13.その後のエヴィ・前編
「……また広告が出てんな」
朝食の後に新聞を読んでいた魔人が、複雑な表情と声でそう言った。
何だか一途に思い悩んではエヴィを探し続けているルーカスに、魔人はちょっとばかり同情的なのである。
(よくある婚約破棄ものでは、意地悪な婚約者に代わって隣国の王子様や自国の高位貴族のお坊ちゃんが後釜に収まって、ラブラブ溺愛がパターンだろうに)
なぜかこの婚約破棄騒動のヒロイン(?)であるエヴィは、人里離れた山の麓で、魔法使いのババア……お婆さんと、怪しい紫色の魔人と一緒に平民暮らしをするのだと息巻いて、鍋やパンやらを焦がしまくっているのだ。
この辺鄙な山の麓で面白おかしく元気に過ごすエヴィと、萎々のクタクタなルーカスとの落差が酷すぎるせいであるだろう。魔人は釈然としない気持ちを感じながら、毎度毎度、週末に記載される新聞のメッセージを読んでいるのだった。
(……まあ、色々あって帰るのに抵抗があるのも解るんだがな)
幼い頃から色々なことを叩き込まれ過ぎたエヴィが、彼らを信じきれない気持ちでいるのは理解できる。国へ帰ったら帰ったで、何だかんだで結局は元の木阿弥になるという懸念を感じているのも、貴族社会というヤツも、これまた納得する魔人であった。
うーん、といってエヴィは小首を傾げた。
「まあ、ルーカス様は純粋な巻き込まれ被害で申し訳ないんですけど……なにぶん、まだ国を離れて二か月ですから」
「手紙を書くったって、書いたら書いたで余計な希望と熱意をかきたてるだけだろうしねぇ」
おばば様は新聞をのぞき込んで、懲りない男だねぇと付け加えた。このままだと近いうちに近隣諸国に乗り込んで、探索を始めそうな勢いである。
別にエヴィは、故郷の人たちを恨んでも憎んでもいない。若干もっと他にやり様がと思わなくもないが。
クリストファー王子とミラの一件でこんがらがっただけで、まあまあ、そんなこともあるだろうという範囲のことであろうと思う。
「今後同じような事が起こらないためには、ある程度の時間とインパクトのある失敗が必要だと思うのです、ですぜ」
気に入った臣下の家に婚約の申し入れをするのはよくあることだが、先走って(全くの善意からだとしても)親と引き離して自分達の下で育てるというのはやり過ぎであろう。
国王に言われたから断れないまでも、もう少し親子としての関りを持つ努力もすべきであったのではないかと思う。――親だって完璧ではないのだ、戸惑いや躊躇いも解る。しかし大人である以上、子どもへの配慮や頑張りを見せて欲しいと思うのは我儘なのだろうか。
王城の意地悪をする人たちもそうだ。色々な利権や陰謀が渦巻いているのは解かるが、子どもや幼児にはもう少し優しくしても罰は当たらないことだろう。
クリストファー王子にしてもミラにしても、後先考えない行動はどんな結果を生んでしまうのか、今後に備え身を以て学んでもらわなくてはならない。
「ここですぐにわたしが戻っては、結局そんなに痛手がないまま解決してしまって、うやむやになってしまうかと」
ましてや、あることないこと詮索され面倒なことにしかならないだろう。
理由があったとはいえ心配をかけているという事実に変わりはないので、非常に心苦しくはあるが。
「戻れって言ってる訳じゃないんだよ。向こうも折り合いをつけるきっかけになるような、あんたも心置きなく新しい生活を送れるようないい解決方法がないものなのかねぇ」
「「いい解決方法」」
声をハモらせ視線を合わせながら、エヴィと魔人はそれぞれ右と左に首を傾げた。
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ほぼほぼクリストファー王子がよろしくないとは言え、確かに必要以上に心配をかけまくるのも良くはないであろう。おばば様の言う通り、ここでの生活が楽しければ楽しい程、心配してくれる人がいるとするならば、とてつもなく心配をかけてしまっていることに後ろめたさを感じてはいた。
果たして自分が居なくなったとして、心配する人などいるのだろうかと思っていたが。
(女官の目を盗んで親切にしてくれた侍女さんや騎士様くらいかと思ってたけど……)
王も王妃も、実家の家族も。そしてルーカスまでもが、想像を軽く超えまくる程に心配をしてくれていると知り、慄く。
「……それでもまぁ、両陛下と実家は解かるにしても、なぜルーカス様がご心配下さっているのでしょう? だぜい?」
読んでいた本から視線を上げて首を捻るエヴィに、魔人とおばば様は嫌そうな顔をした。
「鈍感過ぎんだろ!」
「ルーカスって子も不憫な子だねぇ」
「????」
なぜエヴィが本を読んでいるかといえば、現実逃避をしている訳ではない。解決方法を模索しているのである。
しかし、いい案が全くもって浮かばない。
「幽閉や神の使徒となる以外に、貴族社会から距離を置く方法ってないものなのでしょうか……」
「まあ、貴族社会どころか国と宗教はズブズブだけどなぁ」
魔人は憂える賢人のような表情で頬を掻いた。
確かに。裏でも表でも密接に絡み合って、最早一体化していると言っても過言ではないのだろうが。まあそれはいいとして。
(それでも、修道院は一応の納得できる説明にはなるのよね)
本当に世俗と縁を切り、清貧と敬虔を体現したかのような生活をしている人たちがいるのも本当な訳で。
「…………。ないこともない、かもしれないねぇ」
おばば様はしわがれた声で呟くと、サラサラと聞き取れない言葉で詠唱しては魔法で作った蝶を飛ばす。
「ふわぁぁぁぁ、まるでガラスで出来たような綺麗なちょうちょですね!」
口を大きく開いたまま空の色を映して輝く蝶を見送るエヴィを、おばば様は小さなため息とともに苦笑いで見つめた。
「エヴィ、あんたはここの詠唱を間違えずに言えるようにしておきな」
古びたテーブルの上に載る本を開くと、皺くちゃの指でトントンと、とある一節を指示した。エヴィは碧色の瞳を瞬かせてそれを読む。
『春を齎す愛と豊穣の女神よ、季節を紡ぎて花々を咲かせん。フル・ブルーム……?』
おばば様はしれっとお茶を飲み、魔人は面白そうにおばば様を見てから、ニヤニヤとエヴィを見た。




