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TAROT BREAKER【原案・初期構想アーカイブ】  作者: 詩韻


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16/23

第16話『幼馴染と分け合う甘さ(Temperance)』

甘いのに、どこか胸の奥がざらつく——。

幼馴染・澪と過ごす“いつも通り”の午後。このまま時が止まってくれたら——。

そんな気持ちとは裏腹に幸せな世界が少しずつ、ひび割れていく。


今回は《Temperance(節制)》のカード。

甘さと苦さ、現実と夢——その狭間で揺れる心の物語。


プロローグ


——静電気のようなざらつきが、肌をかすめて消えた。


エテイヤの輪郭は、霧散する黒い糸となってほどけていき、そこに残ったのは——澪だった。

彼女は肩で息をしながら、目を瞬かせる。視界は白く、耳鳴りが微かに続く。さっきまでの記憶は、まるごと切り取られている。

胸の奥には、小さな穴がぽっかり開いたみたいな空白と、言葉にできない寂しさだけが残っていた。


「……あれ、私……何してたんだっけ」


手のひらを胸に当てる。鼓動は落ち着いているのに、心は妙に冷たい。

誰かの名前が、喉まで出かかった。けれど、こぼれる前に霧のように消える。


彼女は深呼吸をひとつ。

いつも通りの朝の支度をして、いつも通りに大学へ向かった。

だからこそ、その「いつも通り」が、どこか違って見えた。


——嵐の前の、晴れすぎた空。

澪は、自分の背にまとわりつく影に気づかないふりをした。



Ⅰ. 教室、ノートの端で


昼下がりの大教室。

蛍光灯の白が、ノートの方眼をやけにくっきりと浮かび上がらせる。


オレは、レポート課題の山に沈んでいた。

配信と編集と準備で、まとまった講義出席がぜんぜんできていない。

進捗ゼロのレポート提出日だけが、えげつない速さで迫ってくる。


「……終わらん」


ため息を飲み込んだところで、横から影が落ちた。

澪がノートを持って、オレの席の横に立っている。


「ほら、講義ノート。前回と前々回の分、まとめといたから。

 ……ほんっと、配信ばっかで単位落としたら承知しないからね」


ツン、と眉尻が上がる。

けど、ノートは可愛い付箋つきで、板書の抜けもフォローされていて、ページの角は折らないように保護テープまで貼ってある。性格、出すぎ。


「女神か。いや、女神以上だ。助かる、ほんとに」


「言い過ぎ。……でも、どういたしまして」


澪はわずかに顔をそらす。

頬に落ちる髪が、ラベンダーからブルーへのグラデーションで光を拾う。

教室のざわめきの中、ふたりだけ少し音が遠のく。


「最近、配信もさ。無理してない?」


「無理? してるよ。たぶん。でも、それが仕事だし。

 ……それに、澪がこうして助けてくれるから、ギリ保ってる」


「っ、べ、別に、あんたの保険になるつもりは——」


「あるだろ。だって“幼馴染”だし」


「言ったなぁ……」


澪は膨らんだ頬を、すぐに緩めた。

笑ってる。だけど——瞳の奥に、薄い影がある。

たぶん、オレの自意識過剰だ。そう思い込む。


「ねぇ、今日のこのあと空いてる? ノートの写経に付き合ってほしい。

 お礼に、カフェ行こう。うまいコーヒーと、罪深いケーキを奢る」


「……べ、別に。ケーキなんて、興味ないし」


「モンブランと苺のタルトがあるけど」


「行く」


反射。早い。

教室の外の風が、窓を撫でていく。

