12.それぞれのその後・第一王子クリストファー
平民から貴族になった生徒が学園で上手くやれているのか。
生徒会では生徒の取り纏め以外にも、学園生活が円滑に行われるよう色々と配慮している。
高等教育課程からの編入という非常に珍しいケースであるため、慎重に見守っていたのだ。
ミラがすっかり学園に馴染んでいる様子を見て、生徒会長であるクリストファー王子が声をかけたのがふたりの出会いであった。
ミラが入学した最初の学園祭。生徒たちは学園祭の後夜祭として行われるダンスパーティーで、婚約者や意中の人に声をかけてダンスを楽しむのだ。
「私にはパートナーがいなくてね。よかったら踊ってくれるだろうか?」
「はい、喜んで」
貴族社会で過ごした年数が短すぎるミラは、始め、クリストファーが王子だとは知らなかったのである。
クリストファーにパートナーがいない訳ではない。歴とした幼少からの婚約者、アドリーヌ・シャトレその人がいる。
ただ卒業してしまって学園にいないだけである。
学園はあくまで学園生の為のものである為、卒業や入学など特別な式典でない限り外部の人間が出入りすることは稀である。出入りも使用人の他は保護者に限定されることが多い。
王子でありながら優しく接してくれるクリストファーに、ミラはドキドキした。
王子様、である。
自分とは別世界の人間である王子様が、優しく笑いかけてあれこれ心配してくれて……時折愚痴を零す姿に、ああ、同じ人間なんだと急速に心が近づいた気がした。
可愛らしく、見るからに一生懸命に貴族社会に溶け込もうと頑張っているミラ。いまだ貴族の取り繕いが苦手な様子で、素直な反応やイキイキとした表情が魅力的なミラ。
クリストファーが日頃相対している貴婦人たちとは全く違う少女。
ふたりが惹かれ合うのは、もはや必然であった。
若い恋心は容易に燃え上がり易い。身分差、婚約者の存在……障害は障害でなく、燃え上がる燃料になる。
学園では身分差なくみな平等であるというお決まりの建前に則って、クリストファー王子は積極的にミラに声をかけた。少しでも学園に早く馴染み、楽しく学生生活を送れるようにという彼なりの配慮だ。
王子が目にかけていると知れ渡り、生徒たちは一層彼女に優しくなったのは言うまでもない。
努力が実り、学年次末に発表される成績優秀者に選出されたミラを生徒会へ勧誘もした。
表向きは低位貴族でも実力さえあれば要職へつけるというパフォーマンスだ。本当は少しでも一緒にいたかったからなのだが。
表向きは慣れない貴族社会で頑張る低位貴族の少女を、王族が配慮するという態度で過ごしたが。休みの日などにお忍びで出掛けたり、王城の庭園で逢瀬を重ねたりするようになる。人前で恋人のように振舞うことはなかったが、近しい者たちにはお互い特別に思っていることが隠せなくなってきていた。
「殿下……流石に少しやり過ぎではないでしょうか」
意を決して、ミラとのお茶会の後、王子の学友であり側近である令息が忠告した。
常識人である彼は、クリストファーのフォローに手を焼く苦労人であった。幼き頃から一緒に過ごすことが多かった彼は、クリストファー王子の性格をよく知る人間でもあるためミラの登場に気を揉んでおり、当初からふたりの振舞いに目を光らせて忠告を重ねていた人物である。
「何がだ? 貴族社会に不慣れな男爵令嬢を思いやって何が悪い?」
「とてもそうとは見えません。深入りしすぎているように見えます」
「そなた、穿ち過ぎだろう!」
「婚約者であるアドリーヌ様のこともお考え……」
「アドリーヌなどどうでもよいっ!」
食い気味にクリストファー王子が言葉を遮り、怒鳴り声を被せた。
他の側近たちも息をのむ。
「お言葉ですが、アドリーヌ様も殿下をお支えすべく、幼い頃から王室や国民のために努力されておられると思いますが……」
いつでも凛として、自分で真っ直ぐ立っているアドリーヌ。
ミラとは違い、女官に強くあたられていることもあり、強く自分を律して弱味など見せない彼女。
そんな彼女がクリストファー王子には息苦しく、高い壁のように感じてしまうのだ。
甘いところがあるクリストファーが、非の打ちどころがないアドリーヌを苦手にしていることは側近たちも察している。
しかし、それにしてもと思ってしまうのは無理がないだろう。
「言葉が過ぎると思うなら、黙れ! ……もう、下がれ」
厳しい言葉と共に、クリストファー王子は鋭い視線を投げた。言葉を受けた友人であり側近であり、ストッパーである彼はため息を飲み込んで頭を下げた。
そして翌日、クリストファー王子は進言して来た側近を外す、と通達する。
通達を受けた彼は、何も言わずに了承したと他の側近たちに知らされた。
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「急に生徒会をお辞めになって、どうされたのですか?」
ミラがクリストファーの友人だった彼を見つけ、声をかけた。
クリストファーにはミラには余計なことを言わないようにと釘を刺されている。従う道理などはないが、心底失望していたこともあり、好きにせよと思っていた。
「……ちょっと、家のことで混み入っておりまして。解決いたしましたら、またお手伝いさせていただきます。ご心配ありがとうございます」
令息らしく微笑むと、偽りの理由を舌先に乗せては軽く頭を下げ、待たせていた友人達とその場を後にした。
そして、ひとりふたりと、クリストファー王子の側近が自ら側近を辞する事態が起きた。
新しい側近を選ばねばならないが、考えれば考える程に面倒に思われた。
誰もいない今の方が、色々と自由になるのだ。
公務や執務で必要な場合は城の文官を駆り出せば事足りており、今すぐにという気が起きないでいた。
(別に、側近が全て行う訳でもない。どっちにしろ政治には大臣やら文官やらが介入してくるのだ……)
側近を今すぐ新規登用する意欲が見つけられないでいた。
学園では友人はそれこそ沢山いる。王になるまではまだまだ時間があるのだ。
しつこく確認して来るうえ、あれこれと口を出してくる父には、ゆっくりと良い人間を選別しているとでも言っておけば今暫くは良いのではないか。
易きに流されやすいクリストファーは、ミラとの逢瀬を楽しむ方が重要に思えていた。




