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私と彼女




 ある日仕事部屋からリビングに入ると、キアちゃんが一枚の紙を凝視していた。

 その目は真剣でその紙に書かれている文字を懸命に追っている。私は開いたドアをノックして入ってきたことを伝えると、気付いたキアちゃんが慌てて座り直しその紙を後ろ手に隠した。


「……ははぁーん……」


 そう言うと、キアちゃんは私の顔を見てあからさまに嫌そうな顔をする。


「……何よ」

「さては、ラブレ……ぶはっ!」


 飛んできたクッションで言葉を遮られた後、床に落ちたそれを拾った。


「……キアちゃんクッションは投げるものじゃないんだけど」

「あんたが変なこと言うから悪いの!」

「……はいはい、ごめんね。……だってキアちゃんが真剣な顔で手紙読んでるんだもん。大事なお手紙なのかなって思うじゃない」

「っ……それは…………」


 キアちゃんが言いにくそうに俯いた後、着替えてくる、と言って部屋に戻ってしまった。

 ……どうしたんだろう。キアちゃんがあんな顔する時は何かあった時。いつもキアちゃんにお世話になりっぱなしの私としては彼女の手助けをしてあげたい。……でもキアちゃんの性格からして私に素直に相談してくれるわけないし……。

 どうしたものかと考えていると、着替えてきたキアちゃんがちょっと出てくる、と言ってそのまま家を出て行ってしまった。


「………………」


 私はチラリとキアちゃんの部屋を見る。

 夜寝る時以外は鍵を閉められた部屋。私が入れるのはキアちゃんが寝る時湯たんぽ代わりに必要とされている時だけなんだけど……。


「……おっ」


 ドアノブを回すとその扉は簡単に開いた。

 ……珍しい……と思いながらも、さっきの様子を思い出すとだいぶ動揺していたように見えたから鍵を閉め忘れてしまったのだろう。

 部屋の中は相変わらず殺風景で、唯一物が溢れているキアちゃんの机には辞書と専門書が並んでいた。少しでも物を動かしたらすぐにバレそうで、私は慎重に部屋の中に足を踏み入れる。するとゴミ箱の中にさっき見た紙と同じような物を見つけた。


「…………これかな」


 そっとゴミ箱の中からそれを取り出すと、キアちゃんが通っている学校のお知らせの紙だった。


「………………」


 キアちゃんが真剣な顔でこれを見つめていた気持ちが分かって胸が痛くなる。私はそっとそれをゴミ箱に戻し、リビングに戻った。

 時計を見上げればキアちゃんが出て行ってから30分が過ぎた頃だろう。あの食いしん坊なキアちゃんが冷蔵庫も覗かず外に出て行ってしまった。


「……どこ行ったんだろ……キアちゃん」


 探しに行っても私じゃすれ違いになりそうだ。……諦めて私は台所に立った。



+++



sideキア



 ……なんて言えばいいんだろう。

 考えてたら自分でもどうしたらいいのかわからなくなって家を出てきてしまった。彼女の顔を見たら、ただ一言が言えなくなる。


「…………はぁ……まぁ、いっか。観に来ない家、多いみたいだし」


 でもラブレターと勘違いされるなんて……ちょっと傷ついた。何あの嬉しそうな顔。私にそーゆー相手が出来たら嬉しいわけ?……そう思ったら腹が立ってきて、

 ぐぅぅぅぅぅ……、と盛大にお腹の音が鳴った。


「……そういえば帰ってから何も食べてなかったな……」


 冷蔵庫を覗くよりも彼女に聞くかどうか迷ってたから。こんな寒い中外に出てまで悩むことじゃないんだけど、……でもこーゆーの、ちょっと憧れてたし、……あなたのおかげだってこと、面と向かって言うのは嫌だけど、見せるぐらいは……って思った。何かと学校に通ってる私のこと気になってるみたいだし。


