エメロッテ、ドリジャールに襲撃者の所以を実演してみせる
結局あの後、新たな辻馬車を拾ってセルジュゲイル館へと帰った俺は、女給長クロコスミアからエメロッテ向けに調達させた諸々の物品の明細を受け取り、ささやかな晩餐を口にし、久しぶりに火の入った談話室で、エメロッテと食後の時間を過ごしていた。
セルジュゲイル館の談話室は歴代の当主たちの、素朴だが手の込んだ数々の収集品たちの一部が飾られている。もっとも新しいものは俺の父、当代セルジュゲイル伯爵<肉食み>スティグリッツが、東方の砂漠にある黄金都市で見つけた金の人形細工と、芙蓉の租界から取り寄せた見事な磁器の杯だった。
俺はその二つを眺めながらコーヒーを貰っていた。隣のソファではカップを両手に掴んだエメロッテが、どこと知れぬ宙を見ながら中身を飲んでいる。
まるで猫のようだな、なんて思っていたら、そんな彼女と目があった。何事かの決心が滲む瞳が俺を見て、口を開いた。
「おじさま。今日は色々と忙しい一日でしたわ」
「そうだな、だけど君の念願である工房の立ち上げの、記念すべき一日目としては悪くない幸先だったんじゃないか」
「ええ。商工会議所のみなさんも、板金組合の方々も、とても丁寧に接してくれたわ。余所者の小娘が妙な商売を始めようとしている、というような目で見られなかったことは、素直に嬉しいわ」
「そりゃあ良かった。付き添った甲斐があるな」
「それでも、どうしてだが酷く、事故に遭う一日でもありましたわね? おじさま」
ぴしゃり、と音がするような、叩きつけられた言葉に、俺の手が思わず懐に入った。指先がそこに入っている例の脅迫状を探っている。
「まぁ、プリシィアもそれなりの都だ。交通事故くらいどこかで毎日起こっていることだぞ」
「そうでしょう、そうでしょうね。それでも、おじさまの事故に遭われた時の様子は普通じゃありませんわ。今も」
エメロッテは手の中の飲み物を飲みきり、カップを置いて傍に座った。昼間にふとよぎったこの娘の重みや柔らかさがまた感じられるほど、彼女は俺の傍に寄った。
「そうやってお召し物の奥で何事かを確かめていらっしゃるわ。お気づきになってるかしら、おじさまは事故をごらんになった度に、そうやって懐のものを探っていらっしゃったのよ。一体何をなさっているのかと、とても気になりますわ」
「なんてことじゃないし、ここにあるのはつまらないものさ」
「そうかしら。きっとそこにあるものは、今日一日の間おじさまを密かに悩ませ、事故の度に道を振り返らせ、そこに何かを見させてお腰の剣を振るわせようとしているのよ。・・・・・・もしかしたらそれは、私がおじさまのもとに来たことで、おじさまを悩ませるためにもたらされたものではなくて?」
真剣な乙女の瞳に射竦められるような思いがした。ここで彼女を欺き、うやむやにしてしまうのはわけがないことだ。だが、きっとそうすることでエメロッテは悲しむだろう。
ゆっくりと息を吸った。エメロッテから漂う香りが鼻孔を埋めた。
「・・・・・・エメロッテ、何を使っているんだい」
「え」
「香水」
「クロコスミア女史が用意してくれたものよ。眠る前だから、少しだけ。お気にいられたかしら」
「ああ、似合いの香りだね」
「うふふ」
笑顔を見た俺は観念して、今日一日懐で暖めていた人皮で包まれた脅迫状を、テーブルに置いた。
ついにこの男を観念させたぞ、と言わんばかりに得意満面となったエメロッテの姿に、俺はこの娘の女らしい情念のようなものを感じてしまった。だが、目の前の代物が人間の皮膚を鞣したものであると気付くや、顔色を失って退き下がった。
「これ・・・・・・もしや人の・・・・・・」
「間違いなくな。俺はこの手の仕事が得意な連中を少しばかり知っている。死体の骨肉を操って屍人を作って使役する死体魔術師たちだ」
だが、問題はなぜ死体魔術師がエメロッテのゴーレム事業を妨害したがるのか、まったく分からないことだ。
こういうときに限って、気のいい我が弟の死体魔術師が不在であるというのは歯がゆいことだな。
エメロッテが恐る恐るの手つきで人皮の封を開き、中の文章を読んでいた。するとその眼差しは次第に怜悧な思考を反省するように、静かで澄み渡ったものに変わった。
「おじさま。お話がありますわ。どうしてプリシィアの死体魔術師たちが私を目の敵にするのか、ご説明できるかも」
エメロッテについて部屋を出た行き先は車庫だった。空っぽの庫内に明かりを灯すと、直立不動の姿勢で命令を待つ、巨大なゴーレムが腰を下ろしている姿があった。
「私がプリシィアに持ち込んだホルダーは、サン・アップルトンで開発された最新型。騎乗式操縦を採用し、内部のゴンドラに設置された操作杖を介して、ゴーレムに動きを指示するわ」
