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第10話 もっと近くに……




 近くに止めた駐車場まで歩き、軽トラに乗り込むとまだ昼下がりだった。



「さー帰ろっか」



 田沼さんは絶妙な力加減でアクセルを踏み、電気自動車並みの動きで古い軽トラを発進させた。



 もしかして今日はこれで解散……?

 せっかく初めて外で会えたのに、ご飯くらいも食べで帰らないの?



 普通だったらそうゆう流れになるものだけど、田沼さんなら「じゃあまたね」なんて言って当たり前のように帰っていくこともありえなくない。

 興味のないことと意味のないことはしないのが田沼さんだ。



 真剣な眼差しでバックミラーを確認しつつ車線変更をする田沼さんを横目で見ていた。目のやり場に困る田沼さんの服のせいで、意識しないように精一杯の努力はしてるけどどうしてもエッチな気持ちにはなっちゃうし、そのせいでお腹が空いて仕方ない。



 ……よし、決めた!

 アパートに着くまでの残りの一時間半で、なんとかご飯に行く流れにしてみせる!



 せっかくのチャンスなのに、このまま田沼さんを帰すわけにはいかない!



 とりあえずはいきなりがっつかないで遠回しな世間話から始めた。



「イベント楽しかったですね!生で見て改めて思いましたけど、ぺこりんてテレビで見る大食いタレントよりもレベル高いですよね!」


「そうなんだよね!なかなか日の目を浴びないけど、本当はあの子、すごく力あるんだよね……。だからこそ応援したくなるんだけど」



 悔しいけどやっぱりぺこりん話には乗ってきやすい。でもとりあえずこれで入り口は開いた。



「あの、田沼さんはぺこりんのイベントがないお休みの日は何して過ごしてるんですか?」


「……読書したり、平日のお弁当の仕込みしたり、あとは大体家でのんびり過ごしてるかな……」



 土日は家基本家ってこと……?

 やっぱり付き合ってる人はいないのかな……

 それとも、金曜日の終電で相手の家に行って始発で帰ってきてるとか? 



 だとしたら、田沼さんは悪い人に弄ばれてるのかもしれない!



「一週間仕事を頑張ったご褒美的なものとかはないんですか?」



 なんとか警戒されないようにじりじりと探る。



「ご褒美?」


「例えば私だったら金曜の夜だけは暴飲暴食も夜更かしも解禁してるんですけど、田沼さんは何かないですか……?」


「……ご褒美というか……強いて言えばお酒かな。お酒は好きな方だけど、平日は極力我慢して、週末にしか飲まないようにしてるから」


「あの、だったらどうして飲み会には参加しないんですか?そうゆう集まりはやっぱり嫌いですか?」


「……得意じゃないのは事実だけど、それよりも、普段はなるべく節約するようにしてて……」


「じゃあ、節約のためにお昼もお弁当にしてるとか?」


「そう。なるべく削れるところは削ってるの。外食は高くつくから出来るだけしないようにしてる」



 それで今日も交通費を浮かせるために会社の軽トラを借りてきたのか……。



 独り暮らしで家賃激安の寮暮らし。ぺこりん代なんてたかが知れてる。お金に困るはずなんてない環境なのに、徹底した田沼さんの節約ぶりにますます心配になってきた。


 

「……そこまで節約するって……まさか誰かの借金の肩代わりしてるとかじゃないですよね……?」


「そんなのしてないよ!」


「じゃあ貯金魔ですか?」


「そんなこともないけど、ただお金は使いたいものの為だけに使いたいだけ」


「そこまで毎日節約して使いたいものって……一体何に使ってるんですか?!」


「……私のことはもういいから」



 つい知りたい欲望から怒涛の質問攻めになってしまい、半開きになっていた警戒のシャッターを突然ピシャンと下ろされてしまった。

 ちょっと調子に乗りすぎた。



「……そう言えば田沼さん、今日の夜ごはんは何食べるんですか?」



 それでもまだ私はあきらめてはなかった。ちょっと不穏気味になった空気を変えようと、話をガラッと変える。

 さっきの会話の中、「外食はしない」なんて言わせてしまい「この後ご飯でも……」なんて簡単な流れは使えなくなってしまったので、また別の道から攻めてみる。


 

「どうして?」



 どうして?!

 そんな返事あります?!

 何食べるか聞いただけなのに、それもだめなの?!プライベートには1ミリも入ってくるなってこと?!

 手強すぎるわ!



「あっ……さっきぺこりんカツカレー食べてたじゃないですか?だから田沼さんもカツカレー食べたくなったりしたんじゃないかなーって思って!」


「……確かにそうゆうところはあるけど、疲れちゃったから今からカツカレー作るのはちょっとね」



 自炊のつもりで言ったわけじゃなかったんですけど……。てゆうか、ただのカレーは分かるけど、カツカレーはそもそもなかなか家でイチから作らなくない?!

 食べたいものなんだったとしても自分で作るライフスタイル?!

 寿司も握るし蕎麦も打つの?!


