絵本製作。
「フローライト第二十四話」
絵本製作は二か月ほどかかった。文章はすべて明希が考えた。絵は利成のがベースでそこに明希の絵が少し入る。そして限定販売をした。利成は最近オンラインショップを作っていて、そこで色んな自作のものを売っていた。そこで限定販売したがすべてすぐに売れてしまった。明希はやっぱり利成はすごいなと思った。
利成はその他にもたまに個展を開いたり、その店頭でネットショップで売っているものを売ったり、やることが幅広い。明希はプログラマーの仕事をしばらくはしていたが、最近はやめてしまった。
利成のオンラインショップの管理や、たまに開く個展を手伝ったり、利成の仕事を少しだけ手伝うようになったのだ。
個展会場には利成は来れるときと来れない時があった。その時は少し時間があったのか夕方遅く、利成が顔を出した。
「あ、和花ちゃんお疲れ様」と利成が言っているのが聞こえた。受け付けの富樫和花は元々利成の絵のファンだった。いつも必ず個展に来てくれていて、受け付けの子がやめるときに他のスタッフが和花に声をかけたのである。「お疲れ様です」と和花が頬を染めているのが見えた。
明希はそろそろ終了の時間なので会場の片づけをしていた。
「お疲れ、明希」と頬にキスされた。
利成の感情的な姿を、あの翔太のライブに行ってしまったのがバレた日に初めて見た。でもあれ以来利成は何となく明希の前でリラックスしているような気がした。おまけにこうやって外でも頬にキスしてきたり普通にするのだ。
「お疲れ様」と言ってから視線を感じてふと見ると、和花がこっちをじっと見ていた。そして明希と目が合うとすっとそらした。
和花が利成を好きだということはわかっていたが、だからといってどうにもなるわけでもない。明希も気がつかないふりをしていた。
「もう終わりならみんなで食事に行こうよ」と利成が言った。時間のある時は利成がこうやってみんなに食事をごちそうしていた。
行ける人だけということで、和花とスタッフ数名と個展会場の近所の居酒屋に行った。ここは個室もあるので便利だ。
その日で今回の個展は終了だった。作品は結構な値段で売りもしたが、オレンジ色の空の絵と、明希がモデルになった絵だけは売らなかった。
「天城さんってこんなに奥さん思いだったんですね。びっくりしました」とスタッフの一人の女性が言った。
「ハハ・・・何で?そういうイメージじゃない?」
「ええ・・・正直な話し、天城さんの噂がすごかったから」
「すごいとは?」
「いえ、色々」とその女性スタッフは明希の方をちらっとみて言葉を濁した。
どうやら明希のイメージがかなり悪いらしい。明希は一人フッと笑った。
── あることないこと面白おかしく・・・。
昔、利成が言っていたけれど、それは利成が前に言っていたその人独自のフィルターのせいではないかと思う。
「あ、和花ちゃん、飲み物何か頼む?」と和花のグラスが空っぽなことに気がついた利成が言った。
「あ、はい・・・じゃあ、ハイボールを・・・」と和花が言った。
「明希は?」と利成に聞かれる。
「じゃあ、私もハイボールにする」と言ったら利成が頼んでくれた。
利成はこういう時の気遣いは抜群だし、特に女性に対してはとても細やかに気を配る。
(だから色んな女性が来ちゃうし、利成もそっちにいっちゃうんだよね)と明希はチラッと利成の横顔を見つめた。
「何?」と利成が気がついて明希に微笑んだ。
「何でもない」と運ばれてきたハイボールに口をつけた。
そろそろと会計を明希がしている時、和花がどうやら飲みすぎて具合が悪くなったのかトイレから出て来なかった。
「和花ちゃんは俺が見とくからみんなは帰っていいよ」と他の人を気づかって利成が言った。
「じゃあ、すみません」とスタッフの人が帰って行く。「私、見て来るね」と明希は女子トイレに行くと、ちょうどトイレから和花が出てくるところだった。
「あ、和花ちゃん、大丈夫?」
「・・・はい・・・何とか」と和花が答える。
「みんなは先に帰っちゃったから、あとは利成と私だけだから。もしまだ調子悪いならもう少し休んでもいいよ」と明希は言った。
「いえ・・・」
和花はそう言ってから、「奥さんって天城さんとどうやって結婚したんですか?」と聞いてきた。
「どうやってとは?」
「その・・・できちゃった婚なんですよね?」
「まあ・・・」
「いえ、ずいぶん若い時なんだなって思って」
「そうね、利成はまだ大学出たばかりの頃だったからね」
「女性は結婚したい相手が煮え切らない時、わりと妊娠で無理矢理っていうのが多いんですか?」
(え?)と思った。
「どういうこと?」
「いえ、友達でもそういう人がいて・・・その・・・奥さんもそうなのかなって・・・」
「無理矢理ではないけど・・・」
「そうなんですか?」
「うん、利成が言ってくれただけで・・・」
「天城さん、優しいですよね」
「そうね」
やっぱり明希のイメージが悪く、利成は無理やり明希に妊娠で押し切られたような風に思われてるのかもしれないなと思った。
