を見て笑った。
「嘘だよ!つけて来たわけじゃないって。開店時間を狙って伊吹がここに来ることを予想して来たの」
「そんなこと、どうして分かったんですか?」
「だって伊吹、今日ことあるごとに何度もここの名刺凝視してたから」
心当たりがありすぎる……。
少なくとも腕時計よりは確実に見ていた。
「『愛ちゃん』のこと調べるつもりなんでしょ?」
「……田沼さんがいいように利用されてるかもって思ったら心配で……。てゆうか!予想がついたからってなんで相馬さんがわざわざ来るんですか?!」
「初めてのレズバーに一人は心細いだろうと思って。さ、入ろっか!」
「えっ!?ちょっと!!」
相馬さんは私の制止を待たずにドアを開けた。カランカラン……
「いらっしゃいませ〜!」
すぐに、カウンターの中から元気がよくて感じのいい、100点の声が飛んできた。
愛ちゃんだ……
***
カウンターの奥の席に私と相馬さんは座った。開店直後だからか、従業員はまだ愛ちゃんしかいないようだ。
愛ちゃんは前回も派手な格好をしてたけど、今日は拍車をかけてさらに派手な上に露出度が高い服を着ていた。想像する田沼さんの好みとは結びつかなすぎて頭がこんがらがる。
システムも何も分からず店内をキョロキョロする私をよそに、相馬さんは二人分の生ビールを頼みつつ、自己紹介すらまだの愛ちゃんにも「一緒に乾杯しようよ」と、慣れた調子ですすめた。
その無駄のなさすぎる流れに軽く圧倒され、相馬さんをガン見する。
「なんだよ?」
「慣れてますね」
「別に。飲み屋に来たらこれくらい常識でしょ」
「……これはまったくの持論なんですけど、飲み慣れてる人にまともな道徳観持ってる人ってまずいないんです」
「その持論は本人のいないところで展開した方がいいと思うよ?」
「裏で言ったら悪口になっちゃうじゃないですか」
「目の前で言っても悪口だわ!」
そんなやり取りをしてると、テーブルの上に頼んだビールが置かれた。
「仲良しだね〜!二人はカップルなの?」
「そう見える?」
相馬さんが難しい顔で愛ちゃんにつめる。
「うん、見える!見える!二人ともすごい美人さんでお似合いだも〜ん!」
「やめて下さい!ただの会社の先輩後輩ですから!」
「へ〜!そうなんだぁ?意外だな〜」
簡単な乾杯と自己紹介をし合った後、ちょうどいい会話のしっぽを捕まえて、私は早速調査に入った。
「あの!愛さんは彼女さんとかいたりするんですかっ?!」
自然を装うつもりが勢い余った意気込みで語尾が裏返ってしまった。全てお見通しのように隣の相馬さんがくすっと笑う。
「え〜!いきなりグイグイくるぅ〜!さと美ちゃん、そんな可愛い顔して実は積極的なタイプ〜?」
「え……?」
なんか勘違いされてる?戸惑う私の顔をじっと見ると、愛ちゃんはハッとした顔で思い出した。
「あっ!そっか〜!なんか見覚えあるって思ったら、こないだ店の外で名刺渡した子だ〜!」
「あ、はい……その時の子です」
「ほんとに来てくれたんだぁ〜!嬉しい〜!てことは、ますます完全に私目当てってこと〜?」
ある意味間違ってはないけど、そうゆうふうに思われるのはちょっと癪に障る。
「でもごめんねぇ?人気商売だから、一人には縛られないのが私のモットーなんだぁ」
愛ちゃんは手を合わせて愛想よく謝った。
「じゃあ、お店の外でお客さんとデートもしたりは……?」
「それくらいはもちろんするよ?終わった後ごはん行ったりとかね〜」
ごはんなんかじゃない。
田沼さんとはホテルに入っていった……。
「でもさぁ、愛ちゃんてめちゃくちゃモテそうじゃん?ごはんなんか行ったら、絶対それ以上も求められちゃいそうだよね!」
相馬さんがグラスを片手に、私がまさに知りたかった真相に触れた。
「それ以上?」
「うん。そうゆう可能性はゼロなのかな?期待してもムダ?」
「え〜やだぁ〜!それ以上のこと期待してるの〜?」
相馬さんは否定も肯定もしないで、愛ちゃんを見つめて軽く笑うだけだった。その仕草に愛ちゃんが少し本気の女の顔を見せる。
この人って人は、男のみならず女にまで思わせぶりな態度を……と思いながらも、情報を探る上手さには少なからず感銘を受けてしまった。
「お客さんとやることもあるってことですかっ?!」
じれったい二人を待ってられず、私は横からド直球の色気のない聞き方で水を差した。
「アハハ!すっごいはっきり聞くね〜?」
「ごめんなさい……」
「ううん!若い勢いっていい!そうだなぁ〜、正直言うと求められたらなくはないかな。もちろん貢献度にもよるけど」
「貢献度?」
「沢山会いに来てくれてよくしてもらったら、こっちだって特別よくしてあげなきゃでしょ?気持ちは気持ちで返さなきゃ!」
「そうゆう特別なお客さんて何人くらいいるの?」
「そうだなぁ〜4、5人くらいかな?」
相馬さんは具体的な情報をどんどんゲットしてくれた。半ば強引に着いてこられたけど、おかげでかなりの収穫だ。というか、むしろもう答えは出た。
愛ちゃんが田沼さんと本気で付き合ってるということはない。田沼さんと同じような立場の人は何人もいて、田沼さんはそのうちの一人に過ぎない。
騙してるつもりではないみたいだけど、はっきり言って愛ちゃんが田沼さんとホテルに行くのは結局営業のためだ。
そんな話をしていてるうちに時間差で二人の店員さんが次々に出勤してきたと思ったら、立て続けに入口からカランカランとあの音が鳴り、あっという間に8割ほどの席が一気に埋まってしまった。
「ごめんね〜!ちょっとお仕事してくるね〜!ゆっくりしてってね!」
私たちに断りを入れ、テーブル席で慌ただしく接客を始めた愛ちゃんを相馬さんがチラリと見る。
「田沼さんはホテル行くとかそういうタイプじゃないだろうけど、毎週来てるなら結構入れ込んでる可能性はあるかもね」
「……そうですね」
まさか実際はホテルに行ってたなんてことは言えない。
「愛ちゃん悪い人じゃないし、正統な美人とはちょっと違うけど愛嬌あるから本当に案外モテそうだし」
それが悔しいところだ。
恋敵だから躍起になるものの、愛ちゃんが悪い人じゃないことはすごく伝わっていた。むしろ、いい人そう。それに確かに愛ちゃんからは、つけている強めの香水と同じくらい、モテそうな匂いがプンプンしている。
「今ここに田沼さんが来たらヤバイよね」
相馬さんが世にも恐ろしいことを言う。
「田沼さんは真面目な人だから、平日に飲みに来るなんてこと絶対しないですよ」
「まぁそうかー」
カランカランカラン……
「あっ!!千絵ちゃ〜ん!!来てくれたんだぁ〜!!」
愛ちゃんの声に一瞬で心臓が止まる。
まさか……いや、そんなはずはない。
きっと別の『ちえちゃん』だ……
自分に言い聞かせながらも入口のある右側を振り返れずにいると、
「やば……おい、伊吹!話が違うじゃん!」
左隣の席で私の体に隠れながら相馬さんが口にしたセリフに、私は頬杖をついた右手の手のひらを広げて顔を隠しながら右を向き、その指の間から覗いた。
そこには、愛ちゃんに抱きつかれ熱烈な歓迎を受けている田沼さんがいた……




