祭りの帰り道
僕の通っていたS中学校では毎年7月の終わりに校庭で祭りが催されており、中学3年生の最後の夏休みに僕も3人の友達と一緒に祭りを訪れていました。田舎で規模もそれほど大きくはないので見知った顔が多く、普段学校で会う同級生たちとも度々すれ違っては声を掛け合います。
当時、僕を含め周りの家庭は門限が厳しく、遅くても19時までには家にいないと説教されるというのが当たり前でした。しかしこういった祭りのようなイベントの日においては門限も緩くなって夜遅くに帰っても特になにも言われません。
ましてや今年は中学生最後の夏休み、受験に向けて多忙になる上に志望校の違う僕らは卒業してしまえばバラバラです。少しでも多くの思い出を作ってほしいとこの日、僕は父からビデオカメラを貸してもらえました。
インターネットもまともに普及しておらず携帯電話すら持たせてもらえなかった時代、こういったハイテク機器を持たせてもらえるということに大変喜び興奮していたことを今でも覚えています。
それから数の少ない露店を巡ってグラウンドの隅で談笑している様子を映像に収め、僕たちは"肝試し"と称して灯りのない学校裏にまで繰り出すともちろんそこでもビデオカメラの録画を回しました。
テレビで見るような心霊現象でも起きないかと期待していましたがなんの曰くもない中学校でそのような事はそうそうありません。少しがっかりはしましたが普段ならば家にいなければならない時間帯に外で友人たちと遊んでいるという高揚感であまり気にしていませんでした。
やがて祭りが終わるとどんどん人がいなくなっていき、僕たちも名残惜しげに会場を後にします。時刻は夜中の10時頃、さすがに帰らなければ家族が心配しはじめる時間帯ですがそれでも少しでも長く友人たちと遊びたい気持ちからある事を思い付きます。
「せっかくだしあの墓地通って帰んない?」
S中学校の近くには小さな山があり、共同墓地として利用されていました。そこへ行くには橋を渡らなければならず、普段なら遠回りになってしまうため滅多に足を踏み入れませんがせっかくだし通って帰ろうという提案にクラスのムードメーカーであるA君と他の2人も賛成してくれました。
橋を通って山に入ると灯りがほとんどなく、日中に見掛けるのとはまるで違った雰囲気を感じながらも友達と一緒で気が大きくなっていた僕は起動したビデオカメラの録画開始ボタンを押しました。古びた淡い緑色の照明を頼りにはじめは談笑していましたが、意外と広い敷地を進むほどに深くなっていく暗闇と周囲に建てられたおびただしい数の墓石が醸し出す不気味な迫力に圧倒されて口数も減り、夜の墓地へ入った事を皆が後悔しました。
しかし入ったからには通り抜ける他になく、唯一の救いといえばなにも起きなかった事です。このまま無事に墓地を抜ければ家に帰れる、そう思っていた矢先に突然A君がピタッと立ち止まってなにも見えない暗闇をジッと見詰めはじめました。どうしたのだろうと心配する僕らに彼はこう言います、『あっちいくわ』と─────
きっとビデオカメラの映像に撮れ高を残したいのだろうと、A君のノリの良さをわかってはいましたが一刻も早くこの場を去りたい僕らは『やめとけ』、『帰ろう』と引き止めますが頑なにその方向へ行きたがる彼に様子がおかしいと、強引に腕を引っ張ったり背中を押したりしてなんとか墓地を抜けると逃げるようにその場を離れました。祭りは楽しかったけど夜の墓地はもうこりごりだ、おそらく全員が同じ事を思っていたでしょう。
それから2人の友達と別れ、家が近かったA君と一緒に帰っていましたが『めっちゃ怖かったな……』などと先ほどまでの様子が嘘かのように怯えていました。恐怖を忘れようとするかのように互いが好きな漫画やアニメの話をする彼は普段と変わらず僕も安心して一緒に笑いながら帰り道を歩きます。
道順的にA君を家まで見送り帰宅した僕は母から風呂に入るように言われ、あんな事があったせいか髪を洗っている最中に感じる気配に後ろを振り返りますがなにもいません。その後はすぐ眠りについてしまい、起きた頃には昨夜の楽しい記憶しか残っていませんでした。テーブルの上に置きっぱなしになっているビデオカメラを起動して録画した映像を見直し、画面の中で繰り広げられる自分と友達のやりとりにつられて笑いが零れました。
そして夜中の墓地で撮った映像も録画されており、当時の状況を思い返していると画面の中でA君があの言葉を呟きます。
『あっちいくわ─────』
あらためて見てもその言動は不可解でどこか不気味でもありました。なにが彼をそうさせたのか、ふとA君が見詰める視線の先を撮っていた映像の中でそれを見つけてしまったのです。
「……は?」
僕は慌てて部屋を飛び出し、リビングにある電話でA君の家に掛けました。『もしもし?』と電話に出たA君に昨夜の祭りの帰りに寄った墓地での事を覚えているか訊ねました。すると夜の墓地が想像よりもおっかなくてさっさと通り抜けたじゃないかと、その声色からも彼が冗談を言っているようには思えずそうだよなと僕は映像で見たものの事を聞けないまま電話を切りました。そして部屋に戻って再び映像を見てみてもやはりそれはいたのです。
A君が言うあっちに立つ白い影、はっきりと人の形をしていて僕や他の2人はその存在に気付いていません。なぜA君だけがそこに行こうとしているのか突き止めるべく、おそるおそる影の動きに注目してみると腕 (?)をずっと上下にゆっくりと動かしていました。もしかしたらA君はこの白い影に呼ばれてしまっていたのかも知れません……
僕たちが引き止めなければ彼はどうなっていたのだろうか、そう思うと恐ろしくてどうすればよいかわからず父に映像の事を伝えました。怯えた様子の僕に何事かと驚いた父が白い影を見て眉をひそめ、保存されていたその映像を消去すると『もう大丈夫だ』と励ましの言葉を掛けてくれました。
結局A君に白い影の事を告げられないまま中学を卒業、別々の高校に進学した友人たちとはいつしか疎遠になりました。そんなある日、偶然再会を果たしたA君とまた友人たちと集まって夏祭りに行きたいなと懐かしむ一方で夜の墓地には絶対に行きたくないと強く言う彼にどうしてかと理由を訊ねながら久しぶりにあの白い影を思い出してしまいます。
そして『覚えてないのかよ?』と少し声を荒らげて不機嫌なA君のその後の言葉に僕は内心戦慄しました。
「お前ら腕引っ張ったり背中押したりして俺を灯りのない暗い場所に連れて行こうとしてたじゃん。せっかく綺麗な女の人が声を掛けてくれたのにさ」─────