2023年8月15⑥
「しかし俺たちまで呼ばれるなんて署の人員はどうなってるんだ」
部長はパトカーのトランクを開けながら部下に話しかけた。部下の返事を待ちながら部長は四個のパイロンと立ち入り禁止のテープを取り出す。
「ここを俺たちが離れたらまた誰かが中に入るかもしれんのに」
部長は部下の方を振り向き、パイロンを手渡した。
「私もそれを聞いたんですが、署の方たちはすでにあらかた駆り出されているみたいです」
「浜松城の方に充てられたのか?」
「いえ、そちらは中央警察署が対応しているみたいです。でも西部と中部にまた一ずつ似たような建造物が発見されたようで、そっちに駆り出されているみたいです」
三人は互いに言葉を交わしながら階段を取り囲むようにパイロンを設置し、テープを張っていく。
「新しいのはどこだ」
「それが佐鳴湖と浜名湖らしくて…すでに民間人の被害も確認されたと…」
「はっ、こりゃとんでもないことになるな…とりあえず話は分かった。後藤が運転しろ。俺は少し疲れた」
「分かりました…ところで部長」
「ん?なんだ」
「宝箱に何入ってたんですか?」
まっすぐにこちらを見つめる部下に、部長は少しバツが悪そうに窓の外に顔を向けた。
「ん…まぁ…な。署に着いたらな」
「なんすかそれ。なんで教えてくれないんですか」
「まぁ…な。内緒だ」
◆◆◆
「ふう…よしっ」
ポーションを手に取った警察官がゲートポータルからダンジョンを抜け出した。それを見送った俺は自然と深い息が漏れる。
取りあえず第一段階の作戦はうまくいった。とくに回復ポーションだったのは運が良い。まぁ新エネルギーになる魔石でも良かったが、もしかしたら既に他のダンジョンで負傷者も出ているかもしれない。このポーションの特性に気が付けば、ダンジョンの有益性が社会に証明されるだろう。
取りあえず今日はもう侵入者は殺さない。11000Pも獲得できたからな。今日一日はもし侵入者が新たに来ても、宝箱だけ与えて終わりだ。もっともさらに奥に進もうとするなら吹き矢と棘付き落とし穴で殺すがな。
俺が殺さなくても他のダンジョンが殺すだろう。すでにSNSではダンジョンに関する情報が錯綜しているに違いない。そのなかでダンジョンの危険性だけに情報が偏るのは好ましくない。
だから率先して俺は飴を蒔いていく。
新たに手に入れたポイントを使って、俺はコモンランクの宝箱をもう四つ用意した。これだけで2000Pも消費してしまっだが必要な経費だ。宝箱は一度なかを取り出されると、新しいアイテムが補充されるのに丸一日を要する。だから効率よく侵入者を宝箱の中身を持って帰ってもらうには、空の宝箱と交換していく必要がある。幸いにしてダンジョンボックスに入れている間は維持費はかからないからな。
一度にぜんぶ置いてしまうよりはこちらのほうがいい。俺は空になった宝箱をダンジョンボックスるにしまうと、新しい宝箱と交換した。
現状のダンジョンポイントは22576P。維持費は吹き矢を設置した分がふえて244Pだ。もしこのまま行くのなら俺の余命は約90日って所だ。
ダンジョンに時間は味方しない。維持費はかかるし、人間も次第にダンジョンに適応していく。それになにより総理大臣の能力にも問題がある。
だから取りあえずは一年間はなんとか生き残る必要がある。
そう改めて決心した時だった。
また新しい侵入者が現れた。
落とし穴で串刺しなった男と同じでまだ若い。手にはスマホを片手に辺りをきょろきょろとしていた。恐らく動画を撮影しているな。SNSに上げてくれるなら万々歳だ。
どうやら目の前の宝箱に気が付いたらしい。ゲートポータルの光があるとはいえ、やはり暗くてすぐには見つけにくいか。
はやりみんな緊張しているな。それに警戒も高い。まぁそりゃ入っていきなり宝箱が有ったら罠かと警戒するか。
のっそりと宝箱の前まで近づいてきた青年は、宝箱の右側にべつの通路がある事に気がついたようだ。