タクシーに乗って先に和花の家に送って行き、それから利成と二人マンションに帰って来た。
「何か私のイメージってかなり悪いみたい・・・」
部屋に入って上着を脱ぐと明希は言った。
「ハハ・・・そう?」
「だって私が妊娠で無理矢理利成に結婚を迫ったみたくなってるんだもの」
「そう?」
「そう」
明希はキッチンに入って冷蔵庫からペットボトルに入った冷たいお茶をグラスに注いだ。
「利成はいる?」
「いや・・・」
「利成ってお酒強いよね」
「そう?」
「うん・・・」
利成がシャツを脱いでいる。
「お風呂に入る?」と明希は聞いた。お風呂は一応いつでも入れるようにはなっていた。
「うん・・・明希も一緒に入らない?」
「えっ?」と思いっきり驚いた。そんなことを言われたのは初めてだった。やっぱりこないだの一件から少し変わったのかも・・・と思う。
「でも・・・」
「やだ?」
「やなわけじゃないけど・・・」
「じゃあ、入ろう」と手を引かれる。何だか子供の頃みたい・・・。
脱衣所で脱ぐのに躊躇していると、利成に脱がされた。
「子供の頃に一緒に温泉に行ったじゃない?」と湯船に入ると利成が言ってきた。
「そうだね」
多分、三歳くらいだったろうか?何故か記憶がある。
「あれって女風呂だったよね?」
「んー・・・多分」
父はいなかった。多分私を利成の母親に預けたのだろう。
「だけどあれからもう二十年くらい?また一緒に入れるなんてね」と利成が微笑んだ。
明希は何だか恥ずかしく早く上がりたくなってきた。最近少し太ってきたのであまり明るいところで利成に見られたくなかった。
「明希、ちょっと後ろ向いて」と言われる。
「何で?」
「何でも」
(背中に肉ついてないかな・・・)さっきから気になる。
気にしつつも利成に背中を向けた。すると後ろから引き寄せられた。
「明希、気づいてないでしょ?」
(あ、太ったってことかな・・・)と焦る。
「明希はうなじがすごく綺麗なんだよ」と髪をめくりあげられる。
「そうなの?」と太ったことじゃなかったので少しホッとした。
「そう」とうなじに口づけられた。
利成と背中がぴったりくっついて焦る。
「あ、もう上がろうかな」と言ったら「もうこのまましよう」と利成が言う。
「え・・・お風呂場はやだ」
「何で?」
「恥ずかしいから」
「何で恥ずかしいの?」
「だって・・・私太ったでしょ?」
「ハハ・・・何だ、そんなこと?」
「そんなことだけど恥ずかしいから」
「明希はそんなに太ってないよ」
「でも・・・」
「じゃあ、このままベッドに行こう」
一体どうしちゃったの?と思う。もちろん嬉しいけれど・・・。
バスタオルをただ巻いただけでベッドに入る。利成がいきなり唇を重ねてきて舌を押し込まれた。どうやら今日は激しいパターン・・・。
「明希、今日は上になって」と言われる。
ああ、昔のあの優しすぎるほどのセックスは、そうとう気持ちを押さえていたのだろうと思う。だとしたら余程抑制した部分が溜まっただろう。
利成の上になって受け止めると「明希が動いて」と言われる。
(他の女性とはこんな風にしてたのかな)と思うと嫉妬心がむくむくと湧いてきた。
身体を動かしながら利成に口づけると、そのまま利成が今度は上になった。そして両足を持ち上げられて激しく突かれる。
「明希、中にいれるよ」と突かれながら言われる。
「ん・・・」
急に何故だろう・・・翔太のことが頭に浮かんだ。翔太とはあの時のたった一回だけだった。もし、翔太に抱かれてたら・・・。
「あっ・・・」と絶頂感に達した。利成を受け止めている部分がギュッとしまりけいれんする。
(やだ、翔太のこと思ってイっちゃった・・・)
罪悪感でいっぱいで利成の顔が見れなかった。
「子供、明希はまだ欲しい?」
後始末が終わって二人でベッドに横になると利成が言った。
「・・・んー・・・欲しいけど・・・」
「中に入れてもできなくなったね」
「タイミングとかあるから」
「そうだね」
「利成は子供欲しいの?」
「・・・出来ればね・・・でも、いなくてもそれはそれでいいよ」
「そう・・・」
「明希」
「ん?」
「愛してるよ」
そう言われて利成の顔を見た。
「・・・利成には私のフィルターがまだ見えるの?」
「見えるよ」
「どんなフィルター?」
「そうだな・・・」と利成が考える顔をした。じっと利成の横顔を見つめていると、利成が気づいてフッと笑った。それから明希の頭を撫でながら「今年のお正月は海外に行こうよ」と言った。
(あー・・・はぐらかした)
「海外?」
「そう」
「いいけど、パスポートないよ」
「取ってきて」
「どこに行くの?」
「どこがいい?」
「んー・・・わかんない」
「ハハ・・・考えておいてよ。わからないなら俺の行きたいところっていうか、明希に見せたいところに行くよ」
「私に見せたいところ?」
「そう」
「そこがいい」
「ハハ・・・そう?」
「うん」
「オッケー」と言って額に口づけられた。
人は贅沢だ。こんなに愛されているのになおもまだ他の愛も欲しいなんて・・・。