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07.薬師のおばば様とこれからの事と

 アドリーヌこと『エヴィ』は今までの出来事を回想しながら歩く。

 途中道端で買った焼きアーモンドをモグモグと食べながら歩いていた。

 香ばしく炒ったアーモンドに塩とハーブ、香辛料がまぶしてあるもので。


 以前は街で自由に食べ物を買う事すら出来なかったから。

 学校やたまの外出の際に馬車の中から、楽しそうにおしゃべりしながら食べ歩きをしている人達を見て、秘かにずっと食べ歩きをしてみたいと思っていたのだ。


 新しく買った肩掛けかばんを斜めに掛け、左手に手持ち鞄、右手にアーモンドの包み。

 はしたなくも飲み物を飲むように包みを傾け、直接口の中に転がしてみる。


 いつだったかそうやって、街で男の子たちが豪快に食べていたのだ。


 ――いつか自分もやってみたいと思っていた事。

 ちょっと塩辛っくて、カリカリとした歯ざわりと音を楽しみながら歩く。

 



 ――ある時、とあるご令嬢が鼻で笑うように言った。

「将来の旦那様に愛されないなんてご愁傷様!」


 ――別のご令嬢が、学園ですれ違いざまに囁いた。

「あなたじゃ、婚約破棄されてしまうかもね?」


 ――確かに。

 言われた通り婚約者には愛されなかったし、婚約破棄をされてしまった。

 

 多くのご令嬢が夢見る『王子様の婚約者』。



 その地位をなくした挙句、着の身着のまま出て行けと追い出された訳で、確かに『貴族令嬢として最大の不幸が訪れた』のだろう。


 それも代わりのご令嬢を伴って、数多くの面々の前で、いきなりの婚約破棄である。

 普通に考えればこれ以上ない程に酷い話で、令嬢としてのプライドも面目もズタズタだろう。


 だが、代わりのご令嬢を伴ってくれて、更には沢山の目撃者の前で婚約破棄を申し出てくれて良かったと思っている。


 女官達は解らないが、見ていた大半の人は元『アドリーヌ』に同情的であろうからして。

 自分が多少無茶な事をしたとしても、ショックだとか錯乱状態だとか、まぁ、大目に見てもらえる可能性が高いだろう。

 どうあれ数週間と経たず、過去の人になるのだから問題ない。

 


「さて。他の国々を巡る旅に出ようかしら? それとも『薬師のおばば様』のところへ伺おうかしら?」


 エヴィは独り言を言いながら、メモと簡単な手書きの地図に視線を落とす。


 みそっかす令嬢とはいえ、仮にも王太子妃予定だった人間がいなくなれば、流石にちょっとは騒ぎになるだろう。

 とはいえあくまで国内での事。他国にまで捜索願を出す事は、きっとしないだろう。

 ほとぼりが冷めるまで各地を転々とした方が良いものか。

 それとも念には念を入れ、人目につかない場所で潜伏(?)していた方が良いものか……


 自由になったらやってみたい事をずっと考えていた。


 自由に街を歩く事。

 買い食い、食べながら歩く事。

 色々な場所を見てまわる事。

 ゆっくり朝寝坊して起きる事。

 楽しい事や興味ある事をする事。


 ――自分の足で立つ事。


「……丁度この国だもの、素通りは不義理だわ。ご挨拶してから考えましょう!」


 狭い世界にずっと閉じ込められていた為、やってみたい事は山のようにある。

 緊張し過ぎて、朝寝坊どころではなかったけど、これからいくらでも時間はあるのだ。

 

 忙しい往来を見ながら、少し考える。


「……行く前に、決めていた買い物だけして行かないと」


 両手をパチンと合わせると、鼻歌を歌いながら往来の中に消えて行った。

 勿論、彼女の事を気づく人間など誰もいなかった。




「お家へはどう行けば良いのかしら……」


 大まかな場所は解る。

 しかし実際に歩いてみれば、初めて来た国で乗合馬車の場所を探すだけでひと苦労だ。

 坂道がどの位急なものなのかも解らなければ、次の角が想像以上に遠くて、本当にこのまま進んで良いものか不安に駆られる。

 でも、そのひとつひとつが楽しく感じるのも事実で。


 途中人の良さそうな老人や子連れの親に道を尋ねながら、小山を越え小川を越え、乗合馬車を乗り継いで、人里離れた山の麓に着いた。


 古ぼけた小さな山小屋の様な家。

 『薬師のおばば様』と呼ばれる女性が住んでいるとおぼしき場所だ。


 庭先なのか、さすが薬師を名乗っているだけあって様々な薬草がおい茂っている。余り手入れがされているようには見えないが、多分薬草園……畑なのだろう。

 人里離れ、よく効くと言われる薬を作っている薬師のお婆さん。不思議な力があると言われ、その占いはよく当たるという評判だ。


 更に、もう長い事何十年以上も同じ姿でいると言われ、魔女なのではないかと噂されている女性。

 