ほんの一瞬、澪が窓の向こうに目をやった。

その横顔は、夏の終わりみたいな寂しさをまとっていた。


「どうかした?」


「ううん。……なんでもない」


笑っている。

笑顔の輪郭は綺麗なのに、どこか、輪郭線の内側が空いている。


——気のせいだ。

オレは、ノートの最初のページをそっと開いた。



Ⅱ. 図書館の午後、鉛筆の音


図書館の静けさは、耳の奥でふくらんでいく。

鉛筆の先が紙を走る音と、ページをめくる音が、一定のリズムで交互に訪れる。


「ここ、教授の口頭補足。試験に出るって言ってたとこ」


澪がさらりと書き足した欄外メモを指で示す。

丸文字と読みやすいカナ、簡潔な要点。

オレが「あー」と頷くたび、澪は「ほらね」と肩をすくめる。


「シオン、さ。配信のコメントにいちいち律儀に返事してるでしょ。

 すごいけど、ちゃんと寝てるの?」


「寝てる寝てる。平均で四時間」


「それ、寝てないって言うんだよ」


ぴしゃり。

小声でも、澪のツッコミは刺さる。

だけど、その言い方が、オレの体調を気遣う角度にちゃんと落ちるのが、嬉しい。


「心配してくれてんだな」


「してないってば」


「してる」


「して……る、けど」


目を伏せた時、澪の睫毛がきれいに影を作る。

その影の端に、ほんの少し、ざらざらとしたノイズが乗って見えた。

オレは首を振って、気のせいを追い払う。


「じゃ、あと一コマ分写したら、カフェ行こう。

 今日はオレ、お金、たくさん持ってきた」


「ふーん。じゃあ——“あれ”頼んじゃおうかな」


「“あれ”?」


「季節限定、シャインマスカットのパフェ」


「破壊力。財布にも、心にも」


「へへ。大丈夫、私、半分こしてあげるから」


そう言って舌を出す。

いつもの澪だ。

その「いつも」を、オレは心から大切だと思った。


——なぁ、澪。

もし、オレが別のどこかで、別の名前を持って戦っているとしても。

こうやって笑ってくれるおまえを、ちゃんと守りたい。

そう思うのは、ただの大学生の分際で、傲慢だろうか。


オレは、余計なことを心から追い出すみたいに、鉛筆を握り直した。



Ⅲ. カフェ、窓辺の席


放課後の街に、オレンジの影が伸びる。

ガラス張りのカフェの扉を開けると、焙煎の香りが胸に落ちた。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


窓際の二人掛けに腰を下ろす。

メニューを覗き込む顔が近くて、澪は鼻先をぎゅっと小さくした。


「ねぇシオン。これ見て、見て。ほら、パフェ……」


「目がキラキラしてる」


「してない!」


「してる」


「して……る、けど」


さっきと同じやり取りに、ふたりで笑った。

注文を済ませると、窓の外をゆっくりと人の影が過ぎていく。

ランチとディナーの狭間の時間、店内はほどよく空いている。


やがて、目の前に運ばれてきたのはドリンクと——大きなシャインマスカットのパフェ。


「ちょ、澪……それ本当に頼んだのか」

「な、何よ! 別にシオンに遠慮する理由ないでしょ!」

「いや、別にいいけどさ……」


スプーンを手にした澪は、真っ赤な顔でふくれっ面のままパフェを突く。


「……べ、別にシオンのためにノート貸したわけじゃないんだから。ほら、ちゃんと勉強に役立てなさいよ」

「おぉ〜ありがとな。澪はやっぱ頼りになるな」

「……っ!? な、なによそれ……へ、変なこと言わないで!」


(顔を真っ赤にして、ストローをかじる澪。)


