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第3章:誰にも見えない火

翌朝、スモルは訓練場のすみっこにいた。


儀式で火を出してしまった自分が、この場にいていいのか――

その答えは、まだ出せていなかった。


それでも、ルイの「ありがとう」という一言だけが、

心のどこかを、わずかに支えてくれていた。


「火を出しただけで、責められるって……」


つぶやいたその声も、冷たい空に溶けていった。


でも。

もし火を出さなかったら、ルイは――


その問いだけが、胸の奥で燻っていた。




訓練場に、ひときわ張りつめた空気が流れた。


水の長――アーシャが現れたのだ。


「本日より、感情調律の実地訓練を開始します。

氷結空間でのシミュレーションとなりますが、集中力を切らさないように」


その声に、スモルの鼓動が跳ねた。


(アーシャの前で……もう失敗はできない)


火を出せない自分が、せめて“冷静さ”だけでも見せられれば――

そう思い、氷のフィールドに立った。




シミュレーション、開始。


水と風の属性たちが列を組む中、スモルは必死に呼吸を整えた。


自分は水だ。冷たく、静かに。

感情は捨てた。火は封じた。……そのはずだった。


けれど。


「っ……誰かが……!」


フィールドの端で、風属性のリーフが氷塊に捕らえられていた。


訓練の“想定トラブル”。

スモルはそう理解していた。頭では、わかっていた。


でも、心が先に走った。


「リーフ!! 待ってろ!!」


叫ぶと同時に、身体が勝手に動いた。


尻尾の先、火が灯る。

抑え込んでいた感情と一緒に、火花が弾けた。


(ダメだ、冷静になれ……水になりきれ……でも――)


「やめなさい!」

アーシャの声が響いた。


だが、止まれなかった。


スモルの火が、氷を割った。

リーフを包んでいた氷塊が砕け、その翼が――火花に焼かれた。


ポッと、赤い火傷。


「あっ……ご、ごめん!!」


スモルの声が、訓練場に響いた。


沈黙。


水属性たちは、なにも言わない。

でもその無言が、何より痛かった。


アーシャは歩み寄り、リーフの傷を見つめた。


「感情の暴走。危険な火。制御不能」


その声は、誰に言うでもなく――ただ、“結論”だった。


スモルはその場に立ち尽くした。

震える手。熱く痛む胸。


助けようとしたのに。守ろうとしたのに。


また、火で傷つけてしまった。




夜。

スモルは訓練場の隅でひとり、尻尾の火を見ていた。


それは、消えていなかった。

でも、あたたかくもなかった。


(なんで……オレが火なんだよ……)


ルイを助けたときの火と、今日リーフを傷つけた火。

どちらも、同じ火。

だったら――自分は、やっぱり「火を持っちゃいけない存在」なんじゃないか。


「……いらない、よ。こんな火……」


スモルは、ぽつりと呟いた。


そのとき、足音が近づいた。


静かで、揺れない――アーシャだった。


「あなたは、火を誤解しているわ」


スモルは顔を上げた。


「……え?」


アーシャは、いつになくまっすぐにスモルを見た。


「火は、時に暴れる。時に、誰かを傷つける。

でもそれを恐れて、自分を殺す方が――もっと危ういの」


その言葉が、まるで氷を割るように、胸に刺さった。


「でも……オレの火なんか、誰もあたためられないよ……」


アーシャは、目を細めた。


「まだ、“火が持つ本当のあたたかさ”を知らないだけよ」


そう言って、背を向ける。

その足取りは――ほんの少しだけ、柔らかく見えた。





スモルは、その夜、自室に戻れなかった。


誰かと目が合うたびに、すぐそらされた。

食堂に行こうとすれば、席は少しずつ遠ざかる。

声をかけると、一瞬で空気が変わる。


誰も責めていない。

でも、誰も近づいてこない。


「……火ってだけで、全部ダメなのかよ……」


ぽつりと呟いて、外れの廊下に座り込む。


壁には“感情コントロール優秀者”の名札が並んでいた。

そのほとんどが、アーシャ。


「はぁ……アーシャみたいに、全部抑えられたらな……」


そんなとき――小さな声がした。


「それって、本当にすごいことかな?」


ルイだった。包帯を巻いた脚をひきずりながら、ゆっくり近づいてくる。


「僕も、誰にも話しかけてもらえない。でもね――ちょっとだけ思ったんだ」


「……なにを?」


「火を出したらダメで、出さなくても怖がられて。

だったら、どうしたら正解だったんだろうね?」


スモルは、答えられなかった。


感情って、なんだろう。火って、なんなんだろう。

正解を探してたはずなのに、どんどんわからなくなる。


「アーシャってさ、火のこと、たぶん知ってるよ」


「……え?」


「昔、誰かを火で失いかけた。それで、感情を捨てる決意をしたんだって」


スモルは息をのんだ。


(アーシャが……火を?)


あれほど完璧だった存在が。

感情に、火に、傷ついたことがある――?


「……火って、誰かを助けることもあるけど……傷つけることもある。

 でも、それって……生きてるってことじゃない?」


ルイの声は、かすれていた。けれど――その火は、まっすぐだった。


スモルの胸の奥で、何かが、かすかに灯った。


小さな、小さな火。

誰にも見えない。でも、たしかに“ここにある”火だった。


ここがスモルの一番辛い場面です。

火を出すことで誰かを守ったはずなのに、また“火で傷つけてしまった”という感情が読んでいる方にも刺さったら嬉しいです。

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