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第12話 隠れた顔 




 楽しみにしていた秋分の日は、ジェットコースターのように上がり下がりしながら、結局最悪な状況で終わった。



 次の日、会社で顔を合わすと田沼さんはいつも通りに接してくれたけど、おっぱい事件の時とは違って、心に多少の引っかかりを残しているように感じた。



 結局、休みを二人だけで過ごしたことなんて嘘だったみたいに、田沼さんとの間には相変わらず壊せない壁が立ちはだかっている。



 ぺこりんが動画を上げればその話はしてくれるけど、そこ止まり。

 私と田沼さんを結んでいるのはぺこりんだけだ。ぺこりんがいなければなにもない。それを認めると、祭壇に祭られた缶バッジのぺこりんが猛烈に憎らしくなった。



 でもそれよりも格段に憎らしいのは『愛ちゃん』だ……



 あんなに人と距離を取る田沼さんが、『愛ちゃん』にはなんなら下手(したて)に出ていた。田沼さんをそんなふうにさせられるほど『愛ちゃん』には魅力があるんだろうか……?



 昨日の電話の感じから想像するに、田沼さんはおそらく、日々の生活を極力切り詰めて浮かせたお金を、毎週『愛ちゃん』と会っている時に散財している。

 だとしたら、二人が付き合ってても付き合ってなくても、『愛ちゃん』は悪い女確定なんじゃないの?



 もしかしたら、田沼さんは『愛ちゃん』に騙されてるのかもしれない……。

 


「いーぶきちゃん!ランチ行こ?」


「あっ、はい!」


「伊吹ちゃんと二人きりって初めて〜!なんか新鮮で嬉し〜」


「そうですね!そうそうないですもんね!」



 その日は相馬さんが有給でお休みだった。いつものように自前の節約弁当を取り出す田沼さんを恨めしく横目で見ながら、清川さんとお昼ご飯を食べに事務所を出た。



 外へ出ると清川さんに「ごちそうするから、行ってみたかったお店に付き合ってくれないかな?」と言われすんなり快諾し、歩いたことのない道を進んだ。



「ここ!一回来てみたかったの!」



 一軒家が立ち並ぶ中、自宅を改築したようなオシャレなイタリアンレストランがふっと現れると、清川さんは突然私の腕に掴まり、少女のようにはしゃいだ。

 他意はなくても綺麗な女の人にこんなことされたらやっぱりドキッとしてしまう。



 清川さんは、人を嬉しくさせてしまうこうゆう仕草が標準装備で備わってる人だ。だから旦那さんと長く続いてるのかな……なんて勝手な推測をする。



「こないだこの辺散策してて見つけたの」


「会社の近くにこんなお店があるなんて全然知りませんでした!清川さんておっとりして見えて、実はかなり行動力ありますよね!」


「フフ、案外ね〜」



 中へ入ると、二人して白髪はくはつ混じりの素敵なご夫婦が、席の奥からとキッチンの中から、それぞれほがらかな「いらっしゃいませー!」を私たちにくれた。

 小さな店内はほぼ満席だったけど、ガヤガヤもしてないし、初めて来たのになんだかすごく落ち着く。



 お店の雰囲気や人柄は不思議と料理にしっかり反映されるもので、私が選んだ日替わりランチのラザニアは、ひとくち食べた時点で私史上一位のラザニアに決定した。



「そう言えば、田沼ちゃんとのデートどうだった?何か進展あった?」



 大満足であっという間に食べ終わると、ランチに付いている食後のコーヒーを飲みながら清川さんが尋ねてきた。



「……会社にいる時よりは沢山おしゃべり出来ましたけど、進展とかは特に……」


「そっかぁ……それでさっき思い詰めた顔してたの?」

 

「分かりました?」


「うん、すんごく」


「……実は、あの……詳しくは言えないんですけど……」


「うん、もちろん話せる範囲でいいよ?」


「これは私の勝手な憶測なんですけど、田沼さん、何か良からぬことに足を踏み入れてるような気がするんです……でも、あんなしっかりと自分を持ってる田沼さんに限って、そんなことないとも思うんですけど……」