「え?なんか怒った?」

「怒ってないってば!/// ……ただ、そういうの……簡単に言うなっての!」

「???」


沈黙のあと、澪はスプーンを口に運びながら、ふと小さく呟いた。


「……でも……ありがと」

「ん? 何か言った?」

「な、なんでもないっ!」


シオンは首をかしげるばかりで、その心の機微にまったく気づかない。



「で、レポートは? タイトルは決まったの?」


「『社会的共同体における相互扶助の——』」


「長い」


「……『みんなのための、ひとり。ひとりのための、みんな』」


「それ、多分どっかで聞いたやつ」


「うん。どっかで聞いた」


オレは笑って、ストローの紙を指先で千切る。

ストローを紙から引っこ抜くとき、ぴゅっ、という音がして、澪が吹き出した。


「もう、子どもか。ねぇ、ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、ちゃんと大学来て」


「お母さんか」


「幼馴染です」


言い切る声音が、すこしだけ震えた。

その震えは、オレの胸に、小さな鉛玉を落とす。


「……どうした」


「ううん」


即答。

けれど、その即答の速さが、逆に心配を増すのだと、澪は知っているだろうか。


透明なグラスに、光が屈折して、果実の緑が宝石みたいに見える。

澪はスプーンで一口すくって、目を閉じた。


「しあわせ」


「良かった」


「でも——」


「でも?」


「なんでもない」


彼女は、もう一口。

口の端にクリームをつけたまま、窓の外に目を凝らす。


「……なんでかな。すっごく満ち足りてるのに、

 この幸せが、ほろほろ崩れちゃいそうな気がする時がある」


「それは、パフェが儚いからだ。大丈夫、口に入れれば崩れない」


「ロマンないなぁ」


「現実主義者なんで」


「……ほんとはさ」


と、澪が言いかけて、言葉を飲み込む。

グラスの外側を伝う水滴に、照明が反射して揺れる。


「「はぁ……やっぱ疲れた時は甘いもんだね」

澪はパフェをぱくりと口に入れ、ふわっと笑った。


オレはブラックコーヒーを啜って、苦みで顔をしかめる。

「オレは甘いの苦手なんだよな。澪ってほんと砂糖ばっかりじゃん」


「失礼な。……でもさ、甘いのと苦いの、両方あるからバランス取れるんだよ」

澪がちょっと得意げにフォークを立てる。


「なるほど。タロットでいうなら《節制》だな。違うものを混ぜて調和させるカード」

オレがさらっと口にすると、澪の手がぴたりと止まった。


「……ふーん」

わざとそっけない声。けどその目は、ほんのり潤んでいる。


「ん? どうした?」


「べ、別に。……じゃあ、そのカード的には、私とシオンもそうってこと?」

澪は視線を逸らしながら、ストローをいじる。


「んー? まあ、そうかもな。オレが苦い方で、澪が甘い方で」

オレは何の気なしに笑った。


その瞬間、澪の頬が一気に赤く染まる。

「なっ……! バ、バカじゃないの!? 誰が甘いのよ!」


「え? いや、甘党って意味で……」


「もういいっ!」

澪はツンと顔を背ける。でも耳まで真っ赤。


オレはきょとんと首をかしげる。

「……怒った? カフェ代オレが出すから機嫌直せよ」


「そ、それくらい当然でしょ。レポート写させてあげてるんだから」

澪は小声で呟く。けれどその口元は、抑えきれない笑みが浮かんでいた。



澪は笑う。

笑顔の形は正しい。だけど、その内側で小さな欠片が落ちていく音がした。

拾おうとしても、透明すぎて指からこぼれる。


「ねぇシオン」


「ん」


「私、あんたのこと、信じてるよ。

 でも、たまに——わからなくなる。

 配信の向こうの“シオン”と、目の前の“シオン”が、同じ人なのか」


オレは、息を吸って、吐いた。


「同じだよ。オレはオレ。

 配信の時も、大学の時も、澪といる時も。

 ただ、画角が違うだけだ」


「画角」


「そう。どっちが正面か、とか、照明が強すぎるか、とか。

 本当は、同じフィルムに写ってる」


「……ふふ。例えが、シオンっぽい」


澪はカップを持ち上げ、ひと口。

それから、ふてぶてしくスプーンをこちらへ突き出した。


「半分こ、するって言ったよね」


「言った。約束は守る男です」


スプーンで掬う果実は、甘く、少し酸っぱく、口の中でぱっと弾けた。

オレは、ほんとうに、こういう時間が好きだ。

世界が、ゆっくりに見える。


店の奥のテレビで、地域ニュースが無音で流れている。

テロップには「昨夜、市内で一部停電」「原因は調査中」。

カメラが映す暗い街角に、気づいた人は少ない。


「ねぇシオン。

 “ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために”って、

 ただの言葉じゃなくて、誰かの合図みたいに感じるとき、ない?」


「ある。あるけど——」


「けど?」


「合図が鳴っても、パフェは食べる。

 幸せは、後回しにしない方がいい」


「……そだね」


澪は笑った。

今度は、さっきよりも、ちゃんと笑って見えた。

それだけで、救われる気がした。


——そして会計時。


「……えっ!? このパフェ、千五百円!?」

「え? あ、あたし知らなかったし!」(視線を逸らしつつ、口元はニヤニヤ)

