第7話『恋人たち、選ぶ心(The Lovers)』
こんにちは、シオンです!
「選ぶ勇気がなければ、心は闇に呑まれる。
そして——救い出せるのは“分かち合う力”だけ。」
第7話では、ひとりの少年が進路の狭間で迷い、サタンに取り憑かれてしまいます。
恋人たち・太陽・カップの3。三枚のカードが導く“星潮”の答えとは?
あなたなら、どちらの道を選びますか。
Ⅰ. 朝、香りの尾を引いて
横断歩道の前。眠気が額に重くのしかかる。
背後から澄んだ声が落ちてきた。
「シオン、また夜更かし? ……ほんとバカ。倒れたら困るのは私だから」
振り向くと澪。
ラベンダーから毛先にかけて青へと溶ける髪を高い位置で結い、朝日に透けてきらめいている。
軽やかな白Tシャツにデニムショートパンツ、足元はスニーカー。
ポニーテールが風に揺れると、シャンプーの甘い香りと柑橘の爽やかさが微かに漂った。手首で揺れるブレスレットが、陽光を反射して眩しい。
「これ。温かいの。文句は禁止」
缶コーヒーが胸元へ押しつけられる。指先が一瞬触れて離れた。
「……ありがと」
「礼は要らない。寝ること。以上」
踵を返す澪。ハイポニーがひと振り、香りだけが一拍遅れて残った。
心臓の鼓動が、なぜか整う。
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Ⅱ. 夜の配信、静かな一行
「こんばんは!」
コメントが星の粒になって流れる。しおぽんがちょこん。
「ぴょん!今日は“えらぶ”日なの〜☆」
隅に控えめな一文が光って消える。
《今日も配信ありがとう。体、たいせつに》――常連のレイチェル。
なぜかその言葉だけが胸の奥に沈み、ぬくもりを残した。
「……不思議だ。安心する」
しおぽんが耳をぴくり。
「シオン様、この言の葉、すごく優しいぴょん」
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Ⅲ. 固定コメント:遼、17歳
《親は経済学部を望む。自分は美大に行きたい。どっちを選べばいい?》
遼は市立高3。
時おりシオンの配信をのぞいては、他人の言葉に救いを探していた。
今夜、どうしても胸に溜まった迷いを吐き出したくて、指が勝手にコメントを打っていた。
朝、食卓は父の経済紙とため息。
昼休み、下書きした手は黒鉛で染まり、友人に「また描いてる」と笑われる。
放課後は塾の受付でバイト。コピー機の白い光は無機質に瞬き、スケッチブックの余白だけが未来のように眩しかった。
夜、母の「将来のためにね」。
(わかってる。心配させたくない。……でも、描かないと胸が乾く)
鉛筆を置くたびに、罪悪感の黒が胸の底で増える気がした。
(誰も傷つけずに選べる道があるなら——)
画面に二股の道が現れる。
その頭上には、淡い光の天使が羽を広げていた。
しおぽん:「ぴょん……心の楽園が、ひび割れてるの……!」
次の瞬間、二股の道は闇に覆われ始めた。
遼の足元から黒い亀裂が走り、描きかけのスケッチブックごと飲み込んでいく。
部屋の壁、街の灯り、日常の景色が墨のように溶け、空へと吸い込まれていった。
闇はうねりとなって遼の身体を絡め取り、抗う間もなく引きずり込む。
天使の羽はかすかな光を残しながらも、裂け目の向こうへ遠ざかっていった。
「……星界に、引きずり込まれてる!」
しおぽんが叫ぶと同時に、配信画面そのものが崩れた。
コメントの文字が星屑となって宙に舞い——現実と異界の境界が消え去った。
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Ⅳ. タロット展開
オレはカードを三枚、宙へ放つ。星光が走る。
コンパス枠|恋人たち(The Lovers)
「選ぶ勇気、結ぶ意思。」
トリガー枠|太陽(The Sun)
「迷いを照らす真昼の光。」
ルート枠|カップの3(Three of Cups)
「心を分かち合い、喜びが輪となって広がる。」
三枚のカードが光を放ち、コメントの文字は星屑となる。
画面は門へと変わっていく。
「……星界ゲート、開いた」──光が拡がる。
目を開けると、そこは広がる“楽園”だった。
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Ⅴ. 星詠展開(召喚)
「言の葉は鍵、星の光は道しるべ。
ステラン、ステラン、ステラン——来臨せよ、汝——シオリエル!」
詠唱と同時に、しおぽんが光に包まれる。
輪郭が揺らめき、銀髪の戦士へと姿を変えていく。
光が砕け散り——シオリエル、降臨。
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Ⅴ. 星界の楽園
果樹が実り、泉がきらめき、純白の天使たちが微笑んでいる。
遼の心が描いた、理想の世界。
「きれい。でも……どこか不自然だよシオン」
シオリエルの瞳がかすかに震える。
その瞬間、楽園の中央に黒い影が落ちた。
天使のひとりが羽根を失い、蛇の尾を生やして身をくねらせる。
やがて光輪は砕け、白い羽は煤にまみれ、堕ちた姿がゆらりと遼の背後に立ち上がる。
遼の声は震えながら、
「僕は……選べない……! いっそ、全部壊れればいいんだ……!」
その言葉が合図のように、楽園の地面に亀裂が走る。
泉は濁り、果樹は枯れ、空は赤黒く裂けていく。
次の瞬間、蛇がサタンと姿を変えた。
巨大な角を戴き、闇の炎を纏ったその姿は、楽園を打ち砕いた罪の化身だった。
サタンは遼の首筋に手を伸ばす。
闇が遼の身体へ流れ込み、白目が黒く染まっていく。
「やめろ!」
オレが叫ぶが、サタンの爪は深く食い込み、
