14.ケリをつける・後編
黄昏色の空に煌々と光るランタンの光。
刻々と時と共に色を変える夕闇に浮かぶ月明かりは、細い細い二日月だ。
そしていつしか闇はどこまでも深く色を重ねて行く。
旅の一座があっという間に片付けを終えると、王城の中庭はいつもの静寂を取り戻した。
闇夜にはいつものように白々と星が瞬き、王城の松明とろうそくの明かりが揺れて滲んでいた。
約束の庭は樹々が立ち並び、区分けされた場所にダリアやマリーゴールドが零れんばかりに咲き誇っている。まん丸い葉が可愛らしいキンレンカに、頼りなげな細い茎を風にそよがせるコスモス。そして見事な秋薔薇が庭を飾っていた。
夜も更けた頃、王と王妃、ルーカスとベイカー子爵令嬢、そしてシャトレ伯爵夫妻がやって来た。警戒するように辺りを見回している。
万が一危険があるといけないため、伯爵夫妻の息子には何も告げず、先に屋敷へ帰るようにと手配した。何か感じるところがあったようであるが、黙って素直に従った。
そしてマリアンヌは、始めは高位貴族ばかりのメンツに、子爵令嬢である彼女は顔を青くして辞退を申し出たのだったが。
だが貴族の子女ではじめてアドリーヌ(エヴィ)の捜索を手伝いたいと申し出てくれ、かつアドリーヌの少ない友人であろう彼女にも同席して欲しいとルーカスが頼み込んだのであった。
今、ひと言でも話し掛ければ気絶するのではないかというような表情で何とか立っている。
おばば様と魔人は魔法で姿を隠し、エヴィをサポートする。
本来人間にはむやみやたらに力を貸さないものだが、エヴィがふたりを利用するような人間でないことはわかり切ったことであり、どちらかと言えばふたりが焦れて王城に乗りこんで来たようなものなので自主的にサポートを申し出たのだ。
異国風の衣装からいつものワンピース姿に戻ったエヴィは、これまたみつからないようにと厳重に隠匿の魔法をかけられて、呼び出された六名の正面にある木の横に立っていた。
両親に国王夫妻にとある意味身内である面々に加え、なぜか中等教育課程で一緒だったマリアンヌ・ベイカー子爵令嬢の姿まで見つけて、懐かしさ半分疑問が半分といった表情で首を傾げている。
「占い師殿よ、全員揃った」
国王が口上でも歌い上げるかのように、誰もいない庭の奥へと声を発した。
エヴィとおばば様、魔人が視線を絡ませて頷くと、いよいよとばかりにエヴィが息を詰める。
さーっと樹々の間を駆ける風が吹き抜けた。そしてキラキラとした発光と共に、エヴィことアドリーヌが集まった全員の前に姿を現す。
「アドリーヌ……!」
誰の呼びかけが先か。
全員から口々に呼ばれたもう一つの名前に、エヴィはゆっくりと腰を落とした。
「お久しぶりでございます、皆様」
「いったい、どういうことだ……?」
伯爵が震える声でそう言う。
ルーカスは周囲を見渡して異変がないか確認をしている。女性陣は驚いたように口に手をあてたり、瞠目していた。
「魔法で、皆様の前に姿を現しております」
「魔法……?」
「はい。わたくしは現在、魔法使いのおばば様のもとで暮らし、教えを乞うて生活しております」
実際に目の前にいると知れれば、最悪兵に取り押さえるよう命令される可能性もある。そのため魔法を使って姿を現しているという筋書きにしてあるのだった。
まあ、実際は兵に取り押さえられても、魔法でどうにか出来てはしまうのであるが。
「…………」
王の問いかけに返したエヴィの言葉を聞いて、全員が息を詰めた。
魔法使いへの師事――それは自らも世俗を離れ、魔法使いや魔術師になる為に研鑽するということである。
いや。
一般的にそう言われ、そう思われているだけだが。
そして魔法使いたちも世俗を離れている訳ではなく、ズルい人間やヤバい奴にこき使われるのを避けるために、辺鄙な場所に住んでいることが多いだけであるが。
ついでに結構世俗に塗れて暮らしている魔法使いや魔術師もいたりするのだが……
まあ、一般的には隠遁者として遠隔地に隠れ住んでいると語られている者たちの総称なため、全体を見れば中らずといえども遠からずというところであろうか。
「…………。自ら国を出、師事していると?」
(師事? うーむ?)