「…………はぁ……帰ろうかな」


 手足も冷たくなって、帰ってからどうやって彼女を湯たんぽにするか考えてるうちに家まで辿り着いていた。そしてどこからか美味しそうな匂いが風に乗って流れてくる。

 ……憧れてた、家庭の匂い。事務所兼住居のビルに入り階段を上っていくと、その香りは強くなる。そして階段の上った後、長い廊下を歩き、玄関の扉の前で足を止めた。


「…………いい匂い……」


 この匂い……うちのだったんだ。

 嬉しさで心が満たされる。この扉を開けたら、きっと彼女が笑顔でおかえりって言ってくれるんだって簡単に想像できる。私はしばらく扉に頭を押し当てた後、ゆっくりその扉を開いた。


「…………ただいま」


 玄関を閉めた音で分かったのか、リビングの扉を開く。


「あ、キアちゃんおかえり~……ちょうどご飯出来たから、手、洗ってきて」

「うん」


 笑顔の彼女におかえりって言われて思わずにやける。そして言われるまま洗面所に向かって手を洗い終えた後、リビングへ向かうと鼻歌を歌いながらエプロンを付けた彼女がキッチンに立っていた。


「……お腹空いた」


 引き寄せられるように鍋の前に立っている彼女の背中にくっつくと、その手が私の手に触れてくる。


「つっ、めた」


 手の冷たさに驚いて振り向いた後、彼女は両手で私の顔を包んだ。彼女の心配そうな顔にキュンとしている私の心なんか知らず、寒かったでしょ、と抱きしめてくるから私の心臓はバクバクと大きな音を立て始める。心臓の高鳴りが伝わってしまうんじゃないかと心配になりながらも、この温もりから離れたくなくて私は彼女の肩に顔を埋めた。


「……さすが私の湯たんぽ。……何でこんなにいつもあったかいの?」


 ……それは体温だけじゃなく、心の温かさまでそう感じる。


「えー?……キアちゃんが冷たすぎなんじゃない?心の冷たい人は……むぐぐ」


 彼女の口を手で押さえると、恨めしそうな目が私を見ていた。


「ふんっ。……確かにあんたは色んな意味で熱いもんね。……暑っ苦しいぐらいだし!」


 その肩を押し返して離れた後、背中を向けると笑い声が聞こえてくる。振り返るとにやにやした彼女が私を見ていた。


「……キアちゃんは一見冷たそうに見えるけど、すっごく優しい子だよね」

「……はぁ?なにそれ。わ……私のことおだてて何かやましいことでもあるんでしょ」


 そう言って彼女の顔を見上げると、あからさまに動揺してる。

 そんなにわかりやすい反応されたら逆に知らんぷりも出来ないじゃない。


「……目が泳いでる」

「キアちゃんこそ顔真っ赤じゃん」

「っ!わっ……私のはいいのっ!」

「キアちゃん私に隠してることあるでしょ?」

「……え……?な、何のこと?」


 本当にわからなくてそう聞き返すと、彼女は不服そうな顔して私をジッと見る。何のことだろう……この間彼女にまた嫌がらせしてたスラム街の奴らをストレス発散でボコボコにしたこと?でもあれはちゃんと口は封じたはずだし……。それかそいつらから巻き上げたお金でギャンブル当てたことかな……。

