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第8話:疲れた肉体 ~ついに!俺の武器だ

ヴァナの目は、糸のように伸びる小道の先にある小さな村まで続く紫色の霧を捉えていた。その霧から漂う腐った肉の濃い匂いも、彼女の鼻を突いていた。彼女はその小さな村を指差した。


「この事件の元凶は、あそこにいるわ。」


クロサワは肩をすくめて、ため息をついた。


「一時間で到着するのは無理だな。あそこに着いたとして、衛兵に見つかれば俺たちが犯人扱いされる。そんなリスクは負えない。」


ヴァナは勢いよくクロサワの襟元をつかみ、自分の方に引き寄せた。


「何を馬鹿なこと言ってるの?犯人はあそこよ!あそこにいるのよ!」


クロサワは無表情で彼女の目を見つめながら答えた。


「俺たちもここにいるんだ。」


ヴァナは涙ぐみながらクロサワの瞳をじっと見つめたが、結局、どうしても間に合わない現実を受け入れるしかなかった。うつむきながら、小さく「イヤだ、イヤだ……」と泣き続けていた。


クロサワは若きエルフを腕でそっと抱きしめた。


俺だって、こんなことをした奴をぶっ殺してやりたいさ。くだらねぇ連中め。自分の好きなキャラになりきった気で好き勝手しやがって。でも、感情に任せて暴れるわけにはいかねぇ。もっと力をつけなきゃな。


「なあ、ヴァナ。お前は魔力の匂いを嗅ぎ分けられるんだよな?」


「またあいつに会えたら、すぐにわかる。」


理解が早い。やっぱり、こいつは俺のそばに置いておくべきだ。


クロサワはヴァナの両肩に手を置いて、彼女と目線を合わせる距離まで離した。


「そろそろ出発するか?魔族の領域に向かわないと。」


ヴァナは涙を拭い、鼻をすすって小さくうなずいた。


「うん。」


クロサワは彼女の手を取り、ヴァナのナイフで地面に縫い付けられていた老人の傍を通り過ぎて、事件の現場から離れていった。白い炎を纏った骸骨馬たちはとっくに姿を消しており、何の痕跡も残していなかった。彼らが振り返ると、地面には馬車の車輪の跡だけが残っており、蹄の跡すら見当たらなかった。


ネクロン……お前みたいに、わざと悪役を選ぶ奴は一番やられやすい。自信満々なんだろう?いいさ、その自信をぶち壊してやる。


二人は道を静かに歩いていた。月明かりと星の光が、夜の闇の中でわずかに前方を照らしてくれていた。ヴァナは恥ずかしげもなくクロサワの手を握りしめながら歩いていた。今、彼女の胸の中にはただ一つの想いだけがあった。


そうよ、クロサワ。そのまま私に恋して。弱くて綺麗なエルフの少女に恋して。そうすれば、誰よりも私を信じるようになる……


夜が更けていく中で、クロサワのまぶたは重くなり始めていた。ちらりと隣を見たとき、まだ手をつないでいることに気づき、慌てて手を引っ込めた。


どんだけ長く手つないでたんだよ……


ヴァナは驚いた表情でクロサワを見たが、すぐに視線を逸らした。


「ごめんなさい……嫌だったとは思わなかったの。ほんとにごめんなさい。」


クロサワは胸を張り、わざと声を低くして言った。


「一度きりのミスなら許そう。だが、次はないぞ。」


ヴァナは大袈裟なほど大きな声で、


「申し訳ありませんでした!どうかお許しを!」


と叫んだ。


クロサワはあまりの突然の大声に面食らった。


「え、えっと……」


ヴァナは彼の驚いた顔を見ると、大きな声で笑い出した。


「ハハハ!まさか本当にそんな風に謝ると思ったの?クロサワって、ほんとに人を笑わせる才能あるわよ。特にあの低い声出したとこ、最高に面白かった!アハハ!」


クロサワは落ち着いた、小さな笑みを浮かべながら、くすくすとヴァナの笑いに合わせて笑った。


俺のカッコつけた声がそんなに面白いかよ……そうかよ……ああそうかよ……このクソ女……!


「ヴァナ、正直眠いんだが……どこで寝れそうかな?」


ヴァナはあたりを見渡した。前方には曲がりくねった小道、草原のような空き地、そして数キロ先にぽつんと見える宿屋があるだけだった。彼女はその先を指差した。


「そこに宿屋がある。そこに着いたら寝なさい。」


クロサワは彼女の指す方角を見たが、目を細めてもその場所がはっきりと見えなかった。


「えっ?あれ、そんなに近くないよな?」


「あなたの目から見ればね。とにかく、少し頑張って歩きなさい。着いたら、ぐっすり寝られるわ。」


「そうだな……」


クロサワの目は次第に閉じる時間が長くなっていった。足取りも重くなり、最後には完全に目を閉じてしまい、そのまま前に倒れかけた。その瞬間、ヴァナが彼の脇を抱えて、ゆっくりと地面に下ろした。


「人間って、本当に弱い生き物ね。まあ、行きましょうか。」


ヴァナはクロサワを右肩に担ぎ、宿屋まで運んでいった。


辺りは真っ白だった。温もりが全身を包み、胸の奥に覚えのある感情が湧き上がってきた。この何も存在しない白い空間には、どこか懐かしさがあった。


「すっかり慣れてきたみたいね、勇者さま。」


「この声……どこかで……」


顔を上げると、赤い唇をヴェールの下からのぞかせ、微笑む巨大な女性が立っていた。彼女はヘナリアだった。だが今回の彼女は、全身を白いドレスで包んでおり、胸元には大胆なスリットが入っていた。


