09.ざまぁ? 致しません。
「はぁ。何と言うか……アンタも災難だったねぇ」
「はい。なので婚約破棄出来て良かったと思っています。予言とペンダントをいただいた事で、沢山備える事が出来ましたし」
もしもあの時予言を聞かなければ、こんなに用意周到に計画を立てる事は出来なかっただろう。
きっと泣きながら実家に帰るか、クリストファーの想像通り、泣いて縋りついたのかもしれない。
「なので本当に感謝しております。ありがとうございます」
「律儀だねぇ。構いやしないよ。雲を掴むような話だってのに、ちゃんと自分で努力した結果だよ」
おばば様はそう言うと、再び薬草茶をしかめっ面をしながら煽った。
エヴィもおずおずとカップを手に取り、小さくひと口、口にしてみる。
「~~~~~~~~!?」
(ぐえぇっ!!)
不味いなんてもんじゃない。
苦くて辛くて酸っぱくて、なのに変に甘くて。
鼻を突く激臭と不快臭。そしてねばねばザラザラとした妙な口当たりとのど越しに、吐き出さないように両手で口を押さえる。
一度口にしたものを吐き出す訳にも行かず、喉が非常に拒否しているが、涙目になりながらやっとの事で飲み下した。
「……うぅぅ……」
ぐったりとテーブルに懐いていると、クククッとおばば様が人の悪い顔で笑っているではないか。
恨みがましい顔でおばば様を見たところで、勢い良く扉が開いた。
「ババア、帰ったぞー」
森で獲物(夕飯の材料)を獲って来たらしい魔人が、ウサギや鳥を担いで帰って来た。
ランプのチャームからすっかり抜け出た魔人の脚は、遠くの国のお伽噺のおばけのようににょろろんとしていた。
肌の色は相変わらずの紫色で大層顔色が悪く見えたが、大変健康。通常運転である。
魔人は鼻と顔を動かしてクンクン音を立てる。
「くっせぇな! うわぁ、それ飲んでんのか!?」
テーブルの上の薬草茶を一目見ると、シュミ悪いな、と言う。
全くだと思う。
「……誰かと思ったらエヴィじゃん! 超久しぶりだな」
「お久しぶりです、魔人さん」
ペコリと頭を下げるエヴィを見て、両手をポンと打ち付けては。
いつの間にかウサギと鳥は消えているが……何処へ行ったのかとエヴィは瞳をパチパチと瞬かせた。
「え、なになに? 遂に解放された訳?」
「はい、お陰様で」
エヴィがにっこり笑って頷くと、魔人は顔を歪めて鼻をつまんだ。
「……くっせぇ! およそご令嬢から発せられるとは思えねぇ口の匂いだな!」
「…………」
確かに、自分の口から凄まじい匂いが発せられている自覚はある。ただどうすればいいのか解らない……水で口をすすいだら取れるのだろうか……?
「クックッ、一晩寝たら取れるよ」
「……地獄だな」
楽しそうに笑うおばば様と、小さく首を振る魔人は、いい人だけど悪魔だと思ったのは仕方がないであろう。
「んで、どうなったのか教えてくれよ」
魔人に促され、再び魔人と別れた日から今日までの事を語ったのである……
「なんとも酷ぇ話だな」
「本当だよ。人間は面倒くさいねぇ」
ふたりはエヴィの話を聞くと(おばば様は二度目だ)、心底嫌そうに首を振った。
「ま、良かったじゃん。これで自由に暮らせるんだからな……そうだ、アンタは『ざまぁ』はしないのか?」
「ざまぁ?」
聞いた事もない言葉に、エヴィは首を傾げる。
――ざまぁとはなんぞな?
