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第7章:ヴァナの過去 〜歩み続ける老人〜

エルフたちは大陸の最南端にある森林に住んでいる。彼らは人間よりもドワーフとの交易を重視していた。だが、魔王が海から上陸してエルフたちを襲撃して以来、神々はこの世界に勇者たちを送り込むようになった。


最初のうちはすべてが順調に見えた――魔王が倒されるまでは。だが魔王の死と共に「地獄の門」が開かれた。


勇者たちは門を封印するために地獄へと足を踏み入れた。そして封印には成功したが、彼らの何かが変わってしまった。


最初に異変を見せたのは、四大元素を操る能力を持つ一人の勇者だった。彼はエルフの村々を襲い、エルフの女性たちを捕らえ始めた。王国はこの事件を知っていたが、勇者には「不可侵権」があったため、手出しできなかった。


だから私は、王国の宝物庫から古代の魔物の血が入った瓶を盗み、それを飲んだ。そして当然のように、それが発覚して逃亡の身となった。


ヴァナは森の端に近づいていることに気づいていたが、あえて黙っていた。


「王国の宝物庫に忍び込めるほどの隠密技術があるとは思えないな。もしかして王様の娘だったりするのか?」


ヴァナは軽く笑みを浮かべながら答えた。


「昔はね。でも今は……ただの裏切り者よ。」


「じゃあ、お前を追ってるあのダークエルフたちは……エルフの王の命令か?」


彼女はかぶりを振って否定し、横目でクローサワを見た。


「私の話はそれだけ。ダークエルフたちから逃げて、生き延びようとしてるだけ。――あなたの話は?」


クロサワは手を頭の後ろに組み、少し空を見上げた。枯れた枝の隙間から澄んだ青空が覗いていた。


「気づいたらヘナリアの目の前にいたんだ。あの女神が言ったこと、全部が全部本当じゃなかった。例えば、俺の前に誰も召喚されてないとかさ。あと……“魔王”ってやつ。今この世界に本当に存在するのか?」


ヴァナは興味深そうにクローサワの話を聞いていた。


「せっかく手に入れたものが、突然すべて奪われたら……それは、我慢ならないわよね。」


彼女は何も言わずに前を向いたままだったが、心の中で思った。


……もしかしたら、ここにいること自体、あなたが苦しんだことへの“報い”なのかもしれない。


森を抜けた先には、下り坂のように傾いた五十メートルほどの小道が広がっていた。その道は浅い川へと続いており、川の向こう側には平坦な草原、小道、花々、ウサギ、そして無数の虫たちがいた。


クロサワは肩を落とし、小道を歩き始めた。


「やっと水だ。こんなに色々あった後だし、ちょっと水でも飲んで落ち着きたいな。」


ヴァナはエルフの目を活かして周囲を警戒した。何も見つけられなかったが、不安は拭えなかった。


一方、クローサワは川のほとりまで這って進んだ何かの痕跡を、赤みがかった色で確認していた。しかもその痕跡は川の中にも続いていた。


……川底に身を潜めたのか。こうやって獲物を待ち伏せするタイプの魔物か? まあいい、これを使ってヴァナの信頼をもっと勝ち取ろう。


まるで何も気づいていないかのように、川へ手を伸ばし水をすくって飲んだ。そしてもう一口――その瞬間、川から何かが飛び出し、彼の顔めがけて長くて広い口を開けて飛びかかってきた。


だが――その魔物の身体は口元から一瞬にして真っ二つに裂け、死骸はクローサワの膝の上に落ちた。


気づけばヴァナがすぐ隣に立っていた。彼女が仕留めた魔物は、ヒレの先端に爪を持った巨大なスズキのような姿をしていた。


……ヴァナがこの魚を斬ったの、まったく見えなかったぞ。


「へっ? マジかよ……すごいな。助かった。」


クローサワが呆然としながら礼を言うと、ヴァナは肩をすくめ、血のついた手を一振りして水に飛ばした。


クッソ……かっこよすぎだろ……俺もそんな技、使いたい!


「お前、手をまるで剣みたいに使えるのか?」


ヴァナは微笑んだ。


「誰にも言わないでね? 本当は使っちゃいけない技なの。」


クロサワはため息をついて立ち上がった。


「禁止技とか馬鹿馬鹿しいが……まあ、お前の人生だしな。好きにしろ。さて、そろそろあの道に戻るか。もしかしたら馬車が通るかもしれないし、国境近くまで乗せてもらえるかもな。」


二人は川の対岸へと難なく跳び越えた。馬車が二台並んで通れるほどの幅広い道に出たため、並んで歩くには十分だった。二人は、いつか馬車が通りかかることを期待して、何時間も歩き続けた。


夕方になると、空は鮮やかなオレンジ色に染まっていた。クロサワとヴァナは、ひたすら歩き続けていた。クロサワは絶望のまなざしを空へと向け、目を閉じて周囲の音に集中した。


「カッポカッポ」

この音は……?


