2023年8月15⑤
『侵入者を殺害しました。ダンジョンポイントが+1000P獲得しました。称号”勇者”持ちを殺害しました。ボーナスが加算されます。ダンジョンポイントが+10000P獲得しました』
「は?勇者?え?」
ダンジョンが完成して十分もしないうちに侵入者が入ってきた。案の定、入ってきた瞬間に棘付き落とし穴に落ちて、全身串刺しで即死したのはいいが、勇者という言葉に理解できなかった。
おそらく自分以外のダンジョンもまだ生まれたてか、発生すらしていないだろう。なのにすでに人間側に勇者という存在が生まれていることが理解できなかった。
まぁもうすでに死んだので関係ないのだが、勇者と言えば魔王と対となる存在だ。ダンジョンが生まれたこの世界で、勇者が人間側に生まれるのはべつにおかしな話ではないのかもしれない。
だがこんな話あり得るか?自分がやっておいて言えないが、その人類の要となるかもしれなかった勇者が、ダンジョンが生まれた初日に落とし穴で死ぬなんて。
「ふはっなんじゃねそれ」
まぁ俺にとっては好都合だ。まだ人類側も勇者の存在に気付いているやつはいないだろう。なにせ本人がもう死んだのだから。
ダンジョン画面に映るダンジョンポイントは24576P。試しに俺は棘付き落とし穴を長押ししてみた。すると「ダンジョンボックスにしまいますか?」と小さなタブが出て来たのでそれをタップした。
これで維持費は現状214Pに減った。これ日をまたぐ間にオブジェクトをボックスに仕舞えばポイントを節約できるな。いいことを知ったぞ。しかしそうなると、説明の無いこのダンジョンが余計に不親切に思える。
勇者という存在がいることもしかりだ。この現象を生み出した首謀者は人間を殺せと言ったが、だからといってダンジョン側の立場にいるとも思えない。だったらもっとダンジョン側に有利なようにするはずだ。
となると首謀者の目的は俺らダンジョンと人間側に殺し合いをさせることかもしれん。だがダンジョンに不親切だったり、勇者があっけなく死んだりと、ダンジョン側にも人間側にも不親切だ。
なのにダンジョンは滅んでもまた新しいのが生まれるときた。だとしたら勇者もまた新しい存在が生まれるかもしれない。
まるでどちらか一方に勢力が傾くことを望んでいないようだ。つまりは出来るだけ長く両者が戦ってほしいのだろう。
首謀者の手の平で踊らされているのにはなんともいえない気持ちになるが、それでも俺はまだ死にたくない。だから首謀者の思い通りになろうとも、できるだけ長く生き残って侵入者を殺害する。
勇者であった人間を殺したとき、最初に1000Pを獲得した。おそらく単純な人間一人分のポイントは1000ほど。だから今回の殺害で11人分の人間を殺したのと同じ稼ぎになった。
これ以上は一旦中止だ。一度に行方不明者が出ても封鎖される。取りあえず一度ダンジョンボックスにしまった棘付き落とし穴と、4個の吹き矢をジグザグ通路に入った二回目の曲がり角に設置した。
吹き矢は設置すると同時にセンサーも配置した。これで防御は完璧だ。ダンジョン画面に映る時刻は12時46分を指している。取りあえずはここから24時ギリギリまでは粘るつもりだ。
人間を卒業してしまった俺に睡眠が必要かは分からないが、必要だとしたらかなり厄介だ。トラップもそのまま設置しとかないといけないから維持費はかさむし、寝ている間に侵入者が入って来て対応できなくなるかもしれない。
最悪、睡眠が必要なら寝ている間は初手落とし穴作戦をしといたほうがいいかもな。だが取りあえず、日付が変わるまではこのまま次の侵入者が来るのを待つしかない。宝箱を開けて、中にあるアイテムを持ち変えてくれれば上出来だ。
最近はスマホ一つで簡単に情報を発信できる。SNS上でダンジョンから未知のアイテムが採れることが世に広まれば、行政が封鎖や規制をしようとも、密入者は来るだろう。
あとは侵入者にアイテムを持ち帰らせながら、時々侵入者を殺せばいい。ていうかそれなら、ランダムに初手落とし穴作戦をする日と、なにもせずに宝箱を取れる日を設ければいいのでは?
侵入者の人数や設置する宝箱の数にもよるが、確立としては月に一回でも人間を殺せれば赤字になる事はない。どうせ最低でも一年以上は政府は動かないだろう。だから無理しない範囲で人間を殺せばいい。
とうぜん、落とし穴作戦をしていない日でも、侵入者が宝箱がある入り口の手前であきらめず、さらに奥に進もうとするなら容赦なくトラップ地獄でぶっころすだけだ。
そうすればいずれ侵入者も奥に入れば返ってこれない。そして手前までであれば、毎日潜ったとしても97%の確率で生きてアイテムを持ち帰れる。
モンスターと戦う勇気や力がなくても、金も稼げて、運が良ければ武器や防具も手に入る。それならこの作戦でも十分に来る奴はいるはずだ。
俺はダンジョンの画面を睨みつけながらじっと侵入者を待ち続ける。
時刻は13:30分。ついに二人目の侵入者が現れた。
「うわ、まじかよ」
なんと二人目の侵入者は警察官であった。想定よりもかなり早い登場に内心焦りが募る。もしかして先程殺した青年は近所に住んでいたのかもしれない。家族が通報でもしたのだろうか。
警察官は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべ、足を止めた。するとすぐに腰のベルトにあったトランシーバーを口元に寄せた。
俺は画面を指で操作し、警察官がいる場所を拡大した。このダンジョン画面の凄い所は、画面を近づけるとその付近の音が聞こえるのだ。
「えーこちら、さきほど佐鳴台と篠原町で確認されたおなじ建造物のなか…通報者の家族は見えず…向かい側に宝箱のようなものと、その右側に通路を発見…応答どうぞ」
警察官はどうやら外に居る仲間に連絡を取っている様だ。だがトランシーバーから応答の声はない。警察官は先程と同じ内容をもういちど繰り返した。だがやはりトランシーバーは無反応。おそらくダンジョンの中では電波は届かないのだ。
俺と同じ考えに至った警察官はすぐにゲートポータルを通じてダンジョンから出ていった。
かなり警戒している様子だな。それに警察官を殺すのはさすがにまずい。すこしトラップの位置を変えておくか。
そして俺がトラップの位置を変え終えてから数十分。14時をすこし下回ったころ。三名の警察官がダンジョンに侵入してきた。
応援を呼んだ割には少ない。人間のころに見たテレビでは大麻所持者を捕まえるのにだって6人ぐらいで取り囲んでいたのに。
佐鳴台や篠原にもダンジョンがあるようなことを話していたが、もしかしたらそっちの方に応援に向かっているのかもしれないな。
「あれか」
「はい、あれ…宝箱っすよね?」
「そうだね完全に宝箱…怪しいな」
「爆弾の可能性もある」
どうやら警察官は宝箱をみて大分警戒している様子だ。まぁ流石と言ったところか。だがこれからどう動くつもりだ?