「それはどうかな〜」


「清川さん!不安を煽らないで下さいよ!」


「ごめん!ごめん!でもね、『◯◯さんに限って』って考え方は危険かもしれないよ?」


「どうゆうことですか……?」


「周りから見えてるイメージなんて、その人のほんの一部分でしかないってこと」



 そう言われて、外で会った田沼さんと会社で見る田沼さんではかなり印象が違っていたことを思い出す。



「例えばだけどさ、私って伊吹ちゃんにはどう映ってる?」


「清川さんは……愛する旦那さんと仲良く二人暮らしをしてるお上品で綺麗な奥さま……って感じです!」


「お上品で綺麗な奥さま?ありがと〜!嬉しい〜!だけど、思いっきりハズレ!」


「………もしや旦那さんと上手くいってないんですか?離婚間近とか?!」


「いまのところはまだ離婚しないかな。まぁいずれはするだろうけどね」


「そうなんですか……」



 生意気ながら私が同情心でしんみりすると、清川さんは余裕のある微笑みで私に笑いかけた。



「私と旦那さんはね、大学のサークルで出会ったの。マイノリティーサークル。言ってみれば同性愛者のサークルなんだけど」


「…………え?」


「私の両親てね、二人ともすごく厳しい人間で、こう見えて私、家ではずっと萎縮して育ってきたの。そんな親だから死んでも言えなかった」



 なんの話が始まったのかまだ理解しきれてないきょとんとした私に、清川さんは続けた。



「彼とは境遇がよく似てたの。ありのままで生きたくても、決して家族に許されないところがね。大学を卒業して数年経つと、親からの干渉も周りからの目も日に日にしつこくなって、そうゆうものから解放される手段として、私たちは『結婚』を選んだの。お互いの自由を得るためにね」


「それって……じゃあ清川さんは……」


「そう。私も伊吹ちゃんとおんなじだよ。女の人しか愛せないの。結婚はただの建前で、嘘の関係。私たちはその傘に紛れることで、それぞれ好きなように生きてる。同志のように仲良くやってるけど、旦那さんには十年来の恋人がいるし、私にも大切な彼女がいるしね!」


「彼女?!清川さん、彼女さんがいるんですか?!」


「うん、その子とはつい最近付き合い始めたばっかりなんだけどね!まだ19歳なの。可愛いよ〜」


「19歳!?」


「だめ?伊吹ちゃん、愛に歳は関係ない派じゃない?」


「それはそうですけど……てゆうか、10代の女の子となんてどこで知り合ったんですか?!」


「休みの日によく行く近所の喫茶店があるんだけどね、そこでバイトしてる子なの。ひと目見て気に入っちゃったけど、さすがに若すぎるかなって思ってしばらくは見てるだけだったんだけどね、いつもすごく愛想よくしてくれて、ほんとに笑顔が可愛いくて。つい我慢できなくなっちゃったの」


「そ、それで……?」


「常連のお客さんて立場を利用して、まずある程度仲良く話すようになってね、警戒心が無くなってきた頃に『よかったらバイトの後、うちにケーキでも食べに来ない?』って誘って、その日のうちに懐柔して私のものにしちゃった!」


 

 清川さんは口元に左手を添えてそう言うと、憎いくらいに美しく無邪気に笑った。



 筋金入りの行動力じゃん……と心の中でツッコみつつ、言葉を失って固まる。



「ごめんね!驚かせちゃった?」


「あ……ごめんなさい。ちょっと思考が追いつかなくて止まってました……」


「そうだよね〜。今言うつもりなかったんだけど、なんかつい暴露しちゃった!話それちゃったけど、結局私が言いたかったのはね、田沼ちゃんも分かんないってこと!」



 あ、そっか……元々その話だったんだった。衝撃的過ぎて忘れていた……



「端から見てるだけじゃな見えない隠れた顔って、誰にでもあるんじゃないかな?」



 説得力があり過ぎた話に、金曜日の田沼さんが一層気になった。

 田沼さんにも清川さんみたいに隠れた顔が……




***





 正体も関係も分からない『愛ちゃん』を恨めしく思いつつ、一夜一夜を越え、ついに金曜日が来た。




「おーい、伊吹!今日ひま?飲み行かない?」



 定時になりさっそうと我一番に事務所を出てゆく田沼さんを目で追っているところ、相馬さんから話しかけられた。



「ごめんなさい!今日はちょっと!」


「なんだよ、付き合い悪いな」



 相馬さんのぼやきを背中で聞きながらいそいそとバッグに荷物をしまい、「また今度!お疲れ様でした!」と一方的な挨拶をして、私も事務所を出た。



 さっき出て行ったばっかりなのに田沼さんの姿はもう見えない。あの歩き方でどうしてこんなに速いの?!結局、追いつくことなくアパートに着いた。でもとりあえず今はよしとする。



 田沼さんの部屋に電気がついている。ちゃんと家に帰って、まだ部屋にいるようだ。それを確認すると、私は自分の部屋に入り、お風呂に入り、準備をした。



 夜の11時を回った頃、カンカンカンとアパートの鉄の階段を降りていく音が聞こえてきた。待ち構えていた音だ……!


 

 玄関へ急ぎ、数cmだけ扉を開けて覗く。予想通り、おめかしをした田沼さんの背中が見えた。

 


 約束通り、終電で愛ちゃんのところに行くんだ……



 階段を降りきり、車が来ないかキョロキョロと確認してから夜道を横断する田沼さんを見届けると、私は玄関の扉を勢いよく開けて階段を駆け降りた。








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