思わずエヴィは首を傾げる。
……一般家政を教えてもらうことが果たして師事に入るのかは疑問ではあるが。まあ、教えを受けていることは確かな訳で……そう考えてエヴィは迷いながら頷く。
「勝手をいたしまして申し訳ございませんでした。クリストファー殿下のお言葉により、国外追放となりました身でございます。両陛下をはじめ、シャトレ家にもこれ以上のご迷惑をかけぬよう、お声がけせずにすぐさま出国をさせていただきました」
全員が苦い表情を隠せない。
この国での王族の言葉は重い。成人した王族、ましてや未来の王となると目されていた人物からの叱咤であれば、エヴィのとった行動はそう間違ったものでもないのだ。
通常、国外追放を言い渡されるなどということは余程のことである。王家に忠誠を誓う家であれば、門をくぐることも許されずに恥さらしがと叩き出されることすらあるだろう……あくまでも通常ならば、だが。
あれほどに愚かに見境がなくなってしまったような言葉であれば、無視してほしいしひと言相談をしてほしいと思うが、アドリーヌ(エヴィ)にも意地もあれば矜持もあるだろうことは解っている。
もしかすると賢いのでその言葉を待っていたのかもしれないし、引き出したのかもしれない。
いやいや、素直なので本当に『お言葉』に従っただけなのかもしれないとも思えるが。
本人が詳しく語らない以上、真相は藪の中だ。
「……体調は大丈夫なのですか?」
「怪我などはしておりませんか?」
伯爵夫人が。そして王妃が続けざまに確認した。
駆け寄りたいが、果たして触れることが出来るのか触れてはいけないのか、考えあぐねているように見える。
「はい。元気でございます。王妃陛下、お母様も、ご心配ありがとうございます」
気遣わし気なふたりの表情に、エヴィは人柄を表すかのような優しい微笑みを向けた。
「アドリーヌ、辛いことはないか? 国外追放など……我々の気持ちとしては今すぐにでも家へ戻ってほしいのだが……」
伯爵の言葉に、全員がエヴィの顔を願うように見た。エヴィは微笑んで首を横に振る。
「いいえ。戻ったとしても色々混乱がありますでしょうし、ご迷惑をお掛けするだけでしょう」
解かっていた答えに、全員が落胆の色を見せる。
「迷惑だなどと。そのようなことは断じてないのだよ」
エヴィは大勢の前での婚約破棄から長期の行方不明という、貴族女性としての外聞の悪さからくる王家と伯爵家のことを案じての言葉だ。
確かに自国に戻り社交界に戻れば王家の失態や悪対応、実家の不甲斐なさに加え、火など無いにも拘らず、エヴィ自身も好奇の目に晒されることは容易に想像がつく。ありもしない事柄を、さも本当のように言われることもあるだろう。
願う彼らは迷惑とは思っている筈もなく、自分たちの非を心から謝罪し償いたいと思ってる。
だが、今まで散々だったエヴィに対して、これ以上の苦行を強いることになってしまうやもしれない立場を望むことに躊躇しており、強く言えないことに歯噛みしていた。
絶対に守る、と言葉で言うのは易しいが。
どう努力しても『絶対』が果たされないことは、全員がわかっているのだ。
今更気休めの言葉で誤魔化しても、濁しても、エヴィに対して不誠実である。
せめて、向ける言葉と気持ちは誠実でありたいと全員が思っていた。
「それに、わたくしも今の生活をとても気に入っております。おばば様も魔人さんも、とても優しくて、楽しい方々なのです」
くすくすと笑みが零れ落ちた。姿を隠しているおばば様と魔人が顔を見合わせる。
その他の人間にも、今の生活を気に入っているという言葉が嘘偽りではなく心からの本心だと感じられる笑みだ。ましてや、魔法使いに弟子入りするくらいなのだ。元から帰ってくるつもりなどないということは解かり切っているのに。
「アドリーヌ。謝って済むことではないとはいえ、本当に今まで申し訳なかった」
諦めを滲ませながら国王が頭を下げた。続けて王妃も、伯爵夫妻も頭を下げる。
口々に、謝罪の言葉と共に。
「お止めくださいませ!」
驚いたエヴィが慌ててあたふたとする。
国王の謝罪の言葉でも重いものであるのに、頭を下げさせるなどあってはならない。