音の方向へと振り向くと、二頭の馬が引く馬車がこちらに向かってきているのが見えた。彼が何かしようとしたその時、ヴァナが手を上げて大きく振り始めた。


「すみません! お願い、乗せてください!」


木樽でいっぱいの、天幕のかかった馬車を運転していたのは、細い顔に突き出た頬骨、疲れ切ったような目をした、頭の禿げた老人だった。彼は手綱をきゅっと引いて馬を止めた。


「どこまで行くつもりだ?」


ヴァナは答えた。


「国境地帯までです。」


「ああ、そうかい。ちょうどそっちにワインを運んでたところだ。荷台に乗りな。」


ヴァナは樽のある方へと回り込んで乗り込んだが、クロサワは御者の隣に座ることを選んだ。老人は何も言わず、再び手綱を緩め、馬を鞭打った。


「ハッ!」


馬たちは再び走り出し、馬車は静かに進み始めた。クロサワは老人の隣で、美しい夕焼け空を見つめていた。


この爺さんを馬車から蹴り落として、自分たちで操ってもよかったが……ヴァナを追ってくる奴らのことを考えると、それじゃ足跡が残っちまう。となると、証拠隠滅のために爺さんを殺す羽目になる。ま、今はこれでいいか……


「乗せてくれてありがとう。」


老人は淡々と答えた。


「礼なんていらんさ。乗せなきゃ、どうせ襲ってきただろ?」


クロサワは笑いをこらえるのに必死だった。


「いやいや、そんな物騒な人間じゃないさ。」


老人は一瞬だけ道から目を逸らし、隣に座る若者の目をじっと見つめた。


「お前のその目……慈悲がない。人を玩具のように見ているだろ?」


やばっ……この爺さん、何者だ? 言葉に気をつけないと。エルフの美女に嫌われたくはない……


「ははは、変わったおじいさんだな。どうしてそんな風に思うんだ? もしかして家族でも奪われたのか?」


老人は何も言わず、ただ道を見つめていた。クロサワもため息をつきながら同じように前を向いた。


「この世界には苦しんでいる奴が多すぎる。信じるか信じないかは別として、俺はお前らの女神ヘナリアによって、この腐った連中を一掃するために送られたんだ。」


ま、今のところはそれを自分の使命ってことにしておくか……


老人は何も答えなかったが、その目には涙が滲んでいた。頬を濡らすのは時間の問題だった。


……感傷に浸ってるのか? もしかして、これが高報酬のサイドクエストに繋がるのか?


「死者を操ることのできる勇者が、俺たちの村に現れたんだ。自分のことをネクロンと名乗っていた。そして、村に取り憑いていた全ての幽霊を、指にはめた指輪のひとつに封じ込めた。」


ネクロン? 指輪? まさか、あのネクロンか……!?


「そして、俺の妻と娘を見て……彼は興味を持ったようだった。死んだ姿を見てみたいってな。そいつは持っていた大鎌で、たった一振りで二人を斬り殺し……そして、アンデッドに変えてしまった。首輪をつけてな……」


老人は嗚咽を漏らし、それ以上は言葉にならなかった。クロサワは、肩を叩いて慰めることもせず、拳を強く握りしめていた。怒りが胸を熱くしていた。


またファンボーイか……DCファンのクズどもは、俺の人生で三番目に嫌いなタイプだ。その野郎……絶対に殺す。でも今の俺じゃ無理だ。ネクロンの天敵となる武器を探さないと……


クロサワは、老人がようやく涙を止めたことに気づいた。


「つまり、お前の奥さんと娘をゾンビにして……それでお前は置いていかれたのか? とんでもねぇクソ野郎だな。」


日が完全に沈み、空には半月と煌めく星々が浮かんでいた。老人はゆっくりと顔をクロサワに向けた。その顔と体の左半分は完全に骸骨になっていた。


響き渡るような、くぐもった声が口から漏れた。


「いや……俺は、そいつのしもべになったのさ。」


クロサワは立ち上がると、老人の顔面に拳を叩き込んだ。その衝撃で老人は荷馬車から転げ落ちた。しかし、馬たちが急にスピードを上げたため、バランスを崩して荷馬車の後部にある樽の上に倒れ込んだ。


樽の蓋が粉々に砕け、中から骸骨の手がゆっくりと現れた。骸骨たちは一体ずつ這い出してくる。クロサワは視線でヴァナの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。


「なんだよこれ……!」


襲い掛かる骸骨たちの腕や脚を一撃で打ち砕き、クロサワはすぐに立ち上がった。迫る骸骨たちの頭を片っ端から粉砕していく。


「チッ、こんな雑魚どもじゃ俺は止められねえ……。だがヴァナはどこ行った?」


再び荷馬車の前方に向かい、馬の手綱を掴んで強く引っ張った。しかし、白い炎を纏ったスケルトンホースたちは止まる気配を見せなかった。


「止まらねえなら……!」


クロサワは全力で手綱を引き、馬の首が横にねじれる。しかしその反動で手綱が千切れ、その勢いで彼の背中に激しく当たった。バランスを崩して後ろの荷台に倒れ込む。


「くそっ……!」


跳躍ジャンプ!」


スキルを発動させ、馬たちの頭上に現れると、両足の裏をそれぞれの馬の首に打ち下ろした。強烈な蹴りによりクロサワの体は再び宙を舞い、元の位置に戻る。馬たちは地面に顔面から叩きつけられ、後ろ足が天に向けて跳ね上がる。そして数回転した後、ようやく止まった。