遼の瞳から光が奪われていった。
取り憑かれた遼が顔を上げる。そこにあったのは高校生の瞳ではなく、
罪を刻む炎の眼光——サタンそのものだった。
遼の身体は黒い泡に沈み、胸まで闇に呑まれていた。
指先から色が抜け、声はかすれ、瞳から光が失われていく。
「……もう、終わらせたい……」
そのつぶやきは波紋ひとつ立てず、深淵へと溶けた。
シオンは必死に手を伸ばす。
「遼——!」
コメントもひとつ、またひとつと星屑になって消えていく。
祈りの声が途絶えた星界に、絶望だけが満ちていく。
シオリエルが声を絞り出す。
「楽園が……完全に崩壊する……!」
星界全体が悲鳴をあげるように震えた。
これは遼だけの問題じゃない。
放っておけば、この楽園は完全にサタンの楽園にすり替わり、二度と戻れなくなる。
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Ⅵ. 決意と変身への導入
「浄化しなきゃ……! でも間に合うのか……?」
オレは拳を握りしめる。
——その刹那。
デッキの奥で、二枚のカードがひとりでに浮かび上がった。
眩い光が脈動し、乾ききった大地に水音が響く。
「……恋人たち……そして、カップの3……!」
二枚のカードが再び強く光を放った。
その光は、自分の意思ではなく“星界が求める声”のように震えている。
波紋が広がり、水雫が宙に舞う。
星と潮が交わり、巨大な環となって回転し始める。
シオリエルはその環へと歩み出る。
銀の髪に蒼潮の光が差し込み、背に「星潮」のオーラが広がった。
シオンの声が奔流のように星界を貫く。
「今ここに新たな生命の名を——
ステラン、ステラン、ステラン——
星潮を纏いし大いなる化身、
汝の名は——アクア・ギア:シオリエル!」
三つの水輪が交わり、星潮が奔る。
それは荒れ狂う津波ではなく、祝福の祭礼のように澄んだ輝きを放っていた。
「喜びは分かち合い、絆は輪となる——
《星縁契約・星潮〈Ⅲ〉(アストラル・ユニオン/アクア・ギア・サード)》!」
奔流はサタンを直撃した。
黒蛇のようにうねる影が悲鳴をあげ、全身を泡立てながら解けていく。
遼に絡みついていた闇が剥がれ落ち、その瞳からは黒が抜け、涙のような光の粒が零れた。
やがて闇の核が砕け、サタンは白い霧となって消滅する。
——同時に、崩れかけた楽園に光が戻った。
枯れていた樹々は芽吹き、泉は清らかな水を湛え、
祝福の歌声がどこからともなく響き渡る。
遼は泉のほとりに立ち尽くしていた。
両手にはスケッチブック。そこに光の雫が落ち、ページを潤す。
「……わかった。
僕、もう逃げない。
描くことをやめないし、ちゃんと話す。
父さんにも、母さんにも。」
声はまだ震えていたが、その奥に確かな熱が宿っていた。
孤独に耐えるのではなく、“親と共有する覚悟”を選んだ瞬間だった。
再生した楽園の奥で、白い花々が一斉に咲き誇る。
まるで「選んだ勇気」を祝福するように。
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Ⅶ. 現実へ
遼は机に向かい、深呼吸する。
スケッチブックの1ページ目に、太字で記した。
「美大志望。作品3点を用意し、日曜19:00に親と話す。」
一息置いて、スマホを手に取る。
メモアプリには「オープンキャンパス予約」「担任へ面談依頼」と打ち込んだ。
(選ぶのは、誰の顔色でもない。——自分の心だ)
胸の奥で、静かな水音がひとつ響いた。
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Ⅷ. 鑑定の結び
「タロットクローズ。
『恋人たち』は恋の意味だけじゃない。
“選ぶ勇気”を示すカードだ。
二択に揺れるときこそ、逃げずに自分の心で決めるんだ。その選択が、必ず未来を結んでいく。——大丈夫だよ」」
しおぽん:「ぴょん!今日の合言葉は〜……きらきら星潮っ☆」
コメント欄に、星と雫の絵文字が静かに流れる。
その中に、控えめな一行。
《今日の言葉、すごく良かったよ》——レイチェル。
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Ⅸ. エピローグ:金木犀の余韻
配信を切ると、玄関ノブに小さな紙袋が掛けられていた。
中にはクッキーと、短いメモ。
「糖分。あとちゃんと寝ろ」
送り主の名はなかった。
けれど袋からふっと立ちのぼったのは、金木犀の香り。
夜風に揺られる香りの余韻が、胸のざわめきをそっと鎮めていった。
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次回予告
第8話『女教皇、静かな答え(The High Priestess)』
――外の声を止めたとき、内側からひらく扉がある。
沈黙は、真実を呼び覚ます祈り。
そしてシオンの前にあの日失われた“言葉”の残響。
沈黙の先に、シオンが本当に語るべき言葉とは?――次回、静寂の帳が試練となる。
ここまで読んでくださってありがとうございます♪
今回は「恋人たち」と「カップの3」が鍵でした。
“選ぶ勇気”と“分かち合う心”が、サタンに飲み込まれそうだった遼くんを救い、楽園に再び光を呼び戻しました。
タロットの世界では、選択は孤独なものに見えても、
本当は「誰かと分かち合う」ことで強さに変わるんだと思います。
次回はいよいよ第8話『女教皇、静かな答え(The High Priestess)』。
静寂の中に潜む真実と、“あの日失われた言葉”が浮かび上がります。
次回は火曜20時更新を予定していますので、またぜひ読みに来てくださいね!