「うぉ⁉」
青年は一瞬だけ驚いたのか声を上げていた。スマホのライトでジグザグ通路の入り口を照らしている。そこから先は一切の光のない暗闇の中。すぐ近くには棘付き落とし穴と吹き矢が設置されている。
落とし穴に気づいて、ジャンプして飛び越えれても一瞬で四本の矢が放たれて串刺しだ。
「やべぇぇ…マジでこえぇぇっ」
なにか嫌な気がしたのだろうか、ジグザグ通路の入り口を見ながら青年は後ずさりする。もし命が欲しいならその直感は大切にした方が良いぞ。
案の定、青年は通路から視線を元の宝箱に移した。やはり大分警戒している様だ。宝箱からも距離を取り、足のつま先で押し上げる様に宝箱を開けていた。
宝箱の中身は…魔石が3つだ。まぁ外れだろうな。一つだけじゃないだけマシだが。
青年もなんとも微妙な表情を浮かべていた。一瞬だけ”魔石”という言葉が彼の口から洩れたが正解だ。君、それは人類のエネルギー問題を解決してくれる素晴らしい資源だぞ。喜んで持って帰りなさい。
青年はもう一度ジグザグ通路のほうを見つめる。もしかして先に進もうか迷っているのだろうか?それは止めといた方が良い!お前は無事に地上に帰って、スマホで取った動画をSNSに上げるんだ!
ダンジョンには未知のアイテムが眠っているとな!人類文明の可能性を飛躍させる。それがダンジョンなんだと!だからダンジョンに潜ろうと!そういうのがお前の使命だ!
俺の気持ちが伝わったのか、青年は宝箱に入っていた魔石三つを手に取ると、そそくさとダンジョンを後にした。
まき餌作戦は順調だ。少しぐらい怪しくても、人間側はまだダンジョンについて何も知らない。やっぱり警戒心が甘いし、好奇心と誘惑には勝てないか。
だがそれでいい。今のところはすごいいい流れが来ている。
このまま順調にやっていきたいものだ。
あれから4時間程度が経った。現在の時刻は16時を少し過ぎたあたりだ。ここでまた新たな侵入者が現れた。
「うおぉ⁉まじやべえって!」
「いやマジじゃん⁉マジじゃん!」
「え、どうする?まじで行く?」
新たな侵入者は下校途中の愉快な高校生たちだった。野球部なのだろうか?三人のいがぐり坊主たちがまるで乙女のように肩を寄せ合いながら、ゲートポータルの前でチンパンジーのように叫んでいた。
「ねぇ!ちょっ…あれ…」
「え⁉マジで⁉マジで⁉」
「宝箱⁉」
やっと宝箱存在に気が付いた坊主たちはお互いに顔を見合わせながら、宝場と交互に視線を交わす。やはり迷っているな?
「え?開けようぜ?」
一人がズボンに手を突っ込みながらそう言いだした。
「じゃあお前行けよ!」
「行け行け!開けてこい!」
「いやジャンケン」
「はぁ?おもんな…お前が言っただろうが早く行ってこい!」
「モンスターみたいなのが来る前に早く行ってこい!」
「ちょっ分かったから!でもお前らマジで逃げんなよ⁉」
「逃げねえから早く開けてこい!」
「マジで行けって!!」
「くそっ…なんやねんお前ら…マジで逃げんなよ!」
どうやら最初に言い出した子が宝箱を開けるために行かされたらしい。彼は二秒に一回後ろに振り向きながら宝箱の方へと歩いて行く。
そして宝箱の手前にたどり着き、五回目の振り向きをしたとき、ついに仲間の二人は消えていた。
「ちょっお前らまじで逃げんな言うたやろ!!おもんないねん!!」
そう叫びながら高校生はすぐに宝箱を開けた。宝箱を拡大してみていた俺は、その中身を見て叫んでしまった。
「うわマジかよ1%だぞ」
宝箱の中身はなんとスクロールであった。レア度はただのコモンだが、それでもこのスクロールを開けた奴はランダムでスキルが手に入る。
「なんだこれ…」
それを知らない高校生は困惑した様子であったが、すぐに我に返ったのか中身を掴むと、必死な形相でゲートポータルに向かって走り出した。
「まじでおもんないねん、アイツら」
そう捨て台詞を吐きながら。