【第6話】: 友情ではなく同盟 ~ 誰も過去を隠さない
彼らは子供たちの胴体と頭を深く掘られた穴に埋め、その上に土を被せた。作られた集団墓地の前には杭を立て、地面に血で描かれたペンタグラムを足でこすって消した。
「この世界に来てからまだ二十四時間も経ってないのに、これで二つ目のペンタグラムかよ」とクロカワは言った。
「それは英雄たちの仕業。過去の功績によって得たスキルと地位の裏に隠れて、悪魔への供物を増やしているのよ。」
クロサワはヴァナの顔を見つめた。若きエルフの瞳には深い悲しみが宿っていた。
「ずいぶん詳しいんだな。」
ヴァナは肩をすくめて言った。「別に。ただ…手伝ってくれてありがとう。」そう言うと、彼女は背を向け、どこかへ歩き出した。
何かを隠してるな。これは隠しイベントかもしれない。
「なあ、ヴァナ。ちょっと待ってくれよ。どうして一緒に来ないんだ?」
彼女は立ち止まり、クロカワの方を向いた。
「悪魔狩りか?やめとくわ。私がいない方がうまくいくでしょう。」
「誰にでも秘密はあるだろ?でも、それってそんなに重要か?お前は強いけど、方向感覚が最悪だ。このままじゃ死ぬぞ。俺と一緒に来い。悪魔狩りを手伝ってくれ。俺は魔王領に行こうとしてる。何かを恐れてるなら、あそこなら誰にも追われない。」
ヴァナは首をかしげた。
「魔王?悪魔を狩るくせに魔王領に行くって?全部の魔族を殺すつもり?」
クロサワは腰に手を当てて、背筋をピンと伸ばした。
「いや、魔王になるために行く。」
ヴァナは数秒間、無表情で彼を見つめた。
「……は?魔王になるって?あははははっ!」
腹を押さえ、痙攣するほど笑い続けた。頬の痛みも腹の痛みも止まらず、それでも笑いが止まらなかった。
クロサワは目を半開きにして言った。
「そんなに可笑しいか?英雄たちが悪魔と手を組んでるなら、こっちからおびき寄せた方が手っ取り早いだろ。」
ヴァナはなんとか笑いを抑え、指で涙を拭った。
「……まあ、理にはかなってるけど、でもあんたは人間よ?話を聞いてもらえるわけないでしょ?それに、あんたからは悪魔の臭いがプンプンするし。」
クロサワは自分の脇を嗅いだが、何も感じなかった。
「臭くないぞ。」
「臭うの。自分でわからないだけ。」
クロサワは軽くため息をついた。
「この件については後で考える。けど、悪魔の情報を手に入れるには魔王領に行くしかない。」
「……そうね、それは確かに。」
「じゃあ――」
「……グルルルル……」
クロサワは体の中の液体が震えるような感覚に襲われた。どこからともなくうなり声が聞こえていた。
「……結界が消えて、匂いが漏れちまったか。」
「……そうかもね。」
だが、ヴァナのエルフの目でも何も見えなかった。見えるのは黒い木々と、地面に伸びるその影だけだった。
「グルルルルル……」
音は近づきもせず、遠ざかりもせず、唾液が溜まるせいでうなり声の音質だけが徐々に変化していた。
クロサワは突然ダッシュし、ヴァナの方へ駆け出した。
「えっ?」
彼女の横を通り抜け、森の奥深くへと走り続けるクロカワ。ヴァナはその場に立ち尽くして彼の姿を見送った。
そして、黒い木の陰から、二メートルほどの影に覆われた狼のような姿が飛びかかった。
「いってぇっ!」
クロサワは腕を噛まれ、そのまま仰向けに倒れた。狼は彼の上にのしかかり、首を左右に激しく振りはじめる。
ヴァナはすぐに投擲ナイフを構えたが、クロカワは「やめろ!」と叫んだ。
ヴァナは驚いて固まった。
クロサワは足の裏を地面につけて「跳躍」スキルを発動し、狼とともにヴァナの後ろへと移動した。狼は腕を噛んだまま、何事もなかったかのようにむしゃむしゃと食いちぎろうとしていた。
ヴァナは拳を振り上げ、狼の首筋に叩き込んだ。
拳は影に覆われた狼の首筋を貫通し、喉の反対側まで突き抜けた。狼の動きが鈍くなり、そのまま影が蒸発して消えた。焼け焦げた毛皮の死体だけがクロカワの上に崩れ落ちた。
彼は死体を払いのけ、負傷した右腕でなんとか立ち上がった。指先から血がぽたぽたと垂れている。
「他の奴らを呼ぶためにわざと噛ませたのか?」とヴァナが問う。
「そのとおり。」
そしてもちろん、「時間回復」パッシブが働いているかを確認するためにも…
傷ついた腕は徐々に癒えていき、軽い痛み以外は問題なく動かせた。ただ、感覚が鈍い。しびれがじわじわと広がっていくのを感じる。
「噛まれるとまずいぞ。たぶん、こいつらは毒を持ってる。」
「えっ、毒?…ここ、本当におかしい。ニグラムの突発的な怒りでここに来たんだけど、異常なほどの呪詛エネルギーと黒魔術が漂ってる。自然現象なんかじゃない。もしこの森の何かが外に広がったら、エルフたちは……」
そのとき、クロカワは木の影に潜むのではなく、静かに周囲を囲んでくる狼たちの存在に気づいた。
「それは後回しだ。今は周りを見ろ。」
「うん。」
ヴァナは三本の投擲ナイフを空中に放り投げ、それらが青白いエネルギーで繋がり、直径50センチほどのブーメランに変化した。
