第11話『愚者、すれ違う想い(The Fool)』
――同じ星を見上げても、そこに映る心は重ならない。
「幼馴染」という言葉が、澪には甘くも苦しい鎖となり、胸を締めつけていく。
幼き日に交わした《愚者》の約束。
それを胸に抱き続ける澪と、すっかり忘れてしまったシオン。
二人の想いは噛み合わず、それでも運命の歯車は音を立てて回り始める。
――同じ星を見上げても、心はもう重ならない。
「幼馴染」という言葉が、絆であり、同時に鋭い鎖となって二人をすれ違わせていく。
Ⅰ. レイチェルの相談
夜更けの配信ルーム。
コメント欄の隅に、ひとつの名前が浮かんだ。
【レイチェル】大切な人がいます。その人が、私をどう思っているか占ってください。
「……大切な人、か」
シオンは小さくつぶやき、口元に微笑を浮かべた。
「いいね。じゃあ占ってみよう」
画面の向こうで澪は、スマホを震える手で握りしめていた。
(レイチェルのアカウント名……気づかれてない、よね?
でも、もしバレたらどうしよう……。
それでもいい。私は、どうしても知りたい。シオンの気持ちを……)
指先が汗ばみ、画面に滲む。
心臓は早鐘のように打ち続け、喉がひりつくほど乾いている。
——幼馴染。
その言葉は、私にとって一番うれしい呼び名で、一番苦しい鎖でもある。
(私はずっと、それ以上の想いでシオンを見てきた。
シオンはどう思ってるの? 私のことを……本当に)
「お願い……せめてカードの声で、教えて……!」
昨日、2人で見た彗星の光。
あの瞬間から、忘れていたはずの記憶が次々と胸に甦った。
——「満月の夜、また聞かせて」
幼い頃に交わした約束。シオンが話してくれた【星の国】の物語。
どうして今まで忘れていたんだろう。
あんなにも鮮やかで、私にとっては宝物のような思い出なのに。
シオンも……私と同じで、思い出せていないの?
(でも私は知ってる。あの日からずっと、私はシオンを特別だと思ってきた)
特に記憶を思い出してから、その想いは止められなくなっている。
抑えてきた気持ちが、もう胸の中では収まりきらない。
だから私は——レイチェルのアカウントに願いを託した。
「……お願い。真実を教えて。カードはきっと嘘をつかないから……!」
⸻
Ⅱ. 2人だけの秘密の場所
シオンの指先がカードを丁寧に切り、机の上に並べていく。
静かな空気が流れる。
やがて一枚をめくった瞬間、彼の瞳がわずかに揺れた。
「……《愚者》か。」
(……やっぱり、このカードか。何となく引く前からそんな気がした。【あの夏の日】と同じ……。)
シオンはわずかに視線を伏せた。
《愚者》。無垢なる旅人。
自由と無鉄砲を併せ持ち、過去の鎖に縛られず未来へ一歩を踏み出すカード。
シオンは低く、しかし確かに響く声で言葉を紡ぐ。
「愚者は、始まりを告げるカードだ。
無謀に見えても、純粋な一歩を信じて進む勇気を示してる。
大切な人も……君と同じように迷ってる。けど、一緒に進みたいって思ってる。」
——その瞬間、澪の胸に稲妻のような記憶が走った。
(愚者……!あの日と同じ……!)