滔々と語る姿は、自分の業績に自信を持つ一人の魔術師のものだ。さっきまでころからと表情を変えていた小娘とはまるで別人、といっていい。
「ゴーレムに人が乗り込む方式っていうのは、自動で動く奴とどう違うんだ? プリシィアの軍隊で動かしている奴はほとんど自動式だな」
「自動式はあらかじめ登録された命令者の声紋を認識して、あらかじめ記録された行動を実行する形式ですわ。逐一指示を与えなくていい代わりに、はじめから決まったことしかできないわ。それにあまり大きくできないの」
「なんでだ?」
「大きくすると力の制御のための行動記述が必要になるの。小さなゴーレムでも必要になるものだけど、それはとても小さくて、場所をとるようなものじゃないわ。ゴーレムの胸を開いて見れば分かるのよ。中に配線まみれになった核が入っていて、そこに刻み込まれているから」
これは、と言ってエメロッテは自分のゴーレムを振り返り、鋼鉄でできたずんぐりとした胸板を叩いた。虚ろな響きが夜の車庫の空気の中に溶けていく。
「大きな力と複雑な行動を両立するための、試作実験機なの。行動記述は私が操縦した記録を取って、将来的に少ない記述で動かせるようにする計画だったわ」
「ふぅん。おもしろい話だが、死体魔術師たちが目を付けた理由にはならないんじゃないか。そりゃあ、ゾンビはゴーレムより器用な奴もあるが」
少なくとも俺の知っているゾンビの一体は、一丁前に人にお茶を淹れることができ、主人の世話を甲斐甲斐しく世話をする。陽光からその脆弱な体組織を保護する黒い包帯さえなければ、生きているかのごとく見えるだろう。
「畑から取ったようなゾンビならいざ知らず、技巧を凝らしたゾンビを超えるような複雑精緻なゴーレムは、当分出てこないだろう・・・・・・と、俺のよく知る死体魔術師は言っていたよ」
「あら、ゴーレムを製造する側としてはちょっと聞き捨て等れないわね。でもたぶん、おじさまを脅した輩はもう一つの機構を恐れてのことと思うわ」
「もう一つ?」
「従来のゴーレムを駆動させている魔鉱石発動機だけだと、ホルダーみたいな大型機には力不足なの。だからサン・アップルトンの錬金術アカデミーでは新型の動力源を作ったわ。それが、これ」
といって、エメロッテはホルダーと呼んでいる巨大なゴーレムの、堅固そうな胸当ての裏に手を差し入れる。すると自然と胸の装甲が上方へ跳ね上がった。装甲板の下には無数の配線が神経網のように広がり、そのさらに奥にはあ太い金属線を編んだ籠状のものがぶら下がっていた。たぶん、あれがエメロッテの言うゴンドラだろう。
神経網とゴンドラのちょうど中間に位置する場所に、一抱えほどの大きさがある金属の固まりが収まっていた。それをじっとよく見ると、ゆっくりとだが仄明るい光を宿して明滅を繰り返しているのが分かった。
「・・・・・・まるで機械でできた心臓だな」
「これを私たちは太陽型発動機と名付けたわ。ソル・モーターは太陽と同じ波長を発生させているの」
「太陽と同じ波長・・・・・・?」
「分かりやすい証拠を見せてあげますわ」
いまいち得心が行かない俺を見て、エメロッテはスカートを翻してホルダーの背後に回ってゴンドラに乗り込んだ。目の前の装甲板は開いたままだ。
「モーターに圧をかけるわね。モーターの出力には外気が必要なの。外気を取り込んで、モーターの中で駆体波動に変換する。駆体波動が全身を巡って、ゴンドラからの動作命令を実行するの」
ガチャガチャとゴンドラの奥で作動音がすると、ソルモーターから?ぅん、というような重い、しかしどこか澄んだ振動音が放たれ、徐々にモーターの明滅する光が激しい閃光に変わる。
その光は車庫の中を、激しく、明るく照らし出す。光を浴びる俺の肌身は、まるで灼熱の太陽の日差しを受けているようだった。
「うっ」
激しい光に俺は目を覆う。気が付いたらソルモーターの光は落ち着き、またさっきのように淡く明滅する状態にもどっていた。
「今の光は・・・・・・」
「ソルモーターの躯体波動生成の副産物ですわ。光波の波長は自然の太陽光に近似しているから、このモーターをソルモーターと呼んだのよ」
「太陽光と近い光を出す、ゴーレム用の新型発動機・・・・・・」
ゴンドラから下りたエメロッテが、装甲板の端を掴んで力一杯に下ろすと、ホルダーの装甲板はばちん、と音を立てて閉じた。
「ゾンビにとって太陽光は劇物だ。もしこの発動機がプリシィアに普及したら、いよいよもって死体魔術師たちは窮地に立たされるわけだ」
「ええ。ですから、あの脅迫状の差出主には私たちの事業のために是非とも諦めて頂かねばなりませんわ」
「私たちの?」
「わたくしと、おじさまの、ですわ」
自分の頼みとする錬金術の粋を前に立つエメロッテは絶対の自信を纏って不適に笑った。