「うそだろ……これ毎週は破産するな……」

「ふふっ、じゃあ次もシオンの奢りね♪」


店を出る二人。

夕暮れに染まる通りを並んで歩くその姿は、どこにでもいる普通の大学生のように見えた。


——この時間が、永遠に続けばいいのに。心の奥の虚しさが、そう呟いていた。



Ⅳ. 秘密基地、黒い水面


同じころ。

地図にも記録にも残らない地下の空洞で、KAGARI_Δは立っていた。


円形のホールの中心に、巨大なガラスの柱がそびえる。

中には、夜の湖のような、黒い液体。

ゆっくりと渦を巻いて、底なしの井戸みたいに見える。


「貯蔵率、32%」


無機質な声が、天井から降る。

細かな管と配線が、柱の中心へと収束し、微かな光点が緩やかに流れ続ける。


KAGARI_Δは、指先でガラスの表面を叩いた。

コン、という硬い音。すぐに、鈍い低音に吸い込まれる。


「まだ足りん。だが——美しい」


黒の水面には、取り込まれた“光”が星座の断片みたいに浮かび上がっては、沈む。

ひとつひとつが、誰かの叫び。誰かの願い。誰かの、祈り。

それらはやがて、ひとかたまりのエネルギーに整形され、鎖状の魔法陣を開いて、本体へと“転送”されていく。


「ジェミニ。双子の刃、か」


KAGARI_Δは笑わない。

ただ、計算する。

未知は、いつも最短距離で恐怖より先に興味へ到達する。


「次の計画に移行。結晶の回収ラインを増設。

 ——そして、鍵」


壁面に薄く浮かぶホログラムに、澪のシルエットが滲んだ。

輪郭は静かに明滅する。


「鍵は、すでに私の掌の中にある」


音もなく、黒い水面の渦が、わずかに速度を上げる。

小さな光が、ひとつ、沈んだ。



Ⅴ. 窓辺の夕暮れ、嵐の前に


「ごちそうさまでした」


店を出ると、空は薄い桃色に傾いていた。

街路樹の葉が揺れて、道路の白線がやさしく光る。


「ほら、レシート。ちゃんと取っときなよ」


澪がオレの手に、折り畳まれたレシートを押しつける。

なんで、と思って開くと、端っこに小さく、丸い文字で書いてあった。


《つぎも、いっしょに。》


「……反則」


「べ、別に深い意味はないからね! ほら、期日までにレポート終わらせること。

 付き合ってあげるから」


「ありがとう」


「どういたしまして」


横断歩道の信号が青になる。

ふたりで歩き出す。

隣に並ぶ影が、同じ速さで伸びて、同じ形で揺れる。


「なぁ、澪」


「ん?」


「オレさ、やっぱ——」


言いかけた言葉は、すぐ隣で笑う彼女の横顔にほどけた。

今は、これでいい。

この普通を、ちゃんと好きでいられることが。

それが、たぶん、オレがオレである証拠だ。


澪が、風で乱れた前髪を耳にかける。

ラベンダーとブルーのグラデーション。

光を受けて、ほんの少しだけ、星の欠片みたいに瞬いた。


「じゃ、明日。図書館前、十時」


「了解」


「遅刻、禁止」


「守る」


「ほんとに?」


「ほんとに」


澪は、ふわりと笑った。

オレも、笑った。

ふたり分の笑顔が、ガラスに映って重なった。


——その頃、地の底では黒い水面が、またひとつ光を飲み込んだ。

世界は、静かに、音もなく、次の段階へ進んでいく。


けれど今は、まだ。

窓辺の夕暮れは、やさしくて、あたたかい。


嵐の前の静けさの中で、

オレと澪は、ただの大学生として並んで歩いた。


そして、笑った。



次回予告


次回、第17話『届かぬ光、掴むための決意(The Sun)』

暗がりに浮かぶエテイヤの微笑み。

「シオンくん……♥ 私にぜ〜んぶ委ねなよ♡ ほら……♥」

甘く、官能的な囁きに揺れる心。日常と占い師としての責任の間で、手を伸ばす先は光か、影か。


セレフィーズの皆んな、第16話を最後まで読んでくれてありがとう。


今回は、シオンと澪の“幼馴染の日常”をぎゅっと詰め込みました。

ツンとデレの絶妙バランス、そして《節制(Temperance)》の象徴である「甘さと苦さ」の調和。

今は笑ってパフェを分け合うふたりですが、その均衡が崩れる時──物語は大きく動き出します。


次回、第17話『届かぬ光、掴むための決意(The Sun)』。

シオンの心に“影”が差し込みます。ぜひお楽しみに。


ブクマ&応援が、星の物語を紡ぐ力になります。

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