彼女はブーメランを、前方に見えた一匹の狼に向けて投げた――だが、ブーメランは急に進路を変え、まったく別の場所にいた狼を真っ二つに切り裂いた。
影の狼の死体は蒸発して消えた。
ブーメランはその後も動き続け、すべての狼を始末し、やがてヴァナの手に戻ってきた。
クロサワは黙ってその光景を見ていた。彼の腕の傷は治っていたが、しびれは依然として残っていた。
「すごかったな。けど、ちょっと簡単すぎないか?」
ヴァナは彼を見ず、遠くをじっと見つめていた。人間の目では何も見えない場所だ。
やばい、あの遠くを見つめる感じ……ボス出現フラグってやつだよな
「この戦いが終わったら、私の過去を話すわ。受け入れてくれるなら、あなたと一緒に行く。」
ボス戦、確定だな
「わかった。でも、何を見たか教えてくれ。」
「黒いエネルギーを取り込み、変異したエルフよ。」
クロサワは数歩下がってヴァナとの間に距離を取った。
(ダークエルフは遠距離と範囲攻撃が得意だから、近くにいるのはまずいな)
ヴァナは視線の端でクロカワが距離を取ったのを見て、わずかに笑みを浮かべた。
「エルフについて詳しいのね。今までの行動といい、本当に」
木々の間から一本の矢が飛んできた。それは音速を超える勢いで飛び、紫色の鋭い先端と銀色の軸を持っていた。
矢は空中で分裂し、二本、四本、八本、十六本、三十二本…
十一回分裂して、合計で二千四十八本の矢となり、触れた木々を灰すら残さず燃やしながら速度を落とすことなく襲いかかってきた。
ヴァナは地面と木々に向かって四本の投擲ナイフを放ち、それぞれが結界の角を形成するように刺さった。
「この矢からは逃げられないわ。追尾するし、触れたら終わり。ただ、破壊するしかないの」
クロサワは無言だった。視線を下に向け、まぶたの影が濃くなっていた。
ヴァナは別の位置にナイフを配置するのに集中していたため、彼の異変に気づかなかった。
ダークエルフによる範囲攻撃……そして……
無理に表情を隠そうとしていたが、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
具現化された幻覚を使える唯一の種族。それがダークエルフ。PvPサーバーで最も選ばれる種族で、俺が3年間トップを維持できた理由だ。奴らの攻撃を逆利用する唯一の技術を持っている
クロサワは両手を前に突き出し、ヴァナの結界の背面に「バブル」スキルで小さな泡を配置していった。
それらの泡は「花粉化」スキルによって互いに連結され、一つの巨大な構造体を形成した。
ヴァナは彼の姿が結界の背後に消え、泡を生み出していることに気づいて驚愕した。
「なにそれ……?」
矢は結界に凄まじい勢いで衝突し、ガラスのように砕け散った。だが、勢いは半減していた。
「花粉化」で連結された泡が弾力を持って一体化し、矢を元の方向にゴムパチンコのように跳ね返した。
クロサワは泡を破裂させ、自身も元の姿に戻って着地した。
「いってぇ……!」
腹を押さえながら膝をついた。
ヴァナは矢が飛んできたときよりも早く戻ってきた彼に駆け寄った。
「大丈夫? 今のは一体何を……?」
痛みに顔をしかめながらも笑みを浮かべた。
「俺の必殺技、“スリングショット(パチンコ撃ち)”だ」
「正気じゃないわね、あなた……」
黄金の装飾が施された弓を持つ、身長およそ170cmのダークエルフが弓を引き絞った。
弓の先に一本の矢が出現し、それを放つと同時に左手首の赤いブレスレットを口元に近づけた。
「ターゲットの死亡を確認。報酬は俺の口座に送っておけ」
ブレスレットからはノイズ混じりだが、内容の聞き取れる女性の声が返ってきた。
「了解。あんたの早とちりにはうんざりだけど、仕事は確かね」
男のダークエルフは、灰色の短髪で真っ直ぐな髪型をしていた。
瞳は黒く、耳は他のエルフほど長く尖っていない。
ノースリーブのグレーのジャケットを羽織り、膝までのショートパンツを履いていた。
足は裸足で、手には弓以外何も持っていなかった。
男のダークエルフは、ただ状況を見ていた。
「結界か。だがそんなものじゃ止められない……が、その結界の裏にあるものは……?」
矢が結界を破る瞬間まで、彼の中の疑念と不安は消えなかった。
「ふん、意味ないさ。……って、なに!?」
矢が跳ね返って自分の方に向かってきたのを見て、目を見開き、後ろも見ずに全力で逃げ始めた。
「クソッ! なんだこの攻撃!? こんな魔法があるかよ!?」
しかし、矢は彼の体を貫き、腕の赤いブレスレットと弓以外は何も残さず、焼き尽くした。
灰一つさえ残らなかった。
ヴァナは、自分たちを狙った相手が倒されたのを見たが、それをクロカワには言わなかった。
心の奥に渦巻く不安はまだ晴れていなかった。
「で、話してくれるんじゃなかったの?」
「も、もちろん! ここを離れたら話すよ」
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