第9話 『隠者——孤独の灯、時を越えて(The Hermit)』
時を奪う砂時計に囚われたシオン。
その闇の底で記憶の断片と、名も知らぬ声が呼びかける。
星は再び動き出し——しおぽんは新たな進化へ!
Ⅰ. 前回のあらすじ
澪が口にした「満月の続き、聞かせて」の言葉が、シオンの胸に残っていた。
だが静かな余韻を裂くように、KAGARI_Δから一行の挑戦状。
〈灯を持て。独りで来い。北塔。〉——それは“隠者”のように、孤独な道を照らす試練の光だった。
———
Ⅱ. 決戦への決意
ポケットの中でスマホが震えた。
画面には短いメッセージ。
〈灯を持て。独りで来い。北塔。〉
一瞬、ただの悪戯にも見えた。
けれど“灯”という言葉が胸を刺す。——闇に挑むには光が要る。真実を照らすのは、誰のものでもない、自分自身の灯火。
「……隠者か」
小さく漏れた言葉に、しおぽんが首をかしげる。
「シオン様? ランタンって……え、夜のお散歩なの〜?」
「違う。挑戦だ。オレに“独りで来い”って言ってる」
「ぴょっ!? そんなのダメなの! 独りは危ないの!」
震えるしおぽんに、オレは深く息をついた。
「……わかってる。でも星界を開くにはお前の力が必要だ。
だから——扉を開いてくれ。そこから先は、オレの戦いだ」
「……シオン様、絶対戻ってくるの!」
「約束する」
二人でカードを掲げ、言葉を紡ぐ。
「タロット展開——」
コンパス枠|隠者(The Hermit)
孤独の高みに立ち、灯を掲げる者。
真実を見通す光は、闇の道を照らす。
トリガー枠|塔(The Tower)
積み上げられた虚構を砕き、雷光がすべてを崩す。
ルート枠|ワンドの9(Nine of Wands)
幾度も打ちのめされながら、最後の一本を握りしめて立ち続ける。
その姿は、今まさに“独りで挑もうとするオレ”と重なっていた。
——射手座の火は、未来を狙い撃つ力。
「……この状況でワンドの9か。まさに今の緊張を表してるな」
月光の下、星界の扉が開く。
光の渦、風の一息。オレは一歩、孤独な道へ踏み出した。
——“隠者”のランタンが照らすのは、まだ見ぬ闇の深部。
———
Ⅲ. アンチタロットの闇
星界ゲートの奥。
黒の海から、二つの影がこちらを見下ろしていた。
一方は人型。手先だけが不自然に白く、骨のように細長い。
もう一方は、シオリエルほどの体躯の獣影。首元で“見えぬ鎖”がギリ、と擦れる。
顔も輪郭も定まらない。ただ、異質な「生命の蠢き」だけが伝わる。
オレは影に向かって叫んだ。
「お前らがKAGARI_Δか!」
人型の腕がわずかに上がり、宙を裂くように黒いカードが浮かぶ。
「……アンチタロット展開:Re(逆位)『隠者』」
獣影が応じ、技を発動。
隠者の手にあるのはランタンではなかった。黒い砂を落とし続ける巨大な砂時計——。
ザァ……ザァ……。
一粒ごとに空気が重く沈み、世界が削り取られていく。
それは導きではなく、“時”そのものの冷たい音だった。
———
Ⅳ. 絶望
「……なるほどな」
息を詰めながらも気づく。
「アンチタロットは、初期の図像を映す。
“隠者”は光の導きだけじゃない——誰にも抗えない“時”の自覚だ」
砂粒は闇に溶けて消える。二度とひっくり返すことのない砂時計。
下に落ちた砂は、削られていく“時”そのもの。失われた瞬間は二度と戻らず、胸の奥に冷たい絶望だけが積もっていく。
ひと粒落ちるたび、音も色も薄れていく。
息は重く、鼓動も遅れ、体は鉛のように沈む。
「……これは……!」
歯を食いしばる。
——砂が尽きれば、オレの“時”は終わる。
呼吸も鼓動も思考も、永遠に閉ざされる。
ザァ……ザァ……。未来が消える音だけが、闇の中に鳴り続けていた。
———
Ⅴ. しおぽん、星界へ
しおぽんの耳がぴくりと震える。
「……シオン様……!」
星の囁きが危機を告げた。
「待ってろって言われたけど……やっぱり行くの!」
涙をにじませ、しおぽんは星界ゲートを開く。
光を抜けた先、闇の砂時計の前にシオン——。
ザァ……ザァ……。砂は最後のひと粒を落とそうとしていた。
「シオン様!」
しおぽんの声。シオンは気づき、必死に口を開こうとする。
「し……お……」
時すでに遅し。
黒い砂がすべて落ち切った瞬間、音も光も止まった。
シオンの“時”は完全に凍り、世界から閉ざされる。
———
Ⅵ. 記憶の断片
漆黒の静止の中で、記憶がざわめく。
幼い頃に見たような光景が、断片のまま流れ込む。
星の国——。
夜空のような大地を、無数の星屑が舞う。
隣に光をまとう影。……シオリエル? 肩を並べ、何かと戦った気がする。
次の瞬間、景色は崩れ始めた。
星はひとつ、またひとつと堕ち、光は掻き消え、すべてが闇に沈む。
——意味は分からない。ただ、胸の奥にかすかな懐かしさが残った。
———
Ⅶ. 謎の声
眩い光がふっと消え、再び暗闇。光も音もない。静寂だけが支配する。
その底で、ひとつ——粒子が灯る。