「今までのしなくてもよい苦労をどう詫びればいいのか言葉が出ないが……」
「それでしたら、どうぞ新しい門出を笑ってお見送りくださいませ」
優しく力強くエヴィが続ける。
「遠く離れた場所ですが、皆様のご健勝をお祈りいたしております」
そう言って丁寧に礼を取ると、ルーカスとベイカー子爵令嬢の方へ身体を向けた。
「ルーカス様。わたくしを探してくださり、大変お手数をおかけいたしました。そしてありがとうございます」
「……アドリーヌ嬢」
「在学時代も、困っている時にはいつも手を差し伸べてくださいまして、本当に感謝しております」
今までのエヴィの様子から、心変わりすることはないと察したルーカスは悲しそうな表情を浮かべている。そんな彼に苦笑いをし、今度はベイカー子爵令嬢に微笑んだ。
「ベイカー様もお久しぶりでございます。ご心配をおかけいたしまして申し訳ございません」
子爵令嬢は淑女らしさをかなぐり捨てるように、激しく首を振った。
「いいえ! わたくしの方こそ、沢山助けていただいたのに何もお返しできず、申し訳ございません!!」
涙声の子爵令嬢の様子に、エヴィは内心首を傾げた。
(私、彼女を助けたことなんてありましたっけ? 何だか申し訳ない程に恐縮していらっしゃるわ……)
ふたりの顔を見て、心からの感謝を込めて微笑む。
「沢山のご心配をいただきましてありがとうございました。おふたりのご幸福をお祈りしております」
丁度良い頃合いだろう。
多分いくら話したとしても話は尽きないし、お互いの希望するところで結果が交わることはない。エヴィは打ち合わせ通りおばば様と魔人に目配せをした。
おばば様から良いと思ったところで合図をするようにと言われていたのだ。
そして、ひとりひとりと瞳を合わせて別れの言葉を告げる。
「国王・王妃両陛下、お父様とお母様。そしてルーカス様とベイカー様。今まで本当に沢山のお心遣いとご心配をいただきましてありがとうございました。こんなに想っていただけていると解かり、わたくしは幸せ者でございます――どうぞ、皆様に幸せが訪れますように!」
そう言いながら、前で行儀よく揃えられていた右手を大きくゆっくりと頭上へ移動させる。
『春を齎す愛と豊穣の女神よ、季節を紡ぎて花々を咲かせん。フル・ブルーム!』
「はいはいっとな」
いつものアクションよりもだいぶ控え目でまともな動きに安堵しながら、魔人は小さく相槌を打って自らの魔力をエヴィの詠唱に乗せる。
魔力がないなら、魔力のある者に補わせればよいだけだ。
膨大な研鑽を積み正しく有効な魔法陣や詠唱を学び、魔術を使う者が魔術師。
魔術を使い、魔力のあるものを召喚したり従属させたり……そこまで行かずとも手伝ってもらって魔術を発動させることも多々あるのだ。
どんな魔術になるのかは、魔力の大きさと共に魔術師の研鑽の度合いやイメージ、その他諸々の状況によって様々だ。
エヴィの詠唱に呼応するように、キラキラと光が軌道を描きながら闇を走る。
そして。
周囲の木々が優しく光りながら葉の色を変え、みるみるうちに蕾を綻ばせて花開いた。
ミモザの花。
小さくて丸い柔らかな花弁が鈴なりに花開き、甘く優しい香りを漂わせている。
闇夜に魔法のきらめきと共にミモザの柔らかな黄色が浮かび上がり、言葉が出ない程に美しく幻想的な景色であった。
「…………」
エヴィも含め、その場の貴族たち全員が口を開けて呆気に取られている。
『ちょいと、いつまで呆けているんだい!』
おばば様が小声でどやしつける。
そうだった。
ハッとしたエヴィは再び目の前の人々に向き直り、礼を取った。
「それではまたお逢いする時まで、どうぞお元気で!」
「……アド……ッ!」
伯爵夫人が焦ったように手を伸ばし、声を発した。
『風よ吹け吹け、餡! ポン! 端!』
今度はおばば様が早口に詠唱し突風を起こす。
巻き上がる風に庭に咲く秋の花々とミモザの花とを巻き込んで。
目を開いたときには、エヴィの影も形もなくなっていた。
静かな闇の中に、ただただ秋の草花と季節外れのミモザの花が揺れているだけであった。




