12.それぞれのその後・公爵令息ルーカス
アドリーヌの失踪から二か月。進展のないままに日々は過ぎた。
しらみ潰しとも言っていい程の捜索にもかかわらず、一向に目撃情報は出ない。
違法に行われている奴隷市場にも出向いてみたが、アドリーヌらしき少女がいた形跡は全く掴めなかった。
「……ルーカス、もう諦めなさい」
父である公爵が、苦渋に満ちた表情で息子を呼び止めた。
公爵邸の廊下で、よく似た風貌の父子が顔を合わせている。
緊張感のある空気を察してか、使用人たちはその区画に寄りつかない。
「諦めるって……! どこかで困っているのかもしれないのですよ、見捨てろというのですか!?」
「落ち着きなさい。おまえにも解かっている筈だ。可哀想ではあるが、多分もう生きてはおるまい……生きているとしてもこれだけ探してみつからないのならば、外国へ出ている筈だ」
「それなら、周辺諸国に協力を願い出て――」
「国外へまで王家の恥を晒せというのか? ……第一、捕らえられて外国にいるならやはり厳しいものがあるだろう。もしも自分の意志で出国したのだとしたら、探し出すのは却って迷惑となるのではないか?」
現在アドリーヌの捜索に動いているのはルーカスとシャトレ伯爵家のみだ。他にも重要な任務がある王家の騎士は、今では極少数の人員を動かしているに過ぎない。
それでも直々にこれだけの長期間人員を割いているのは、破格の扱いであろう。
「公爵家の騎士をいつまでもアドリーヌ嬢の捜索だけに割く訳にもいかないのは解かるだろう? それにお前は次期公爵だ。やれねばならない務めも山ほどある。自分の感情に溺れて務めを蔑ろにするのは、クリストファー殿下とどう違うと言うんだい?」
どんどんのめり込んで行く息子に危機感を抱いてか、いつになく公爵は口調は穏やかなままで厳しい言葉を投げつけた。
「第一、アドリーヌ嬢がそんなことを望むと思うかい? 本当に彼女のことを思うなら、万が一に帰った後、彼女が静かに暮らせるような環境を整備することに注力しなさい」
仮に何事もなかろうとも、帰ればあることないこと言われ、もう社交の世界には戻れないであろう。
「……解かりました……」
ルーカスは拳を強く握りしめる。
……確かに闇雲に探したところで、どうしようもないことは理解している。
ただ、自分は彼女を見捨てはしないと示したかったのだ。諦めてしまったら、あまりにもアドリーヌが不憫すぎるではないか。
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「力及ばず申し訳ありません」
苦々しい無力感にさいなまれた表情のルーカスが、シャトレ伯爵家を訪問した。
「いいえ。ルーカス様には本当に良くしていただきました……シャトレ家一同、大変感謝しております」
伯爵は意外にもスッキリした顔でそう言うと、淹れ直したお茶をルーカスに勧めた。
「こんなに想っていただいて、アドリーヌも喜んでいることでしょう」
まるで過去にするような言い方に、ルーカスは小さく首を傾げる。
「私も、そろそろ娘を探すことに区切りをつけようかと思っているのです」
「……生存を、捜索を諦めると?」
瞳を細めてルーカスは問うた。
「いえ……おかしなことと思われるでしょうが、私も妻も、あの子がちゃんと生きていて、自分の意志で新しい人生を選んだのだと思っているのです」
「…………」
「あの子は賢い子です。世間知らずに育ったと言われておりますが、何の勝算もなく無謀な行動を起こすとは思えないのです。きっとひとりで策を練り、幸せになるべく動いたのだと思っています」
穏やかな伯爵の表情を見て、思わず視線を下げる。
諦めて、自分に言い聞かせるための発言なのか心底自分の娘を信じての発言なのか、ルーカスには判断することが出来なかったからだ。
結局諦めきれず父に相談して、自分の休暇の時には好きにして構わないという言質を引き出した。
自分しかいないうえに限られた時間で出来る行動などたかが知れている。
まずルーカスは周辺国の新聞社にメッセージ広告を打つことにした。記事のスペースや文字数などで料金の決まっている、求人広告や催し物案内などのよく見るアレである。
探し人としてアドリーヌの容姿などを記載した記事と、アドリーヌへ向けてのメッセージ。効果が見込めるとは思っていないが、万が一にも情報があればと一縷の望みをかけた。
身動きが取れない状況で、彼に出来ることはそのくらいしかなかったとも言えるのであった。