⸻
*
小学校四年生の夏。
裏山の獣道を抜けた先に、小さな祠があった。
苔むした石段、崩れかけた屋根。
誰も祀らなくなったその場所は、人目を避ける子供たちにとって格好の秘密基地だった。
「ここ、オレたちだけの隠れ家な!」
胸を張るシオンに、澪は声を上げて笑った。
祠の中、埃を被った石の台座に腰を下ろしながら、シオンは古びたカードを取り出す。
「占ってやるよ。澪の未来!」
「ほんとに当たるの?」
「当たるさ。カードは嘘つかない。」
得意げな横顔が、夕暮れの光に照らされていた。
澪はその瞬間の光景を、心の奥に焼き付けた。
シオンが引いた一枚。
それが——《愚者》だった。
「愚者……?」
「新しい旅の始まり、大切な人と一緒に歩き出すカードだ。」
その言葉を聞いた途端、胸に小さな炎が灯る。
「……じゃあ、シオンと一緒ってこと?」
シオンは少し照れながら笑って答えた。
「そ…そうかもな!」
その一言が、澪の初恋だった。
——けれどあの祠には、小学校を卒業して以来、二人とも行っていない。
今は取り壊しのため立入禁止になっていると聞く。
だから澪の中で祠は、記憶の中にだけ残る永遠の秘密基地になっていた。
*
⸻
Ⅲ. 突きつけられる現実
現実に戻ると、画面越しにシオンが微笑んでいた。
「愚者は“関係に囚われず、自由に進め”って意味でもある。
幼馴染とか、肩書きに縛られる必要なんてないんだ。」
——幼馴染。
澪の胸に、鋭い痛みが走った。
(……やっぱり。シオンにとって私は、ただの幼馴染なんだ……)
心臓がはち切れそうだった。
(シオンはあの祠の記憶さえ、全部忘れてしまった)
心の奥で、大切に抱き続けてきた思い出が、音を立てて崩れていく。
まるで古びた祠の屋根が瓦ごと崩れ落ちるように、澪の心の支えが粉々になっていった。
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シオンは何も気づかずに、言葉を続ける。
「不思議だな。レイチェルさんの言葉、なんだかオレの幼馴染を思い出すよ。
強がりばかりで、でも本当は……誰かに支えてほしいやつなんだ。」
その声は優しい。
だからこそ、澪には残酷に響いた。
(違う……私は……ずっとあなたを見てきたのに……。
あなたにとって私は“ただの幼馴染”。
でも私にとって、あなたはずっと——【特別な人】なの……)
胸が裂けるように痛い。
この気持ちを言葉にしたら、きっと壊れてしまう。
幼馴染という“安全な関係”のままなら隣にいられるのに、シオンへの想いを口にした瞬間、永遠に失ってしまう気がした。
(どうして……。
どうして、同じ思い出を分け合ったのに……。
どうして、私の想いとシオンの想いはこんなに違うの……?)
涙が滲み、画面が揺れる。
シオンの笑顔は霞んで、掴もうとした光は遠のいていく。
(お願い……気づいて。
“幼馴染”なんかじゃない。
私は、私は——)
声にならない心の叫びが、胸の奥でちぎれるように響いていた。
⸻
Ⅳ. 澪の絶望
「タロットクローズ。大丈夫だよ。」
シオンの締めの言葉。
いつもなら胸を温めてくれるはずのその声が、今夜は鋭い刃のように突き刺さった。
——大丈夫じゃない。
私はこんなに好きで、苦しくて、届かなくて。
声を押し殺すたび、喉が焼けるように痛んだ。
澪はスマホを閉じると、そのままベッドに倒れ込んだ。
枕に顔を押しつけた途端、堰を切ったように涙が溢れ出す。
「……違うよ、シオン……幼馴染なんかじゃない……私は……」
声にならない嗚咽が、暗い部屋にこだました。
息が詰まるほど泣いても、心の空洞は埋まらない。
——思い出してほしかった。
二人だけの祠のことも、あの日の《愚者》のカードも。
シオンは全部、忘れてしまったんだ。
私にとっては一生の宝物なのに、シオンにはただの昔話でしかなかった。
(やっぱり……特別なのは、私だけだったんだね……)
涙で濡れた枕が冷たく肌に張りつく。
⸻
カーテンの隙間から月の光が差し込む。
満ちていた月は、すでに少し欠けていた。
その冷たい光に照らされて、澪の影が壁に大きく伸びる。
影はやがて、ゆらりと揺れた。
それは澪自身の心の奥から溢れ出す闇のように見えた。
——その声が聞こえる。
『どうせ、幼馴染としか思ってない』
『特別なんかじゃない』
『信じたら、また傷つくだけ』
耳を塞いでも止まらない。
その声は誰でもない、澪自身だった。
(消えてしまいたい……でも、消えたくない……!
