第一話
「そのキッシュ美味しいですか?」
四葉は横から話しかけられて驚いた。何せ美しい料理の形を損なわないよう,細心の注意を払って皿に移そうとしていたし,まさかこのパーティー会場で自分に話しかける人物がいるなど思ってもみなかったからだ。しかも話しかけてきた相手を見てさらに驚いた。美形の男子である。
「えっと…?」何とも情けない声が出てしまった。
「ああ、急に話しかけてごめんね。君がちょっと前にもそのキッシュを取っていくのを見たから、余程おいしいのかと思って」
天然だろうか、少し明るい髪の毛を後ろに流し、こちらも大方の日本人よりは薄い色の瞳から好奇の視線が頭一つ分ほど高い位置から四葉に注がれている。
なるほど。この獲物があと一欠けらだということで諫めにきたのか。
「すみません。友人の分なんです。新しいものを貰えるように係の人に言伝しますので、ちょっと待ってもらっていいですか?」
そう言って四葉が周囲を見回し,目が合った男性スタッフの方へ足を向けようとした時,
「いやそういう意味ではなくて…僕のこと、覚えてない?」とその美形が腕を伸ばし,四葉の進路を阻んだ。
四葉はその行動に驚きながらも考えた。正直こんなキラキラした人物と係り合った覚えがない。けれどもこのパーティーに同伴してくれた叔父の手前、馬鹿正直に「知りません」とも言いにくい。叔父の大事な取引先の人などであったら迷惑を掛けてしまう。
しかも先ほどの腕をまわす仕草でなぜか周囲が少しざわめいた。こんな目立つ人とは四葉の立場上,あまり一緒にいたくない。どうにか角を立てないようにここを切り抜けて席に戻らなくては。
そうあまり回転の速くない頭を四葉が働かせていたとき,
「四葉ちゃん、どうしたの?」
と桜色のワンピースを着た藤堂 玲がおそるおそる声を掛けてきてくれた。
「藤堂さん!」
四葉はこれぞ天の助けだと思い,若干の涙目で玲に(ここから上手く連れ出して)という懇願の視線を送った。
ところが,当の美形が
「藤堂製薬のご令嬢ですね。良かったら席をご一緒しても?」と周囲の女性たちがとろけるような微笑みとともにこう言ったのだ。