「最近ご令嬢やご夫人方にはやっている娯楽小説の定番だぞ?」
ほうほう。
……何でも『ざまぁ』とは、虐げられた人間が出世したり玉の輿に乗ったり形勢逆転となった際(もしくは途中で)、陥れた人間が処罰されたり仇を討たれたりする復讐劇(?)らしい。
本人が手を下さずとも、他の人間にやられるパターンもあるそうだ。
「へぇ~。世の中は殺伐としたものが流行っているのですねぇ」
「まぁな。みんなストレス溜まってんだろ」
「なるほど」
そういえば王妃様のご友人達も、〇〇夫人がどうだったとか、△△侯爵が何かしたとか……瞳をキラキラさせながら語り合っていたっけ。
人間は立場も身分も超えて、みんな同じようなものが好きなんだなと思い至る。
「わたくし……いえ、私は致しません」
エヴィは力強く頷く。
そんな様子を見て、おばば様と魔人は楽しそうにエヴィを見遣った。
「そんな事をしても何も生まれませんし。もう私の人生に何の関係もない人達ですもの。そこに労力を割く意味が見出せないです」
「でも、やられっぱなしで悔しくはないのかい?」
「これからがアンタのターン! だろ?」
……アンタのターンとはなんだろうか。
知らない言葉にちょっと気になったが、とりあえず話を進める事にした。
「でも、関わる方が嫌な気分になりますもの。処罰が必要なら、然るべき方がされるでしょうし……第一、『ざまぁ』じゃお腹は膨れませんから」
「天然のくせに妙なところシビアだな」
エヴィはにっこり晴れやかに笑う。
そう。生きて行くにはざまぁよりご飯が必要だ。
おばば様と魔人は顔を見合わせると、心底楽しそうに低い声で笑い合う。
エヴィは再び首を傾げ、碧色の瞳も再び瞬かせた。
「確かにね。散々長話で腹が減ったね」
「飯にしようぜ飯に!」
エヴィははっとして窓の外を見た。まずい。
夕陽はとっくに沈んで、とっぷりと暗くなっていたようだ。
「大変、お暇しないと!」
話し込んでいる内に大分時間が過ぎていた様だ。
急いで立ち上がろうとすると、おばば様に手で止められた。
「アンタ、こんな時間に何処に行こうって言うのさ! 泊まって行きなよ」
「えっ!?……急にお邪魔したのに申し訳ないですし……」
「外は真っ暗だよ。もう宿を取ってるってなら別だけど」
「いえ……」
この辺に宿屋などない。
街の方へ戻って探す事になるのだが……来る途中場所だけは確認して来たが、急がないとかなり遅くなってしまうであろう。
「じゃあ、泊まって行きな。こんな暗い中、外に放り出す方が気が気でないよ!」
嫌そうに顔をしかめるおばば様と、腕を組みながら頷く魔人に、エヴィは上目使いで頭を下げた。
「ありがとうございます……じゃぁ、お言葉に甘えさせていただきます」
大層口の悪いおばば様と魔人は、エヴィの言葉にホッとすると苦笑いをしたのであった。
「それとご迷惑ついでにもうひとつ……大変差し出がましい上に厚かましいお願いなのですが」
神妙な様子に、おばば様と魔人は顔を見合わせた。
「……何だい、改まって。言ってごらんよ」
「家を借りたいので保証人になって頂きたいのです」
エヴィは至極真面目に、大真面目に言っては頷いた。
今のエヴィに頼れる人間はいない。
……大変非常識かつ厚かましいとは思うものの、おばば様にお願いする以外の方法を知らないのである。
「…………」
「…………」
なんとまあ。
おばば様と魔人は再び顔を見合わせた。
「……とりあえず、食事にしようかね」
「うんうん。まだまだ長そうだ」
「お手伝いします!」
そう言うと、三人はワイワイ言いながら食事の支度にとりかかる事にした。
勉強と仕事は有能であるが、家事に関しては全く使い物にならないエヴィは、小さい子どものお手伝い宜しく、テーブルを拭いてお皿とカトラリーを運ぶ係だったのは言うまでもない。