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【第3話】やばすぎる 〜釣り針にかかったら何でも食べる!〜

黒沢が『神と魔』から持ち込んだ三つのスキルの中で、最も実用的だったのは《霧のヴェール》だった。このスキルは人工の霧を生み出し、部分的な透明化を可能にし、さらに身体をわずかな隙間さえ通過させることができるようにする。


だが、使えば使うほど霧の範囲が広がる反面、重大なデメリットも抱えていた。それが《花粉化》というパッシブスキルによるものだった。このパッシブは、身体が完全に水や液体に浸かった瞬間、浮くことを不可能にするほど重くなるというものだ。


黒沢が川に飛び込んだ瞬間、身体は一気に重くなり、顔を下にして川底に張り付いた。両手で川底の泥や石、捨てられた重い物をつかみながら、身体を一歩ずつ前へと動かしていく。動きは遅いが、槍で川を探っている兵士たちから逃れるには最も効果的な方法だった。


肺の空気が限界に近づいたとき、《泡》というスキルを発動した。


このスキルは、川の外にあるきれいな空気を小さな泡として黒沢の鼻の穴から取り込むことができる。また、肺から出る二酸化炭素を泡として外へ運び出すため、水面に気泡が浮かぶこともない。繊細なコントロールが必要なこのスキルに集中するあまり、動きはさらに鈍くなったが、最も安全で静かな逃走手段でもあった。


くそっ! 槍がこんなに近くを通ってるなんて! 一本でも触れたら、反応できる自信がないぞ。まあ、こういう街中を流れる川って、誰も入りたがらないものだ。汚いし、病気ももらいやすい。治療費なんて払えない一般兵にとってはリスクが高すぎるしな。だからこそ、今は安全ってわけだ。


川底にしがみつきながら、黒沢は少しずつ前へと進み続けた。何時間も這い続け、《泡》スキルも長時間にわたり使用されていたため、視界は徐々にぼやけていった。


やばい……意識が……


その瞬間、目を閉じ、スキルの効果も《花粉化》のパッシブも解除された。身体はゆっくりと水面に浮かび上がり、都市の外れ、城壁の外にある森へと流されていった。


肉体的な活動による疲労は、筋繊維の微細な断裂を伴う。そして、睡眠中にそれらが修復され、以前よりも強くなる。だが、目覚めたとき、それに慣れていない者は軽度から重度の筋肉痛を感じ、しばらくの間本来の力を発揮できないことがある。


しかし、肉体の疲労よりも厄介なのは、精神の疲労だ。


精神疲労は、ただ眠るだけでは癒えない。食べても、時間が経っても回復しない。唯一の回復方法は「別のことに集中する」ことだ。スキルの使用にもそれは当てはまる。


黒沢の筋肉以上に、精神は長時間のスキル使用により深刻なダメージを受けていた。意識はほぼ完全に遮断されており、本人もそれを理解していながら、目覚めることができなかった。


――果てしない闇。

上下左右の感覚も曖昧で、音すら存在しない空間。

そこはまるで、シーツのように広がった海の上に立っているかのようだった。

黒沢はその「海」の上で両足で立っていた。歩くたびに、波紋のような小さな輪が足元に広がり、数センチ進んだ後、すぐに消えていく。彼は口を開いたが、声は出なかった。しかし思考はできた。


ちょ、ちょっと待て! ここはどこだ!? 見たこともない……ゲームにもなかったし、記憶にもない! なんだここ!? なんで声が出ない!? まさか……


あの現象か?ゲームでスキルを連発しすぎると、MPがどれだけ残っていても強制的に気絶状態になるやつ。何もできず、攻撃されると全部クリティカル判定。『神と魔』でも、PvPサーバーが初めて開放された頃に話題になってた。確か……プレイヤーたちはあれを「魔法使い昏睡状態」って呼んでたはずだ。

もしこれがそれなら……完全に詰んだ。お願いだから、どんなテンプレ展開でもいいから、親切で謎めいた爺さんが俺を助けてくれ……できれば可愛い孫娘付きで……。


黒沢の目には、サルのような欲望が宿っていた。状況を冷静に分析しながらも、奇妙な妄想を抱いていた。

一見バカっぽく見えるが、心の奥底にある恐怖と不安を隠すための演技だった。


《枯れ木の森》。

黒く焦げたような木々ばかりが立ち並び、一輪の花すら咲かないこの森。だが、実際に焼けたわけではない。これが元の姿なのだ。


その森の入口近く、川に最も近い一本の木。その地表に露出した太い根元に、ひとりの老人が座っていた。長く痩せこけた指で釣り竿を握り、先端にミミズを刺した針を垂らしていた。だが、この川に魚が棲んでいないことは、誰もが知っている。