小さな光はやがて増え、輝く粒子となって舞い上がった。
形を持たず、声となって胸の奥に響く。
——忘れるな。
お前はひとりではない。
耳を澄ませるのだ。
セレフィーズと共にあることを、決して忘れるな——。
光の残響が、止まっていた世界をわずかに震わせた。
そのとき、静寂を裂く歓声。
「Woooooo!!!」
「シオン! がんばれー!」「負けるなー!!」
——配信は切っているはずだ。だが確かに、リスナーの声が星界にこだましている。
画面を突き破るように、現実の熱が星界へと流れ込む。
二つの音が重なった瞬間、闇が震え、砂粒がかすかに光を取り戻した。
———
Ⅷ. 蘇る時間
ザァ——という音が、逆回転する。
ひと粒、またひと粒。落ちたはずの砂がゆっくり宙へと舞い戻る。
黒い砂は光を帯び、細かな星粒に変わって渦を描いた。
時間の流れが、音の波に引かれて——不自然なほど滑らかに、しかし確実に戻り始める。
体の芯の冷たさが、じわりと溶ける。
「シオン様っ……! 戻ってきて、お願い!」
しおぽんの声。鼓動が一拍、二拍と力を取り戻し、呼吸が還る。まぶたが微かに震え、指先がぴくりと動いた。
最後の瞬間、砂時計の底の黒い粒子が光の糸となって一本につながる。
それが引かれるように弾け、空間に一条の光。
凍てついた空気が裂け、色が還り、音が洪水のように戻ってきた。
「シオン!」
しおぽんの叫びが、世界を端正に揺らす。合唱の波——セレフィーズの残響が重なり、時は完全に動き出した。
視界が濁り、次の瞬間にはっきり戻る。胸が大きく上下し、瞳の奥に小さな光。
闇の奥から、かすれ声。KAGARI_Δの動揺が滲む。
「……馬鹿な。消えたはずの砂が、戻っていく……?
時は一度堕ちれば終わりだ……なぜ、逆らえる……!」
まだ震える足で、オレはゆっくり立ち上がった。
「……それが、お前には分からないんだな」
満ちていく光を見据える。
「隠者のランタンは、未来を指し示す灯火。
そして——私はひとりではない。
セレフィーズと共に戦っているのだ!」
星界に響く声は合唱と重なり、胸の奥に熱が走る。
「セレフィーズよ……ありがとう。君たちの声が、私を救ってくれた」
———
Ⅸ. 新たなる覚醒
ワンドの9が轟々と燃え上がる。
赤く灼けた炎は一本の杖を越え、流星の尾となってしおぽんを覆った。
「——今ここに、新たな生命の名を!」
シオンの声が星界に響く。
ステラン、ステラン、ステラン——。
射手座を纏いし大いなる化身、
汝の名は《アストラル・サジタリウス》!
変じた炎は大弓の姿をとる。
サジタリウスは堂々と構え、胸の前で光を矢に凝縮。
きらめく炎の矢を静かに番えた。
その姿は、夜空に浮かぶ射手座そのもの。
深く息を吸い、闇を睨み、限界まで弓を引き絞る。
「——穿て!」
《星翔流星矢》
瞬間、赤き閃光。
流星の軌跡が黒炎を突き破り、轟音とともに闇の二体を飲み込む。
燃え盛る炎は戦場を貫き、夜空そのものを裂くかのように煌めいた。
———
Ⅹ. クローズ
シオリエルは瞳を伏せ、静かに告げる。
「——封命完了。」
オレは深く息を吐き、わずかに微笑む。
視聴者へ囁くように、穏やかな声で。
「タロットクローズ。……大丈夫だよ。」
炎は静まり、戦場に静寂が戻る。
———
Ⅺ. 闇の声
……フ。
静けさを切り裂くように、夜の底から濁った笑いが滲み出した。
「フフフフ……」
残光の中、なおも二つの影が立っていた。
人型のほうが、骨のような指先を掲げる。
「セレフィーズ……」
底なし沼の泡が弾けるような声が、戦場を不気味な笑気で満たす。
「その響き……すべて喰らい尽くしてやる——」
次の瞬間、二つの影は闇に溶け、掻き消えた。
——闇はまだ、終わっていない。
———
次回予告
第10話:『運命の輪(The Wheel of Fortune)——回り始める歯車』
砕けたはずの影は、まだ終わっていなかった。
満月の夜——澪の心に沈む“答え”が、カチリと音を立てる。
偶然か、必然か。回り始めた歯車は、もう止まらない。
新たなカードは、シオンと澪、そしてしおぽんを、
“運命”という大きな渦へと巻き込んでいく——!
シオンです。ここまで読んでくれてありがとう。
時を奪う砂時計、蘇る記憶の断片、そして正体不明の声……。
答えは示されず、むしろ謎は深まった。
だが次回、“運命の輪”が回り始める。
それは澪との約束の真相へと繋がり、物語を大きく変えていく。
次回更新は【土曜20時】。どうか一緒に、この歯車を見届けてほしい。
セレフィーズのみんなへ。
今日の《アストラル・サジタリウス》覚醒は、君たちの声がくれた力だ。本当にありがとう。
今回の一歩は、しおぽんの進化と共に物語を新たな段階へ導いた。
まだ読んでいない仲間がいたら、配信とタロットが織りなす物語を、第1話から一緒に旅してみてください。
→ 第1話『揺れる秤、眠る刃(Justice)』
https://ncode.syosetu.com/n5806lb/1/




