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第1章:火を捨てたくなる日

「火属性のくせに火が出せない」。そんなコンプレックスを抱えるドラゴンの話です。

自分が自分じゃなかったらよかったのに――そんな気持ち、少しでもわかる方に届けば嬉しいです。

火のドラゴンに生まれたのに、火がまともに出せない。

スモルは、今日も「残念なやつ」として空を見上げた。


空には、夕暮れ色の光がゆらゆらと漂っている。

あれは――訓練場だ。水属性の精鋭たちが、今日も静かに、そして美しく術を披露していた。


「はぁ…アーシャ、今日もかっこいいなぁ」


ぽつりとつぶやいた名は、水属性の筆頭ドラゴン。

水をまとうように動き、どんな時も冷静沈着で、気品すらある。美しく、強く、完璧な存在。


それに対して、自分は。


火を出そうとしても、ボッと火花が散るだけ。

炎は弱くて、まっすぐ飛ばない。感情が揺れると勝手に尻尾から火が出て、木を焦がしてしまったこともある。


「どうしてオレ、こんななんだろ…」


小さい頃は“火の子”と呼ばれて期待されていた。

でも、歳を重ねるごとに、周囲との違いがはっきりしていった。

火の一族の中で、“発火が不安定”というのは致命的だった。


「スモル、また焦げてんじゃん!

 火の出し方、まだ制御できねぇの?マジで“火属性詐欺”じゃん!」


昨日も言われた。

訓練場の先輩たちは、笑いながら、でも本気で見下してくる。


「やめろよ…!」


スモルは怒鳴った。けれど、声は震えていた。

火じゃなくて、涙が出そうだった。


「……水だったら、こんな思いしないのに」




その夜、スモルは火山の外れにある湖のほとりにいた。

冷たい風が吹いて、水面がさざ波を立てる。

手のひらを水に近づけて、静かに問いかけた。


「なあ……なんで火に生まれたんだろ」


水面に映るのは、自分の顔。

丸い目、動く眉、感情の波がすぐに出る表情――全然クールじゃない。全然、水属性っぽくない。


そんなとき、背後から足音。振り返ると、そこにいたのは――アーシャだった。


「……何をしているの?」


「っ……ア、アーシャ!?な、なんでもない!」


スモルは慌てて立ち上がる。

ピッと火花が飛んで、草が一部焦げた。

アーシャはその様子を、ただ冷静に見つめた。


「火の制御ができていないのに、ここに来るのは危ないわ」


「ご、ごめんなさい!」


彼女の声は冷たくはなかった。けれど、どこか無感情だった。

“感情”なんてノイズだ――そんな空気をまとっている。

だからこそ、あれほど正確で、強くて、美しいのかもしれない。


「水属性に、なれると思う?」


思わず、口に出ていた。


アーシャは一瞬、目を細めた。

その感情が何かは読み取れなかった。軽蔑か、憐れみか、もしかすると――興味か。


「火を手放せば、可能性はある。

 儀式を受けるなら、試す価値はあるわ」


「ほんとに!?それ、どこで、いつ……!」


アーシャはひとこと、「北の儀式場」とだけ告げ、静かに去っていった。

一滴の波紋も生まない水面のように、静かな足取りだった。


スモルは、その背中を見つめたまま、動けなかった。




アーシャが去ったあとも、スモルは湖の前に立ち尽くしていた。


彼女の背中――すっと伸びた首筋、揺れない尾、氷のように揺るがない足取り。

それはスモルの持っていないすべてだった。


「……なれる、のかな」


スモルは手のひらに炎を灯そうとした。

けれど、ボウッと一瞬赤くなって、すぐに消える。


「これが、オレの火……?」


弱々しく、頼りなく、ぬれた布みたいな火。

あたためるどころか、しけった気持ちをさらに冷ますような火。


「こんなの、火じゃない……」


言いながら、スモルの目に熱いものが滲んだ。


「……水になれたら、泣かなくてすむのかな……」


火のドラゴンは、泣いてはいけない。

火のドラゴンは、怒りを制御しなければいけない。

火のドラゴンは――強くなければ、生きていけない。


そう言われて育ったスモルにとって、

「水になる」は、つまり「弱い自分を消す」ことだった。


夜風が吹く。

涙の跡に、そっと火が灯った気がした。


そして――

その翌朝、スモルは北へと旅立った。


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