もし“幼馴染”という鎖しか残らないなら、いっそ——)
涙に濡れた瞳の奥で、光がふっと途切れる。
——運命の歯車は、静かに回り始めた。
澪の心を、闇の方角へと導きながら。
⸻
Ⅴ. シオンの余韻
配信を終えたシオンは、イヤホンを外して大きく息を吐いた。
「ふぅ……今日も結構しゃべったな」
モニターにはもう誰もいないコメント欄。
だが最後に流れた【レイチェル】の文字だけが、頭から離れなかった。
「レイチェル、ね……」
呟いた瞬間、胸の奥に微かなざわめきが広がる。
その言葉の響きが、どうしても“幼馴染”と重なってしまうから。
「……なんか、澪に似てるよな」
「もし澪だったら……どうして俺に“レイチェル”なんて名前で相談したんだ?」
「まさか、そんなはずない。でも……」
気づけば口にしていた。
あの真剣さ、隠しきれない不安、でも強がりで……。
どこかで見たことがある、幼馴染の影。
(いやいや、まさかな。澪が配信なんて見るわけないし……)
首を振って苦笑する。
だけど心のどこかで、否定しきれない感覚が残っていた。
「……もし澪だったら。あいつ、今どんな気持ちでいるんだろうな」
答えのない問いを、シオンは一人つぶやく。
モニターの黒い画面に、自分の顔がぼんやりと映っていた。
——すれ違う想いが、確かにそこにあった。
⸻
Ⅵ. 闇の視線
モニターの画面に映る、レイチェルのコメント。
そのコメントを、冷たい光の中でじっと見つめる影があった。
「……崩れ始めたな」
低い声が、暗闇に溶ける。
KAGARI_Δ。
黒いフードに隠された口元が、不敵に歪んだ。
「愚者に縛られた心。あの程度の言葉で揺らぐとは……。
次に落ちるのは——お前だ、澪」
「既に“鎖”はおまえの中で芽吹いているのだ。
影は甘い涙を餌に肥える。……美しい獲物だ、澪」
カチリ、と机の上の端末を閉じる音。
その瞬間、画面の光が闇に吸い込まれる。
残されたのは、不気味な笑みだけだった。
——誰も知らぬところで、澪はすでに狙われていた。
⸻
次回予告(第12話)
——涙の夜。
澪の心に巣くった影は、やがて彼女自身を蝕んでいく。
それは鎖。
見えないほど強く絡みつき、自由を奪い、欲望を煽る。
引き当てられたカードは——《悪魔》。
束縛と依存。
そして、逃れられない誘惑。
「大切な人を傷つけたくない」
そう願う澪の想いさえ、黒き力に絡め取られていく。
知らぬまま立ち向かうシオン。
彼の前に現れる“敵”の正体は——。
第12話『悪魔、囚われの鎖(The Devil)』
——その囚われは、恋か、それとも呪いか。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
第11話は「すれ違い」を描いた回でした。
シオンにとっては“幼馴染”。
澪にとっては“特別”。
同じ記憶を分け合った二人なのに、想いは少しずつ噛み合わず、闇が近づいていきます。
次回は《悪魔》。
束縛と依存、そして快楽の鎖が澪を襲います。
物語はさらに深い領域へと踏み込んでいきますので、ぜひお楽しみに。
✨もし「続きが気になる」と思っていただけたら――
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「セレフィーズ」の仲間として、あなたの一票が運命を動かす力になるんです。
どうか一緒に、この物語を見届けてください。
【次の更新は 木曜日20時予定】