「これは……奇妙だな。ここはどこだ?また戻されるのか?」


ヘナリアはため息をついた。


「あなたっていつもそうね。せっかちで、率直。今日はご褒美をあげに来たの。毎回夢に出てくるわけじゃないわよ?ただ、あなたがレベル50に達し、初の勇者を倒してその心臓を手に入れたことを祝福しに来たの。おめでとう!初めての勇者、討伐完了ね。これからもその調子で。」


「ありがとう。……それだけか?ご褒美とか、何か他にないの?」


ヘナリアのヴェールが軽く風に揺れ、優しい笑みがもう一度現れた。


「やっぱり、あなたを選んで正解だったわ。いずれ他の神たちもそれを認めるはず。そしてもう一つ、贈り物があるわ。」


「新しいスキルか?」


「もちろんスキルよ。でもね、あなたのアバターは魔族の種族だったわよね?しかも、特定の職業を選ばずに、初期の“汎用クラス”でずっとやってきた。何かに特化せず、何でもできるけど何も極めていない、そんなクラス。それでここまでやってのけたのは見事だったわ。でも……その力はこの世界には持ち込めない。あなたは魔族ですらないから。」


クロサワは軽くため息をつきながら、納得したように頷いた。


「まあ、確かにな。」


「だからね、スキルじゃなくて、あなたの持ち物のいくつかを渡すことにしたの。」


「いいね!どのアイテム?」


ヘナリアの方を見た瞬間、強烈な眠気が襲ってきて、意識が暗闇に沈んでいった。最後に耳に届いたのは、彼女の囁くような声だった。


「目覚めたらわかるわ……」


枕元の木製の小さな棚に置かれたガスランプの匂いが鼻をついた。顔の左側、かなり近い位置にそのランプがあり、まぶしくて左目を細めなければならなかった。クロサワは上体を起こし、体を横にひねって足を床に下ろした。ベッドは硬く、シーツは一応清潔に見えたが、どこか汗の匂いが染みついていた。ぺらぺらで全く心地よくない枕に目をやると、何かの上に寝ていたことに気がついた。


それは――赤い宝石が嵌められた指輪と、グリップがサイの角でできた.44マグナムだった。


クロサワは指輪を左手の人差し指にはめ、銃を右手に持った。.44マグナムは全体が赤く染まっていたが、グリップ部分には赤い血管のような模様が走り、角の自然な色合いはそのまま残っていた。グリップの先端は角のように尖っていた。


「無機物を操る“マルバスの指輪”、そして幽霊を含むあらゆる存在を殺すことができる唯一無二の武器、“アバドンの息吹”。……ヘナリアも思ったほど悪くないのかもな。」


クロサワが銃をいじっていると、部屋にヴァナが入ってきた。彼女の瞳孔が一気に開いた。


「その武器……どこから出てきたの?」


クロサワは肩をすくめながら答えた。


「昔使ってた武器さ。ヘナリアがスキルは持ってこれないって言うから、代わりにこれをくれたんだ。」


ヴァナは言葉を失っていた。


ほぼ私と同じくらいの戦闘力……。それでいて、まだスキルは一つも持っていないというの?冷静沈着で、何をしているか完全に理解してるタイプ。……危険人物に成長し始めてるわね。


クロサワは立ち尽くしているヴァナに声をかけた。


「座ったらどうだ?なぜ立ちっぱなしなんだ?」


ヴァナは彼の向かいのベッドに腰を下ろした。


「……本当に、全然快適じゃないわね、このベッド。」


「で、どこに行ってた?」


ヴァナはブーツを脱ぎ、裸足でベッドに体を横たえながら答えた。


「中立地帯へ向かうキャラバンがあるかを調べてたわ。運よく、あったの。……まあ、いきなり“魔族領域に行きます”なんて言えないからね。」


「なるほど。顔はちゃんと隠してたんだろうな?で、金は?なんで同じ部屋なんだ?」


ヴァナは深いため息をつき、クロサワに背中を向けた。その腰のくびれとハート型のような引き締まった尻は、ズボン越しでもはっきりとわかるほどだった。


「あなた、金なかったでしょ?だから私が払ったのよ。この部屋が気に入らないなら、自分で別の部屋を取って。」


「……それで、このガスランプが俺のど真ん中にあるのは?」


ヴァナはベッドの上で膝立ちになり、ランプを自分の側に引き寄せた。


「これでいい?もう黙って寝ましょう。それと、その銃……見せびらかすような真似はしないでね。」


ヴァナは再び背を向けた。そのため、クロサワの目に浮かんだ誇らしげな笑みを見ることはなかった。


……嫉妬したな?そうだろ、ヴァナ。お前にはなくて、俺にはある……って思ったろ?フフフ……!


クロサワは清潔とは到底思えないシーツの上に、仰向けに寝転んだ。薄っぺらな枕からは、マットレスの硬さがそのまま伝わってきた。だが、彼は満足していた。ようやく、自分の力を安心して試せる“保険”――指輪と銃を手に入れたのだから。


勇者を倒す以外でレベルを上げる方法を見つけないとな……。ネクロン、早く出てこいよ。


クロサワは銃を枕の下に隠し、目を閉じた。眠ってはいなかった。周囲の気配に耳を澄ましていた。ドアの向こう、敷居のあたりから誰かの呼吸音が聞こえる。


これは……ヴァナにも聞こえてるはずだ。でも、何もしないってことは……。何か理由があるんだろうな。なら、俺も無視しておこうか。


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