 

「今日はちょっと贅沢だけど、スーパーで何か惣菜でも買って済ませると思う」


「そうですか……」



 やっぱり田沼さんの中には鼻から私とどこかで食事していくなんて気持ち、毛頭なかった。



 ……仕方ない。今はこれ以上グイグイいっちゃダメな気がするし、また今度にしよう……。



 私が悲しくもついにあきらめをつけると、ちょうど軽トラはアパートの前に止まった。



「今日はお疲れ様」


「長時間の運転お疲れ様でした!車、会社の駐車場に返しに行くんですよね?それなら私も一緒に行きます!」



 せめて帰り道くらい一緒に歩きたい。



「気にしないで。一人で大丈夫だから」



 それは、『気にしないで』と言うよりも明らかに拒否の気持ちな気がした。



「……分かりました。あの、今日は誘って下さって本当にありがとうございました」


「こちらこそ、趣味に無理やり付き合わせてごめんね」


「そんなことないです!本当に、本当にすごく楽しかったです!!」



 田沼さんは媚びるような言葉は好きじゃないと思ったけど、それは紛れもない私の本心だからどうしても伝えたかった。



「ならよかった。じゃあね」



 結局最後はいつもと変わらずにさっぱりと締め、流れるようなアクセルの踏みこみで田沼さんは去っていった。




 一緒にご飯を食べることが叶わず、肩を落としてため息をつく。恨めしく見つめる軽トラはもうおもちゃみたいに小さい。さっきまですぐ隣にいた田沼さんはもういない。



 せっかくアパートの前で降ろしてもらったけど、胃に穴が空きそうなほど空いたお腹を満たすために、私はそのままあのお弁当屋さんに向かうことにした。



 常に人気のお弁当屋さんの前には、頼んだお弁当が出来るのを待つ人が四人もいた。その人たちの間をすり抜けて厨房と繋がった小窓を覗くと、前回と同じように種類の違うお弁当をまた四個頼んだ。



「ちょっとお時間頂きます!」と言われガクッとしたけど、他に選択肢はなく、仕方なく待つことにした。



 店先に掲げられたメニューをぼーっと眺めていたその時、少し背伸びをしながら小窓に頭を突っ込んで一生懸命に店員さんを呼ぶ後ろ姿に目が止まった。



「すみません……カツカレー弁当一つ……」



 声が聞こえて確信する。



「はーい、少々お待ち下さ〜い」



 振り返った瞬間、目と目が合う。



「田沼さん!」


「伊吹さん……」



 まさかこんなにすぐ会えるなんて!

 


「スーパーのお惣菜はやめたんですか?」



 走り寄り、嬉しさに崩れそうになる顔に力を入れて尋ねる。



「突然、久しぶりにここのお弁当が食べたくなって……」


「分かります!ここ、すごく美味しいですよね!カツカレーもありますしね!」


 

 私と反して田沼さんは少し気まずそうだったけど、そんなことにめげはしない。

 第2ラウンドの始まりだ!



 ここから、なんとしても一緒にお弁当を食べる流れに持っていく!さっきの失敗を繰り返さないよう、私は当たり障りのない、可も不可もない会話を心がけた。



「スタミナ弁当のお客さま〜!」



 次々と待っている人が呼ばれていき、気づけば店前には私と田沼さんだけになった。そろそろ呼ばれてしまう。



「すみませーん、順番入れ変わりまーす!カツカレー弁当お一つのお客さまー!」


「え?私が先?……なんでだろ?ごめんね……」


「いえ、私、時間かかるって言われてるので……」


 

 田沼さんは不可解そうにしながらお会計に向かった。



 そうか……こうなることは盲点だった……。そりゃそうか、お弁当四個頼んだ私より一個の田沼さんの方が早いの当たり前か。



 これで詰んだ。

 田沼さんはもう帰ってしまう……。 



 落胆する私の前に、お弁当の袋を片手に持った田沼さんが戻ってきた。ついにお別れの時だ。あれ?なのに、帰らずに私の隣にまた立つ。



「……何か追加でもしたんですか?」


「ううん、どうせ同じアパートに帰るんだし、伊吹さんのお弁当が出来るまで待ってる。後から頼んだのに先に呼ばれて悪いし……」



 たっ、田沼さーんっ!!

 ずるいよ、そんなの!!

 ばか!好き!!



「ぁりがとうございます……」



 本当に涙が出そうなほど嬉しくて、ちゃんとしたお礼が言えないほどだった。



「大変お待たせしましたー!」



 待ってるのはもう私一人だけなので、店員さんは私に向かって直接言った。私がレジへ向かうと、田沼さんも後ろから着いてきてくれた。



「えーと、カツカレーにからあげカレー、天丼と、チーズデミグラスハンバーグ弁当、全部ごはん大盛りですねー」


「え……?」



 店員さんの言葉を聞いて田沼さんが背中で一文字漏らした。そして、お会計をしている私の隣に並び、



「これから、友だちでも来るの?」



 と聞いてきた。



「いえ、誰も来ないです」


「だってお弁当四個って……」


「あ、これは……ちょっと今日はお腹空いちゃったから……」


「だとしても、半分は明日の分とかでしょ?」


「全部今日の夜ごはんです」



 その時、田沼さんからごくりと聞こえた気がした。



「……伊吹さんがそのお弁当全部食べるとこ、見たい……」


「え!?」


「……せっかくだし、一緒にお弁当食べない?……嫌?」


「嫌なわけ!……本当にいいんですかっ!?」


「……伊吹さんがいいなら……。私、人のお家って苦手だから私の家でもいいかな?」



 心臓からドクドクと一気に動脈へ大量の血液が噴射した。体の中で異変が起きている。



 今ならお弁当五個でもいける気がした。















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