彼が身にまとっていたのは、肩から足首までを覆う青いローブと、ひとつの帽子だけ。乱れた髪の中央にある禿げた頭を隠すために、後ろに折れ曲がった青のとんがり帽子をかぶっていた。


頬はこけ、頬骨は小さなこぶのように浮かび上がり、こめかみや目の周りにはまるで骨に皮だけが張り付いたような不気味な溝が刻まれていた。


それでも、腰まで垂れた白髭と、肩にかかるほどのまばらな白髪は、見事に手入れされていた。


釣り糸の先は川の流れにかすかに引っ張られていただけで、何の反応もなかった。だが、川面を漂うひとりの青年の姿が目に入ったとき、彼の目が見開かれた。


釣り竿を引き上げると、喜びに満ちた表情で針を投げ直し、浮かんできた男の白いシャツのボタンに針を引っ掛けた。


「来たァァァ! やっと、やっと食料だぁ!!」


目を丸く見開き、よだれを垂らしながら髭を濡らす。手は震えていたが、全力で糸を巻き始めた。岸辺に立ち、片足でも踏み出せば自ら川に落ちてしまうような位置まで身を乗り出し、ついに青年の体を引き寄せることに成功した。


釣り竿を放り出し、両手で青年の肩をつかもうとしたが、力が弱く、シャツの肩布だけを掴む形になった。


「よいしょ、よいしょ、よいしょ、よいしょ……」


足で地面を蹴って後ろに下がりながら、ようやく草の上に彼の体を引き上げた。


「はああああああっ!」


大声とともに力を出し切り、荒く息を吐く。喉と肺が焼けるように熱かった。


老人は額の汗を手の甲で拭い、黒沢のそばに座ってその髪を撫でた。


「なんて美味しそうな子だ……。量は少ないが、私と孫たちには十分すぎる。しかもこの服……」


シャツの生地に指を這わせ、しっとりとしていながらも丈夫な布の感触を確認する。そして体を転がして背中側にすると、金色の十字の紋章を目にした。



「まさか……英雄!? 君は……君は勇者なのか!? 神よ……感謝します……。空腹の私たちに、あなたは勇者を送ってくださった……!」



老人はふらつきながら立ち上がり、黒沢の手首を掴んで引っ張ろうとしたが、腰を痛めてうめき声を上げた。



「くそっ……体を解体するしかないか。そして薬草でくるんでおかねば。でなければ魔物に気付かれてしまう……。よし、この木の根の間に隠しておこう。家から道具を取ってきたら、少しずつ持ち帰って保存しよう。」



そう言うと、老人は黒沢の体をどうにかして、木の露出した根の下に押し込んだ。見えている部分には周囲の枝や草をかぶせ、目立たないようにした。



「よし、じゃあ行ってくるぞ。動くんじゃないぞ、わしの食糧なんだからな。」



ぶつぶつと呟きながら、老人はその場を去っていった。だが、ここ数分間の出来事を、黒沢はすべて――意識のある状態で――聞いていた。


木の根の下。周囲では虫たちが這い回っていた。全身を覆うような激しい痛みのせいで、体はまるで一時的な麻痺状態のようになっていた。動けないわけではない。ただ、動くたびに襲ってくる痛みがあまりにも強すぎるのだ。



「……やっべぇ。今度こそ、マジで詰んだ。あのボケ、本気で俺を食う気だ……どうする……どうすればいい……?」



食いしばった歯の間から、鋭い呼吸音が漏れ、甲高い笛のような音になった。吸っても吐いても、それは止まらなかった。周囲に人通りはない。森の中の小道も、馬車が通れないほど狭く、人があまり通る場所ではない。


だが、この根のさらに深い地中には、「樹の心臓」と呼ばれる、脈打つように動くものが存在していた――

そして、その心臓を取り巻くようにして眠っていた“それ”がいた。


人間にはほとんど聞こえないような高周波の笛音。だが、それが“それ”の全感覚を刺激し、怒りを呼び起こした。


緑色の目が開き、縦長の黒い瞳孔が細く絞られる。

心拍が一気に上昇する――。


「ヴゥゥゥゥゥッ!!」



読者の皆さんへ、いつも応援ありがとうございます!前回の更新が遅れてしまい、本当に申し訳ありません!これからもっと頑張っていきますが、数日間お休みをいただくかもしれません。大切な祝日が近づいているためです。ですが、シリーズを諦めたり更新をやめたりするわけではありませんので、ご安心ください。祝日の間は更新頻度が少し落ちるだけです。いつも温かいご理解と応援、本当にありがとうございます。どうかこれからも優しい言葉で応援していただけると嬉しいです!

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