 チラッと彼女の様子を見ようとしたけど、鍋の方が気になるのか背中を向けていた。


「ねぇ……わかんないんだけど」

「……キアちゃんが熱心に見てた紙のこと」


 ドキッとして私はさっきゴミ箱に捨てたあの紙のことを思い出す。


「…………もしかして私の部屋、入った?」

「……言ってほしいな~……」


 背中を向けたまま、ボソッと彼女が呟く。


「勝手に私の部屋入らないでよ……他、見てないでしょうね」

「……だってキアちゃん深刻な顔してたのに私に何の相談もしてくれないんだもん」

「っ…………だって、」


 私の部屋に勝手に入られた怒りよりも、……ちゃんと私のこと気にしてくれてたんだって嬉しくなってしまう。


「……うぅ……」


 私は耳が熱くなるのを感じて俯いた。


「あ、……あの……来週、なんだけど、」


 ぐぅぅぅぅぅぅ


「「………………」」

「……ぷっ。……くくっ、ご飯にしよっか」

「…………もぉっ、私のバカッ!」


 お腹を叩いたら余計お腹が空いたと声を上げる。彼女はまた私のお腹の音を聞いて笑っていた。


「……キアちゃん、冷蔵庫の中に入ってるサラダ出してくれる?」

「……うん」


 はぁ……言いそびれちゃった。もうバレてるなら聞くのに緊張することも無いのに。そしてテーブルの上に二人分の食事のセットを並べた後、キッチンに入ると彼女に呼ばれた。


「……味見してくれる?」


 スプーンを向けられてそれを一口含むと、じんわりとコンソメの味が口に広がる。……この味、家の味って感じがして好き。


「……おいひぃ」

「おいひぃ?良かったね~スープちゃん。うちの姫がおいひぃって」

「………………」


 噛んだのをそのまま返されてわき腹をつねると彼女は大げさに痛い痛いと叫ぶ。


「……ふふんっ、いい気味ね」

「天使が……うちの天使が堕天使に」

「誰が堕天使だっ!」

「わぁ!お腹空いてるキアちゃん危険っ。……ほら、あーん」


 またわき腹をつねってやろうと思ったら、その前に口に何かを押し込まれる。


「……もごがぁあ」


 問答無用でゆで卵を口に入れられて、私は黙る。

 塩がちょうどいい……。でもやっぱり私はマヨネーズかな。


「……むぐむぐむぐ……」


 ……今日はこれぐらいで許してやるか、と私は冷蔵庫を覗いてマヨネーズを手に取った。


「……堕天使がゆで卵で天使に戻った。……はぁ……良かった、卵ゆでといて」

「……もが?」

「そうそう、あとこのスープね。ありがと」


 そして手渡されたスープを持ってリビングの席につく。


「今日寒いからスープにしたんだ~」

「……いつもの手抜き料理でしょ?」

「ひどい!…………まぁ、煮込んだだけだけどね。いただきます」

「いただきます」


 反対側に座った彼女の顔を見ると、スープの具材を頬張った後、美味しい美味しいと口を動かしていた。私もスープを口にするとさっきまで冷えていた体がポカポカと温まってくる。