荷馬車はというと、まるで何事もなかったかのように安定を保ち、横転することなく停止した。


「……マジかよ! 派手に締めくくろうと思ったのに……。」


膝を軽く叩く。


「ヘナリア、お前が俺をここに送ったんなら、せめて見栄えのいいチートスキルぐらいよこせよ!」


クロサワは荷馬車から降りた。


「はああああああああああ!」


「その声は……?」


どこかで聞いたことのある女の叫び声が急速に近づいてきた。だが、辺りを見渡しても何も見えない。


「まさか……!」


顔を上げたその瞬間、上空から落下してきた人物を反射的にキャッチした。クロサワの腕の中に、ヴァナがいた。彼の目をまっすぐに見つめている。


「樽の隣にいたはずなのに、どうやって空から落ちてきたんだよ?」


「……まずは、降ろしてくれる?」

「あ、ああ。」


クロサワは彼女を静かに地面に降ろした。ヴァナは足をつくと、ずれた服の襟や袖、裾を手早く直す。


「私が説明するまでもないわ。もうこっちに向かってきてるから。」


ヴァナの後ろを覗くと、さっき馬車から突き落としたあの老人の姿があった。体の右半分は普通の人間、左半分は完全に骸骨となっていた。


「右手で触れたものは軽く、左手で触れたものは重くなる……ってとこか。」


「で、あんたはどうして落ちてきたんだ?」


ヴァナは肩をすくめて答えた。


「たぶん射程圏外に出たからだと思う。」


クロサワは先ほど砕いた骸骨の骨を、静かに泡の中に取り込んでいった。


「一つわからないことがある。お前にどうやって接触したんだ?」


「馬車の端から足を外に出してブラブラしてたの。で、あいつが宙返りする時に右手が私の足に触れたの。」


クロサワは左手を掲げ、指を握り込んで拳を作った。すると、泡の中に収めていた骨が一斉に老人に向かって襲いかかり、爆発しながら骨の檻を形成した。


「夜明けまでこれで拘束できる。日が昇ったら人間の姿のまま尋問してみよう。」


だが老人は左手を振ると、その骨の檻を破壊した。触れられた骨は重くなり、地面にめり込む。


「……こりゃダメだな。」


ヴァナは投擲ナイフを一つ老人の額に、もう一つを足元に投げた。老人の上半身がわずかに仰け反ったが、バランスを保ったままゆっくりと前進を続ける。


「そのナイフで止められると思ったのか?」


「思ってないわ。」


ヴァナは人差し指で老人の足元を指した。


「歩くたびに黒いエネルギーが地面に拡がってる。そして額の傷だけは回復している。足にはその兆候が見られない。つまり――」


「頭を破壊すれば終わりってわけか。」


「でも、回復の際どこからか力を受け取ってる。彼を倒すより、そのエネルギーの発信源を探る方が有効かもしれない。」


「なるほど、じゃあ――」


クロサワはつま先立ちになって身をかがめた。踵に生成した泡の中の空気を圧縮し、耳をつんざく爆音とともに跳躍して、老人に飛びかかった。そして一撃でその頭を胴体から引きちぎった。


クロサワがヴァナの方を振り返ったとき、首をもがれたはずの老人の身体が彼に飛びかかってきた。すぐさま横にステップして避ける。だがその身体は驚異的な反射速度で左右の腕を振り回しながら襲いかかってくる。


ヴァナは片足を振り上げ、骸骨の胸部に強烈な蹴りを放った。身体は吹き飛ばされ、左側の肋骨が砕けた。だが、老人の肉体はすぐに態勢を立て直し、再びクロサワに向かって跳躍した。


「クソ、しぶといな!」


クロサワは老人の右側に回り込み、残された人間の肋骨めがけてかかとを叩き込む。肋骨は砕け、血が噴き出した。その瞬間、どこにもないはずの頭部から苦しげな叫び声が響いた。


クロサワは、その声にヴァナが怯むのではと一瞬心配したが、視線を向けると、ヴァナはすでに数本のナイフを細い青い糸で結び、首のない胴体に絡ませて地面に縛りつけていた。


「……動いてるけど、抜け出せないな。」


「ナイフ、ここに置いていく覚悟はあるのか?」


ヴァナはまた肩をすくめた。


「問題ないわ。ナイフがなくても、相手を殺せるもの。」


「そうか、頼もしいな。」


ほんとに主役を狙ってるのか、このカッコつけ女め……!


クロサワはわざとらしい大きな笑顔を浮かべて言った。


「じゃあさ、そのネクロンってやつ、倒しに行こうぜ!」


ヴァナも微笑み返して言った。


「ええ、倒しましょう!」

どうか、遠慮せず応援してください!

建設的なコメントはすべて私の力になります!

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