 色々な文献言い伝えなど、手に取れる範囲のありとあらゆる書物を調べ上げ、魔法使いで占い師のお婆さん(多分)を調べ上げた。

 ひと言お礼を言いたかったからだ。


 ……周りを見渡してみるが、人っ子ひとりいない。ひょっこり木陰から顔を出したキツネと目が合って、肩を跳ね上げてびっくりする。

 よく見ようと思いそっと近づけば、急に走り出して森の中へと行ってしまった。

 残念に思いながらも元の場所へ戻って、今一度調べた場所と相違ないか確認する。 

 


「……ここでいいのよね?」


 コンコンコン。

 もし間違いだったのなら、何か薬を買って帰ればいいだけ。

 そう自分に言い聞かせながら、固い粗末な扉をノックした。


 暫くしてもう一度ノックしてみようかと思った頃、小さく皺枯れた声が聞こえて来る。

 一歩下がって家主が顔を出すのを待つと、現れたのはエヴィがアドリーヌだった頃にあのペンダントをくれた占い師のお婆さんだった。


 エヴィはホッとして小さく息を吐くと、にっこり微笑んだ。


「こんにちは。六年前に一度お会いいたしました者なのですが」

 

 きっと沢山の人に会うだろう。たった一度会った人間の事など覚えている筈もないだろうと思い、名乗ろうとすると呆れた顔で手を払うように振られた。


「ちゃんと覚えているよ。年は取っても耄碌もうろくしちゃいないよ!」

「その節はありがとうございました。予言通り、無事に不幸(?)が訪れまして、無事に婚約破棄出来ました!」


 相変わらず口も態度も悪いおばば様に、おっとりとそう言っては、再びありがとうございますと言いながら頭を下げるエヴィ。

 おばば様は何とも言えない表情をしながらため息をつくと、ジロリと見上げて顎をしゃくった。


「そりゃ、無事って言うのかねぇ……とりあえずお入りよ。薬草茶の一杯くらいご馳走しようじゃないか」

「……突然の訪問はご迷惑ではございませんか?」

「ここは気取った貴族のお屋敷じゃないよ……遠路はるばるこんなところまでやって来た人間をタダで追い返すなんて、血も涙もない事しやしないよ」


 そう面倒そうに言うと扉を閉められそうになり、エヴィは慌てて中へ入る。

 一歩足を踏み入れれば、鼻腔を沢山の薬草の香りが掠めた。


 棚には沢山の薬瓶や壺が並んでおり、乾燥した薬草や爬虫類の黒焼きのようなもの、元が何なのか解らないものとが綺麗に並べられている。


 こぢんまりした見た目だが、意外に家の中は広く感じた。

 失礼とは思いつつも、ついつい珍しい薬師のお宅に視線がうろついてしまうのは仕方がないであろう。


「そこの椅子に座っておいで。今、茶を淹れるよ」

「恐れ入ります」


 言い捨てるように言ってはいるが、なかなかどうして。占い師兼薬師兼魔法使いのおばば様は、意外に親切な人物らしい。

 本来なら目上の人間を立って待っているが、どやされそうなので、おずおずと……良く言えばシンプルなテーブルと椅子に素直に腰を下ろした。


 暫くしてカップふたつを持って来たおばば様が、目の前に薬草茶を持って来た。


 コトリ。

 置かれた音と共に覗き込めば、藻を溶かし込んだような……泥水の様な濁った色合いの飲み物が置かれた。

 立ち昇る湯気と共に、非常に何とも言えない香りが広がる。


「…………」


(……こ、これ、飲み物よね?)


 確かおばば様は『薬草茶』と言わなかったか?

 非常に戸惑っているエヴィを尻目に、おばば様はお茶をグビリと口にした。


「プッハーーーーッッ! マズい!!」


 ……飲めるらしい。そして不味いらしい(やっぱり)。

 

「……しかし、良くここが解ったね」

「はい。どうしてもお会いして結果のご報告とお礼が言いたくて、本や伝聞・伝承など片っ端から調べたのです」

「本当に、アンタには恐れ入るよ……」


 エヴィの言葉を聞くと、困ったような呆れたような顔をしながらため息をついた。


「じゃあ折角だ。アンタの話を聞こうじゃないか」


 おばば様はにやりと笑って、話せと顎をしゃくり上げたのだった。

 エヴィは頷いて、ペンダントを渡された日から今日までの事を、薬師のおばば様に語り出したのであった。

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