「……はふはふっ」

「キアちゃんそんなに焦って食べなくてもいっぱいあるから大丈夫」

「っ、うん……美味しい。……あと、ゆで卵まだある?」


 そう聞くと、彼女はにやっと笑ってゆで卵を器一杯に乗せたものを私の目の前に出した。


「……ふぁ……!」

「……はい、あーん」

「……あー……もごがぅん?」

「なんだって?」

「むぐっ、……嬉しい?私にあーん、出来て」


 彼女は一瞬驚いた顔をしていたけど、すぐふにゃっと笑った。


「……うん、もちろん嬉しいよ?私の可愛いキアちゃん」


 ふぁっ……、と思わず声がもれて、顔が熱くなる。……ズルい……。からかっただけなのに彼女が嬉しそうに笑うから私は何も言えずに俯いた。


「…………来週さ、」

「うん」

「……合唱の発表会があるんだけど。……授業参観兼ねたやつ」

「行きたいっ!」

「っ……まぁ……あんたが来たいっていうなら、……止めはしないけど」

「ふふっ。キアちゃんの天使の歌声聞けちゃうんだ~」

「……ぅ、いや……私、歌は苦手だから指揮者なんだ」


 ……私がやるとみんなが言う事聞くから、って言われてやってる。そう言うと、彼女が眉をひそめた。


「その眼光の鋭さが鬼気迫ってて良いとか、指揮棒で指される時の今にも殺されそうなドキドキ感が最高、なんて言われてるの」

「……ごめん。一旦、そのクラスメイト殴っていいかな」

「……え?それ褒め言葉じゃないの?」

「…………キアちゃん変な奴に引っ掛からないでね」

「……はぁ?あんたに言われたくないし」


 彼女の顔を見ると、頭を押さえてため息をついていた。

 ……っていうか、彼女のこと好きな時点で、……ちょっとそうかも、と思ってしまう。


「……あんたは……変な奴?」

「私?……そーねぇ……うーん……まとも、とは答えにくい」

「ふふっ。だと思った」


 彼女は私の言葉に随分とショックを受けていたけど、自分がまともだ、と答えない彼女のこと、私はとても好きだ。


「……お願いだからそんなやつ連れて挨拶に来ないでね」

「……どういう意味?」

「キアちゃん可愛いんだから、ほんと気を付けてよ?」

「……それは……あんたもそうじゃん。……私の気持ちも考えてよ、馬鹿っ」


 ボソッと呟いた声は彼女がズズズッと音を立ててスープを飲み干した音で消された。



+++



 当日会場のロビーで彼女を待っていた。クラスごとの発表だからその順番を待っていると、やけに目立つその姿が見えて会場に入る前に拉致した。


「……何その格好」

「……え?おかしい?」

「全部おかしい」


 私の名前の入った布を額に巻いてるし、手持ちのプレートに『天使』『最強可愛いうちの子』と書かれている。


「……これ、どうしたの?どういうセンス?」

「滅殺Tシャツ着てるキアちゃんに言われたくないけど……。これ徹夜して作ったの」

「っ…………もぉ」


 こんなふざけたもの要らないって言いたかったけど、彼女が徹夜してまで私の為に作ってくれたっていうならそんなこと言えない。……むしろ嬉しくて、今日が終わったら私が貰おうとさえ思ってる。


「……はぁ…………まぁ、いいけど、静かにしててよね」

「はーい。……それより今日のキアちゃんいつも可愛いのに100倍可愛くない?」

「っ!……べっ、別に何もしてないし」


 ……ほんとはあんたが見に来てくれるからってちょっとメイクしたとは言いにくい。知らんぷりして気のせいだよ、って言えば、彼女は疑うような視線を私に向けた。


「……私が可愛くなったからって、あんたが困るわけ?」

「いつも可愛すぎて困ってるのにそれ以上私を困らせて楽しい?」

「――なっ!…………うぅ……。何でそんな馬鹿なこと真面目に言うの?馬鹿なんじゃないの?!」

「ふふふっ。照れてるキアちゃんも可愛いんだ~」

「もぉっ、馬鹿っ!ほんと馬鹿っ!」


 そう声を上げた所でクラスメイトが私を呼びに来る。


「……キアちゃん、私楽しみにしてるからね」


 私の頭を撫でて会場に入ってく彼女を見送った後、クラスメイトにお姉さん?と聞かれて私は言葉に困った。


「……うーん……自称私の保護者のお姉さん、かな。……今はね」


 この関係性は居心地が良いけど、それだけだ。

 ……私はもっと彼女の一番になりたい。他の奴に目移りする機会なんて与えないぐらいに。


『いつも可愛すぎて困ってるのにそれ以上私を困らせて楽しい?』


 さっき彼女が言っていた言葉を思い出し、頬がにやける。


「……楽しいよ。……すっごくね」


 彼女を手に入れる計画はまだ先が長い。

 私が大人になったら、彼女はもっと大人になる。

 手を伸ばせばいつでも彼女に触れることは出来るけど、……いつか、私に触れることに戸惑ってほしい。

 彼女が私を意識した瞬間、その関係は変わるから。






「……どうだった?私のクラス」

「……えっと独特と言いますか……。っていうか何でキアちゃんクラスメイトにまで姐さんって呼ばれてるの?」

「あぁ。前に学校にチンピラが悪さしに来た時にボコって土下座させた」

「……あーもぉ、何でうちの子は喧嘩のことになると血の気が多くなるかな」

「それより、私が聞いてるのはそういうことじゃなくて!」

「……まぁ……キアちゃんが一番可愛かったかな」

「っ……違う……けど、まぁ……それはそれで嬉しい」

「合唱曲に選んだ楽曲がおどろおどろしすぎて正直キアちゃんの可愛さしか覚えてない」

「…………え?みんな私が選んだ曲、良いって言ってくれたけど」

「………………何なの?キアちゃん、クラスまで支配してるの?」

「クラスまで、ってどーゆー意味よ」

「……さすがスラム街の堕天使……」




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