「雄大君は爆発の原因を探すためにこっちのほうに来たんだよね?」
恰幅の良い男が最初に入ってきた若手に話しかけた。
「はい、お母さんからはそう聞いています」
「こっちのほうに来て、あの階段を見つけて、この中に入っていた…」
「あれですかね…ゲームみたいなそういうの……」
「……分からん。だがさきほど浜松城の近くに巨大な塔が出現したらしい」
「こんな同時に…」
不安な様子で上司らしき警察官を見つめる若手に、その警察官は宝箱を指さした。
「ああ、少なくとも人間の常識が通用しない非常事態が起きていることは確かだ…あの宝箱を開けるぞ。あれを確認しないことにはなにも分からん」
「爆弾の可能性は⁉」
若手とは別のもう一人の警察官が声を上げた。だが上司はいたって平然とした表情を浮かべたままだ。
「ある。十分にな」
その返答に二人はいっそうと眉間にシワを寄せながら上司に詰めよる。
「じゃあ――」
「だからお前たちは地上で待機しろ。もし今から三分以内に俺が地上に帰って来なければ、新たな応援と救急車、消防車を呼べ」
「ほんとうにやるんですか⁉爆発処理班を呼んだ方が…」
「時間がたてばたつほど行方不明者の生存可能性は低くなっていく。いま現場にいる俺たちがこの建造物について、なにも分からずに署に戻るのは危険だ」
「…俺たちは地上で待機していればいいんですね?」
「ああ、お前らが出てから3分以内だ」
「分かりました…村松さん…頼みますよ」
「部長…ご武運を」
「おい、それだと今から死ぬ見てぇじゃねえか」
部長の冗談に二人はぎこちない笑みを浮かべながらダンジョンから撤退していった。一人残った部長はいったん深呼吸すると、ホルダーから拳銃を取り出してゆっくりと向かっていく。
「小さい頃はドラクエの世界を探検してってな…よく夢見たもんだ」
ゆっくりと一歩ずつ、すり足で部長を宝箱に向かって歩を進めていく。その顔にはかなりの数の汗が浮き上がっていた。そしてついに手前までたどり着くと、部長を深く息を吐き、崩れる様に床に片膝をついた。
宝箱の大きさは縦横高さ100cmほど。
部長は両手で宝箱の蓋をつかんで上に上げた。
「はっ……なんだこれ…本当にゲームじゃねえか」
あけた宝箱の真ん中には、小さなガラス瓶が鎮座していた。中には光る緑色の液体が入っている。ビンを取り出し、立ち上がった部長は宝箱の右側を振り向いた。
この通路は右側へと続いている。あのゲートポータルの光のおかげでまだ宝箱は目視できたが、この先は暗闇の中だ。それにこの足場の悪さ。革靴では歩きづらい。
遭難者はこの奥に向かった可能性がある…一つだけ、この宝箱を無視したのには疑問
があるが…もし奥に入っていったのであれば三名だけで向かうのは危険だ。
この緑色の液体が入ったガラス瓶。自身の独断と偏見、そして状況から察するに小さい頃に遊んだゲームにある、回復ポーションのようなものかもしれない。そして宝箱に洞窟。
趣味の悪いテロリストの仕業でなければ、ここはダンジョン…のようなものなのかもしれない。ということはモンスター…未知の生命体に出くわす可能性もある。最悪は魔法のような力を使ってくる化け物もいるかもしれん。
もう一般の警察では手に負える話ではない。SAT――では火力に不安がある。そうなったら自衛隊だ。
どのみち、これ以上の奥に進むことはできない。俺に出来ることはこのことを署に報告して命令を待つだけだ。
部長はポーションをポケットにしまうとゲートポータルを潜り抜けた。
「部長!!」
階段を登って地上に戻ると、部下の二人が声を上げて駆け寄ってきた。てっきり爆発で死んだと思ったに違いない。真っ青な血相で向かって来た二人に、苦笑いを浮かべた。
「とんでもないもを見つけた。すぐに署に戻るぞ」
「それより署から連絡が!」
「なにがあった?」
「佐鳴台に向かった班で負傷者が出たらしいです…至急応援に向かってほしいと…」
まさか本当にモンスターがいるのか?だとしたらこのポーション…役に立つかもしれん。
「分かった…雄大君のお母さんに説明したらすぐに向かおう」
「分かりました!」